雪斗の行きつけの店
雪斗に手を惹かれ訪れた場所。
海老沢駅からバスで三十分程度。近代化の象徴たる高層ビルなどなく、時代に取り残されたかのような古ぼけた商店街の一角にある小さな喫茶店だった。
「ここは?」
「まあ、いいから入れよ。別にいかがわしい場所じゃねぇから安心しろ」
言われるまま扉を押し開くと、客の出入りを知らせるベルが小さく鳴る。薄暗い照明にジャズミュージックが流れる狭い店内。されど陰気さなど感じさせない。むしろ、どこか品性を感じられるが、芸術的感性を持ち合わせていない蛍は、なんの感慨もなく店内に足を踏み入れる。
「親父、テキトーになんか食わせてやってくれ」
「んあ……よぉ! 雪斗、オメェさんが誰かを連れてくるなんて珍しいじゃねぇか?」
「うっせぇ、いいからなんか食わせろよ」
厨房の奥から陽気な声と共に、毛髪一本存在しない頭頂部を撫でながら、老人が顔を覗かせた。
「まったく、お前さんは昔っから口が悪いなぁ。どれどれ、リクエストがあれば作ってやるぞ」
「だとよ。蛍、お前なにか食いたいものとかあれば伝えとけ。クソ爺が作る飯にしては美味いからよ」
「ん。じゃあ、オムライス」
「俺はいつものだ」
「あいよぉ、テキトーに座って待ってな」
真っ赤な革のソファに対面で腰を下ろす。
普段、お互いに二人きりになる事が無いので、さて何を話したものかと、蛍はぼんやりと話題を模索していると、その様子を察してか雪斗が口を開く。
「この店、すげぇボロイだろ。俺が生まれる前からあったらしくてよ。まっ、ガキの頃からの馴染みの店ってやつだ」
「おじさんと仲がよさそうだったね」
「ん……あぁ、まあな。複雑な家庭で育った俺の面倒を親身になって見てくれてたからな。それに、見ての通り、客なんて誰一人来やしねぇ。俺くらいなもんだ」
「そっか、雪斗はおじいさんが心配なんだね」
「はぁ!? そんなんじゃねぇよ。ただ……」
続く言葉を必死に模索していたが、何も思い浮かばずに髪を力任せに掻く。
懐から小さな白い箱を取り出し、中から一本の煙草を抜き取る。
「吸わせてもらうぞ」
「うん、いいよ」
テーブルの上に置かれた百円ライターを手に取り、慣れた手つきで煙草を吹かす。ただよう白煙がこの店内の一部だと言うように違和感なく漂っている。
「蛍。一つだけ聞いていいか?」
「うん」
「正直に言えよ。アイツに勝てる自身はあるのか?」
アイツとはクルトの事だろう。
蛍は白煙を眺め試案するそぶりを見せる。その間も雪斗は口を挟まず、ただ煙草の煙を吐き出していた。
「どうだろうね。さっきも言ったと思うけど、僕の能力はまだ完全には覚醒してないみたいだし……どんな力なのかも分からない。だから、勝てるかどうかなんて分からないよ。でも、負けたくはないかな」
「……まぁ、負けたくはないって意志はちゃんとあるみてぇだな。クルトと殺り合う日まで後三日だ。考えるなり、がむしゃらに動き回るなりお前の好きにすればいい。だがよ、なにも一人で考えこむ必要はねぇ。俺達は仲間だ。相談にも乗るし、一緒に悩んでやる。だから、変に気負うな……って言っても、気負う性格でもねぇか」
「ねぇ、雪斗」
「……あ?」
「やり直したいことってある?」
唐突に、まったく関係ない問い掛けに雪斗は呆然とした。
こんばんは、上月です(*'▽')
「やりなおしたい事」ってやっぱり誰にもあると思うんですよね。
さて、次回の投稿は土曜日くらいを予定しております