巨大パフェ完食の御業
玲央の語った夢はなんの変哲もない、悪夢程度の内容だった。
蛍が小首を傾げる。
「玲央、今の夢のどこらへんが――」
「ええ、貴方の言いたいことは分かるわ。私も他人からこんな話を聞かされたら、単なる悪夢でしょの一刀で切り捨てるでしょうね」
「じゃあ……」
「痛かったのよ。電車が横転した衝撃とガラス片が身体中に突き刺さった時。それと死ぬ瞬間……」
あの時の恐怖。
まるで自分自身が実際に体験しているかのような現実感。玲央は冗談を言っているわけではない。でなければ、彼女の細腕が本人も気づかないくらい震えるはずがない。
「俊哉達はそういう夢って見てないんだよね?」
「ええ、誰も。私だけが体験したようですわよ。はぁ……」
玲央は深く溜息を吐き出すと同時に、タイミングを見計らったかのように玲央の姉が盆に巨大パフェと珈琲を持って現れた。
「もう! 玲央ちゃん。そういう顔してると余計に男の子が寄り付かなくなっちゃうわよ」
「別に男なんて馬鹿なお猿さんには興味ないわ」
目の前にその男がいるというのに、蛍に対して遠慮や配慮といったものを持ち合わせていないかのように言い捨てる。蛍は蛍でその言葉は耳に入っていないかのように、視線は巨大パフェに釘付けとなっていた。
「凄い……」
「でしょでしょ! うちの名物なんだよぉ。さてさて、これを見事三十分以内に食べきればお代は無料! どうかな、やってみる?」
「やる」
「よし! じゃあ、準備はオーケー? よーいドン!」
玲央の姉はキッチンタイマーのボタンを押して、机の上に置く。
「玲央、話しの続きはこれ食べてからでいい?」
「ええ、構いませんから。早く食べないと時間がなくなりますわよ」
呆れた様子の玲央はしかし、その表情からは安堵のような色が見て取れた。蛍は玲央の様子に気付いたのだろうか。スプーンをパフェに突き刺し、普段のマイペースな彼からは想像もつかない速度で、スプーンをパフェと口を往復させていく。
「え……は?」
「わお! こんな早く食べるお客様は初めてだよ」
周囲の客はもちろん。どっとざわめいた客たちに何事かと厨房から顔を覗かせた店員たちも、その驚きの速さに仕事の手を止めて、蛍の早食いに魅入ってしまっていた。
「そうだ、玲央。一ついい?」
「今は駄目よ。早く食べなさいな」
「うん……」
小さく頷く。
そして、再び食べることに全意識を向ける。
残り十分を切った頃にはもう僅かな量しか残ってはいなかった。このままのペースでいけば時間余裕でクリアとなるが、パフェ最後の層であるシフォンケーキとチョコレートという甘々で胃に負担を掛けるコンボが待ち受けていた。
「美味しいね」
腹の苦しさを感じていないのかと、疑問を抱きたくなるほど蛍は淡々と食べ進めている。残り、五分の所で巨大パフェを完食することに成功し、周囲や店員から拍手喝采を浴びる。
「ごちそうさまでした。それで、玲央。話の続きなんだけど」
「この店の雰囲気ではゆっくりと話せませんわよ。仕方がないからウチにいらっしゃい」
「玲央の家?」
「別に問題なんてないわよ。俊哉の馬鹿ならともかくね」
拍手で見送られながら店を出た二人は再び駅を抜け、住宅街の道を進んでいく。
こんばんは、上月です(*'▽')
話が脱線しましたが、次回は玲央の夢について書いていきます。