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Piece of arcadia  作者: 上原久介
chapter.3
12/35

地下の地下道

 再び地下通路に入って数日。魔物はちょこちょこいたものの、以前追いかけられたあの大蛇のようなものはいなかったので、ヴィルやシェスカだけでもどうにかできるものだった。

 充分に準備してきたお陰で食料もあれば、毛布や、火を起こすものも用意していた。日の光がない、という以外はとても快適な旅である。

 シェスカを追っているという輩も今は追ってきているかすらわからないし、待ち伏せしているというやつがこちらに出向いてくる気配もない。

 実に平和で快適な旅である。

 

 現在、大きな地鳴りと共に転がってくる大岩に追いかけられている以外は。

 

「もういい加減にしろよッ!? ほんっとーに!!」

「あはは、ヤダーヴィルくんってば顔こえーよ? すまーいるすまーいる!」

「この状況で笑えるわけねーだろ!! アホか!!」

「なーんか口も悪くなってねェ?」

「あんたたち! そんなこと言ってないでいいから走る!!」

 先程の会話からわかる通り、事の元凶はジェイクィズだ。ここに至るまで何度も何度も面白がって変なスイッチを押したり、怪しい床を踏んでみたりと、いちいちあげてはキリがない。

 ブランとノワールの苦労はこういうことか、と一人納得する。

「おっ、」

 短くジェイクィズが声を上げた。そして少し進んだ先を指差す。その先は灯りで照らされておらず、真っ暗で何も見えない。

「あれ扉じゃねえ? あそこに入っちまえば大丈夫じゃね?」

「? 何も見えないぞ?」

 疑問に思っていると、ようやく薄ぼんやりと彼の言っている扉のようなものが姿を現せた。パルウァエの遺跡から地下通路に入ってきたあの扉と似たようなものだろうか。進んでいくにつれて、ようやく人が通れそうな幅の隙間が開いているのが見えてくる。

「飛び込め!!」

 その声と同時に地面を思い切り蹴っ飛ばす。

 なんとか滑り込むように身体を捻じ込ませると、その直後に鈍い轟音が地下通路中に響き渡った。

 後ろを振り返ると、扉によって勢いを殺された大玉が何度も何度も跳ね返って、それを数回繰り返してようやく止まっていた。

 ……あれが自分にぶつかっていたとなるとぞおっとする。

「いやあ、危なかったネ!」

「誰のせいだ、誰の!!」

 抗議の言葉を向けても、ジェイクィズの改善の余地はなさそうだ。ヴィルは深いため息を吐いた。

 咄嗟に飛び込んだこの場所は何かに使う部屋だったのか、それまでの通路とは違い、ある程度の広さがある空間だった。そことなくパルウァエの遺跡――地下通路に入る前のあの場所だ――に似ている。

 もっとも、あそこは発光する花のお陰で華やかで明るかったが、ここはもっと寂れて、なにより暗い。

「あら、でも悪いことばかりじゃないみたいね」

 シェスカが地図をランプで照らしながらそう言った。

「どうして?」

 ヴィルは彼女の隣まで歩み寄ると、一緒に地図を覗き込んだ。持ってて、とランプを渡された。彼女は自由になった左手で、地図に描かれた道筋をなぞっていく。

「さっきのトラップで結果的に近道できたみたいよ。ほら、あれ」

 そうシェスカが指したのは、この部屋の奥に置かれている、白い石を削られて作られた誰かの像だった。あちこちが蔦に絡まれ、ヒビが入っているが、その造形は美しい。背中から鳥の羽根が生えた人間の像だ。

