第二話 君の本音が聞きたくて 第五章 高校一年、進路希望調査
サンシャンヌの協力もあり、事後処理は割合スムーズに進んだ。
誓もなんとなく察していたが、元々サンシャンヌは政府側から今回の見届け役を打診されていた。
その途中、つまり誓たちが戦闘している中、アルクダの所へケイオストロの本家が魔帝に襲撃されてほぼ壊滅という情報が入る。
その後、スルーザクラウドルの所に魔帝が出現したのを見て、十中八九同じ魔帝だろうとアルクダは部隊を要請。
相手の情報は少ないが、ケイオストロとの連戦による魔力消費を考慮すればどっちもどっちという判断を下した。
ただ、そこは相手も気を付けていたのか、早々に戦場を離脱されてしまう。
これまたどっちもどっちなので、アルクダも無理に引き留めようとはしなかった。
次はリートリエル、しかも襲撃日の情報まで入手できたことを鑑みれば、ここは引いて正解だったと、アルクダは思考した。
可能な範囲での情報共有後、ようやくひと段落した誓は、以前セルヴァルトと面談したどっしりとした大きなテーブルの置かれた部屋で、淹れて貰った珈琲片手に思考する。
(状況としてはケイオストロが何かしら掴んで、リートリエルは同盟が進められていたから念のためってことか。配下を倒してるスルーザクラウドルより先にケイオストロを叩いてるくらいだし、確証があるならスルーザクラウドルに来る前にリートリエルに向かった筈。時間を置いてるのは戦力面からか情報面からか、もしくは──)
『望むならその日にまた逢いに来て下さい、炎導誓。私の写し身よ』
誓はエミニガの言葉を思い出す。
(俺、か。考える時間を与えたかったのか持ちたかったのか……何にせよ、選択権は貰えた訳だ)
少し糖分が欲しいなと視線を彷徨わせ、差し出された砂糖を入れた。
(とにかく、幸か不幸か、これでフィリエーナの婚約話は恐らく消えただろう。マロンさんに頼み損になったかな。ただ、リートリエルを消される訳にもいかないし、今後を考えれば持っていて損はない筈。時間経過で有効性が薄れるか消える可能性もある点は、この際仕方ないな)
お茶請けのチョコを一つ口に含む。
その間に追加されたブラックの珈琲で口直し。
(一度、日本に戻るか。母さんにも詳しく報告しないとだし、学校も術士の学校だからテストさえ問題なければ出席日数にはかなり余裕あるけど、出れるなら出ておいた方がいいだろう。ただまあ、それはともかく──)
「あの、先程から有り難いのですけど、別にそこまで気を遣って貰わなくても」
「いえ、誓さんはセラフィ様の将来の伴侶。このスルーザブライドルのナンバー2ですから」
先程から何かとよくしてくれているのはスーパーモデル並みの美人秘書、クローネ=バラドホルン。
誓の隣でカキカキ、タンタンと、少し顔を朱くして書類やタブレット画面に書き込んでいるセラフィ付きの秘書である。
結局、スルーザクラウドル側で生き残った国内ランカーは──
風の第十位、御子型のクローネ=バラドホルン。
風の第六位、万能型のファーレスト=クラウニア。
風の第五位、無双型のレディアラ=クラウニア。
この3名である。
二位と九位が空席となったので変動するだろうが、更新まで暫くはこのままだ。
ファーレストとレディアラに関しては、スルーザクラウドルのスルーザブライドルへの吸収に難色を示すと思われたが、意外にもすんなりと事が運んだ。
実際は、ファーレストが少し渋ったが、レディアラが豪快に快諾してファーレストも乗った流れである。
リヴェンジ対象でもあったクローネ。
こちらはセラフィの予想通りで、他のメンバーに強制されていたことがわかった。
リンク出来てたので怪しいという環の危惧する声もあったが、4人の中で唯一全員へ効果のある固有スキルを持つが故に、昔から出来ないと酷い目に合わされたらしく、それが積み重なって出来るようになることもあると光のない瞳で言われ、引っ込める。
何より──
