ロージアン
日が暮れて、ヴィルとシェスカは女性――名前はユゥリア・ルーデルというらしい――とともに、件の酒場ロージアンの前とやってきていた。
「私ね~、あそこで歌ってるのよ~。よかったら聴いてってね~」
というユゥリアに半ば強引に連れてこられたようなものだったが。
正直酒など飲んだこともない子供の来るような場所ではない。ヴィルはひしひしと場違い感を全身で感じていた。シェスカを見ると、彼女は自分とは正反対に実に堂々としたもので、ユゥリアの後についていっている。
「酒場って言ったら情報の宝庫よ。あの二人が地図よこすくらいだもの。なにかあるわ」
ヴィルは改めて、ロージアンの看板を見上げた。少しファンシーというかなんというか、そういう書体で書かれた文字に、薔薇のロゴをあしらったそれは、少々古く錆び付いていた。
やはり自分が入るには少し……いや、かなり勇気がいりそうだ。
「じゃあ、どうぞ~」
ユゥリアの間延びした声とともに扉が開かれる。来店を告げる軽やかなベルが鳴り響いた。
店の中はとても落ち着いた雰囲気で、一日の疲れを癒しにきたのであろう大人達が、のんびりと酒を煽っていた。暗めの照明はあたたかみのある色を放っており、どこかアットホームな印象がある。
「あら、案外いい雰囲気のお店じゃない」
シェスカが意外そうに瞳を瞬かせた。
「でしょ~? 看板で誤解されちゃうんだって~」
隠れ家的な感じで素敵でしょ~? とユゥリアはふわふわと笑う。なんでもマスターが少女趣味らしく、かわいらしいものが好きなのであんな看板になったとか。
「あれ? ユゥリアさん、誰連れてきたの? 子供?」
奥の方から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。その声の方に目を向けると、ボックス席のところでポーカーに興じている人たちがこちらを見つめていた。その中心にいる人物は……
「ノア!?」
にっこり笑って手を振っているその人物は、紛れもなくあの妙な地図を寄越したノワール・エヴァンスその人であった。
「俺もいるぞ」
そう言ってくるりと振り返ったのは、その兄であるブラン・エヴァンスだ。
「本当にあの地図でここに来るとはなぁ……」
「へへ、今回は僕の勝ちだね、ブラン!」
ノワールは満面の笑みを浮かべてチップをごっそりと自らの方へ引き寄せた。
「あら~お知り合い?」
「色々お世話になったりお世話したりの仲かな!」
そうだったの~とユゥリアは柔らかく微笑んだ。いろいろ端折りすぎな説明な気がするが、彼女にはこれで十分だったようだ。
「ここに来たってことは、やっぱり他にアテがなかったってことだな」
ブランは行儀悪く組んだ足をどっかりとテーブルの上に乗っけながらそう口を開いた。
「アテってどういうことかしら?」
「言葉通りだよ? この街から出るアテ」
少し引っかかる言い方をするノワールに、シェスカはぴくりと眉をひそめる。ぴん、と張りつめた空気が流れた。ヴィルはそんな彼らの様子を見ていることしかできない。
「とにかくこっち来て座ろうよ」
「店の人にも迷惑だしな」
不敵に笑う双子の瞳は、獲物を求めてぎらついているように見えた。
******
「なぁ、三人ともなんでそんなにピリピリしてるんだよ?」
双子がポーカーに興じていたボックス席に座ったヴィルは、隣のシェスカの様子と正面の彼らの様子がおかしいことを感じ取っていた。
シェスカはずっと眉間に皺を寄せて双子を睨みつけているし、ブランとノワールは涼しい顔でにこやかに笑っている。さっきまで一緒だったユゥリアは、準備があるからと、店の二階のほうへと姿を消していた。
「目的は何かしら?」
居心地の悪い沈黙が続く中、真っ先に口火を切ったのはシェスカだった。
「「目的だなんてとんでもない!」」
「僕らはただ、君の話が聞きたかっただけだよ?」
「しつこいストーカーの話をな」
そう交互に話すブランとノワールは、相変わらず涼しげに笑っている。
