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第二章 火生金 肆

 少女の両親はとても仲睦まじかった。

 そんな両親に、少女は物心つく前からある話を聞かされていた。

 それは、とある男女の愛の始まりの物語。

 昔々──、ある村に魔王がいました。

 魔王は手下に命じて、村の人間たちを勝手気ままに玩具にし、好き放題に遊んでいました。

 困った村の人間たちは、とうとう村の外の世界に助けを求めます。

 助けにやってきたのは、火を使う四人の魔法使い。

 四人の魔法使いの力は凄まじく、魔王の手下を次々と倒しました。

 怒った魔王は、ついに自ら魔法使いを排除するべく村にやってきます。

 しかし、四人の魔法使いは臆することなく魔王に挑みます。

 四人の魔法使いと魔王の戦いはとても激しいものになりました。

 魔王はとても強く、四人の魔法使いは一人、また一人と倒れてしまいます。

 ついに、立っている魔法使いは一人になってしまいました。

 村の人間たちは魔法使いが勝つことを祈り続けます。

 その祈りが届いたのでしょうか。

 窮地に陥った魔法使いの前に、一人の男が颯爽と現れて言いました。

「俺の剣にお前の火を重ねろ」

 残った魔法使いは男の剣に自分の火を重ねました。

 するとどうでしょう。男の剣は神々しく燃え盛り、輝きを増していきます。

 まるで剣が火を燃やし、火が剣を鍛えているかのようです。

 その光輝く剣で男が魔王に斬りかかりました。

 するとあら不思議。

 今までの苦戦が嘘のように魔王を打ち破ったのです。

 最後まで立っていた魔法使いは、男に向かって言いました。

「私と結婚しなさい!」

(──で、私が生まれたのよね)

 少女──フィリエーナは現在任務の途中だ。

 子どもの頃からよく聞かされている昔話を思い出したのは、さっき通った店の店頭の液晶テレビに、魔法少女もののアニメが映っていたから──とフィリエーナは納得する。

(店頭のテレビに魔法少女のアニメって、どうなのかしら)

 どうもこうも──、当たり障り無く言うなら、人それぞれだ。

(魔法少女か、結末がハッピーエンドならいいわね)

 そんなテレビの中のファンタジーに思いを馳せつつ、ファンタジーも真っ青な現実世界に身を置くフィリエーナは、己のハッピーエンドを思い浮かべる。

(父さまと母さまに負けないくらい素敵な出会いをして、愛情を深め合って、プロポーズされて結婚して、更に愛情を深め合って、家庭を築いて、それで──そうね)

 一呼吸置いて、フィリエーナは遠くを見遣る。

(戦場以外で死を迎えられたらいいな)

 妖魔と戦う者たちが安らかな死を迎えることは難しい。

 隠居するまで生き残る必要があるし、仮に生き残れたとしても五体満足とは限らない。

「フィリエーナ。敵を捕捉した。指定の場所に追い込む」

 フィリエーナの家に所属する術士、クーガーにそう告げられて意識を切り替えるフィリエーナ。

「分かったわ。マクファー、そっちの準備はいい?」

「ああ、問題ないさ。フィリエーナお嬢様」

 殊更に“お嬢様”を強調してマクファーがそれに応えた。

「そう。なら行きましょう」

 マクファーの厭味には慣れっこだったので、フィリエーナはさっさと次の工程に移る。

 現在の任務は、リートリエルと友好関係にある企業の進出において、弊害となっている妖魔の撃退だ。

 厭味を返すことでは無い。

 リートリエルはアメリカ合衆国の名門だ。

 火の精霊術士としても、全ての精霊術士の中においても、トップクラスに位置している。

 だが、名門であるが故の柵も存在し、その最たるものが世知辛い権力争いだ。

 フィリエーナはまだ大人とは言えないが、それでももう子どもではない。

 だから、権力争いなんて心の醜い者のやること、などと現実を直視出来ていない発言はしない。

 それでも、そのような行為を嫌悪する感情は別だ。

 こればかりは理性が納得してもどうしようもない。

 残念なことに、フィリエーナはその権力争いの渦に巻き込まれている身だ。

 尤も、それを幸運と呼ぶことも出来るだろうが。

(命の掛からない仕事場なら、もう少し気楽なのにね)

