第三章 一石二鳥 拾参
「祝福してあげるわ。約束された死への旅路を」
「?」
「運命操作系魔術!? マジ、ヤバ」
「マキちゃん今のは──」
誓の疑問に環が答える間を魔王たちが悠長に与える筈もなく、必然、攻防を続けながらのリスニングになる。
「操作系の上位魔術。術者の敷いた運命に沿う形へ、対象の行動を強制的に誘導する魔法」
「わわ」
「!?」(ペコペコ
その間にも確実に表れる不協和音。
決して下手を打っている訳ではないが、どうにも運悪く相手に都合の良い展開となってしまう。
「術者なら一応抵抗出来るし炎浄なる悪食のある結お姉様ならそこまで問題ないけど、無効化働いてない由紀たちは何をするにも集中しないと、この場合全て悪循環に陥って超マズいしッ」
そんな状況の中、ウルトニーがニタリと暗い笑みを浮かべた。
「ッァ!?」
「あっれれー。やったと思ったのにー。まあいいや、もう一段階上げちゃおー」
誓たちの知覚を超えて、突如壁に吹き飛ばされるセラフィ。
風を用いてギリギリで衝突を免れたが、ダメージは軽くない。
「セラフィ!」
『大丈夫(•̀ᴗ•́)و ̑̑グッ』
環の声に水で文字を作って返すセラフィ。
(空間転移? いや、移動の直前直後の姿勢も変わってるし、もう一段階上げるってことは……、まさか時間停止か! この組み合わせはマズいな)
誓は敵の攻撃を防げなくとも緩和できるよう、セラフィに炎の衣を纏わせる。
「お邪魔、お邪魔。プゥ~、この炎硬いー」
宣言通り、またもセラフィに攻撃したウルトニーだったが意外にも頑強な誓の炎に阻まれた。
誓の攻撃値、防御値、補助値、召還値は現状全て590%(自身のブーストで480%にリンクによる固有スキル10%と環の特異能力で100%)。
最大霊力値こそ結に劣っているが、適正値を鑑みれば未だ誓に軍配が上がる。
「プゥ~。ならこっちこっちー」
セラフィは無理と判断したウルトニーは時間を止めてから見鶏に矛先を変えるも──
「ふぇッ!?」
「そうは問屋が卸さない、ってね!」
死炎のアイガードで同じく停止された時間を動いた結によって、見鶏を横から掠め取られる。
「結ちゃん!?」
見鶏の知覚の中では、先程まで自分のいた場所に出現しているウルトニーと、いつの間にか結の温かな炎に絡め取られて移動させられ、突如視界の切り替わった自分という状況に驚き、思わず声をあげる。
(結ちゃんの時間停止、昨日少し実験に付き合わされたけどやっぱり慣れないな)
「結先輩ナイスです」
「にゃはは。先に停められた不安もあったけど、間に合ってよかったよぉ」
危ない危ないと見鶏を離すと、炎で空を駆けながらウルトニーに攻撃を放つ結。
「時間停止ですって? それ程の魔法具、いったいどうやって……」
エリトナが面白くなさそうな顔で零す。
「なに、ある人に大した物でもないからと激安で売って貰っただけさ」
「誓様の人脈の賜物ですね」
お披露目の際には案の定、環が様々というか散々に面白い反応を示してくれた。
物が物だけに、魔術士への精神的な衝撃は軽くない。
「……そう、一筋縄ではいかないようね。それなら、こういうのはど~ぉ?」
少し動揺していたエリトナだったが、切り替え、余裕をもって次なる魔術を発動する。
「運命操作に加えて引力操作って、ちょっとは自重しなさいよ!」
今度はしっかりと目に見える形で露出する魔術の効果。
「これは参ったね。私じゃ時間停止は勿論、運命も感知出来ない。しかも見鶏自身も効果範囲だから下手に皆を動かす訳にもいかない。引力だけなら対応出来ないこともないんだけど」
サポートに徹しようという心構えで来たものの、こうも自分の許容範囲外の能力のオンパレードではと、なるべく結の近くを位置取りながら歯痒い思いをする見鶏。
格上相手をも手玉に取って来た経験上、自身の特異能力を冷めた態度で論じながらも、当然自負もあった。
そのとっておきが通じない。
となれば、自分で言ったように『どう足掻いてもBクラス、その特異型相応の地力程度しか揮えない』。
「やる気、やる気。本気出すー」
ウルトニーがあまりやる気の感じられない様子で分身を量産する。
「分身ですか。多いですね。それに──」
「凍れる時の多重影分身の術~。六十六体のホンモノ、ホンモノ。でもニセモノー」
