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Piece of arcadia  作者: 上原久介
chapter.1
2/35

少女との出会い

 メエリタ大陸中部にあるスイル国の小さな町、パルウァエ。

 周囲を山と森に囲まれた自然豊かな町だ。田舎で地図にも小さく名前を書かれる程度。立ち寄るのは行商人か、近くにある遺跡目当ての冒険家や学者くらいというど田舎っぷりである。

 そんな町の一角にある道具屋『アルキュミア』内に、これでもかと言う程ご立腹なようすの女性と、それに抗議する少年がいた。

「こんなん話にならないわ、ヴィル」

「ひっど!!」

 ヴィルと呼ばれた少年――ヴィル・シーナーは、深緑の瞳をつり上げながら言った。土色のぼさぼさした髪には、あちらこちらに木の枝や草が、大きなゴーグルとともに鎮座している。藍色を貴重としたくたびれたコートと、手にはめた真っ白であっただろう手袋も、同じように草と土で汚れていた。いかにも森で遭難しました、というような風体である。

 一方女性はというと、眉間に皺を寄せ、カウンターの上に胡座をかいて座っていた。好き勝手に跳ねた長い黒髪に、(まなじり)の上がった赤い瞳は眼鏡越しに見ても明らかに不機嫌そうな色を浮かべていた。スリットの入った黒いロングスカートを履き、腰にはじゃらじゃらと様々な石や道具がつり下げられている。

「ひどい? 何が?」

 独特の威圧感を放つ彼女に、ずり下がったゴーグルをくいっと持ち上げながらヴィルは、なおも抗議した。

「早朝に! しかも魔物まみれの遺跡近くに剣一本で放り出されて集めてきたのに、そりゃないだろ師匠!?」

「ええ、褒めてもいいわ」

「じゃあ何でだよ?」

「指定した素材が間違ってるから怒ってるのよこのアホたれが!!」

 師匠と呼ばれたその女性――ヘカテ・ミーミルは、ごつんと鈍い音を立てながらヴィルの頭に拳骨を落とした。あまりの痛さに、声にならない悲鳴を上げてうずくまる。

「いい? 何度も言ったと思うけれど、錬金術において素材は重要なモノよ。少しでも配分や材料を間違えると、下手をしたらタダじゃ済まなくなるわ。わかってる? アンタが持ってきたこれはサウラスっていう毒草よ。私が指定したアセラスと正反対の作用があるの」

「え、嘘!?」

「嘘じゃないわ。よく資料を見なさい」

「ま、まぁまぁ先生……! そこまで言わなくても……ほら、これだけでも充分品揃えに問題ありませんし! それに遺跡の周りは魔物だらけで、ヴィルもきっと疲れてたんですって! ね?」

 カウンターの奥からちょこんと顔を覗かせて、ヴィルの先輩兼看板息子(?)のローランドが言う。アイボリーの髪にハシバミ色の瞳が特徴の、この人のよさそうな青年はローランド・アイゲン。愛称はロー。確か今年で二十六になると言っていた。年の割にヴィルより背は低いが、なかなかの好青年だ。この店の道具はほとんど彼が錬金術で造り出したものである。

「ローは黙ってなさい。」

「はい。ごめんなさい」

 今日もローランドの立場は低かった。

「ヴィル、わかったらもう一度採取し直してきなさい」

「えー!? 今日こそ自分の研究進めるつもりだったのにー!!」

「あんな金かかる研究してるなら尚のことよ。少しは働いて還元なさいな」

「……ここの道具作ってんのほとんどローじゃん」

「何か、言ったかしら?」

「行ってきまーす!」

 ヴィルはヘカテに殴られる前にそそくさと店を出て行った。



 朝一番に師匠であるヘカテから素材集めを言い渡され、つい先程帰ってきたばかりでとにかく腹が減っていたヴィル・シーナーは、よく行く食堂へと向かっていた。

 食堂はアルキュミアからすぐ近くにある、『夢見るブラウニー亭』というよくわからないネーミングの宿に併設されている。

 ブラウニー亭の女将フランカの料理が人気で、昼夜問わず住民の憩いの場になっており、彼もその住人の一人だ。

「あーもう、ししょーのバーカ!! 年増!! 若作りー!!!」

「まァたヘカテさんと喧嘩したのかい?」

「そーなんだよ、聞いてくれよフランカおばさん!」

 昼食時より少し遅い時間のおかげか、食堂内の人は少なく、ヴィルの声がよく響いていた。

「そりゃ、師匠にはいっぱい迷惑かけてるけどさぁ……」

 数年前のことだ。孤児として路頭に迷っていたところを師匠――ヘカテに拾われたのだ。そして錬金術に出会い、今に至る。彼にとってヘカテは、親であり目指すべき道を示してくれた師でもある。多大な恩を感じていないわけがない。時には理不尽にしばき倒されもするが。

