深海の切望からなる能力
ヘルトの戦場である道場は、まるで深海のような息苦しさが漂っていた。もちろん、この原因は大鎌を持つ少女であるのだが、その彼女の仲間達も息苦しそうに肩を上下させて懸命に酸素を肺に送り込んでいた。
「なんだ、この身体に纏わりつくような重苦しい空気は……」
「ふふふ、これが私の能力なんだ~、どう、びっくりした?」
悠理はまるで何も感じていないかのように、あっけらかんとした様子だ。
仲間が苦しそうにしている姿には気づいているはずだ。なのに、何故、この女は心配する素振りも見せずに、楽しそうに笑っているのか。ヘルトが初めて目の前の常識に対して薄ら寒さを感じ、それを打ち消すかのように手に持っている刀剣を握りなおす。
「だが、この能力、これで終わりではないのだろうな」
「どうでしょうねぇ」
息苦しく、身体が思うように動かない。
ただ、それだけなのだ。
人間の身である蛍達からすれば、命に関わるだろうが、ヘルトは常識の外側の非常識。慣れてしまえば、どうということのない能力だった。
「さぁさぁ、ヘルトさん。戦闘の続きをしようよ」
「……いいだろう。この異常ごと切り捨ててやる」
ヘルトは全身にのしかかる空気を振りほどくように大きく跳躍し、刀剣を一閃させる。
「シッ!」
「うくっ……痛いなぁ、もう少し優しくしてほしいかな」
先程まで衝撃に押されていた悠理は難なくその一撃を大鎌の柄で受け止め、そのまま流し捌く。
「シッ! ……ハッ!」
二撃、三撃と空気を裂く音と共に白銀の残影が宙に描かれていく。
「おっ、やっ! ふふん、そろそろ攻勢に出ようかなぁ」
「……ッ!」
刀剣の一撃を受け流した悠理は、バランスを打ち崩されたヘルトの腹に柄の後端を叩き込み、そのままゴルフのスイングに似た動きでヘルトを投げ飛ばす。
「みんなもそろそろ辛いだろうし、早く終わらせちゃおうか」
距離を開けた悠理は一層に魔力の奔流を道場内で満たしていく。
「私は暗く暗く、日の光も届かぬ深淵の海域に沈み、天上の温もりを切望する。どうして、私は沈みゆくのか、誰に問いかけても返答は来ない。さぁ、闇色の海よ。私とともに今こそ天上に侵攻せよ――アントゥーラ リオ オベライダン」
光差す道場の床から溢れ出す墨より黒く暗い水が水位を増し、道場の天井まで満たして全てを飲み干した。
こんばんは、上月です(*'▽')
本来は土曜日に投稿する予定だったのですが、仕事が遅くなり投稿が出来ませんでした(´;ω;`)
次回の投稿は今週中になりますので、よろしくお願いします!