第六章 炎導の─── 零
都心のとある高層ビル。
周囲を見下ろせるようガラス張りされた一室に、少し硬い声が落ちた。
「麗。これショウから」
「ありがとう明。ショウは?」
制服のような服装を着用した、身長150とない少女が魔術データを渡す。
それを受け取るのは、実際のお嬢様学校の制服を着て、社長室にあるようなチェアに腰掛けている美少女。
「妹さんの所」
「そう」
予想通りな明の返答に、麗の表情が気持ち優しくなった。
そこに白のスーツジャケットを羽織った、長身の優し気な風貌を持つ男性が近寄る。
男性は明にココアの入ったカップを渡しながら、麗へと声をかけた。
「今回は少し大事になりそうだけど、肩入れしてよかったのかい?」
「問題ないわ。そもそも私たちがどう動いた所で、お義母様たちにとっては些末に過ぎない。魔帝側や人間側がどう足掻いた所で、魔神側とのパワーバランスは揺るがないもの」
ワールドクリエイターの異名は伊達ではない。
五大魔神と一括りにされてはいるが、それは魔帝のように目立った行動をあまり取らないから──。
世間に露呈していないだけ。
五大魔神第一位と第二位は、その他の存在とは1つ2つではきかないくらい次元が違うと、麗は思っている。
事実、さも当然のように遍在している。
「それで魔帝と人間たちの争いに手を貸して高みの見物か。いい趣味してるね」
「戒。お義母様への悪口はダメ、許さないよ?」
肩を竦めた男性──戒へと即座に暗い怒りをぶつけたのは、麗の膝の上にいた明より更に小さな少女──炬炉那。
麗などは魔神を通して宗教定義の神や主への皮肉かしらとスルーするが、まだ小学校に通う年齢の炬炉那に、ついつい抵抗したくなる言葉の裏やダブルミーニングを読み取れというのも酷な話だ。
「すまない。僕は確かにそう思っているが、君の前で口に出すべきではなかったね。謝るよ」
ここにはお義母様を狂信、或いは妄信している者も少なくない。
特に小さい時に救われ、掬われた者はその傾向が強い。
お義父様も人間に優しい。それは間違いないが──
その優しさは、自分が愛しているお義母様が気持ちを傾けているからという点が非常に大きい。
詰まる所、お義父様はお義母様に優しさを向けているに過ぎない。
お義父様は本来、魔帝の括りに入ってもおかしくない性格をしている。
現状、人間たちが曲がりなりにもやっていけてるのは、お義父様の愛するお義母様が人間側にも手を差し伸べているからだ。
「……」
なおも柔らかく微笑む戒を睨む炬炉那だったが──
「もー相変わらず炬炉那は可愛いわねー」
麗がギューと抱き着いてチェアをクルクル回しながらじゃれついて暫くすると、だいぶ元に戻った。
「実際、二大魔帝と戦うなら人間サイドにもアレの1人や2人は欲しいです。同じくらい私が気になるのは、お義母様があの陰陽師の少女に随分と手を差し伸べている印象がある点ですね」
「境遇かしらね。ああいう狂気の片鱗を見せる一途な想いってお義母様好きそうだし。女性の陰陽師への手解きなら今までにも何回かあったようだから。単純に琴線に触れる部分が多かったんじゃないかしら」
「始まりの神海獣、リヴァイアサンの鱗鏡か。相手の男性は大変そうだね」
リヴァイアサンはこの世に一対しかいなかった。
故に、雌のリヴァイアサンの情念を受けた宿主の気持ちが向かう対象は、1つに絞られる。
それこそ空になるまで搾りつくされるだろう。何がとは言わないが。
「戒みたいに枯れちゃう?」
「酷いな炬炉那ちゃん。僕は別に枯れてないよ」
「そうよ炬炉那。戒はその前に何でも出来る男特有の天然で、女性の自尊心を傷つけて引かせるタイプ。活躍の機会がないだけよ」
「麗ちゃんも少し酷くないかな?」
「戒さんはガツガツ来る女性じゃないとダメそうですね。でも戒さんの好みからは外れてそうです。結果、枯れてる扱い。なるほど、納得です」
「明ちゃんも容赦ないね。まあ僕は気長に行かせて貰うことにするよ」
「戒。元気出す」
発端とも言える炬炉那に慰められ、降参だとばかりに肩を竦める戒。
「しかしそっちで精魂尽きて戦闘に支障をきたすようだと、至る確率が下がる可能性も」
「詳しい考察は省くけど、その心配はなさそうよ」
「出歯亀?」
上を向く形で麗にジト目を向ける炬炉那。
「あら心外だわ炬炉那。不可抗力よ。長く時を止められたら何事と思うでしょう? 二人きりと思っている世界で随分とイチャラヴしてて、リア充爆発しろと攻撃しなかっただけ褒めて欲しいものだわ」
やれやれと、あくまで被害者の皮を被る麗。
「それにしても、普段は知らないけど、ブーストしている時は半端ないわね彼。あれはもう他の人間の男じゃ満足できなくされてしまっていると見たわ。完全に幸福に溺れた女の貌を晒していたもの。冴えない顔して本当に恐ろしい男」
「ならいよいよ……」
明は冴えない男のそっち方面の話には触れず、本題にのみ言及する。
「どうかしらね? これで誕生すれば面白いけど、未だかつて人間側では1人もいない。この歴史を覆すのは容易ではないわよ。けれども私は、そうね──」
そこで眼下に広がる東京を見下ろし、陰陽師でもある少女は言葉を零した。
「割と高いと思っているわ。──その代償もね」