由紀の冷静な状況把握に被せるように、ウルトニーが自分から概要説明した。
自分の見せ場は取られたくない。
子どもである。
「どっちよ! ってか、どいつもこいつも高等魔術連発してくれちゃって、私の立つ瀬がないっての! ついツッコんじゃったけど、一時的に停止させた自分の存在を写し取った、過去の自分が六十六体。どれもフェイクだけど、限りなくオリジナルに近いわ。統率と魔術論理の関係上、更に分身や高等魔術連発はないと思うけど……、崩壊覚悟の一発はあるから注意して!」
時を止めて写し取った以上、その物体の時が動けば術は崩壊する。
つまり、操作は本体によるオートにマニュアル。
魔術故に、ある程度の相違は許容されるだろうが、大きく魔力を消費する程の動きがあればこちらも術の成り立ちが危うくなる。
逆を言えば、大きく魔力消費させたり、本体の損傷が一定の域を超えれば、消すことは可能。
「対象は時が止まった存在。誓くんのガ・ジャルグやお姉様の炎浄なる悪食以外だとダメージ軽減は避けられない。言うまでもないけど、下位次元攻撃じゃダメージ無効だしッ」
環がよく動く結たちに対しても聞こえるよう、音に魔力を乗せて言霊の真似事をしながら注意喚起する。
(せめてどれか一つだけでもッ)
運命操作。引力操作。時間停止。多重影分身。
この中で環に対抗出来るものがあるとすれば──。
「あら? へぇ、以外とやるわねぇ子猫ちゃん」
「うっさい。黙れ年増」
運命操作や時間停止は余裕でスペックオーバーなのに加え、それこそが一番得意な魔術なためか術式の具現化が隠されている。
多重影分身は出来ても、魔王のそれとは質も量も比べ物にならない。
なら、環が術式を見様見真似して対抗出来るものはこれだけ──
引力操作しかない。
予め魔力を乗せた炎を上下左右四方八方にばら撒いておくという下準備は、既に出来ている。
後は、引力操作の術式の根本さえ盗めれば、方向や場所の指定部分は省ける。
空間魔術を得意とする環が、そういう指定部分の知識に長けていることも幸いした。
(それでも、この魔力の消費量。全く、ホント魔王相手なんてやってらんないわよ)
最大魔力値は他の最大値に比べ、鍛錬や年齢を重ねることで上がり易い傾向にある。
無論、成長の壁には何度も遭遇するだろうが、それでも一日の上昇値の限界がある最大妖力値や最大霊力値に比べればマシだし、ほぼ才能で決まってしまう最大神力値と比べたら雲泥の差だ。
だが、残念なことに、その長所をより活かせるのは長命な者──
つまり妖魔の側となる。
魔王たちと環の魔力差はざっと10対1以上。
その上、引力操作の習熟度で劣る環の方が、減りは激しい。
自然、都合六十八体の魔王相手に防戦一方となる。
ここまで見せて来なかった由紀の陰陽術も用い、何とか抵抗の体を保っている状態だ。
誓や結の能力が、現状魔王たちを上回っていること。
魔王たちの攻撃が圧倒的パワーよりも、魔術によって自分たちの土俵に持ち込んだ上で攻撃を通すタイプなことも大きい。
同じ土俵に乗れさえすれば、そこまで怖くない。
「意外と粘るわねえ。で・も、このまま逝っちゃいそう。ボクたちはこういう展開はお嫌い?」
とは言え、誓たち全員が同じ土俵に乗ることは出来ず、戦況はどうしても防戦を色濃くする。
「防戦一方か。確かに俺としてはあまり好きな展開じゃないな」
誓が炎の壁を張りながら、正直な気持ちを零す。
そして──
「どう思います? 結先輩」
「にゅふふ。大好物」
準備完了と、結は笑みを浮かべて右手を上げる。
「いっくよぉ~。流星乱射!」
そうして勢いよく振り下ろされた。
八つの流星が城に落ちると同時、一発一発が半径五十メートルを焼く広範囲爆発を巻き起こす。
「あ、ら?」
その広範囲波状攻撃を受け、倒れ逝く魔王たち。
「ひゃわわッ。ウルが、ウルが。死んでくー」
ウルトニーは咄嗟に自分の分身で本体を庇ったため、何とか生き残った。
だが、ウルトニーが現状を把握する間に、次の流星が落ちる。
それでも残る僅かな間に、時間停止で逃げようとするウルトニー。
「はぇ?」
──だったが、発動できない驚きと腹部から突き出た槍に、その場へ串刺しにされた。
「言っただろ。ここで死んで貰う、ってね」
魔術を無効化する誓の『ガ・ジャルグ』で背後から刺されたまま、ウルトニーが流星乱射で燃え尽きる。
