蛍の意志
倒れ伏し、ピクリとも動かない悠理に蛍達が駆け寄ろうとするが、ヘルトの投擲した刀剣が彼等の足を阻むように地に突き刺さる。
「テメェ、なにしやがる!」
雪斗はヘルトを睨み据え、目の前に突き刺さる刀剣を引き抜こうと柄を握るが、まったく抜ける気配がない。
「まだ、勝敗のジャッジは下されていない」
ヘルトは道場の宙を仰ぎ見る。
「キミ達の初めての敗北だね。さて……この勝負はヘルトの勝ちだね。となれば、次は傷の手当か」
フワリと地に降り立ったクルトが、血溜まりを作り蒼白の顔色をした悠理の傍に屈みこむ。
白く細い手で傷口を撫でる。
「まったく、相変わらず見事なまでに綺麗にパックリとやってくれたものだね」
斬り裂かれた衣服の隙間から血を溢れ出させる傷口は、一切の歪みなく、切り開かれていた。
「まぁ、お陰で治癒が楽でいいんだけどな」
クルトの掌から淡い光が生まれ、それらは傷口に吸い込まれるように降り注ぐ。そのあまりにも美しい光景に蛍達は息をすることも忘れ、ただ、呆然とその様子を見守っていた。
「そういやさ、悠理ちゃんが負けたってことは、次の戦いは誰かがヘルトと戦うって事なのか?」
思い出したように俊哉が疑問を口にする。
「まぁ、普通はね。でも――」
「俺は辞退する。この至高の戦いを、下らぬガキ共のお遊びで汚したくはない。クルト、あとはお前が勝手にやっていろ」
「ふぅん、まぁいいけどな。ということだ、俊哉君。次の戦いは俺が直々に戦うことになる。そして、キミ達は全員一巡したみたいだし、誰でもいいよ?」
瞳を閉じた美人が不敵に笑う。
一同の背には何か、言葉で表現するのも謀られるようなモノが駆け抜け、言葉を詰まらせた。
クルトの今の笑みに一体どのような意味合いが込められていたのだろうか。その真意は分からない。ただ、彼女の壮絶な何かをやり遂げようとする意志だけが、重苦しく、伸し掛かる。
それでも、一人。
彼女の重圧を受けてなお立ち上がる蛍。
「じゃあ、僕が相手する」
「えっ、マジか? いやいや、待て。ここは俺が行くって!」
「剣を振り回すだけが脳のお前が立ち向かって、アイツに勝てるわけねぇだろ。テメェもそうだ、蛍。俺の拳ならもしかしたら、なんとかなるかもしれねぇ。だから――」
「いやだ。僕がやる」
「……は?」
雪斗の言葉を遮り、己の遺志を貫こうとする蛍。
この場に居たヘルトやクルトを含め、一瞬だけ呆気にとられた。特に付き合いの長い俊哉は蛍の顔を凝視する。
「そっか。ああ、分かった。だったら、蛍、俺と……いや、俺達と一つだけ約束しようぜ」
「……約束?」
「おうよ! 絶対に負けないって約束だ。もし、負けたら俺たち全員に飯を奢る。逆にお前が勝ったら、俺たち全員がお前の好きなモノを奢る。面白そうじゃね?」
「うん、面白そうだね。いいよ」
勝手に進められていく会話に睦月が割って入る。
「ちょっと、待って! 本当に大丈夫なの? 相手は今までの奴らとは規格外の強さを持っているんだよ。人選はもっと慎重に決めた方が……」
「まぁ、いいんじゃないかしら?」
「玲央!」
「耳元で大きな声を上げないでくれるかしら。睦月、いま言ったわよね。今までの奴らとは違う規格外の強さだって」
「うん、言ったけど……それが、なに」
「はぁ……良いですか。規格外の相手に人選も何もないってコトよ。つまり、蛍だろうが顔面底辺だろうが、誰でもいいでしょ。なら、やりたいっていう蛍に任せてもいいんじゃないかしら」
それでも、納得の出来ない睦月を蛍が見上げる。
「大丈夫だよ。僕は死なない、負けないよ」
「蛍……」
「だから、やらせてほしいな」
渋々承諾する睦月。
世界の命運を賭けた戦いは次の一戦で一度、幕を下ろすのだ。
こんばんは、上月です(*'▽')
次回は蛍とクルトの戦いとなります。