第四章 宣戦布告 玖
「What?」
セルヴァルト=スルーザクラウドルは目の前の状況を即座に処理できなかった。
これから攻勢に出て、そして目の前のモドキを消し去る。
それは約束されたも同然の、当たり前に訪れる未来の筈だった──
なのに──
敗北などあり得ない筈のシルバードラゴンが、巻き寿司かという程に輪切りにされて消えゆく。
こうなっては向こう24時間、再度の召還は不可能。
「零刀 雪月花は、リンク時限定で、条件を満たせば斬ると決めたものを全て斬る。兄さんにはまだ、言ってなかった、ね」
本当は、私にもリンク出来る程の友人が出来たと、そうして明かして褒めて欲しかった。
『零刀 雪月花』最大の特異能力、リンク時限定で100連撃以上している、且つ、その連撃に対象が一度でも含まれた場合に、斬ると決めたものを全て斬る。
一度は連撃に加える必要があるため、概念など形のないものは基本斬れないが、その効果は絶大。
セルヴァルトが予想したリンク時における『刀』の攻撃値アップを、セラフィは望まなかった。
それもこれも全て、この能力のためである。
一見、無駄にも思える『零刀 雪月花』の特異能力たち。
そういったマイナスを設けることで、奥の手のプラスを高めた。
セルヴァルトの守護精霊が消え、形勢は一気にセラフィへと傾く。
4人リンクで君臨する限り、術者と守護精霊への不利な妨害系能力を防ぐという、シルバードラゴンの特異能力。
それが消えただけではない。
シルバードラゴンはセルヴァルト本来の守護精霊であるシーフバインドが、特異能力によって変化していた姿でもある。
つまり、再召還が可能となるまで、遊撃型の神影領域にあったセルヴァルトは本来の特異型に戻った。
「ぐっ」
水氷でセルヴァルトの四肢を縛るセラフィ。
更に斬る対象の動きを凍らせる『雪』を発動させる。
ただの特異型に戻ったセルヴァルトに、これを防ぐ手立てはない。
セラフィが『零刀 雪月花』の切っ先を添える。
「負けを、認めて」
それは甘さ。
しかし、絶対的強弱関係という状況を構築した上での降伏勧告。
言いながら、セラフィは戦場の様子を風を通して把握する。
助けは入らない。
ブースト状態でかなりの格下を相手していた誓が、他のランカーたちの介入を許さない炎の壁となっている。
現状、なんとか拮抗できているのはファーレストたちくらいのもの。
誓の相手をさせられていたパイアは、まるでセラフィの決着が着いたのを見計らったかのように気絶させられた。
援護射撃込みの見鶏の相手をしているクローネは、自分の守護精霊へと向ける特異能力なために、最初からクローネの守護精霊を標的にしている攻撃にはどうしても弱い。
サポートとして本領を発揮する力なのだ。
似た能力持ち相手のタイマンならいざ知らず、そこに高火力の援護射撃が加わっては負けが見えている。
クローネ本人もそれを理解していて、誓の攻撃が散発的なのをいいことに、自身の高召還値を活かした千日手狙いに切り替えていた。
結と環を相手にしていたヴォルテは、それまで優勢に運んでいたが環の魔術の前に倒れた。
セラフィには分からなかったが、いつぞやの魔王シィロメルト戦で使った、転移魔術で攻撃を直接体にぶち込む戦法の前にあえなく倒されたのである。
愕然とするヴォルテに、それまでのちょっと焦ったキャピキャピした態度から一転、自信に満ち満ちた悪い顔で返す環。
徐々にギアを上げる結を警戒していたヴォルテ。
その判断は正しい。
しかし、環を結が強くなるまでの、ただの繋ぎと判断したのは間違いだった。
豹の威を借る獅子。
環という女は、実戦において本当に性質が悪い。
不完全燃焼な結は拓真たちの戦線に交ざり、環は由紀とは離れた位置で他の術士たちの牽制に回った。
(勝った)
セラフィは確信した。
兄が敗北宣言を渋った所で、この戦況は覆しようがない。
そんな少し浮ついた気持ちが──
「何やら面白いことになっているようですね」
「「!?」」
突如現れた女の声に、瞬時に冷やされた。
濃密な死の気配を纏った、深い黒と碧で彩られた女。
