第六章 炎導の─── 第一婚約者 弐
最近、凄く調子がいい。
念願叶い、誓様の第一婚約者となってから──。
最近、凄く調子がいい。
始まりの神海獣、リヴァイアサンの鱗鏡を身に宿してから──。
だから注意しないといけない、と由紀は思っている。
だが、どうにもふつふつと湧き上がる余計な全能感にも似た高揚感に、その思考は徐々に片隅へと追いやられてしまう。
誓の寵愛を頂いてから女としての自信がついた。
その上、リヴァイアサンの鱗鏡の影響か、以前は何かとついて来なかった身体が軽い。
戦闘ではネックだった発育のいい胸も、重みを感じつつもまるで意に介さなくなった。
下腹部を中心に身体全体が柔軟な頑強さを得ているように、由紀には感じられていた。
それもその筈。
この世界では上位次元と下位次元では、文字通り次元が違う。
上位次元のチンケな炎のナイフが下位次元のミサイルより存在としての格は上。
殆ど下位次元存在である人相手なら、下位次元でもミサイルの方が有効だろう。
しかし多くを上位次元で構成されている存在相手では、上位次元の炎のナイフが有効になる。
立ちはだかる次元の壁。
そして今、由紀が取り込んでいるのは上位次元存在。
その影響、浸食は上位次元のものであり、自然、存在を構成する上位次元の割合は増す。
過去でも現在でも、妖魔の身体の一部を身に宿して戦う陰陽師や魔術士は存在する。
存在するが──、多くはない。
それによって、妖魔扱いされて殺される危険性も生じてしまうからだ。
妖魔と、妖魔の一部を取り込んだ人間。
その線引きは何処になるのか──。
立つ側?
心の在り処?
多数決?
幸いなことに、この世界ではそんな曖昧で不明瞭なものに委ねる必要はない。
上位常識圧。
この作用により、上位次元を扱う者であればその知覚で人間か妖魔かがわかる。
逆を言えば、上位次元を扱えない者にはわからないということであり、妖魔の身体の一部を取り込んだ場合に、いつその知覚で妖魔となるかわからないということでもある。
だから一般人に妖魔扱いされる可能性は残るし、心無い術士にも場合によっては妖魔扱いされてしまう。
一目瞭然だが、火のない所に煙は立たない。
嫌疑も何も見ればわかるが、要らぬ嫌疑を持たれないためには、最初から取り込まなければいい。
安定派の考えが主流になるのは、自然な流れだったのかもしれない。
一方で、そういった方面を武器とする家系や術士たちの間では、ラインの見極めが盛んに行われることもある。
人道的であるかどうかは別として。
上位次元の割合が大きければ、単純に生物として強いのもまた事実。
割合と言うと勘違いされるかもしれないが、何も今までの由紀の下位次元部分を消しているのではなく、下位次元の上に上位次元が増えるだけ。
簡単に表現するなら、最初から下位80:上位20になるのではなく、下位100:上位25で、結果として80:20になるといった形である。
中には消したり置き換えるような場合もあるが、リヴァイアサンの鱗鏡は増やす類だ。
由紀と相性がいいことも手伝い、その力を存分に発揮している。
仮にそのせいで、相性がよくて何度も生命の神秘を感じることを熱感知したお相手(よくわからないが危機感を懐いている)が、何かと喜んで尽くしてくれる魅惑的な懐妊済みであってそうでない清楚系巨乳美少女である現役JK婚約者と逢瀬を重ねる事態になったとしたなら、責めることは難しい……かもしれない。
リートリエルの本拠地内──。
皆とわかれて、忍刀・月影小鴉を使い、独り歩みを進める由紀。
暫くして、一見空虚な、周囲の戦闘音から離れた開けた空間に出ると、隠蔽を解いた。
「天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ。リアライズ。輝想 僧正遍昭」
そうして由紀は、呪符を何枚も取り出して次々と印を結んでいく。
「木においては青き龍。火においては猛き鳥。土においては固き城。金においては疾き虎。水においては深き守。五行集いてここに相生を成す。リアライズ。影想 五将五行円環召喚!」
長い巨躯を宙にたなびかせる碧き龍、木神青龍。
巨躯を広げて空を焦がす燃え盛る鳥、火神朱雀。
天を衝かんばかりの巨躯が大地に足を下ろした人型の城、土神天空。
白と黒の体毛に覆われた巨躯で空をも駆ける金色の瞳の虎、金神白虎。
薄地の天の衣を着て羽衣を漂わせる、人型の上半身のみを空に浮かせた半身の女神、水神天后。
「リアライズ。影想 木神六合」
次いで呼び出されたのは、少し大きめの時計を抱え、モノクルをかけた白兎。体長は40センチ程と、こちらは他の十二天将と比べると随分と小さい。
六合はそこが定位置とばかりに、青龍へピョンと乗った。
一時的に神力の消費を抑える術を使い、その間に五将五行円環召喚で五体を召喚しつつ消費スペックを一体分に、そうして空いたスペックでもう一体を召喚。
そこまで終えると、先程より多くの呪符を宙へとばら撒く由紀。
その呪符が集まり、次第に一振りの剣を形作っていく。
「この符は布都御魂となりて、豊布都神に感謝と共に贈り返さん。危きに臨めば平常なし能わざるところのものを為し能う。之を天祐という。響け鳴神、其は剣神へ誘う天鵞絨を欺く程の光の導。リアライズ。二重影想 建御雷之男神 夏目漱石!」
目映い雷光の柱が、天に向かって駆け上がった。