「それがわかってんなら、真面目にやることさね」

「真面目にやってるよ! ……でもなーんか失敗ばっかするんだよなぁ」

 ここ最近、彼はどうも不調だった。やることなすこと全て裏目に出たり、些細なミスが大失敗に繋がったり、黒猫が目の前を三往復ぐらい横切ったり、何もないところですっ転んだり。とにかく調子が悪い。

 フランカおばさんはそんなヴィルを横目に見つつ、食器を拭きながら溜め息を吐いた。

「そんなに造り出したいモンなのかい? 『賢者の石』ってのは?」

「当たり前だろ? 錬金術師最高の到達点だよ?」

 『賢者の石』。錬金術師なら誰でも一度は、その手で造り出してみたいと願う物質だ。もちろんヴィルもその一人である。

 どんな魔石よりも魔力を溜め込み、まったく素養がなくても魔術が使えるようになったり、不老不死の効果を与えたり、卑金属を金属に変える。今まで誰もその錬成に成功しておらず、言い伝えだけが残っている伝説の代物だ。それに成功したなら、将来遊びまくっても有り余るほどの成功者になれるだろう。

「あー……金がそんなに欲しいのかい?」

「そりゃ、研究費用ならいくらでも欲しいけどさー……」

 そうじゃない。と口の中で呟いた。

 べたんとカウンターに突っ伏してみる。目を閉じると、何故か真っ白な光景が脳裏をよぎっていた。

「……オレは、真理が知りたいだけだよ」

「?」 

 ぼんやりとその光景を辿る。白い街、足早に歩く大人達……懐かしくもあり、忌々しい光景だ。

 そこまで辿ると、ようやく自分に眠気が襲いかかっているのだとわかった。

「どうしたんだいヴィル? いつもより元気ないねぇ」

「んー……眠いだけっぽい……」

「ちょ、カウンターで寝るんじゃないよ! まったく !ヘカテさんのおつかいは!?」

「はっ!! そうだった、行かないと!! おばさん、お代……」

 ヴィルがカウンターにお代を置いて出て行こうとしたその時、


 がらんがらんがらん!!


 叩き付けるようなドアの音ともにけたたましくベルが鳴った。

 驚いて振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。

 いや、正確にはふらつきながらやっとのことで立っているようだ。肩が上下するたび、長い朱茶あけちゃの髪がはらはらと流れていく。

 少女は一見すると剣士のような出で立ちで、あちこちに木の枝で引っ掻いたような傷がついていた。

「……どうしたんだろ、あの娘?」

 ぼそりとおばさんに言うと、

「厄介事のような予感がするねぇ」

 と一言。

 一転して営業スマイル全開で少女のほうへ歩み寄っていった。

「いらっしゃい、嬢ちゃん! どうしたんだい、その格好? 魔物にでもやられたのかい?」

「…………魔物?」

 少女はゆらりと食堂のほうへ一歩、また一歩と歩き出した。

 なんだか知らないが、怒りに近いオーラがこれまた少女の異様さを際立たせていた。正直に言おう、超怖い。

「魔物なんて、今は些細な問題よ……それより、」



「この食堂のメニュー、全部。よろしくね」 



 一瞬、食堂内に戦慄が走った。

 なぜって? そりゃ、この少女の顔が完全に獲物を狩る顔だったからだ。

 そのインパクトはあのフランカおばさんでさえ三秒くらい静止していたことからも伺えるだろう。

「全部って……一人でかい?」

「当たり前でしょ」

「本当に?」

「本当に。」

「………………」

「………………」

「モニカぁああぁあああぁぁ!! 緊急昼ピークシフト!!」

「は、はいぃぃぃぃいぃぃ!?」

 フランカの怒号とともに、急遽奥で休んでいたおばさんの娘――モニカが招集され、静かだった食堂は、たった一人の少女の一言で、あっという間に戦場へと変化したのだった。


******


「……えげつねぇ…………」

 まさかの事態に取り残されたヴィルは、ひとまずフランカたちを手伝うことにした。が、先程も言った通り、厨房は戦場のごとき有様で、料理スキルの大してない二等兵レベルの彼では配膳くらいしかできなかった。

