第三章 異端 弐
妖精術士の通う高校へと向かう拓真や美姫、由紀の三名と別れ、単身で精霊術士の通う高校へと足を向ける誓。
国立霊峰学園。
校門を潜れば、そこは見渡す限り誰も彼もが精霊術士という、日本では数少ない──北海道、関東、九州に一つずつの計三つしかない──精霊術士による精霊術士のための学びの園である。
誓にとっては、ある意味敵地とさえ言える。
因みに、精霊術に限らず妖精術においても、専門の義務教育機関は存在しない。
内容が内容であることも一因だが、通常、術士の家系と離れている者は目覚めが遅く、逆に早い者は術士の家系と結びつきがある場合が殆どで教育はそこで施されるからだ。
つまり、単純にそれ用の小中学校を設立しても、運営を維持できる程の生徒数が集まらないのである。
早期に才能を開花させた将来有望な子どもたちの成長の目安がつくまでは、何処の家の馬とも知れぬ他人に任せていられないという訳だ。
「流石に緊張するな」
震える身体。
だがそれは決意あってのもので、単なる脅えではない。
ここに入るために相当の苦労をした。
主に母親や炎導に連なる重鎮たちを説得する意味で、だ。
誓の目標は、二つ。
一つは、誰よりも強い火の精霊術士となり、精霊術士の助力など必要ないと断言出来る妖精術士として世間に認知させるため、精霊術においても神炎に到達すること。
もう一つは、気の合う精霊術士たちとの友好を築き、魔帝相手でも協力し合えるような妖精術士と精霊術士の仲を一部だけでも構築すること。
この二つを以って、父親の死の原因となった精霊術士たちへの復讐を果たす。
(精霊術士の中にも、きっと妖精術士との協力体制を考えている人はいる筈。今の上の世代の説得は無理でも、俺たちの代にはきっと)
長い論争の末、最終的に現炎導家の当主でもある母が折れてくれたことで、無事入学手続きを踏むことが出来た。
(母さんには悪いことをしてるな)
気持ちを切り替えるように首を振った誓は、とりあえず案内書に従いつつ、同じ状況にある新入生の波に乗る形でクラス分けが発表されている電光掲示板へと辿り着く。
(一応Sクラスにいる筈だが──)
誓は自らの最大霊力値から配属クラスに当たりをつけて、自分の名前──遠藤誓を探す。
ここ、国立霊峰学園では、最大霊力値によって一学年が七つのクラスに分かれていた。
最大霊力値6000未満。主に精霊術士として目覚めたばかりの者が集うDクラス。
最大霊力値6000以上。Dクラスと同じ様に近年覚醒したか、或いは精霊術の行使に好意的ではないか、もしくは才能の低い者の集うC1及びC2クラス。
最大霊力値1万3000以上。ある程度鍛えてそこそこ才能があれば、大体の者がこの年齢でこの値に到達する、所謂、普通の者が集うB1及びB2クラス。
最大霊力値1万6500以上。一般に優秀とされる者の集うAクラス。
この値まで来れば、殆どの者が守護精霊を獲得している。
そして、最大霊力値2万以上。実質対妖魔を生業とする家系の者たちが揃ったエリートクラスであるSクラス。
学年が上がれば必要な霊力値もSクラスなら2500、Aクラスなら2000、Bクラスなら1500ずつ上がるものの、一年ではそうなっていた。
誓の復讐を果たすには力を示せる機会さえあれば、必ずしも一年の中でトップ層に入る必要はないが──。
(力があることを見せないと納得しない連中もいるだろうしな。と、あった。やはりSクラスか。流石は術式統括庁製の霊力値計測装置。俺の能力じゃ誤魔化せないか)
体育館でクラス毎に席に座り、式の進行に身を委ねる。
校長先生の長々とした挨拶に、会場の誰もが、気もそぞろになって来ているのを感じた。
「入学。おっめでとうー!」
ドンドドンッ、パパパパッ。
そんな弛緩した空気を一瞬で塗り替えたのは、明るい女の子の声と体育館内の上部を埋め尽くした見事な花火の数々。
(綺麗だな)
「最大!?」
「また貴様か道化。ええい、捕らえろ。あの道化を捕らえるんだ! 学内最大霊力値だからと言って臆するな。相手は独りだ!」
「にゃははははははッ」
歓迎の小型花火の咲き乱れる中、問題児っぽい小柄な先輩は生徒会に追われるまま笑顔で逃走に入った。
暫くして館内に静寂が戻り、それ以外は割と普通の入学式を終えると、各クラス毎にホームルームの時間となる。
(行動の是非はともかく、なかなかの使い手だったな。体育館内で周りに被害がないように霊力で上手く制御してたし、直前まで隠蔽も成功してた。道化とか言われてたけど、まさか道化型か? 珍しいな。しかも学内最大霊力値とは)
そんなことを思いながら席に着くと、間をおかず、担任らしき先生が壇上で手を叩き視線を集める。
「私が担任の土井蘭華だ。例年、Sクラスの諸君は礼節のきちんとしている者が多い一方、安くないプライドで揉め事を起こすことが多い」
ギロリと、そこで蘭華が睨みを利かせる。
「喧嘩大いに結構! ぶつかることで初めて分かり合うこともあるだろう。心配しなくても行き過ぎれば私たち講師陣や優秀な先輩方が止めるからな。安心して殴り合え! 私から伝えたいことは以上だ。次に学校側からの連絡事項を伝える」