「あなたたちに話すメリットがないわ」
「俺らになくても別の人間にはあるかもよ?」
「それって誰かしらね」
「さあねぇ、僕には言えないや」
シェスカはしばらく彼らをじいっと品定めするかのように見つめていたが、軽くふぅ、と息を吐くと、肩にかかる髪を払いのけた。
「じゃあ、話せば何かしらいい情報が貰えるってことでいいのかしら? 『情報屋』さん?」
「情報屋? ブランとノアが?」
ヴィルは目を瞬かせて、二人の顔とシェスカの顔を何度も見直す。そんなヴィルの様子を見て、ノワールは不思議そうに首を傾げた。
「あれ? 気付いてなかったの?」
「シェスカさんが教えたもんと思ってたんだけど」
ブランもノワールと同じように首を傾げながら話す。シェスカはやや呆れながらやれやれと首を振った。
「言ったでしょ? 鮮度が命で、持ち運ばなくていいものって」
「あ、ああ。で、なんなんだ、それ?」
「本当にわかってなかったのね……」とぼそりと呟いてから、彼女はとんとんと自分のこめかみあたりを突きながら口を開いた。
「持ち運ばなくてもいいのは、それが記憶するものだから。鮮度が命なのは、時が経つと他の人たちに知れ渡ってしまうから。つまり、それを運んでるってことは……」
「「情報屋ってわけだ!」」
双子はそう声を揃えて決めポーズ。背も低いし、顔も童顔(実年齢は知らないが)なので、あまり決まっていないが。
「僕らの素性がわかったところでさあ商談だ!」
「こっちからの情報はこのサンスディアから出る方法を」
「シェスカさんはしつこいストーカーのことを僕らに教える」
「これでいいか?」
ブランとノアは次々と交互に口を開く。相変わらず息ぴったりだ。もう何度も見ているが、そのコンビーネーションには毎回感心させられる。
「ええ。それでいいわ。じゃあまず、この街から出る方法だけど……」
さっそく本題に入ろうとするシェスカだったが、ブランに「ちょっと待った」と顔の前に手のひらを向けられて遮られてしまった。
「俺らの情報はそれなりの価値があるもんなんでな。料金は先払いだ」
「持ち逃げされちゃ困るしね」
そう話す二人に、彼女は聞こえないくらい小さく舌打ちした。持ち逃げするつもりだったのかよ。普段はわりと良識的なくせに、こういうことは案外平気でやってのけるようだ。初めて会ったときも食い逃げ(未遂だったが)しようとしたし。
「……わかったわ。ただ、どこから話したらいいかわからないから、質問か何かくれるかしら?」
「「よしきた!」」
嬉しそうにポケットから取り出したメモ帳をばらばらとめくり出した双子を眺めつつ、ヴィルはこそっとシェスカに話しかけた。
「いいのか? 話したくなかったんだろ?」
そういえば似たようなことを地下通路で聞いた気がする。なんていうんだっけ、そうデジャヴだ。
「あの時は下手に巻き込みたくなかっただけよ。今は早くここから出ることの方が大事。違う?」
「……辛くないか?」
淡々とこれまでの経緯を話していた時の彼女を思い出す。何の感情も込もっていなかったあの声は、きっと演技だったんだろうな、と今ならなんとなくわかる。
「……ありがと。慣れてるから」
シェスカはそう困ったように微笑むと、またいつものきりっとした顔で双子達の方へ目を向けた。
「じゃあ何個か質問させてもらうぞ」
適当にちぎったメモを片手に、ブランがそう口を開いた。
「そのストーカーに会ったのはいつ頃? あと、アバウトでいいからどの辺だった?」
「半年くらい前ね。場所は……リエンの南の小さな村よ。もう焼け跡しかないけどね」
シェスカの話す内容を書くのはノワールの担当らしい。相槌を打ちながら、すらすらとメモにペンを走らせている。
「じゃあ次。そいつらの容姿でもなんでも。特徴とか」
「フードのついたマントを着てるから、顔はわからないわ。下に着てるのは多分鎧ね。一人は小柄な女で、もう一人は背の高い男だと思うわ。他にも部下みたいなのが数人いるみたい」