 そう考えると、命懸けの戦いを行いながら権力争いもこなしていた大戦時の軍関係の方々には敬意を表せざるを得ない。

 何せ場合によっては、大きな目標の下では味方だった者が、小さな目標の下で敵になりえるのだから。

 これは命の懸かっている状況では相当に痛い。

 相手は恐らく魔鬼クラスだ。

 だから文字通り、致命的となる。

 嘆いていても始まらないが、愚痴の一つも零したくなるのは仕方が無い。

(面倒な世代に生まれ落ちたものだわ。でも──)

 目的の場所に辿り着き、フィリエーナは大きな目標の下での敵を見据える。

(私の──フィリエーナ=リートリエルのやることは変わらない)

「主の栄光を謡え。アリエル!」

 空中に姿を現したのは主の栄光を謡う天使。愛と美を司る、金に揺らめく火の星。

 その姿は、小柄ながら確かな威厳を放ち、同時にたおやかさをも兼ね持っている。

 相手は鬼猫。

 思ったとおり魔鬼クラスのようだが、フィリエーナたち三人なら倒すのはそれ程難しくは無い。

「マクファーは結界をお願い。クーガーは結界の強化と私の援護を」

「了解」

 フィリエーナの指示にクーガーは即座に了承の意を示す。

「結界だけでいいのかい? お嬢様」

 一方、マクファーはフィリエーナにわざわざ確認を取った。

「もし敵に加勢があった場合は応戦して」

「はいよ」

 分かりきったことの遣り取りを終えて、三人は漸く敵と対峙した。

「シャアアァアッ」

 不気味な奇声を発して鬼猫がフィリエーナたちを威嚇してくる。

 否、それは威嚇のみに止まらず明確な不快感を伴う音の波として襲ってくる。

(三流術士なら効いたかもね)

 そうして何ら物理的な負荷を受けずに、フィリエーナは鬼猫に跳躍した。

 それはともすれば疾駆とも思えるほどで、格闘ゲームなら低空ダッシュと呼ばれるものに似ている。

「ヤアアッ」

 気合いと共に炎を纏わせた拳を叩き込む。

 フィリエーナは攻撃型だ。

 彼女の精霊術士としての戦闘スタイルは近接戦に強さを発揮する。

 精霊術は精神的な力が大きい分、術士の精神力に多分な影響を受ける。

 フィリエーナが身体を強化する戦闘スタイルを取っているのも、フィリエーナにとってそのスタイルが、炎を放って攻撃するよりも攻撃的なイメージを持つが故だ。

 俊敏さでは魔鬼の中でも上位に入る鬼猫と超至近距離で応戦することは、並の術者にはとても務まらない。

 高位の術士でも殆どの者は中・遠距離戦を選ぶだろう。

(右。上段と中段!)

 鬼猫の爪による攻撃の後、死角から繰り出された尻尾の攻撃を余裕こそないが危なげなくかわすフィリエーナ。

 そう、フィリエーナは相手の熱を身近で感じることで動作の先を読める。

 ただ火を操るだけが火の術士の能ではない。

 鬼猫のおよそ常人には予測不可能な攻撃を冷静に捌き、自身の攻撃を叩き込むフィリエーナ。

 その一連の動きは、フィリエーナのあら捜しに同行しているマクファーにさえ、渋々賛辞を心に抱かせるものだった。

(ちっ、小娘のくせに実力だけはありやがる。厄介なもんだぜ)

 フィリエーナの猛攻に、堪らず鬼猫が後方に跳躍し距離を取る。

 鬼猫の跳躍力で逃げを打たれては火の精霊術士であるフィリエーナたちが追うのは難しいが、だからこその結界、それでこその援護要員である。

「甘いぜ。化け猫ちゃんよぉ」

 フィリエーナから距離を離し、ヒットアンドアウェイに切り替えた鬼猫だが、クーガーの援護攻撃に重ねたマクファーの執拗な援護攻撃に上手く距離を保てず、劣勢に陥った。

「キシャ、キシャアアッ」

 鬼猫が攻防を繰り返しながら幾度か結界に攻撃を行うが、高位の術士二人がかりで構成している結界は、いくら魔鬼と言えどそうそう破れるものではない。

 そう、内側からは──。

「甘いな。術士」

 高密の魔力を纏った高さ二メートルを楽に越す大柄な体躯が、結界をぶち壊して戦線に躍り出たかと思うなりマクファーに突撃した。

「おいおいっ、二体なんて聞いてねーぞ! 調査チームは──シット」

(調査チームはそっち側でもフィリエーナ側でもない。手抜きか罠か、どの道この状況は上手くないな)