「ここにメモしてあるのってこれじゃないかしら。翼人の像」

 翼人。聞きなれない言葉だった。それはシェスカも同じようで、首を傾げながらその像の方へと歩み寄った。

「翼がある人、ね。今まで散々壁画に描かれてたのってこの人たちよね」

「そうだな。ってことは、翼が生えた人間が昔はいたってことなのかな」

「ひょっとしたら、エルフの宗教的なアレじゃねえの? ほら、神の使いってやつ」

 いつの間にかジェイクィズも像の近くまでやってきていた。彼はポケットからタバコを取り出して火を付けると、その煙をふうっと翼人の像に吹きかけた。

「ま、実際にいるかいないかはさて置いて、だ。シェスカちゃん、今ここどの辺よ?」

「最後に確認したのがここ、で今はここね。かなり進んだわ」

 どうも数時間歩く分をショートカットしつつ数十分で通り過ぎていたようだ。思った以上に短縮している。

「へぇ、順調順調~! この調子じゃ、もうすぐアメリに入るんじゃね?」

「あんたが余計なことしなけりゃ、もっと順調になるかもね」

「えー! オレ様のおかげで近道できたんじゃーん! 感謝してくれたっていいんだぜ?」

「罠に引っかからずに近道できたら、いくらでも感謝してあげるわよ」

 シェスカは地図をしまうと、くるりと身を翻して先へと進んだ。残されたヴィルとジェイクィズも置いていかれないようにその後へ続く。

「問題はあいつが間に合うか、だな」

「えっ?」

 隣から降ってきた声が一瞬、誰のものがわからなくて振り返る。ジェイクィズしかいない。当然のことだ。ここにはヴィルとジェイクィズと、それから先を行くシェスカしかいないのだから。

「ジェイク、今なんて……?」

「あーっ! シェスカちゃ~ん! 置いてかないでよ~っ!!」

 急に明るい声色でジェイクィズはシェスカを追いかけた。いや、こっちがいつものジェイクィズだ。

 さっきのは自分の幻聴だったのだろうか。とても低く、少しだけぞわりとする声。小さかったけれど、確かに彼の声だった。

 一人残されたヴィルは、頭を振って嫌な感覚を追いやると、二人の後を追いかけていった。


******


「これが最後の扉?」

「そーみたいねェ」

 ヴィルの問いにジェイクィズが答える。シェスカは扉に刻まれたエルフ語とずっとにらめっこしている。

 ここに来るまで、たくさん扉があった。大岩から逃げている時にもあった少しだけ開かれた扉や、完全に壊れてしまい、通れるようになった扉。それから、このように閉まっている扉だ。

