己こそが刀剣である!
視界全域に広がる冷たい闇。
肌を濡らすヌメっとした海水。
ヘルトは自分が地に足を着けているのか、それとも浮遊しているのか。その感覚すらも分からない。ただ、一つ確信をもって言えることがあった。
それは、この聖域が強者にとっての狩場であるというコト。
「呼吸は問題ないか。だが……」
水中であってもどうやら酸素に変化はないが、問題はそれ以外にあった。
「ほとんどの感覚が使い物にならぬか。面白い! くく、この圧倒的不利な領域で俺は戦士として勝利を得る」
視覚・嗅覚・聴覚は完全に封じられ、相手の気配も周囲の水が邪魔して感知できない。そして、なにより、武人である彼を一層に不利たらしめるものは、水中ゆえの動きの不自由化。
ヘルトは思考する。
この身体に纏わりつく水中で、どのようにして刀剣を振るべきか。
きっと、この感覚遮断と動きの抑制は、悠理には適応されていないだろう。今も何処かで此方の動きを観察し、狩人のように一撃必殺の瞬間を見据えているに違いない。
「――ッ!」
背筋を走る熱を帯びた痛み。
緩慢ながらも身体を捻り、背後に振り返ると。闇のなか、僅かに見えた妖艶なる輝きを魅せる鎌の先がヘルトの血を水中に漂わせながら消える。
「あの女……以前宿っていた魂より、危険な臭いがするな」
その臭いとは、嗅覚で感じられるものでは無い。
戦士が歴戦の命のやりとりのなかで培ってきた、直感という感覚器。
「いまのは少々油断したが、次はそうはいかないぞ」
闘争心が勢いよく猛り始める。強者と斬り合える興奮が手を小刻みに震わす。
「俺は害悪を払う剛の刀剣でありたい。ただ、力。いかような強者をも一撃の下に断つ武神になりたいと切に願う。さあ、今こそ戦場だ。鋼を打ち合わせる鎮魂歌こそ俺を鼓舞し囃し立てるのだ――ヴェイド カルマナンダ」
手に持った刀剣が発光する。
とても、小さな光。
この場を満たす深海の闇を払うには弱すぎるほど。
「武神――ヘルト、推して参るゥ!!」
ヘルトの一喝に呼応するように刀剣が脈打った。
こんにちは、上月です(*'▽')
以前の投稿からだいぶ経ってしまいましたね。
この夏休みはあまり家にいることがなく、書く時間がとれませんでした。
次の投稿は未定です