「どうする? フィリエーナ」

 状況を推測したクーガーが、選択肢の少なさを知りつつも、この場の決定権を持つフィリエーナに判断を仰ぐ。

「バカかてめぇ。んなもん、ここで戦うしかねーだろうが!」

 クーガーの問いにマクファーが即応する。

 魔鬼たちを連れての逃走劇など、市街地で行えばどうなるか。

 下手をすれば数百人単位で死傷者が出る。

 妖精術士が幅を利かせる外国でそんな大失態を晒せば、本家からのお咎めは免れない。

 その上、このメンバーでは逃げ切れずに敗北するという最悪の事態もあり得る。

 死へのカウントダウンが始まった。



「誓剣 愛火。我が誓いに応え、汝が力を揮え」

 劣勢であるフィリエーナたちに加勢してくれた少年が、終わりに向けて静かな宣告を行う。

 狼男の生存本能が、降り掛かる危険を最大限と警告したのか、即座に少年の剣の射程外まで距離を取ると同時に、防御に全魔力を籠めようと──

「ガ・ジャルグ」

 ──したが、少年の剣はそれを許さなかった。

 否、それは最早剣では無い。

 狼男が距離を開けるよりも尚速く、赤き槍となって狼男の身をいとも容易く貫いた。

「がほっ。馬……鹿な。そんなことがあああああああああっ」

 狼男の驚きも無理はない。

 妖精具は大量の妖精の集合体だ。

 強く結びついた妖精がそう簡単に形を変えることなど有り得ない。

 妖精具というものを理解している者ほど、その状況を想定出来ず、目の前の事実を呑み込めない。

 フィリエーナが目を見張る中、狼男の絶叫も防御もお構いなしで赤き槍が何度も疾駆し、容赦なく叩いては穿ち、狼男の身を焦がした。

 荒れ狂う槍捌きは、外観に反して緻密にして精練。

 地に空に、狼男はなす術も無く料理されていく。

 ザシュッ。

 最後の一突きで狼男を串刺して、地に赤き槍の尖端が深々と突き刺さる。

 狼男はそのまま空中で丸焼きされて消し炭となった。

「ふぅ」

 まるで、型の稽古を終えたかのように少年が一息つく。

「な? 俺たちなら出来ただろ」

 少年がフィリエーナに向かって労いの言葉を掛ける。

 同時に、剣に戻った『誓剣 愛火』をそのまましまった。

「──え、ええ、そうね」

 フィリエーナは途端に紅潮した顔を背ける。

「凄いよフィリエーナ。俺たちで二体の魔鬼を倒したなんて。自分でも信じられない」

 興奮冷め止まない様子でクーガーが喜びを伝えて来た。

 少年に対してぎこちない返答となったフィリエーナだったが、クーガーのおかげで助かった。

 クーガーは身体中の痛みも気にならない程に興奮している。

 通常なら高位の術士が三人で倒せる魔鬼は一体だ。

 同時に二体の魔鬼を相手に勝利を掴むなど、軽く一流術士四人分の働きに匹敵する。

 クーガーの喜びようも無理はないと言えよう。

 事実、フィリエーナとて内心ではガッツポーズを取っていた。

「君のおかげだ。本当にありがとう! 名は? 所属している術士の家系はあるのかい? ああ、俺はクーガー=メルテロッサ、クーガーでいいよ」

「あ、えっ……と」

 クーガーの質問に言いよどむ少年。

 フィリエーナは、そんな少年を見てどこか物寂しい気持ちを覚えた。

(やっぱり──)

