赤レンガの喫茶店
この日の空は曇天に覆われていた。
都心に在りつつも蝉の鳴き声と電車の音を除き、静寂が満たされた国佐田駅前。蛍の住む有羽高台とは違う静かさだ。有羽高台は閑散としているイメージだが、国佐田は威厳を掲げる玉座のようで居心地が悪い。
「玲央に似合うかも」
この凛とした空気は玲央という少女のイメージにぴったりだった。
「何が私に似合うのかしら?」
「ん……玲央、どうして後ろから?」
突如背後から掛けられた声に振り返ると、ノースリーブの白いワンピース姿の玲央が溜息を吐いていた。
「呼び出した私が遅れる訳にはいかないでしょう? 早めに来てそこの喫茶店でお茶をしていたのよ」
それは改札口と隣接して造られた小さな喫茶店があった。蛍はなるほど、と納得して頷く。
「ホント、貴方は時間ピッタリに来るのね。どこかの顔面底辺も見習ってほしいわ」
「俊哉はキッチリ四十五分遅れてくるからね」
「ええ。まったく……蛍とあの馬鹿は本当に可笑しな組み合わせね」
「僕もそう思う。それより、夢ってどんなの?」
本題を切り出した蛍に玲央は「そうだったわね」と表情を険しいモノに変える。
「行きつけの喫茶店とかでいいかしら?」
「どこでもいいけど。玲央ってよく喫茶店に行くの?」
「行くわよ。特に一人になりたい時とか……ね」
一瞬だが、玲央の瞳に翳りのようなモノが浮かび上がる。蛍はそれに気づいた素振りを魅せることなく頷いて、進行方向はどっちか問うように指先を三方向に分かれている道を順々に指していく。
「残念ね、そのどちらでもないわ。駅の反対側よ」
掃除の行き届いた国佐田駅内を突き抜ける。反対側には住宅街ではなく、小さく小綺麗な店舗が立ち並んでいた。もちろん、海老沢駅のように人でごった返し騒音に包まれてはいない。エリート商社マン、紳士然とした老人、最低限のされど高価そうなアクセサリーに装飾された婦人。蛍が普段お目にすることのない別次元の人種が街を往来していた。
曇りないショーウィンドウに飾られた商品の値段も、一般家庭では手が出ないようなモノばかりだ。そんな小さな商店街を歩いていき、中間あたりに十字路の右側に、蔦が巻き付いた赤レンガ造りの小さな店の前で玲央は足を止めた。
「さっ、着いたわよ」
「……む」
蛍はおもむろにズボンから財布を取り出し中身を確認する。
「安心なさい。貴方には一銭たりとも払わせませんわよ」
「うん。ありが……」
ありがとう。
そう言おうとしたところで視線は店前に出された看板に描かれた商品名に釘付けとなる。
「ちょっと! 聞いてるの……かしら?」
蛍の視線に気づき、玲央もその先を見やる。
超特大苺バナナパフェ、二千円。
「か、構いませんわよ。頼みたいなら、頼みなさいよ」
「え……いいの?」
「私、同じことは言いたくないの」
「うん、ありがとう」
二人はレンガ造りの喫茶店に足を踏み入れた。
おはようございます、上月です(*'▽')
投稿一日遅れてしまい、もうしわけありません。
クルトとの戦闘はもうしばらくお待ちください。