(なんか熱い先生だな)
連絡では一般人の高校でもあるような基本的な事柄の他に、B1とB2クラスには実力的な差がないように分けられていることや、逆にC1とC2クラスは霊力値の高い低いで分けられていることをお浚いされた。
「……という訳で、AクラスやBクラスにC1クラスの挑戦は場合によっては受けてもいいが、間違ってもC2クラスやDクラス相手に本気になることのないように。君たちにしてみれば小学生を相手にするようなものだからな。その頃の苦い経験でも思い出して寛大な心で対処しろ」
蘭華の台詞に、何人かが今より未熟だった己の過去を思い出して苦笑を零す。
力を手に入れたことによる思い上がりや勘違いに自己主張で、恥ずかしい思い、悔しい思い、呆然とした経験は、多かれ少なかれ誰にでもあった。
「さて、では最後に自己紹介くらい済ませておくか。お前たちもお互いの属性や特性くらい知っておきたいだろう? 特性は無理にとは言わないが、どの道リンクすればある程度分かることだから遅いか早いかでしかないしな。孤高を貫くならそれでも構わんが、私は友情・努力・勝利! の展開が好きでな。勿論、無理にとは言わん。因みに、私の属性は土で、特性は武装型だ。いいか、私は言ったぞ」
(それって、結局言えってことでは……)
「では、出席番号順に行くか。私が苗字を読み上げるから、呼ばれた者は自己紹介を行うように。愛埜」
「はい。愛埜環です。属性は火だけどそんなに強くないので、授業以外ならただの下位次元武器や魔術も使います。一応、よろしくお願いしますね」
いきなりの複合術士の登場に、教室内がざわつく。
しかも多くの術士の認識とは逆で、実戦の時に下位次元武器を使うというのだから、最早術士であることのプライドを捨てていると捉えられてもおかしくはない。
その上、担任がああ言った直後にも係わらず特性を省き、且つ、別によろしくしなくてもいいわよという強気っぷり。
加えて銀髪美人とくれば、教室内のざわめきも致し方ないことと言えよう。
そういう見方で注目されることには慣れっこなのか、環は勝ち誇るような笑みさえ浮かべて席に座る。
(昔、こんな子がいたような……)
そんな何処か他人を見下して拒絶する淋しそうな笑みを見せる環を見かねた誓は、予め精霊を召還しておくと、担任の呼ぶ声と同時に立ち上がって指を鳴らし、教室内を数瞬火に包む。
「きゃっ」
「うわっ」
「……」
「ほう」
確かに燃え上がった筈が、熱さもなく何処も燃えていない変わらない教室に、多くの者が戸惑って誓を見る。
「俺は遠藤誓。属性は見たとおりの火だ。特性は万能型。家が精霊術の家系じゃないから色々教えて貰えると嬉しい。これからよろしく」
誓のデモンストレーションを混ぜた自己紹介に、教室の雰囲気ががらりと変わる。
Sクラスということでやや落ち着いてはいたものの、それが逆にアクセントとなり、似たように一発かます者などのアピール混じりの自己紹介によって、環への敵意を含んだ好奇の視線は殆どなくなるのだった。
自己紹介も終盤となり、ある人物の番となる。
環に向けられていたものとはまた別の好奇を含む視線が、そこへ集った。
「次、リートリエル」
「はい。フィリエーナ=リートリエルです。特性は攻撃型です。よろしくお願いします」
属性を言わなかったのは、言わなくても伝わると思ったからか。
(それとも──)
「リートリエルと言えば……」
「ええ。アメリカの火のツートップの家系ですわ」
「煌炎のリートリエルがどうして日本に……」
誓の思考を覆うように、教室のそこかしこで女子の囁きが行き交った。
「ねえ」
ざわついたホームルームが終わり、鞄にプリントをしまって帰ろうとした誓は呼び掛けられた声の方に振り向く。
「さっきはありがとう」
隣の席を立った環が礼を述べる。
由紀程ではないが、同年齢の子と比べて豊かな胸がネクタイを波立たせるように弾んだ。
(妖精術の高校じゃセーラー服だったから女子の胸元はリボンだったけど、精霊術の高校ではワイシャツにネクタイなんだな。ネクタイと言えば男のイメージだったけど、なかなかどうして)
「別に、ただのおせっかいさ」
本人にとっては恐らく余計な気遣いを、見破った上で礼を述べる環に、誓は気恥ずかしくなって視線を逸らしつつ答えた。
「~~っ。その、せ……遠藤くんとは席も隣同士だし、よければ友達になれたらって思って」
軽く頬を染めながら、環が言葉を紡ぐ。
「あ~、それなら出来れば名前で呼んでくれない? そっちの方が呼ばれ慣れてるし」
「!?」
「あ、こっちは愛埜さんでいいかな?」
「せ、せせせ、誓くん! 私も名前で。私だけ苗字じゃおかしいし」
勇気を力強く押し出し、環は名前で呼び合える権利を掴んだ。
「そう? なら環さんって呼ばせて貰うよ。これからよろしく、環さん」
「ええ、よろしく。誓くん」
少し恥ずかしそうに頬を緩める環と握手を交わす。
(うん、初日で異性の友人が出来るなんて、意外と幸先いいんじゃないか?)