そのあたりは少し初耳だったりする。ヴィルが会ったあの二人は代表格二人組らしく、強さも別格だとか。他の部下らしき奴らは随分間抜けだったと彼女は話す。
「何故、そいつらに追われてるのかとかは? 言いたくないなら別に構わないけど」
「言いたくないんじゃなくって、『知らない』が正解ね。私もよくわからないわ」
「じゃあこれで最後。そいつらの出現と魔物の凶暴化…何か関係あると思う?」
ぴくり、と、それまで淡々と答えていたシェスカの眉があがった。
「……あくまで推測だけど、あるんじゃないかと思うわ」
「へぇ。あ、さっき最後って言ったけどもう一個。あいつらの倒し方ってあるの?」
「再生不可能なくらいに粉砕するか、急所を突くかしかない。このくらいなら、私じゃなくてもあのジブリールってのも知ってるんじゃないかしら?」
シェスカは素っ気なく答えると、次はこちらの番だと言わんばかりに、席に座った直後にお店の人が持ってきてくれた水を一気に煽る。
「私が知ってるのは本当にこれだけ。嘘も言ってないわ。次はあなたたちの番。この街から出る方法、教えてくれるのよね?」
「おーけいおーけい。ちょっと待てよ、せっかちだなぁ」
ブランはやれやれと肩を竦めながら、呆れたように首を横に振った。
「こっちは急いでるんだから!」
「はいはい。ノアー地図ー」
「はいよっと」
そう軽く返事をしたノワールは再びポケットをまさぐると、小さく折り畳まれた地図をテーブルいっぱいに広げてみせた。見た限り、この街とその周辺の地図のようだが、あちらこちらに赤い線や黒い線が張り巡らされていて、どうやら普通のそれとは違うもののようだった。
「はい、これが今の場所ね。で、僕らがこの街に入った道が、この黒い線」
ノワールはそう説明しながら指で経路をなぞる。
「地図持ってたのに地下で迷ってたの?」
「めちゃくちゃな迷い方したら、目印見つけるまでが大変なんだよ。あそこ方角わからないからな」
シェスカの呆れたような問いにブランは深く溜め息を吐きながら答えた。それもこれもジェイクのせいで、と小声でぶつぶつとぼやいている。
「それで、この赤い線が、これから君たちが通るであろう道ね」
そんなブランを軽く無視して、ノワールはさらに説明を続ける。
「……? 道って言われても、これ普通に門通ってるじゃん」
ノワールの指した赤い線は、このサンスディアの西端あたりから、封鎖されている門をくぐり、まっすぐアメリの方へと伸びていたのだ。怪訝な表情を浮かべるヴィルに、ノワールは自慢げににやりと口角を吊り上げた。
「この街はとっても古い街でね、大昔……それもエルフの時代からあるのさ。つまり、一種の遺跡と言っても過言じゃない」
「どういうこと?」
「この街にはもう一つ、僕らが通ってきたような地下通路があるってこと!」
ノワールが言うには、あの地下通路はアメリを中心に世界中に張り巡らされているらしい。アメリとサンスディア、それから西大陸フェルム側の橋にあるルクスディアは、元はエルフの遺跡でずっと昔からあったそうだ。そこに人間達がどんどん手を加えて現在の形になり、あの地下通路も忘れられた存在となったとのこと。
「すっげー便利じゃん、地下通路!」
通っている間は特に何も気にしてなかったが、そういう話を聞くとちょっとだけわくわくしてきた。
「といっても、あそこは知られてない上に、魔術でトラップしかけられてたり、魔物が独特の進化をしてたりで、結構危ないんだよね」
「俺達も全ての道を把握してるわけじゃないから、下手に寄り道しようとは思うなよー」
笑顔で双子に釘を刺された。トラップって例えばどんなのだろうか。やっぱり大玉が降ってくるとかかな…
「それもあるけど、どっからともなく矢が飛んできたり」
「透明な壁にぶち当たったと思ったら、全く別の場所にいたり、とかかねぇ」
そう語る双子はどこか遠い瞳だ。なるほど、迷っている間にそんな目にあってたのか……そりゃジェイクを恨むよな……と、心の中で合掌。