 ほとんどはあっさり開いたのだが、これはどうやっても開かなかった。

 そしてシェスカが扉に刻まれたエルフ語に気付いて、今に至るというわけだ。

「これって合言葉だよな。パルウァエにもあったっけ」

「ええ、そうよ。あの時は絵も彫られてたからすぐにわかったんだけど、これはちょっと毛色が違うみたい」

 見て、と彼女は刻まれた古い文字を指す。

「あれ……? なんとなくだけど読める……?」

 形は現在自分たちが使っている共通文字とよく似ている。ところどころわからないものもあったが、ほとんどは共通文字と同じだ。

「時代的には最近のものね。他のよりも刻まれてから時間が経ってないように見えるわ」

 シェスカは「共通語はエルフ語に色んな言語が混ざって生まれたものだから、文字も似てるのよ」と付けたして説明してくれた。

「えーっと?『常に、それは……回っている。朝も昼も夜も、休むことなく動いている』……であってるのかナ?」

 ジェイクィズは最初の部分をぎこちなく読み上げると、シェスカに確認を取るようにそう尋ねた。

 彼女はそれに頷くと、更にその続きを読み始めた。

「『彼らは動いていることには気付かない。何度回っても、目を回さず、そのことに気付かない』ね」

「どういう意味?」

「それがわかってたら、さっさと開けてるわよ」

 シェスカはまた唸りながら、その文字と睨み合いを始める。何かヒントがないか、見落としているものはないか、何度も何度も文章を反芻しながら。

「ダメ。わかんないわ」

 ふぅっと息を吐いて、彼女はようやく扉とのにらめっこを終わらせた。

「常に回っていて、朝も昼も夜も動いてる……でも動いてることには気付いてないし、何度回っても目を回さない、そのことにも気付いてない……か」

「ワケわかんないネ。オレにはサッパリわかんねェや」

 ジェイクィズはお手上げと言わんばかりに両手を挙げた。

 ヴィルは、もう一度刻まれた文字をじっくりと読んでみた。ふと、頭に何かが降ってきた感覚。もしかしたら、という考えがすとん、と落ちてきたようだった。

「なあ、シェスカ。エルフ語で世界ってなんて言うんだ?」

「え? えっと……確か『アルダ』だったかしら」


 ガコン。


 扉から何かが外れるような音がした。そしてゆっくりと、真ん中から両開きに開かれていく。

 シェスカとジェイクィズはそれをぽかんとした顔で見つめていた。

「よっしゃ! ビンゴ!」

「わお、やるじゃんゴーグルくん!」

 ひゅう、と口笛を鳴らして、ジェイクィズはヴィルの肩をばんばん叩く。少し痛い。

 シェスカを見ると、彼女は不思議そうにこちらを見ていた。

「何で『世界』?」

「だってこれ、なぞなぞだろ? 簡単じゃん」

 そう言って笑うと、彼女は少し考えてから、ああ、と手を打った。

「意外ねぇ……情報屋の時は全くわかってなかったのに」

「それとこれとは別! とにかく先に進もうぜ!」

 地味にぐさりとくる発言だ。胸のあたりがちょっとちくちくした。


******


 扉を抜けた先は階段になっていた。長い長い階段だ。あまりにも長いからか、途中に休むためにつくられたのであろう広い踊り場が何回もあった。

 ヴィルたちはそれをひたすら上へ上へと登り続けた。地下から地上に出たらしく、壁の隙間から光が漏れ出ている。

 このあたりには魔物はおらず、とても平和だ。

「ところでさ、ジェイクは何でアメリに行こうとしてるんだ?」

 退屈だったので、ヴィルは前から気になっていたことを尋ねてみた。ジェイクィズのことだから、答えが返ってくるとは思っていないが。

 しかし、彼は振り返りながら、んー? と伸びをすると、

「アメリっつーか、フェルム大陸に用があるんだよ」

 アメリはそのついで、と答えた。

「フェルム? あそこって結構危なくないか?」

 パルウァエのあるメエリタ大陸と、それを繋ぐアメリ。さらにそこから長い橋を渡ったところに、フェルム大陸はある。

 数十年程前に三国休戦協定が結ばれているメエリタに比べて、八つもの国があるフェルムは未だ紛争が絶えない地域だ。アメリに一番近い位置にあるカルスという国が、さら東へと侵攻してこようとする彼らを抑えていると聞いている。(それ故に、メエリタ大陸の国とフェルム大陸の国は仲が悪いのだ)

 最近ではフェルム中部にある国であるシーアが勢いづいているらしく、近々戦争が起こるとか起こらないとか、そういう噂がメエリタ側にも広まっていた。

「危ねぇからこそ行くんだよ。じゃねーと、飯が食えねえからなぁ」

「危ないからこそって、どうして?」

「そりゃ、オレみてぇな傭兵は戦争がねぇと仕事がないからな」

「あら、あなた用心棒とかじゃなかったの?」

 それまでずっと黙っていたシェスカが口を開いた。その声色は少し冷ややかな響きだった。

「似たようなモンっしょ? どっちも依頼を受けて、敵を殺す仕事だ」

 世間話をするように話すジェイクィズに、彼女は思い切り眉を顰めた。虫酸が走る、そう言いたげな表情だ。

「……わざわざ死にに行くなんて、バカなの?」

「あっれー? 心配してくれてんの?」

「違うわよ」

 へらりと笑うジェイクィズは、新しいタバコに火をつけた。階段を紫煙が揺らめきながら昇っていく。

 シェスカは眉間の皺を深くして、ため息を吐いた。

「……戦争は嫌いだわ。何の関係もないくせに、首を突っ込んでくる戦争好きは特にね」

「好きでこんなんになったワケじゃねーのに、ひっでぇ言い様だね」

 ジェイクィズは苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。

「……そうね。これは私のわがままな考えよ。気を悪くしたなら謝るわ。ごめんなさい」

 彼女はゆるく頭を振ると、また階段を上ることに集中し始めた。

 どうもシェスカは、自分の納得のいかないことや、嫌いなものにはたまに感情的になってしまうようだ。普通といえば普通なのだが、彼女のそれはどこかおかしいというか、違和感を感じていた。

「シェスカちゃんって、たまーになんかあんな感じになるよネ」

 ジェイクィズがこそっとそう話しかけてきた。

「なんつーか、ムキになってるっつーかねェ」

「そう、だな」

「戦争とか紛争なんて珍しくもなんともねェのにさ。昔なんかあったとか聞いてないの、ビルくん?」

「ヴィ、ル! ワザと発音間違えなくていいっての! ……はぁ、まぁいっか。知らないよ、何も」

 そもそもシェスカ自身ですら、自分のことをほとんど知らないようなのだから、ヴィルにだってわかるはずがない。仮にわかっていたところで、彼女が自分に話してくれるとも限らない。

「えー? 知ってて隠してるとかそんなんじゃねーの?」

「ていうか、ついこの間会ったばっかりだし」

 もう随分経ったような気がするが、まだ彼女と会ってひと月どころか、数週間ほどしか経っていないのだ。それなりに人となりはわかっても、彼女の事情などはさっぱりわからないし、シェスカもあまり話したくないらしい。

――オレは、シェスカのことを何も知らない。

 知りたいと言えば、彼女はどんな反応をするだろうか。呆れながらも話してくれるだろうか。それとも、思いっきり睨みつけられて拒絶されるだろうか。

 そんなことを考えながら、先を行くシェスカの長い髪が揺れているのを眺めていた。


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