 おかげで、先程の少女の食べっぷりを拝むことができたのだが、その感想はこれまた先程ヴィルが零した通りである。

 彼も決して人のことを言えた義理ではないのだが、自分よりも細身の女の子の体に次々と料理が消滅していく様はまさしくそのとおりとしか言いようがない。

「なあ、きみ。そんなに食べて大丈夫なのか?」

「何よ。太るって言いたいの?」

 意思の強そうなアッシュグレイの瞳で睨まれた。格好のほうに目が行っていたが、よく見るとかなり美人だ。きりっとつり上がった眦は長い睫毛で縁取られており、より凛とした印象を強めている。朱茶の長い髪も彼女の瞳の色や雰囲気によく似合っていた。

 もちろん太るっていうのもあるが、問題はもう一つ別の場所にある。

「お金なら大丈夫よ。ちゃんと仕舞って……」

 と、彼女はそこまで口にすると、ぱたぱたと自分の服や体を叩き始めた。時々、「えっ嘘!?」とか、「なんで!?」とか言って更にばたばたと何かを探している。

「…………まさか……」

「!?」

 ふと背後に殺気を感じた。

 どす黒いオーラを放つフランカである。

 言い忘れていたが、フランカの夫はこの町の自警団長をやっていて、彼女もその影響か、暴力窃盗無断飲食などなど犯罪と呼ばれる行為全般が大嫌いだ。そんな不埒なことをする輩は、その拳を以て制裁を与える。その強さは恐らくこの町一番と言っても過言ではないだろう。彼女の夫が「彼女の強さに惚れました」と頬を染めて乙女化するレベルである。

 そのフランカが、この状況を放っておくはずがない。

「……嬢ちゃん、ま、さ、か、金を持ってないっていうんじゃないだろうね……?」

 フランカは、殺気を隠しきれていない笑顔で一歩、また一歩と少女に近付いていく。

 対する少女はというと、大粒の冷や汗をかきながら一歩、また一歩と後ずさる。

 大丈夫、素直に「働いて返しますほんとうにすみません!」と言えば、おばさんは許してくれるはずだ。その後馬車馬のごとく働かされるが、あとでトラウマになるような目に遭うよりは遥かにマシだろう。お願いだそう言ってくれ! こうなったおばさんはものすごく怖いから! 

