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第三章 一石二鳥 湯けむりの攻防

「な~んかヤバイ気がするのよねー」

「?」

 今日は魔王討伐戦へ向けた準備ということで出掛けている最中さなか、誓と由紀の間に漂う以前とは違う雰囲気を察した環が唸る。

「あー、あれは男女の仲が進展しちゃってる感じだよね~」

「やっぱり!? お姉様もそう思いますか!」

「!?」

「にゃはは、まねー」

 食いつきの激しい環に、結は少しのけぞりながら答えた。

「誤算だったわ。由紀は如何にも待ちで奥手と見ていたから安心していたのに、まさかあの誓くんがこんなに早く狼になっちゃうなんて。何か命の危険でも感じて生存本能でも刺激されたならともかく──」

「それなら五大魔神第二位のお店かにゃ~。誓は何でもない風に買って来てるけど、一つや二つは綱渡りしてそうだよね~」

「!!? 私としたことが、そんな単純なことを見落としていたなんて」

 愕然とした後に、悔しそうな顔で路傍のゴミに視線を向けて燃やす環。

「……」

「こうなったら……今晩にでも、ああでも」

「?」

「私に遠慮しなさんなマキちゃん。私は誓とは先輩後輩の間柄さぁ。仮にこの未来さきそうなったとしても、私なら自分で神炎枠も狙えちゃうからね! なんたってランカーですから! ブイブイ」

 結がドヤッと胸を張ったり、ピースサインと共に笑顔を浮かべたりと次々にアピールした。

「お姉様」

「それにここで離されると正直厳しいと思うよ~。何だかんだ誓は御三家で育ってるからねー。第一婚約者とか第二婚約者とか、周りの目もあってそういう肩書き無意識に大事にしてる……と言うと少し語弊があるかな? とにかく行動の基準にはしてると思う。それでまだ公式に確定してない枠にいるマキちゃん相手だとセーブかかっちゃうと思うんだよねー、こと国内では」

「それは、確かに」

 結の所感に環も頷く。

「攻めるなら今。誓に新たなタガがハマる前だよマキちゃん! 可愛い妹分のため、微力ながら私も協力しようじゃないか」

「結お姉様!」

「!!?」

「マキちゃん!」

「「がしッ」」

 環と結が力強く握手を交わす。

 このかん、ずっと環に抱えられるように引っ付かれていたセラフィは軽く目を回すこととなった。



「ふぅ。とりあえず一通り準備は整ったか」

 結に「お風呂あがったよ」と言われたので、例の露天風呂に赴いた誓はまず今日の出来事を思い返す。

 いい刀が見つからなかったセラフィに、忍刀・月影小鴉を貸そうとした誓。

 居合刀ではない上に刃渡りも少し短い小太刀だが、上位次元の神力と魔力を含む神魔複合の霊刀。

 魔王相手に切り結んでも、早々ダメにはならないだろう。

 そう思ってのことだったが、セラフィにとって元々刀は水の妖精具の代用品。

 今回の魔王戦ではなくても困らないということで、結局新しい刀を注文して帰って来た。

 自分の体を湯で洗いながら、次に誓が思い浮かべたのは昨晩のこと。

(失態だな。戦闘に思考が切り替わっていたにせよ、シィロメルト相手の時は途中で拓真と別れて行動することに緊張など感じていなかった筈なのに。複数同時に心揺さぶられたか。というか、三日連続で由紀に負担をかけてしまった。俺って奴はどうしてこう……)

 初日二日目の時間を考えれば、それこそ三日三晩相当。

 最早、言い訳の余地もない。

「はぁ……!?」

 溜め息をついた誓は後方に気配を察知。

 反射的に振り向こうとする身体を、その熱反応に覚えがあったために寸での所で停止させる。

「マキちゃん、とセラフィ? いったいどうしたんだ?」

「どうしたはこちらの台詞よ誓くん。私とセラフィが入浴している所に入って来たのは誓くんの方じゃない」

(なな、なんだって!?)

 誓は結に「お風呂あがったよ」と言われたので入りに来た。

 これは間違いない。

 実際、見鶏もお風呂上りに冷えたコーヒー牛乳を頂いていたので、疑問を挿むこともしなかった。

 だがしかし、結は確かに「お風呂あがったよ」と言ったし、事実、結自身はあがっているが、他者の分まで言及している訳ではない。

 誓が勝手に、女性陣は全員お風呂あがったんだなと解釈しただけである。

(く、図られた!)

 女性陣の誰かがわざわざ誓に向かってそんなことを言いに来れば、余程うたぐり深い人間でもなければ誓と同じ解釈をするだろう。

 そして、補助値150%というダントツの値を誇る幻影型のセラフィが隠蔽に動けば、補助値60%である万能型の誓では気付けよう筈もない。

 ましてここは湯けむり漂い、天井のない露天風呂。

 幾ら誓が熱反応に優れる炎術士だとしても、風と水、双方で補助値150%を誇るセラフィ相手では分が悪いと言わざるを得ない。

 召還値でも負けているのだから尚更である。

(いや待て。まだ由紀の動きは分かっていない。その動き次第ではこの状況の打開も──)

「ああ、由紀のことは結お姉様にお願いしてあるから、そっちは望み薄よ」

(!?)

 誓の思考を読んだかのように逃げ道を塞ぐ環。

 実際には既に塞いでいた訳だが、それはそれ、言葉の綾である。

(とにかく壁際は不味い)

 セラフィの出方が読めないが、環に協力しているということは分かる。

 環だけなら隅さえ避ければ問題なさそうだが、二人相手では壁際でも追い込まれかねない。

(特にセラフィは不味い)

 上空へ逃れるという手がほぼ確実に悪手となる。

(どうしてこうなった!?)