「まぁ、このルートを通ればすぐにアメリに着くよ。出口は三つあってね、」
そう言ってノワールは枝分かれした赤い線の先端をペンで丸く囲った。
「一つ目はアメリの第七区の森の中、二つ目は第五区の路地裏、で、三つ目は第三区のここも路地裏に繋がってる。怪しまれずに入るなら第五区がおすすめかな」
「話の腰を折るようで悪いんだけど……」
シェスカは申し訳なさそうに左手を挙げた。
「その第なんとか区ってなに?」
ああ、そっか。シェスカって記憶喪失だったっけ。記憶がなくても彼女はしっかりしているので、つい忘れがちになってしまう。
ブランとノワールは意外そうに瞳を丸くした。
「「知らないの!?」」
「ええ、まあ」
「あ、実はオレも」
ヴィルは少し瞳を逸らしながらゴーグルの位置を直す。前に訪れた時に師匠から軽く聞かされた気がするが、もう随分前のことでほとんど覚えていない。
双子は、しょうがないなぁといった風にやれやれと首を振った。
「アメリは階層状に分かれてる国でね、全部で七つの階層があるんだよ」
ノワールはさらさらとメモ帳に適当な三角形を描き、さらに横に線を引いて七つに区切った。
「下から、農業とか漁業を中心にやってる第七区、お店とかが多くて流通が盛んな第六区、五区と四区は民家が多い居住区。宿とか酒場とかはこっちのほうが多いかな。で、国のお役所とかジブリール本部とか、国立研究所とかあるのが第三区。で、第二区にアメリ王城、それから第一区にマイノス・ガラドがあるってわけ」
マイノス・ガラドというのは、アメリの中心から空へと伸びるとても高い塔のことだ。パルウァエからもその塔はうっすらと見えており、その頂上を見たものはいないとか。
アメリはその昔、エルフの都で、その中心で政が行われていた場所がマイノス・ガラドといわれている。
現在は使われておらず、貴重な遺跡のひとつとして学者たちが調査を進めているそうだ。
さすがに彼女もマイノス・ガラドは知っているようで、「ああ、あの塔ってそこから建ってたのね」と納得がいったように頷いていた。
「国っていうより、一つの街みたいね」
「そうやってなめてると迷子になるぞー? ああ見えて案外広いからな」
「確かに、国自体の大きさは結構あるよな」
ヴィルがふむふむとブランに頷くと、ノワールは自慢げに、
「それから縦にも伸びてるからね! 面積はウルンよりも大きいんじゃないかな!」
と、地図の空白部分に謎の落書きを描きながら笑う。……描いていたのはとぐろを巻いた蛇のようだ。妙に瞳がつぶらでかわいらしい。
「はい、これ。この道に従ってけば一週間もかからずに着くよ」
その落書きに「気をつけてね(はぁと)」と吹き出しを描き込んでから、ノワールは満面の笑顔でそれをシェスカに手渡した。彼女はそれをしっかりとポケットにしまうと、少し急いで立ち上がった。
「そう、ありがとう。それじゃあ私はこれで失礼するわね」
「えっ、もう出るのかよ? ユゥリアさんの歌聴いてこうぜ?」
せっかく普段は入らない場所にいるのだ。このまま帰るのは少しもったいない気がする。
「聴きたいならあなたはここにいたらいいじゃない。私はいろいろ準備してくるから。明日の朝には出発するつもりだから、しっかり休んどくのよ」
「あ、うん……わかったよ。シェスカもちゃんと休めよ?」
返事代わりに彼女は左手を軽く挙げると、そのまま店の外へと出て行ってしまった。
しばらくシェスカの出て行った扉をぼうっと見つめていると、急に頭のてっぺんに重みが降ってきた。
「つれないなぁシェスカさん」
「……ノア、重いんだけど」
彼はヴィルの頭上に腕を組み、割と遠慮なしに体重を掛けてきている。
「素朴な疑問なんだけど、何でヴィルってあの子と一緒にいるのさ?」
「シェスカが前言っただろ、巻き添えみたいなもんだって」
更に頭の上の重さが増した。ノワールの上に、ブランが乗っかっているようだ。ものすごく重い。
「なあ、降りろって重……!」