 ヴィルは心の中でそう叫んでいた。

「え、えっと……その…………ごめんなさいさよなら!!」

 少女はそれだけ早口で言うと、信じられない程の早さでブラウニー亭から去っていった。

「…………って、食い逃げかよ!?」

「よし、ブッコロス」

「落ち着いてお母さ――――――――――――ん!!」

「フランカおばさん相手女の子だから! 穏便に!! 穏便にね!!」

 慌てるヴィルとモニカをよそに、フランカはものすごいスピードで店を飛び出していった。

 ブッ殺スイッチが入った彼女が食い逃げ少女を捕まえるのにかかった時間はおよそ三分。

 少女の安否のほうが心配になったモニカに、二人を捜してきてほしいと頼まれた直後だった。


******


「で、何で食い逃げなんてしたんだい?」

「お金がなかったから」

 そうフランカに問われると、少女はまるで何事もないかのように答えた。ものすごい度胸である。

 そういう度胸はすごいのだが、ヴィルを挟んで彼の後ろに隠れているもんだから、おばさんの殺気がぐさぐさとオレにも刺さってきて正直迷惑だ。

「じゃあ、働いてでも返してもらうからね!!」

「本当に申し訳ないと思ってるわ。でもそれはできないの。私、急いでるから」

「はぁあああぁあああぁん!?」

 火に油を注ぐとはこのことか。フランカは至近距離で鬼のような形相をして舐めるようにガンを飛ばす。

「ひっ」と短い悲鳴が後ろから聞こえてきたが、怖いのはとばっちりを食らっているこっちのほうだ。

 フランカを怖がってはいるものの、少女は少女で引き下がれないらしい。切迫した声で彼女に訴える。

「だから、長い間ここにいるわけにはいかないの! お金は返したいのは山々だけど、急いで遺跡に行かなくちゃ……!!」

「まだ言い訳するのかい!? いい加減にしないと、本当に怒るよ!!」

「言い訳なのはわかってるわ! でも早くしないといけないの!」

「早くしないとだとか急いでるとか言ってるけど、何をそんなに急いでるんだい!? ちゃんと金を返す時間くらいあるんじゃないのかい!?」

「あー、もう! わからない人ね!! その時間がないから食い逃げしたんじゃないの!!」

「開き直るんじゃないよ!!」

「開き直んなきゃやってらんないでしょーが!!」

 ヴィルを挟んで二人の言い合いはどんどん加速していく。それも酷い方向にだ。ヴィルは思いっきり息を吸い込んで、


「だ―――ッ!! ストップ!! 二人とも!!」


 ぴたり、と二人がこちらを見て静止する。

 正直やりたくはないが、少女も何かしら理由があるようだし、この場を丸く治めるにはコレしかないだろう。

「オレがそれ、払うよ。おばさん、それでいいだろ?」

 そう言うと、おばさんは目を丸くして、

「……いいのかい、ヴィル? 赤の他人じゃないか」

「この娘困ってるみたいだし、放っておけないよ。それに、このままじゃ埒があかないだろ?」

 ちょうどこの間ヘカテから小遣いという研究費をもらったばかりだ。先月の研究費も貯めてあるから充分足りるだろう。

 彼の行動に驚いたのはフランカだけではなく、もちろん件の少女も同じようだった。くい、と袖を引っ張られたので振り返ってみると、先程言い合いをしていたときとは一転、申し訳なさそうな困惑した表情でヴィルを見つめていた。

「……その、あなたは関係ないのに、巻き込んでごめんなさい」

「いいって。気にしなくていいよ」

「……気にするわよ」

「じゃあさ、今度パルウァエに来たら、その時に返してくれよ。オレ、あっちの道具屋に住んでるからさ」

「……それで、いいの?」

「もちろん」

 そう言うと、少女はそれまで険しかった表情を和らげ、ふわり、と笑い、言った。


「ありがとう」


 と。

 その笑顔は、今まで見てきた中で、一番愛らしい笑顔だった。


「で、おばさん、お代いくら?」


「全部で六千ガルだよ」

(※一ガル=日本円で十円程度)

 先々月分の研究費も貯めておいてよかったと、心の底から思った瞬間だった。



******



「えっと、確かヴィル、だったわよね? さっきは助かったわ、ありがとう」

 深い溜め息とともにブラウニー亭を出ると、先程の少女が扉の横でヴィルを待っていた。

「きみ、急いでたんじゃなかったっけ?」

 支払い云々をしている間にどこかにいなくなっていたので、少し驚きだ。

 そう言うと、少女はひどく心外そうな顔をした。

「お金を稼ぐ時間はなくても、あなたにお礼を言う時間くらいはあるわよ。ま、その目的は果たしたし、私は行くわね。それじゃ、いつか必ずお金返しにくるから」

「あ、そういえばきみ、遺跡に行くんだっけ。オレも行くよ」

「はあ!?」

 そういえばヘカテのおつかいのことをすっかり忘れていた。

 ヴィルがそう言うと、彼女はひどく驚いた様子で詰め寄ってきた。どことなくその表情には焦りのようなものが浮かんでいる。

「あなた聞いてた? 私は今、あなたに別れの挨拶をしたわけなんだけど」

「だってあそこ、結構凶暴な魔物出るし、女の子一人じゃ危ないだろ?」

「平気よ。ついてこないで」

「オレも遺跡らへんに用事あるし」

「…………」

 少女はくるりと身を翻すと、すたすたと歩き始めた。数メートルほど歩くと振り返り、一言。

「行かないの?」

 眉間に皺を寄せて、怒っているような表情だ。

「いいのか?」

「言ったでしょ、急いでるって。行かないなら一人で行くわよ」

「待っ、行くってば!」

 駆け足で少女に並ぶと、ふと彼女の名前を聞いていないことに気付いた。

 少女も同じことを思ったらしく、表情を和らげて、

「そういえば自己紹介がまだだったわね。私の名前はシェスカ。シェスカ・イーリアスよ」

「オレはヴィル・シーナー……って知ってるか。よろしくな」

「ええ。よろしくね」

 そうしてヴィルは意気揚々と町の外へ足を踏み出した。

 空を見上げると、こちらは晴れているのに、遺跡のある森の向こうが薄黒くなっている。

「帰る頃には降りそうだな……」

 ぽつりと零した独り言に、少女――シェスカは「そうね」と返してくれた。



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