五大魔神第二位が格が違うと言うだけあって、発動された時間停止魔術そのものを無効化することは出来なかったが、そこに至る前段階なら『ガ・ジャルグ』で対処可能。
流星乱射に防御行動を取った相手を野放しにする程、誓は敵に優しくなく、遅くもない。
流星乱射は、炎浄なる悪食で変換されずに上空に放出した霊力が5分後にまとめて着弾する範囲攻撃である。
一発一発が5分間分の霊力を持った8発の弾丸となってホーミングして降下する。
これだけでも恐ろしいが、その真価は識別効果と広範囲爆発にある。
この攻撃は炎浄なる悪食の対象にはならず、直撃に比べて威力は半減するものの、半径50メートルを瞬時に焼く爆発は相手に避けるという行動を許さない。
そして、これら八発の弾丸を5秒毎に生む特殊原子核は、特異値の10分の1秒を半減期とし、生成可能な弾丸の数が一を切ると消滅する。
リンクした場合、一人増える毎に生成間隔が一秒縮まるため、三人リンクの今なら3秒。
今の結の特異値は180%(150%に誓の固有スキル10%と結の固有スキル20%)だから、半減期まで6回生成出来る。
単純に、2分半溜めた霊力値に近い全力攻撃を8発同時にくらうようなもので、しかもその攻撃は3秒毎に繰り返される。
8発を6回、4発を6回、2発を6回、そして1発を6回と──、
69秒間──正確には72秒だが、起動者である結以外には初弾の生成される時間が実質零となるため──で落ちる計90発の高霊力値爆弾を凌ぎ切ることなど、魔王でも難しい。
結の特異能力の一つである炎浄なる悪食は、炎で浄化した分の上位四物質を喰らって自らの最大霊力値か霊力値へと変える。
相手もまさか、上位四物質を喰らって霊力値を補填するという脅威的な特異能力の影で、絨毯爆撃の下準備まで進められているとは思うまい。
(三つの最強の視点、か)
三本の矢という訳ではないが、即座に高ブーストが可能だがすぐに上限に達する誓と、徐々に力を溜めるブーストだが上限の遠い結。
最後に、規格外とリンクすることで全員の能力を大幅に強化する環。
シィロメルトの時には流星乱射に関する理解が誓たちになかったので、協力は出来なかったが──
今となっては、魔王相手にこの結果である。
『凄い凄ーい!(≧▽≦)! 魔王分殺だなんて神領域もビックリだよ!!』
「いやまあ、俺たちの能力がかみ合った結果だな。相手が時間停止使った分身体出してこなければもっと速かったんだろうけど」
「にゃはは。まね。ナイスマキちゃん」
「ま、この中じゃ魔術は私の領分ですからね。誓くんとお姉様の手前、これくらいはしてみせますよ」
環が時間停止状態への注意喚起をしてくれなければ、威力不十分で下手を打ちかねなかった。
「流星乱射の攻撃力も結局私の攻撃値依存だから、マキちゃんの強化がなければこうはいかないよね~。そもそも私だけじゃ上手く溜めるのも難しいし。その点、今回は誓という守護者兼供給源がいたから随分楽に、しかも大量に溜めれたもん。いや~、自分でも怖いくらいの威力だったな~。にゃはははは」
誓があちこち張っていた炎の壁。
防御目的も勿論あったが、供給も兼ねた代物だった。
「試験運用大成功ね、誓くん。そしてステキです結お姉様!」
「イェイ。やったね!」
「!!?」
『(≧◡≦)』
抱きーっと、これ幸いと結に抱き着く環。
そして、連鎖するようにセラフィに抱き着く結。
驚き固まるセラフィだったが、すぐに喜びを水文字で宙に描いた。
「確かに、これは見事としか言いようがないな」
「ええ、全く脱帽ですよ」
見鶏の評価に、誓はセラフィを巻き込んで環とじゃれ合う結を見ながら応える。
ダブルキャスターとしての特権を手放してまで、一つの守護精霊を強化した結。
だから強いのはわかる。
だけどここまでの強さには、仮に同じ手段を採ったのが誓であれば届かなかっただろう。
心の差。考え方の差と言ってもいい。
誓などの常人は、制限をつけたからその分強くなるなどと考えるし、実際、それは理に適っている。
これは多くの術士にとっての共通見解だし、過去から続く結果として出てもいるからだ。
だが一方で、結のように制限に比べて明らかにメリットがデカイ術者も存在する。
こうしたら、ここまで強くなる。
