第四章 宣戦布告 参
バルコニーから戻ったセラフィの様子から大丈夫と判断したのか、由紀からセラフィの教会の状況と、フィリエーナの所へ送った式が戻って来たことを告げられる。
「そうか」
暗い話題が続いたが、ここに来て光が射しこんだ。
フィリエーナにこちらの意思を伝える式。
最後に、婚約する気があるなら金の妖精術で斬るように伝えた、火に強い式が戻って来たということは──
「そうか」
同じ台詞を繰り返した誓の口角が上がる。
起きた結たちにフィリエーナのことを伝えたり、セラフィがややたどたどしくも言葉を口に出すようになったことに環と結が騒いで時間は過ぎ、結局もう一度食っちゃ寝を繰り返す。
そして雨のあがった空を迎えた朝──
「それじゃ、早速行動に移りましょうか。先ずは土地よ」
環が気持ちを切り替えるように、パンと手を叩いて話を進める。
「簡単に言うけど、術士の一族として認められるには練習等々で周囲への被害が出ないよう、それなりに広い土地の確保が必要になる。アメリカはその辺日本より上だった筈。幾ら日本より地価が安くても、ここの地価じゃ厳しくないか?」
人数に関しては問題ない。
先に頭数揃えて存続をアピールするもよし、実力示して勢力拡大を図るもよし。
サラブレッドは確かに期待できる。
しかし、何処の馬の骨でも強い術士というのは現れる。
だから、旗揚げに関しては資金さえあればどうぞどうぞになっているのだ。
「都市外なら格安で広大な土地を買えるわ。勝てばスルーザクラウドルのセレブ価格な土地の所有権を持てるんだから、今は別に底辺価格の土地しか持たない一族でも構わないし」
今回のことは、見ようによってはお家騒動だ。
スルーザクラウドル当主の座を、兄と妹で争う形。
その結果に、公的機関による強制力を持たせる。
当主である兄によって、一族から抹消されたスルーザクラウドル直系の妹によるリヴェンジ。
セラフィがスルーザクラウドルに戻る形であれば、当主権利を得ることは出来ても行使は難しい。
家の者たちの間や発言に、それまで積み上げられた実績や信頼といった重みがあるからだ。
重臣が揃って首を横に振ってしまっては、出来ることも出来なくなる。
しかし、新規に立ち上げた家に接収する形であれば、それらは一度白紙に戻る。
スルーザクラウドルの重臣が揃って首を横に振ろうと、それは新参になるかもわからない相手が揃って首を横に振ってるだけ。
当主権利の行使に口を挿めるのは、スルーザブライドルの重臣だけだ。
「なるほどな。セラフィの口座を動かす訳にもいかないことを考えるとそれでも厳しそうだけど……最悪ローン組めばなんとか行けるか? 術士のローンって査定厳しいって話聞くけど」
「何言ってるのよ誓くん。そこは私たち家族の愛の巣になるんだから、お金は全員で出すに決まってるじゃない。そういう私がたぶん一番持ってないんだけど、そこは頭脳割ってことで。あ、見鶏先輩は一日の部屋代くらいの気持ちで結構ですよ」
「お言葉に甘えさせて貰おうか。ここは私だってリヴェンジの当事者だから出させて貰うと言いたい所だが、如何せん見鶏は凡庸な家の傘下だから先立つものがね」
大した依頼がなければ、当然まとまったお金は入らない。
見鶏は優秀だから、その辺の精霊術士と比べれば多い方だが、それでもこのメンバーの中では小遣い程度である。
「家族のお城?」
「なあ、マ──」
セラフィの疑問に誓が危険を感じて待ったをかけようとするも──
「そそ、みんな一緒の部屋ならきっと楽しいわ。セラフィもそう思うでしょ?」
「みんな、一緒? うん、嬉しい」
『(〃▽〃)』
いつかの風呂場のように、策士によってまたもや先回りされてしまった。
誓のやや恨みがましい視線に、ニコッと返す環。
「にゃははは。じゃあ決まり! いい物件残ってればいいけど、なかったら一件落着した後にでも建てちゃおう!」
新規立ち上げやリヴェンジの手続きなどの下準備を行いつつ、拓真と美姫を由紀の転移で連れてくる。
相手はスルーザクラウドル。
誓は信頼できる最強の仲間たちを揃えた。
「他にも大物が釣れるかもとは思っていたが……、意外と小心者なのかもな」
政府が提供してくれたリヴェンジ対象の資料を眺めつつ、誓が感想を述べる。
「自分で言うのもなんだけど、特異型なんて卑屈根性丸出しの奴ばっかりよ。ねえ?」
