第五章 高校一年、進路希望調査 陸
「……と、本来であれば言いたい所ですが」
炎導家の当主、そして誓の母でもある静が、苦悩を抱え込むように一度目を瞑り、それからまだ年端のいかぬ不肖の息子を見る。
「仮に魔帝を倒したとなれば、その功績は非常に大きなものとなります。その時のあなたの立ち位置が、世の中に広く、そして強く浸透することでしょう。それを御三家としてか、それともスルーザブライドルとしてか、どちらの立場で迎えるかは先に決め、私に言ってから動きなさい。今日一日、考える猶予を与えましょう」
先日考え、まだ時間があると先延ばしにした回答を求められる誓。
その質問に、誓は首を横に振り、即座に答えを出す。
──否、答えは既に決まっていた。
以前、誓を外に出してみてはという考えに否定的な意見を出した母。
その母が、炎導の当主という立場から考えればどちらか明白な問いを──
問わなくてもいい問いをわざわざ出した。
(答えは既に決まっていた。ただ、覚悟がなかっただけ)
思い返せば、誓の目的は復讐でありながら妥協点の多い代物だった。
誓の復讐。その大まかな目標は、二つ。
一つは、誰よりも強い火の精霊術士となり、精霊術士の助力など必要ないと断言出来る妖精術士として世間に認知させるため、精霊術においても神炎に到達すること。
もう一つは、気の合う精霊術士たちとの友好を築き、魔帝相手でも協力し合えるような妖精術士と精霊術士の仲を一部だけでも構築すること。
この二つを以って、父親の死の原因となった精霊術士たちへの復讐を果たす。
……。
神炎に到達して誰よりも強い火の精霊術士として世間に認知させる?
気の合う精霊術士たちと、魔帝相手でも協力し合えるような仲を一部だけでも構築?
温い。あまりにも自身に甘い理想論。
今度の相手は、復讐を懐くことにもなった原因の一つ──。
因縁とも言える、屍皇帝エミニガ。
ここで明るい明日を掴むために、今までのぬるま湯に浸かった自分の思考と向き合わなければならない。
「スルーザブライドル当主補佐、炎導誓として動きます。母さん、俺は世界一の炎術士になる。この炎は、魔帝が相手だろうと決して消えはしない」
神炎であろうとなかろうと、協力関係が出来てあっても出来てなくても。
この世界で、守りたいものを守るために……。
熱い。自身に厳しい理想論を語ろう。
(まずは俺が道を示す。妖精術や精霊術に囚われない、数多の猛獣の導き手として)
「……いいでしょう、存分に動き回りなさい。相手は魔帝、短い準備期間では幾ら頑張った所で戦力不足は否めないでしょうから」
「母さん」
「いいのか?」
成り行きを見守っていた大悟が、短い言葉で確認を取る。
「ここで止めても、より不利な状況で戦いに赴くことは明白。ただでさえ、私たちは遅れて参戦となるのです。わざわざ息子の墓穴を掘るような真似を、私はしたくありません」
戦闘予測地点はアメリカのリートリエル。
アメリカに頼まれてもいない日本の御三家が、早期に介入するとなると問題も出る。
どんなに早くても、リートリエルがリートリエルとして戦闘維持できなくなる程度には待つ必要があるのだ。
つまり、御三家の戦力を当てにするには、それまでフィリエーナに生き残ってもらうか、共に生き残らなければならない。
これがスルーザブライドルでの戦闘であれば、スルーザブライドルに主導権があるので要請一つで済ませられるのだが……。
今回はリートリエルの所へ介入する形。
スルーザブライドルはアメリカに属する術士の家系で、更に身内をやられているという名分もある。
実際には自業自得だが、そこは害となる妖魔は滅して当然な人間側の視点──
スルーザクラウドルは、公的には職務を忠実にこなした上での一方的な被害者側となる。
なので、それを接収した形となるスルーザブライドルの術士であれば公的に咎められることはない。
しかし、そこに応援要請を受けた他の家の術士が加わるとなると、話は別になる。
そこまで準備してるなら割り込みせずに順番待てよという、マナーの問題が発生するのだ。
しかも応援要請相手が、他国の術士となればもう。
国としては、やはり自国の術士だけで片づけたい気持ちがある。
他国の介入は、当然二の次、三の次。
リートリエルの要請であればまだしも、スルーザブライドルの要請は看過できない。
必然、御三家の介入はスルーザブライドルにホストが移ったと見なされる状況まで待たなければならない。
そんな中、アメリカのスルーザブライドル、その無色の術士の一員として皆を支えるのか──
日本の炎導、その妖精術士の一員として支えるのか──。
相手は魔帝だ。
静はあえて将来に視点を向けさせて誓を試したが、戦えばそこで死ぬのが当たり前とも言える相手。
全力を賭して目を向けるべきは現在。未来ではない。
そうでなければ、求めている現在未来へは進めない。
誓の答え如何では、謹慎までせずとも、静はより安全な配置となる炎導の駒として組み込む腹積もりもあった。
話は終わりと静が席を立ち、その場から去ろうとする、その間際──
静は足を止めた、息子に背を向けたまま。
「誓、私より先に逝くことは許しませんよ。これは母の願いです」
「……ありがとう」
その返答を聞き、今度こそ静は去った。
友のため、そして自分のために危険な道を進むことを汲んでくれた母の気持ちを、誓はしっかりと、強く胸に刻んだ。