「それは一緒に行くことになった理由だろ? 俺らが聞いてるのは、それでも一緒に行く理由」
なんとなく、では説明がつかないような気がした。何故だろうか。自分が、記憶喪失で、変な奴らに追われてて、一緒にいるだけで危険だからとか帰れとか言われるシェスカと一緒に行く理由。
このままパルウァエに戻っても、ヘカテに追い返されそうだから、というのは正直違うように思う。脳裏にはまた真っ白な風景がちらついていた。瞳を閉じれば、差し伸べられた小さなてのひらがはっきりと蘇る。
「……ほっとけないから、かな」
「へぇ。やっぱり君イイ奴だね。なでなでしてやろう」
「オレよりも小さいやつにやられたくない…っていうか! それ撫でてないし揺らしてるから!!」
「ノーアー! お前、俺も揺れるっての!」
「揺れろ揺れろ~! 僕直下型地震~!」
「ていうか二人とも降りろよ!!」
ノワールは楽しそうにぐるんぐるんとヴィルの頭に乗せている腕を回す。彼の上にいたブランもまたつられて揺れた。
「あらあら、楽しそうね~」
そこへ、準備を終えたらしいユゥリアがやってきた。華やかな、しかし落ち着いた衣装に身を包み、化粧を施した彼女は、先程までののんびりととぼけた彼女とは別人のようだ。
「あら? シェスカちゃんは?」
「明日の準備があるからって帰っちゃったよ」
「そうなの~。ちょっぴり残念ねぇ~」
ユゥリアは相変わらず間の抜ける口調でしょんぼりと眉を下げた。
「まあ、ヴィルくんだけでもゆっくりしていってね~。あ、よかったら一緒に歌いましょうか~」
「え、いや、それはちょっと……!」
「遠慮しないで~さあさあこっちにいらっしゃ~い」
ユゥリアはそう言いながら、ヴィルの手を引いてピアノ横のステージへと引っ張り出してしまった。突如ステージに立つことになってしまったヴィルは、瞳を白黒させながら右往左往している。
「ヴィルってさぁ……」
「ああ、ものすごい巻き込まれ体質だな」
「しかも流されやすいね」
取り残された双子はそんな彼らの様子をぼんやりと眺めながら、隣のボックス席へと腰掛けた。
彼らの向かいには既に先客がいた。若い、二十歳前後の背の高い青年だ。酒場だというのに一人でコーヒーを啜っている。
彼はぼさぼさした長さの不揃いな黒髪を、無理矢理一つに束ねており、くたびれたシャツはあちこち薄汚れていた。きちんと髪を梳かして、子綺麗な服を着た双子とは対照的だ。
「で、目的の情報は得られたかな?」
ノワールは青年にそう微笑みかけた。彼は気だるげな瞳をすぅ、と細めると、短く「大体はな」と答えた。
「まだ足りない部分はあるが、充分だろう。あんたらの協力に感謝する」
「それが仕事だからな。ところでさぁ、あいつもう少し借りてちゃダメ?」
「そうしたいのは山々なんだが、局長が連れてこいとうるさくてな」
「元ジブリールは大変だねぇ」
ノワールの苦笑を聞きながら、青年は心底深いため息を吐いた。
すると、ステージの方から急に酒場には不釣合いな童謡が流れ始めた。そちらを見ると、楽しそうなユゥリアに促されて歌うヴィルがいた。
緊張しているのか、時々うわずった声が混じっている。
「俺もそろそろ出るか」
そう言うと、青年は代金をテーブルに置いて立ち上がった。
「あ、ちょい待ち」
ブランは何かを思い出したかのように彼を呼び留める。
「あの二人、パルウァエから来たらしい」
「パルウァエ……?」
ぴくり、と青年の眉が動いた。
「あんた最近行っただろ? そのパルウァエ」
青年はしばらく考えるように黙り込むと、小さく成る程なと呟いた。
「何が成る程なのさ?」
「答えられないな」
「けち!」
「何とでも言え」
それだけ言うと、青年は静かにロージアンから出て行った。
「あの人もつれないなぁ」
「まあいいだろ。何か面白そうな事が起こりそうな予感がする」
「へぇ、ブランも?」
双子は顔を見合わせて、にやりと笑う。
ユゥリアとヴィル、それから時折混ざる他の客たちの楽しげな歌声を聴きながら、彼らは再びトランプを広げ始めた。