 先程の攻防を見て浮上した考えが、ここに来て確信に近いものになる。

 形状を途中で変化させる妖精具。

 妖精具とは本来一定の形を保つものだ。

 そしてそれ故に、自身が咄嗟に作り出す炎よりも妖精たちの密度が高く、格段に強い。

 最初から形を変える妖精具を作る者などまずいない。

 術士の家系の者にとって、何かしらの能力を特化させた方が強いことは周知の事実だ。

 では術士の家系でない者ならどうか。

 その場合、初めて妖精具を創った状況に最も適した形を取ることが殆どで、汎用性のある形を取ることは少ない。

 もう一つ、誓の妖精具は最初から槍の形を取ってはいなかった。

 先の状況で、最初から槍が有効だと思っていたなら最初に剣で出す必要はない。

 強さを損ねることもなく剣から槍に形を変える妖精具。

 妖精術の方が得意なのに精霊術士と言って加勢してきたこと。

 これらが何を意味するのか。

 答えは明白だ。

(彼は、妖精術士の家系なのね)

 これ程の術士であれば幼い頃に具現させた筈の妖精具の能力が、前情報なしで創れる類のものではないこと──。

 それに妖精術士の家系でない者が、精霊術士と妖精術士の確執をそこまで気にするとはフィリエーナには思えない。

「良かったらリートリエル家に入らないか。フィリエーナは本家のご息女でもあるんだ。君ほどの腕なら待遇だって──」

「ちょ、ちょっとクーガー。無遠慮過ぎよ。気持ちは分かるけど落ち着いて」

 少年が妖精術士の家系であることに微塵も気付かず、勢いで勧誘し始めたクーガーを慌てて抑えるフィリエーナ。

「あ、ああ。済まない。確かに興奮してるな。少し落ち着いた方が、痛っ」

 落ち着いて痛みを思い出したのか、クーガーが額に汗を掻いて顔を顰める。

「失礼。仲間が迷惑掛けたわ」

 フィリエーナの胸の奥が、何故か締め付けられるように痛む。

 一呼吸でそんな気持ちを切り替え、フィリエーナは少年に向き合い自らの名を告げる。

「私はフィリエーナ。フィリエーナ=リートリエルよ」

 少年の瞳が、あたかもフィリエーナの心の奥をも映しているかのように、微かに揺れた。

 とほぼ同時、少年の胸元でも振動が起こる。

「──と、ごめん。母親から電話だ」

 少年は身体の向きを変えて通話を始めると、すぐに帰る旨を伝えてから向き直る。

「悪いけど、もう帰らないといけないから」

「そう」

 何か言いたそうなクーガーを手で制して、フィリエーナはそれだけを告げる。

「……誓」

「え?」

 視線を逸らした少年の告げた言葉が、フィリエーナの胸の奥に染み込む。

「俺の名前だ。それじゃ、そっちも気をつけて帰りなよ」

 言うが早いか、少年──誓は空中へ作った幾つもの炎を足場に上空へ跳び上がると、進行方向に背を向けて足先から炎を噴出させ、軽く手を振りながら遠ざかって行った。

 途中で不自然に見えなくなったのは、跳び上がる途中で張っていた結界を術士相手にも効果があるように強めたからだろう。

「セイ……。凜としてるのに温かくて、いい名前ね」

「精霊術はまだ見えないけど、妖精術は更に凄い腕だね。どうしてあんな逸材を誘わなかったんだい? 名前は聞いたから調べることは出来るだろうけど、せめてこの場で連絡先の交換くらいしても……」

「彼にその気はなかったわ。少なくとも今はね」

 自身の憶測には触れず、目に見えた事実だけを述べるフィリエーナ。

「それに、あれ程の腕だもの。きっとまた逢えるわ」

 誓の去った方向を見遣りながら、フィリエーナは風にさらわれる髪を止める。

「その時に敵対関係じゃなければいいけど」

「とにかく、私たちも帰りましょう。マクファーへの文句でも考えながら、ね」

 名残惜しさを振り切るように向きを変え、ウィンクしてフィリエーナは歩き出す。

「はは、そりゃいい。そうしよう」

 クーガーも軽く笑ってこれに続く。

 プルルル……。

「母様から電話? はい、フィリエーナです。今、対象の魔鬼を倒した所で──え?」

 歩き出したフィリエーナの足と息が、止まった。

「マクファーが……、殺された?」


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