第六章 炎導の─── 第一婚約者
火曜となった夜、誓が環の襲来を受けている頃。
自室の窓辺から、月を眺める由紀の姿があった。
(誓様が好き)
二番目の婚約者候補として推される前から──。
(誓様が好き)
二番目の婚約者候補として推された後にも──。
(誓様が好き)
どんどん募る想いで圧し潰されそうな程に──。
そんな中、紆余曲折を経て一番目の婚約者に躍り出た。
御三家にとっては、目立った実績のない家の出である結を婚約者にするため。
木生火。
妖精術は二流落ちとなったが、総合的に考えれば高い潜在能力を持つ木の妖精術士である由紀は、火の妖精術士を産む母体として最適である。
そういった理由で既に二番目の婚約者候補という立場にいた由紀は、日本の木の術士のツートップの一角である児玉家の人間。
誓が結をどうしても第一婚約者としてということもなく──。
由紀にとっては、これ以上ない結果となった。
由紀が誓から既に婚約衣装を贈られているという話が、家内では広く知れ渡っていたのも大きい。
実際は違うが、由紀も特に否定せずにいた由紀の嫁入りに対して意欲的な誓という情報。
それによって、第一婚約者に由紀という展開が、特に違和感なく受け入れられる下地となった。
(お慕いしております、誓様)
第一婚約者となってからは、恥ずかしながら少しだけ色目を使うようになった由紀。
誓が由紀に気を遣っていることは分かっていたので、暫くは甘酸っぱい関係が続くものと思っていた。
誓は炎導家の跡取り候補。
何かと忙しいだろうし、結との関係が形だけなのもあって、それでいいと思っていた。
そこへ割り込んで来た第二の刺客。
負ける気はしなかったが、色々と邪魔になることは明白。
しかしながら、由紀の立場は誓の第一婚約者。
夫の助けになるべく動くのが正妻の務め。
とは言え、あまり好きに動かれても、由紀にとっては面白くない展開となる。
(誓様は誠実な方、時が来るまで無闇に子を作るような真似はしないと思われますが、お相手の方は信用できません)
悩む由紀。
相手に子が出来ないよう、陰陽術で呪いをかけるのは流石にやり過ぎだし、女としてしたくない。
となれば──。
(先に作ってしまうにしても、誓様の御迷惑とならないようにしなくては)
GWで実家に戻った折、引っ張り出してきたそっち関連の書物に再度目を通すも、有効な手立ては見当たらなかった。
一方で、子どもを身籠った際の危険に関しては嫌でも積み重なっていく。
(呪術関連はやはり攻め手側が有利ですね。余程強い護りでないと)
由紀自身が、日本で五本の指に入る才能を持つと言われている陰陽師。
そのことを考えれば、由紀が呪術によって取り返しのつかない程まで侵される心配はまずないのだが、本人の頭は将来授かる誓との子を如何に守るかでいっぱいで、色々と暴走していた。
そんな暴走気味の悩みを抱える由紀に訪れた、夫婦円満や家内安全に安産祈願などで御利益があるとされる、五大魔神第二位との出会い。
誓の買い物が終わって誓が先に店を出た後、由紀は安産成就のために有効的なものをリクエストする。
そうして購入した始まりの神海獣、リヴァイアサンの鱗鏡。
デメリットは気になるが、そもそも誓への気持ちは誰にも負けない自負がある由紀。
そこに今更狂おしいまでの情欲が加わった所で、大した影響はないと判断する。
唯一の懸念は身体的な影響だが、こちらに関してはメリットの段階で十二分に影響している。
それに誓に見て貰えるのであれば、デメリットばかりとも言えない。
正直な話、由紀は舞い上がっていた。
何せ、この店に入る前、由紀は初めて誓に好きと言って貰えたから。
だから気持ちが大きくなっていた。
デメリットなど大したことはないと──。
幸いなことに、碧の御方様によるとリヴァイアサンの鱗鏡と由紀の相性はとても良いらしく、不都合に偏るようなことにはならないだろうとのこと。
ピースは揃い、幸福の絵を完成させる好機は、既に由紀の手中にあった。
誓と二人きりの夜。
時間停止機能を有する死炎のアイガードの性能確認という理由もあって、次の日の昼まで、実に30時間も誓を釘付けとすることに成功する由紀。
その上、3日連続で2人の夜を過ごし、誓の意識に第一婚約者として都合のいい由紀を刷り込む。
(幾ら誓様が誠実な方でも、幾らでも子を成して構わない好きな相手となれば青い欲望を止めるのは簡単ではない筈。とても恥ずかしいですが、誓様には私を一番に見て欲しい。少しでも機会があるなら、由紀は誓様に──)
自身の下腹部へと手を置く由紀。
既成事実は作れた。
これで対抗する相手が出たとしても、先に産むことが出来る。
一番は変わらない。譲らない。
切望していた一番目の婚約者という立場。
誓との間に入るのは、二人の子どもたちだけでいい。
(誓様の正妻となるのは私です。誰にも割って入らせたりはしません)
由紀は油断しない。
二番目の婚約者候補だった由紀が、ある日突然一番目の婚約者となったのだ。
同じようなことが起こらないとは言い切れない。
結婚するまで、油断は出来ない。
──積もりに積もる愛を捧げたい。そして叶うなら、愛して欲しい。
同じくらいとは望まない。
由紀は、自分が誓を好きで好きで堪らないという自覚がある。
それを相手に求めるのは酷というものだ。
加えて、この想いを全て曝け出したら引かれるとも考えている。
仮に誓にそこまで愛を告白されたら、由紀は舞い上がってしまう自信があるが、それは別だ。
「あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む」
誓との愛が深まることで、喜びと共に怖さや寂しさまでもが深まってしまう。
ままならないものですね──と、障子を閉じた。