「否定はしませんが、私に同意を求められても困ります」
環の言に、由紀が淡々と返す。
「由紀って打たれ弱そうに見えて意外と強かよね。陰陽師の素質もあったからかしら? 根っこが同じでもちょっと違う芽を出してる感じ」
「……」
「まあいっか。それより今は他のリヴェンジ対象者の方が重要だし」
口を閉じた由紀からこれ以上の反応は期待できそうにないと感じた環は、気にせず話を戻した。
「風の第九位、ヴォルテ=バーバラード。風の第十位、クローネ=バラドホルン。そしてパイア=ヨーグリーか。どんな奴らなんだ?」
誓の後ろから資料をのぞき込んでいた拓真が疑問を投げた。
「ヴォルテは狼の守護精霊を持つ攻撃型で兄さんの片腕。近接攻撃主体。パイアが四枚の盾を持った天使の守護精霊を持つ防御型で女狐? 或いは器の小さい妾? が近い表現かも。虎の威を借って嫌がらせして悦に入るというか、好きなように相手を貶めて自尊心を満たすタイプ。実力はそうでもないけど、二枚の盾を使った反射には注意」
(あの二人か)
写真を見ながら、誓はスルーザクラウドルの敷地で会った最初に遭遇した男女を思い浮かべる。
「クローネは複数の蜂の守護精霊を持つ御子型で、諜報や範囲攻撃にサポートを得意としてるけど、いつも三人の意見に従ってる。昔からそうだったから特に気にしてなかったけど、たぶんずっと前から三人に逆らえないんだと思う。今回もきっと本意ではない筈だから、三人を倒せば話を聞いてくれる筈。何回か兄さんたちのいない時に話したことあるけど、悪い人じゃないと思う。今思えば、私へ注意するようなこと遠回しに言ってた。希望的観測かもだけど」
「ふむふむ。にゃるほどねー。他に注意する人は?」
こちらは誓の横から資料を見る結。遠慮はない。
「クラウニア夫妻。風の第六位、万能型の夫、ファーレスト=クラウニアと、風の第五位、無双型の妻、レディアラ=クラウニア。スルーザクラウドルの柱石。兄さんとの仲は良くないけど、兄さんのスルーザクラウドル家じゃなくてスルーザクラウドル家そのものに従ってるイメージ。やろうと思えば兄さんを引き摺り下ろせる力を持ってるし、要注意」
「ファーレスト、あの人か。それで引き摺り下ろせる力というのは?」
ヴォルテと争っていた場面を仲裁した男性を思い出す。
「ファーレストさんの特異能力。相手の特異能力の無効化。これを使えば、特異能力で神風を継いで神影領域にいる兄さんは神風じゃなくなる」
「なるほどな。しかも相手の特異能力を無効化出来るなら、殆ど地力勝負に持っていける。万能型の自分には微妙なラインでも、無双型である妻のレディアラさんにとっては強力なサポートになる」
希少型である無双型は、特異値こそ僅か20%だが他は全て85%というある意味万能型よりも万能な特性だ。
特異能力なしの勝負であれば、まともに相手どれる特性はセラフィの幻影型くらいだろう。
他の特性でもやれなくはないが、劣勢は否めない。
「他にも先天魔術なんかも軒並み防ぐから厄介。対陰陽術は見たことないから分からないけど、きっと大丈夫。こっちじゃ陰陽術はローカルですらないから、能力作成時に頭になかったと思う」
「先天魔術の無効化か、上手いわね。血統タイプや一芸タイプは大概これに入るし、この二つは基本それを伸ばすから他の魔術の習熟度は低い。外す方法もあるけど、そうすると魔力の消費は高まるし。まあ良くも悪くも教本ありきの私には関係ない話ね」
相手を褒めながらも、自身の魔術は問題ないと環が自虐気味に説明する。
「ファーレストさん自身も強い。霊質の密度だけなら神領域。もう三十後半だから年齢的にギリギリだけど、霊力の成長次第じゃ神風になれるんじゃないかって期待されてる。因みに妻のレディアラさんは霊力だけなら余裕で神領域。こっちは霊質の密度を地道に上げられるような性格じゃないから神風にはなれないだろうって言われてるし、本人もそう言ってた。戦闘はとにかく霊力集めてぶっ放せばいいんだよって思考。あまり関係ないけど美男と野獣の二人。写真じゃ体は写ってないからわからないだろうけど、覚悟してないと腰が引けちゃうかも」
言いながらセラフィがスケッチブックにおおよその体格を描く。
ファーレストと比べられたその絵は見るからに比率がおかしくて、確かにこれはないと思った誓だった。