「今まで結婚どころか交際さえ認めて貰えず、それはもう色のない人生でした。スルーザクラウドルの秘書として周りに綺麗と思われることを求められ、話のタネになる社交辞令の美しいを引き出すだけの彼氏いない歴=年齢の喪女です。セルヴァルト様たちによって来た縁談も断られ続け、見た目はともかく性格がなどという悪評も流され、今となっては完全に界隈の事故物件扱い。多くは望みません。結婚させて下さい」
そう30目前で一滴の涙と共に悔恨されては、それが同情だとしても女性陣の親密度は一気に限界突破であった。
しかもセラフィがクローネみたいな美人のこれまでを棒に振らせるなんて、ここは妹の私が責任を取らねばと早まり──
「よさそうな人がいたら言って。スルーザブライドルの総力を挙げて応援する。それか一緒に誓に娶って貰おう。クローネ霊力値6万3千超えてるし。知ってる? 日本じゃ6万4千超えてたら重婚できるんだって!」
と、それはもう力強く言ってしまう。
クローネが希少型なのも災いした。
希少型は基本型や特殊型に比べて総合適正値が2割高く、その分、最大霊力値も成長しやすい。
本人の才能や頑張りにもよるので、その傾向にあるだけで絶対ではないのだが、クローネは研鑽を欠かさなかったので高成長率を維持した。
結果、本来であれば35才前後で到達する領域に、5年も早く指先を掛けた状態になっている。
その場の雰囲気もあったのかもしれないが、誓の婚約者たちも異議を唱えずそれがいいなどと言う始末。
(スルーザブライドルの総力を挙げて応援するのがいいってことだよな?)
ここで、そのような疑問を挿めば集中砲火を食らう予感がヒシヒシと伝わって来たので、誓は言葉を呑み込むという実に賢明……賢明(?)な判断を下したのだった。
(本音を言うなら、クローネさんは美人だと思う。ああ、それは認めるさ)
回想から戻り、目の前のクローネを見る誓。
スーパーモデル並みの高身長で腰の位置が高く、スラリとした長い足。
サラサラの金髪はサイドを残しつつ後ろで結われ、如何にも出来る秘書といった風貌。
セラフィに負けず劣らずの胸部のボリュームは、危険な魅惑を放つインテリジェンスカップ。
正に諜報を得意とする秘書のクローネに誂えたかのような黄金比。
(こんな美人秘書に間近で少しかがまれて微笑まれたら、野郎は概ねアウトだろ。しかし逆で考えてみてくれ。俺は少しくらい身長高い相手でも気にしないが、クローネさんから見れば俺は自分より低い身長になる。日本人の高い女性なら妥協する気持ちも持ち合わせているかもしれないが、アメリカ人なら自分より高い相手はごまんといるだろう。自然、相手は自分より高い身長が好ましいと当然のように思ってるんじゃないか?)
相手探しの参考になるかもしれない話題。
同時に自分を選択肢から外せるだろう話題に、誓は名案とばかりに口を開く。
だがしかし、その疑問に対する答えは──
「自分より高い身長の男性は遠慮したいです。セルヴァルト様やヴォルテがそうだったせいか、少し恐怖感が先立ってしまうので」
(なんてことをしてくれたんだセルヴァルト=スルーザクラウドル! ヴォルテ=バーバラード! 俺の心の安寧を返せ! 返せよッ)
あろうことか、より選択肢として中心部へ組み込まれる事態へ。
「誓さんは自分より高い女性はお好きになれませんか?」
「どうだろう? 20センチも30センチも高かったら正直分からないけど、10センチ程度ならそういうのはない、と思うけど……」
「なるほど、そう、ですか」
少し恥ずかしそうに微笑むクローネ。
一見何でも出来る美人秘書に見えるが、彼氏いない歴=年齢ということを忘れてはいけない。
もう一つ、誓は恥じらいに弱い。
美人秘書、恥じらい、ギャップ萌えという三要素を受けた誓に、結婚願望の強い崖っぷち──と本人は思っている──アラサーのクローネ、そこに少々暴走気味のセラフィのやる気が加わるとどうなるか。
その夜のとある一室は、まるで空気が止まっているのではないかという程に静かだったそうな。




