第六章 炎導の─── 第一婚約者 肆
ゼルメスから放たれる音の砲弾。
まともに喰らえば魔術によって起こされる強制的な共振現象によって、一撃で肉体が木っ端微塵に吹き飛ばされる音殺爆撃。
その殺傷性しかない凶撃を、由紀は水神天后の力を借りつつ、水中でいっそ軽やかに躱していく。
ゼルメス、由紀ともに時速100キロの速度は超えている。
その移動の中での水中高速戦闘。
演じているのはゼルメス、由紀と水神天后ペア、こちらも水空対応の木神青龍と六合ペア、そして風と炎によって水中を爆進する金神白虎と火神朱雀ペアの1名と3組。
風は気圧の高低によって起きる。
そしてこの気圧の高低は、温度差によって生じさせることが可能。
白虎、朱雀共に片方のみでは水中戦を苦手とするのは否めない。
しかし、両者が組めば力を発揮することは可能である。
土神天空は動かず、大地を伝って土の槍や壁を発生させての後方支援。
指向性の弾丸では捕まらないと判断したゼルメスは、威力の弱い音の全方位は却下し、雷に切り替える。
先程は由紀の雷で行動を阻害されはしたが、本来、電気はゼルメスも得意とする所。
両者の違いは魔力を帯びた放電か、神力を帯びた放電か。
由紀の雷がゼルメスに効いたということは、逆に言えば、ゼルメスの雷も由紀に効く可能性は高い。
『るぁああああ!!』
声ならぬ声が由紀に届くと同時、ゼルメスが発した黒雷の範囲攻撃が由紀たちに襲いかかる。
水中を迸る広範囲雷撃は回避できないと見て、由紀たちは迎撃に出る。
「我が下に後れをとるものなし。武功なきものなし。然らば汝この声に応え、降り迫る穢れし光を打ち払わん。リアライズ。影想 雷切!」
立花道雪の霊威を借りて唱えつつ、由紀は腰の後ろで佩いた忍刀・月影小鴉を逆手に抜き、迫る黒雷を切り割く。
青龍たちは純粋に風で、白虎たちは風炎でそれぞれ防いだ。
由紀は更に周囲の水を使って、爆発性裂開であり毒の種を内包するスナバコノキの実を幾つも生成。
水生木。
由紀の結界と化しているこの水で埋まった空間は、木の妖精術士である由紀にとって、ある種お誂え向きの場所とも言える。
「いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな。リアライズ。影想 伊勢大輔」
低い適正値は陰陽術でカバー、即興で詠まれた歌で、一際美しく咲き誇れと威力と速度を増大させる。
ただでさえ時速250キロメートルに及ぶ自然界の拳銃が、水と木属性の妖力と神力で力を得てゼルメスに迫る。
1つ爆発すれば15前後の銃弾。
ゼルメスは全方位の音の弾丸を前方120度程に絞り、層を厚くしてこれを迎撃しつつ、由紀の攻撃に続きかけた他の十二天将たちへの牽制とした。
『……貴様、本当に人間か?』
「これは異なことを。あなたならばしっかり人間と判断できるでしょう」
『なればこそ、と言わせて貰おう』
ゼルメス程になれば隠蔽された術式だろうと大概は魔術で見抜くことができるし、今の由紀の言葉のように、本来水中で聞こえないようなものでも音波や電気信号で拾うことができる。
更に言えば、その術の対象や効果も見当がつく。
だから不可解だった。
目の前の人間が、術のサポートなしに水中で平然としていることが。
術士であれば水圧に強いのはまだ納得できる。
水の扱いに長けた術士であれば、呼吸や動きも納得できよう。
その点、目の前の少女はどうだ?
それらしき術の痕跡が見当たらないのに、呼吸も佇まいもまるで自然体。
属性も水ではなく木。
しかも短めとは言え、刀を一本携えてこの動き。
人間としては明らかにおかしい。
(人魚の係累か? いやそれならばそうと判断できる筈)
海に関連した類であれば、どの程度交ざっているかくらいの判断、ゼルメスにはつく。
それができないが故に、ゼルメスは警戒する。
一方で、由紀は感心していた。
(流石は碧の御方様、魔王でも実際に見抜けないとは)
予測を立てることはできるだろう。
しかし、実際に見抜けないのであれば、それはあくまで予測でしかなく、そしてそれは人間にも同じことが言える。
誓に一部見抜かれるのは、それが由紀の──リヴァイアサンの鱗鏡の定めた相手だから。
正確には見抜かせていると言うのが正しい。
水中で息ができること、自在に動けることは由紀にとっては今更だ。
リヴァイアサンの鱗鏡が馴染む過程で、自然とできて当然な気持ちと身体になった。
奇しくも取り込んだ初日から暫くの間、誓が由紀と共に長らく時間停止考察に励んだお蔭で、由紀の中でリヴァイアサンの鱗鏡の力は急速に花開いた。
父の死と共に誓に刻まれた、強い楔。
『幾ら才能のある人間でも、この世界で戦うにはただただ力不足。
一頭のライオンの率いる羊たちでは限界があると──。
力がいる。
幾多の猛獣を動かせるだけの王の力。
何も自分がそこに君臨する必要はない。
それでも、王だろうと猛獣だろうと、その内の一頭になる必要はある。
この世界で、守りたいものを守るために……』
リヴァイアサンの鱗鏡は、想い人に応えようとする力が働く。
自然、相性のとてもいい宿主ともなれば、その影響は色濃く反映される。
俺にとってはマジで傾国傾城級の美少女過ぎる、とか──
以前にも増して魅力的になったというか艶が出たというか、とにかくそっちを意識するとダメだ。持っていかれる、とか──
絵に描いたような花も恥じらう清楚系、男を立てて基本受け身でありながらしっかり備えて尽くすタイプ。俺が自分で抑制しないと止まれない、とか──
ここで固く繋いでおかないと不味い、とか──。
それはもう色濃く反映されてしまう。
元が同じ路線であったのならば尚更である。
そうして誓にとって傾国傾城級の美少女として、この世界で守りたいものを守るための一頭として、由紀という存在が上位次元で模られていく。
由紀にとって落とすべき、傾けるべき存在で、尚且つ従うべき、尽くすべき、守りたい存在である誓。
その誓が自分にとって傾国傾城級などと思ってしまえばどうなるか──。
墓穴を掘るにも程がある。合掌。
先の理由により、由紀は現在進行形で、戦力的にも上昇気流に乗っている。
均衡が崩れるのは、時間の問題に思えた──。