昏く光るドレスを纏い、その上に形だけなら医師の着る白衣にも見える衣を羽織る。
否、現れたのは女だけではない。
傍に控えるように、紅い少女と白い老体の男性が付き従っていた。
「ちょうどいい。配下をやられたお礼です。受け取りなさい」
そして状況を把握する間もなく、その女の放った見えない魔術がスルーザクラウドルの面々を貫く。
気絶していたパイアは、その攻撃の前になす術なく死亡。
そして拘束状態にあったセルヴァルトは、防御行動に出るも効果はなく──
「兄、さん? あ、ぁあ、ぅああぁあああ!!」
「ダメだ! よせセラフィ!」
叫び件の元凶へ突撃するセラフィ。
誓が制止の声を上げて追うも、既に事態は加速度的に進行していた。
「まあ速いこと」
「ぅぁ?」
先程と同じく、女の放った見えない魔術がセラフィの防御値830%などまるで相手にせず、その脅威を揮った。
「「セラフィ!」」
皆が急いで駆け寄る中、いち早く追いついた誓が、身体に風通しのいい穴の開いたセラフィをギリギリ倒れる前に抱き留めるが──
「ごめ、視えなか、ゴプ──」
口から血を吐き出すセラフィ。
「わかった。今はもう話すな。頼む由紀」
「はい!」
半ば錯乱しつつも、セラフィは自分のやるべきことを見失ってなかった。
補助値が高い風術士兼水術士のセラフィでも視えなかった攻撃。
この情報の価値は確かに高い。
だが、だからと言って命を対価にさせる訳にはいかない。
青龍の風に乗って舞い降りた由紀が、即座に『護湖 聖楯』で回復に入る。
普段であれば陰陽術に頼る容体だが、5人リンクしている今の由紀であれば妖精術で治せる。
セラフィを由紀に任せ、誓は結や環と共に現れた三体と対峙する。
拓真や美姫も、やや後方ながらいつでも援護に入る位置に陣取っていた。
スルーザクラウドルは先の攻撃で、殆どの者が戦闘続行不可能である。
炎が息吹き、守護精霊である不知火が燃え盛る。
肌で感じる。
(この女は──)
「あなたは……」
誓を見て何か感じた様子の女に、白い老体の男性が近づきそっと耳打ちする。
「そう、ですか。やはり、あの男の息子」
(父さんを、知っている?)
白い老体の男性が下がった。
「無用とは思うが、間違って魔神と矛を交えるつもりはない。一応、名を聞いておこうか」
相手の立ち位置を半ば確信しながら、誓は言葉を投げ掛けた。
「屍皇帝エミニガ。ええ、懸念は無用です。私は魔帝、あなた方とは食うか食われるかの間柄ですから」
告げられた名前に、各々反応を示す誓たち。
しかし、誓たちが次の言葉を紡ぐ前にエミニガが続けた。
「先ず、そちらの誤解を解いておきましょう」
「誤解?」
「ええ、魔王シィロメルトのしたことに関してです」
「!」
まさか相手からそのことに言及してくるとは思わず、自然、誓たちは聞く側に回る。
「確かに、シィロメルトにあの男──炎導境悟の腕を渡し、コピーを作るよう言ったのは私です。ですが、私の目的は達せられず、その後の日本における彼の実験には関与していません」
「目的?」
何処までが本当かは置いておいて、今は話の先を促す誓。
「トンネル効果」
「? 量子論がどう関係して」
疑問符を掲げる誓を見て、エミニガは目を細める。
「なるほど。どうやら知らないようですね。ふむ……」
暫し沈黙し、考え込む素振りを見せるエミニガ。
「いいでしょう。息子というだけで、人間にわざわざ教えてあげる必要もないのですが、あなたは特別です。教えて差し上げましょう」
「俺が、特別?」
「そうです。あなたと私はある点で全く同じ境遇ですから。謂わば、ごくごく私的な親近感を感じている、とでも言いましょうか」
誓の背中を嫌な汗が伝う。
特別なのは息子というだけではなく、ある点で全く同じ境遇で、親近感を感じたから。
しかも、こちらの顔も知らなかった相手が、今までの情報だけでそうと感じる何か──
そのような魔帝と誓の接点など、父親をおいて他にある筈もなく──。
故にそう、現実は当たり前のように無情を突きつける。
「私の父は、赤熱皇帝アポロニガ。あなたの父、炎導境悟と相打った魔帝です」




