第四章 宣戦布告 伍
「みんな、そろそろ注意して──ストップ」
対戦場所に指定されたスルーザクラウドルの敷地へ向かう途中、誓は足を止めた。
「せっかちね~。猿山で待てなかったのかしら?」
リヴェンジは時間こそ申請側が選べるが、場所は周囲に被害が及ばないように国から指定される。
そして、相手が術士の一族の場合、概ねその一族の敷地となる。
今回は確実に相手側有利だが、過去にはやる前から相手のお家側によって対象者が叩きのめされ、好きにしてと差し出されているケースもあった。
「いや、どうやら違うみたいだ。読み違えたかもな」
リヴェンジの対象者として指定された場合、その者の属する一族は申請側に手出しすることが禁じられる。
が──、抜け道はある。
例えば、同盟関係の──
「いや、お互いに読み通りだろう。まあ、そう警戒するな。見物に来ただけだ」
誓たちの前に姿を見せたのは、一組の男女だった。
「誰? 今忙しいんだけど」
環が無遠慮に誰何する。
「火のサンシャンヌ現当主、アルクダ=サンシャンヌ様だ。あんな派手な手紙まで送りつけておいて、顔も知らなかったのか君たちは」
付き人らしき女性が呆れた風に答える。
「なかなか興味の湧く内容だったからな。機構に問い合わせてそれらしい術士の集団が通るのを待ち伏せていたのだよ。お前たちのおかげで見ておくものが出来たついでにな」
「スルーザクラウドルの今の力を把握しておきたいなら、あっちで特等席でも用意して貰えば?」
厄介払いをするようにお帰り願う環。
「それがそうもいかないのです。アルクダ様が早くも同盟の一時凍結を言い放ったので」
「!?」
「ふふ、そういう訳だ。一緒に雑談でもしながら向かうとしよう」
頭が痛いと嘆く付き人とは対照的に、何処か愉快そうなアルクダが踵を返して歩き出す。
「雑談……ですか」
立ち止まっていても仕方ないので、ついていく形で再び歩き出す誓たち。
「ああ。例えば、もしこの戦いに勝った場合に我々と組む気はあるのか、とかな」
視線だけ向け、アルクダが本気かどうか掴みにくい言葉を投げる。
「組めれば有り難いですが、こちらは現状、リートリエルと一戦交えてから停戦して、可能なら同盟か不可侵かを結びたいと考えています。それでも組みたいと思いますか?」
世間話に興じるていで、問題抱えてますよと隠さず告げる誓。
「可能ならということは当然その逆も考えているのだろう? 煌炎のリートリエルと一戦交えてから無事停戦出来る程の家ならば、我々としては是非もない」
「分かりました。前向きに考えさせて頂きます」
いい話ならと、誓は特に考えず言葉を返す。
今の誓たちは、風の大家であるスルーザクラウドルにリヴェンジを仕掛ける少人数の新勢力。
現時点においては、裏を勘ぐるような話が持ち込まれるのを警戒するだけ無駄である。
「恐れながらアルクダ様。子どもばかり、10人にも満たない新勢力に期待するだけ時間の無駄かと」
しかし、サンシャンヌ側から見れば別。
話を持ち掛けたのを下手に利用されてはたまらないと、付き人が苦言を呈する。
「そう思うか?」
「はい。何れも才気溢れる若者たちであるのは私でも感じられます。神影領域の当主、セルヴァルト様とそのリンクメンバーだけなら戦術次第で可能性も生まれるでしょう。しかし、そこにクラウニア夫妻が加わるとなると……」
無効化能力は便利そうに思えるが、意外と使い手は少ない。
それには理由がある。
無効化は、その殆どが特異値の守備範囲だからだ。
つまり、使える者は特異型に万能型、幻影型に御子型、そして道化型と、この五つの特性にほぼ限られる。
ここまで言えば気付くかもしれないが、これらの内、幻影型以外の特性は特異能力なしでは戦力としてイマイチになってしまう。
特異値の高い特異型や道化型以外でも制約次第では上位次元を丸ごとカバー出来るだろうが、そこまでやらないのであれば上位次元の一部を対象とするのでいっぱいいっぱい。
誓ならば、妖精術の二人リンクで解放されるガ・ジャルグによる魔術無効。
ファーレストなら、先天魔術を含む特異能力の無効。
何れも、効果対象外で地力勝負になる可能性が高い。
地力勝負を得意としない特性の者が、基本地力勝負に持っていくような特異能力を得ようと思うだろうか?
仲間の存在を考えればありかもしれない。
しかし、命懸けの戦場で、自分以外に頼れる仲間を果たして何人見出せるだろう。
能力作成は、概ね十代の頃になる。
その自分が強くなろうと躍起になりがちな時期に、自らを一歩死に近づけると知りながら頼れる仲間の存在に活路を見出せる者が、どれだけいるだろう。
まあ、中には考えなしに使い手となるものもいるだろうが。
とにかく、リスクを負った故の希少価値だからこそ、ハマれば強い。
勿論、術士の敵は基本的には妖魔であり、それ故に魔術封じが第一で、他は後回しになることも大きな要因だ。
誓のガ・ジャルグもこの点が重視されている。
仮に精霊術や妖精術そのものを無効化して対人戦最強に輝いたとしても、対妖魔戦で実績を残せなければ、国の栄えあるランカーに選ばれることはない。
少なくとも、日本やアメリカではそうだ。
自然、術士である人間同士の争いとなれば、まず封じられることのない基礎スペックを高めた年長者が有利となる。
「各種魔法適性が1か0という者の少なくない魔術士と違って、基本全適性を持つ我々精霊術士が地力の勝負となれば、どうしても年長者に分がある。確かにその通りだ」
付き人の懸念を肯定するアルクダ。
「──だからこそ、見ておきたい」
「!! 失礼致しました」
「なに、構わんさ」
そんな主従の遣り取りがされている間に、目的地へと辿り着いた。