その幅が、人によって違うのだ。
そして細かく長ったらしく理屈を捏ねる者よりも、そういったものを構いもしない単細胞や大雑把な者、或いは心からの純粋な願いを持った者……
そうした者たちの方が、上振れは大きかったりする。
まあ考えなしで下振れも大きい傾向にあるのは、当然と言うかご愛嬌だろう。
「誓様。次はどう動かれますか」
「とりあえず、セルヴァルトさんに連絡入れて、俺たちはこの城と森を見回ろうか。変なものを残したままにしても困るしな」
「はい、畏まりました」
由紀と会話した後、セラフィの携帯でセルヴァルトに連絡を入れ、誓たちは連れ立って城と森を見回る。
特に城は念入りに調べ、ヤバそうなのは燃やして回る。
(さて、後はセルヴァルトさんの手腕に期待だな)
やや気の重い作業をしながらも、誓の中には明るい気持ちと展望が、確かにあった。
何体か残っていた魔獣や魔鬼を掃討し、ブーストも切れたしそろそろ帰ろうかと話していた時だった。
「魔王討伐おめでとうございます。そしてお疲れ様でした。セラフィルデ様、それと協力者の方々」
以前、セルヴァルトのいた部屋で見た、スーパーモデル並みの美人秘書が誓たちの前に現れ、労いとお褒めの言葉を貰った。
『クローネ。私やったよ!』
「ッ……はい、本当に喜ばしいことです」
満面の笑みで告げたセラフィに、歓喜故か、僅かに身を震わせて礼を取るクローネ。
彼女が顔を上げると、元のキリッとした表情に戻っていた。
「皆様のご活躍により、無事、スルーザクラウドルとサンシャンヌは同盟を結ぶことが叶いました。当主に代わってお礼申しあげます」
「ぇ……」「は?」「……」
「聞き間違いでしょうか。リートリエルではなくサンシャンヌと聞こえたのですが」
動揺が走る中、比較的冷静だった由紀が聞き返すも──
「はい。そう申し上げました」
クローネは間違いはないと、毅然とした態度で答える。
『どど、どういうこと? クローネ、冗談やめてよ』
「……」
「あちゃぁ~、そう来たかぁ」
クローネ相手では埒があかないと見て、焦りながらも兄へメールで確認を取るセラフィ。
すると、その場に風に乗って声が届く。
「サンキュー。日本の術士諸君、そしてマイシスターだったものよ。最期に役立ってくれて実に嬉しいネ」
「セルヴァルトさん。これは、どういうことですか」
「おや、もうわかっているだろう? 炎導誓。魔王同時討伐をなしてキエウセルカと並ぶことで、サンシャンヌと同盟を結ぶ。更に過去の負の遺産ともおさらばできる。正に一石二鳥ネ」
「負の遺産?」
「ああそうさ。可愛いマイシスターを穢した妖魔。その醜い妹もどき、ミーはずっと嫌いでどうにか始末したかったヨ。魔王討伐戦で華々しく散ってくれたとなれば、疑う者もいない。対外的にはお涙頂戴も出来てこれまた一石二鳥ネ。実に素晴らしいネ」
「……、……」
セラフィの口が音を出さず『兄、さん』と動く。
それを見て誓の顔が苦し気に歪む。
(違和感はあった)
誓などの初対面の相手にも構わずスキンシップしてくるセルヴァルト。
それが、可愛がっている筈の妹を迎えた時にはハグの一つもなかった。
奥底に生じていた違和感、しかしそれを出すにはセラフィの兄への想いがあまりに眩しくて、しまっておくしかなかった。
「それじゃあネ炎導誓。君には助けられたし、一応謝っておくヨ。そのスルーザクラウドルから除名される穢れと一緒でゴメンネ。まあ妖精術士同士、あの世で仲良くするといいさ」
瞬間、圧倒的な神風による暴風が、逃げ場を塞ぎつつ誓たちに襲いかかる。
見鶏が咄嗟に特異能力を発揮するも、クローネの特異能力によって結果的に無効化されてしまう。
(彼女はこのために──)
誓がそう思考したのも束の間、ブースト切れの誓は勿論──
逸早く戦闘状態に入るも逃げ場がなく八方塞がりの結──
魔王戦とその後の捜索に殲滅戦で魔力がほぼ尽きてる環──
同じく神力がほぼ残ってない由紀──
そして、慕っていた、信じていた兄からの突然の裏切りに、精神的な衝撃から咄嗟に回復できる筈もなく動きの覚束ないセラフィルデ=スルーザクラウドル──。
神風はその全てを喰らいつくし──
そうして始末を見届けたクローネの飛び去った後には、破壊された森の静けさだけが木霊した──。




