外れた日常の終幕
その夢は現実と寸分違わぬほどだった。
玲央はいつものようにベッドから起き上がり、髪を整える。服のしわの確認。薄く紅を塗る。それらすべてを鏡の前で淡々とこなしていて違和感を感じて左手首に、ふと、視線を向ける。
細く色白の手があるだけだった。
「どうして手首が気になったのかしら……?」
自分でも分からないが、手首に何かあったような気がしてならなかった。だが、実際何もなければこれといった問題は無く、机に置かれた小さな腕時計を身につける。
時刻は七時を過ぎたくらいだった。
学校は長期の夏休みとなっているので、もう少し寝ていても良かったが、怠慢を嫌う玲央は休日であろうと、決められた時間に起床する。
壁掛けカレンダーには今日の日付に丸印が付いていた。その丸内には小さな字で「プラネタリウム」と書かれていた。
「そう……だったわね」
朝食を手短に済ませ家を出る。
真夏の日差しに眼を細める。肌からじんわりと滲みだす汗をハンカチで拭き取りながら、なるべく日陰を通って駅に向かう。携帯電話には一件の着信もなかった。電話帳には家族と学校の友人数名だけと、とても閑散とした交友関係。それでも別に問題はなかった。むしろ、馬鹿な友人を増やしてどうなるというのだろうか。
「…………」
不意に脳裏を何かのシルエットが一瞬浮かび上がる。
耳元で耳障りな奇声を上げたり、馬鹿丸出しな発言をしては下品に大笑いする男のような影。
「誰よコイツ……勝手に人の脳内を汚染しないでほしいものですね!」
イラついてくる。
脳内から消し去ろうとしても消えるどころか、そのウザったらしさを増していく。
思わず舌打ちをしてしまった。
周囲の乗車客から一瞥を受ける。
どうやら、少々音が大きかったらしく、反省をする気はない。
電車の窓から空を見上げて、玲央の表情は驚愕したものとなる。
「なによ……あれ」
空に向けた視線は赤い歪んだ空間が口を大きく開けていた。目を凝らしてよく見れば、その空間から何かが地上目掛けて落下していく。いや、正確には舞い降りると表現した方が正しいだろう。その数は十や百などではない。数千でもくだらない数だ。
「……天使?」
瞬間――。
遠目に見える街は轟音と共に崩れ落ちる。近代化の象徴ともなる高層ビル群は土煙を天に昇らせながら瓦解する。電車の窓が大きく軋み、直後に暴風が電車を叩き付け、そのまま勢いに呑まれて横転してしまう。
「痛ッ……」
身体が動かない。全身から伝わる鋭い痛み。かろうじて顔だけを少しだけ動かして見ると、日差しを受けキラキラと光るガラス片が全身に突き刺さっていた。
溢れ出す血液。
周囲からもくぐもった呻き声が聞こえる。
いったい、何が起こったのだろうか。玲央にはもうその原因を考えるだけの余力もない。襲い掛かる睡魔。このまま寝てしまえば自分は死んでしまうだろう。だが、抗えぬ死神の誘い。
「……みんな」
玲央の無意識が見せた誰とも知らぬ者達。そこにいる全員が玲央に手を差し伸べる。
「…………」
日差しを浴びてなお、開きっぱなしの瞳孔で幻想を見る玲央の全身から力が抜け落ちた。
こんにちは、上月です(*'▽')
出来れば今日中にもう一話くらい投稿できればいいなぁ、と思います