そんなことを思ったのも束の間──
「あらあら。もう綺麗な女の子と仲良くなるなんて、また殴られても知らないわよ誓」
「君は──」
長く流麗な黒い髪を一房だけ束ねてサイドに流した少女に、誓の家庭──というか兄妹──事情を知っているためか綺麗を強調した口調で話しかけられ、苦い経験と未来像を揺さぶられる。
「誓くんの知り合い? 確か鈴風家の……」
「ああ。三ヶ月振りだね希。折を見て挨拶しようとは思ってたけど、先を越されたな」
希は炎導家と協力関係にある鈴風家の跡継ぎだ。
日本は妖精術士が幅を利かせていることもあって、精霊術士は比較的肩身の狭い思いをしている。
そんな中、商売敵である妖精術士の大御所に、恥知らずにも取り入って勢力を拡大した──。
というのが、希の家系に対する精霊術士たちの一般認識である。
「そんなことだろうと思った。それじゃ遠慮が先行して何時になったか分かったものじゃないわね」
「お見通しか」
「基本的に誓は分かり易いもの。たまにこっちの思惑を飛び越えた時は手の施しようがないけど」
希は片目を瞑って茶目っ気たっぷりに、誓へ視線と肯定の是非を投げかける。
「褒め言葉?」
「どちらでも」
誓がどっちつかずで返せば、これまたどっちつかずで返すどちらかと言えば幼馴染に類するだろう希。
拓真や美姫程ではないにせよ、誓とは浅くない付き合いだ。
数はそう多くないが、仕事も何度か一緒にこなしている。
とは言え、敷地を共有している金城と違って住む場所も離れているし、特に用が無ければ一月や二月顔を合わせないことも珍しくはなかった。
尤も、これからは毎日のように教室で顔を合わせることになるだろうが。
「鈴木も元気そうで何より」
「ありがとうございます。誓さんもお元気そうで安心しました」
かなり砕けた対応の希と違い、その護衛を務める鈴木は非常に礼儀正しい。
きりっとした黒いショートカットの髪に切れ長の瞳の鈴木は、女性にしては高めの身長ということもあり、硬い雰囲気もあってともすれば男性にみられがちだが──。
少し目線を下げれば、豊かな隆起が嫌でもお年頃の少年の目へと映り込む。
(カップ数で言えばフィリエーナと同じなんだろうけど、鈴木は背が高いから気持ち大きく感じるんだよな)
炎術士として熱反応を詳細に把握出来るようになった弊害というべきか役得というべきか、少し意識が向いただけで自動的に情報を汲み取ろうとする力が頼もしくもあり困り者でもあった。
先の希の綺麗強調発言には、その辺も係わっているのだろうと、誓は推測する。
割と異性に好印象を持たれて仲良くなる誓と違い、妹の紗希は異性に高印象を持たれて一線を引かれるようで、こういった話が出る度に誓は理不尽とも言える鬱憤をぶつけられている。
しかも、相手が一部の慎ましやかな妹と違っていた場合、その傾向はより顕著である。
既に一種の風物詩となりつつあって、重要な話の場でもないと由紀以外誰も止めようとしてくれないのも悩み所だ。
相手が二つ年下とは言え、攻撃型のストレスの捌け口にされる万能型の身にもなって欲しい。
(家具を壊されるのも問題だし、避ける訳にもいかないからな~。うん、今日の帰りは由紀に何か日頃の感謝の品を買っていった方がいいかもしれない。保身じゃなく。うん、そうしよう)
誰にとも言えぬ言い訳を心の内でしながら、そんなことを決める誓。
「誓、時間があればお茶でも飲みながら少し話さない? 勿論そっちの子も一緒でいいから」
「ああ……」
希の提案に答えながらも、視線がフィリエーナに向かう誓。
名家同士の挨拶でもあるのか、教室内にはまだ半数以上も生徒が残っている。
そんな中、物珍しいのか、フィリエーナは数人の女子たちに囲まれていた。