 そう思いながらも、すり足で壁際を離れる誓。

 相手から見て高さを変えず動くことで、初動察知を遅らせる。

 そんな誓の背中に柔らかいものが当たり、環の手が誓の肩を掴む。

「ふふ、ダ~メ。誓くん、今日こそは婚約者兼愛人の私・・・・が背中流してあ・げ・る」

 殊更に愛人部分を強調し、そっちの方向へ思考を持って行こうとする環。

(落ち着け俺。大丈夫だ。例えマキちゃんがその気でも俺が冷静に対応すれば……)

 後ろに注意を向けていた誓は気付かなかった。

 少し壁際から離れたために、前にも人が入る空間が十二分に出来ていたということに。

 タオル越しだが、何か物凄いものに身体の正面を支配される。

 視線を戻すとそこには、誓に抱き着いてこちらを見つめるセラフィ。

「セ、セラフィ?」

『誓。好き』

「!?」

 風で宙に浮いたスケッチブックに書いた文字で気持ちを伝えるセラフィ。

 防水は完璧だ。

「あらあら誓くんたら、外国でまで女の子を惚れさせちゃうなんて罪な男ね。カッコイイ姿見せる相手は選ばないと。少し心配だわ」

「何で……」

 今までの何処に好きになる要素がと思う誓だったが──

「自分と同じ妖精術ときょう精霊術ぐうの使い手に危ない所を立て続けに救われたら、初恋もまだの子が惚れてもおかしくなくない? 軽く運命的で嫉妬しちゃうんだけど」

 頬を上気させつつも、不安そうなセラフィが更に身を寄せて来る。

「いや、でも俺には婚約者がもう3人いて……」

 日本で男女が伴侶を増やせる条件は三つ。

 一つは、基準となる最大妖力値・霊力値が6万4千を超える者。

 一つは、術式統括庁の国内ランキングで過去に一度でも三位以内を一年以上キープした者。

 一つは、神領域に達した者。

 上の基準を満たした重婚規定者(自身が重婚条件を充たしている者)が、自身の伴侶を一人に絞る代わりに残り枠のない者へ入籍する方法もあるが、これは例外である。

 誓は将来神炎になるつもりだし、これは誓自身可能だと思っている。

 だから、三位以内を一年以上キープと神領域で追加で二枠──つまり3人までなら問題ない。

 だが、一つ目の「基準となる最大妖力値・霊力値が6万4千を超える者」という条件。

 これが結構難しい。

 意外に思うかもしれないが、神領域でさえ妖力値か霊力値が5万8千超えの密度80%超えなのだ。

 六万四千は、非常に優秀な術士が鍛練を怠らず、現役引退を迫られることもなく過ごせた場合、概ね35歳前後で到達する値。

 そう、35である。

 男性であれば問題ないかもしれない。

 寧ろ、あぶらがのって逆に男としての魅力は増している可能性すらある。

 翻って女性はどうか?

 術士故、一般人に比べれば少々若さは保たれるだろうが、それでも35。

 結婚を考える年齢としては、どうしても遅いと言わざるを得ない。

 そんなのは偏見とする声もあるだろう。

 確かに、結婚というシステムのみを見るならそれでも構わない。

 35だろうと60過ぎだろうと、一向に構わない。

 しかしながら、そこに子どもを成すという要素が加わると、話は別になる。

 人間の子どもは、35歳を過ぎた女性から生まれる場合、障害を持って生まれる可能性が高まる。

 これは現行の医療技術では避けられない壁。

 無情にも平等なリアル。

 だから、子どものことも含めて考えるなら、女性は35になる前には結婚する必要がある。

 神領域であれば、30歳前後でなる可能性が生じる。

 それであれば、多少待たせることになるがまだ許容範囲。

 だからこそ、誓は3人に拘っている。

『大丈夫。私、神領域になるから! (((ꎤ’ω’)و三 ꎤ’ω’)-o☆シュッシュッ』

 その言葉を待っていたと、スケッチブックを風でめくってやる気を見せるセラフィ。

(セラフィにまで読まれていた!?)

 だが、ここで簡単に折れる誓ではない。

 そもそも、神領域になるという理由で問題ないなら、今後も拒めなくなってしまう。

 お前が言うなという気もしたが、誓は断固たる決意を以てセラフィの好意を断ろうとする。

「誓くんはいたいけなセラフィをこのままスルーザクラウドルに置いておくなんて言わないわよね」

 その機先を制するかの如く、悪魔たまきの囁きが耳元から脳へと響く。

 目尻に涙を浮かべてこちらを窺うセラフィ。

「お、俺は──」



 ──その頃、畳部屋で結は由紀と対峙していた。

 正確には、ごく自然体で明日使うかもしれない道具類をチェックしている由紀に対し、拍子抜けで暇を持て余した結がその動作を一応怪しみながら見ている、という構図であった。

「私が言うのもなんだけど、全然動かないねー由紀ちゃん。このままでいいのかにゃ?」

 そう結が言うと、由紀は一区切りつけてから手を止め、改めて結の方へと正座して向き直った。

(旅館の女将みたいに綺麗な所作だにゃ~)

「それはこちらの台詞ですね。結さんは行かなくてよろしかったのですか?」

「にゃ~、まあ私は誓とは──」

「そういう関係ではないと? 本当に・・・?」

「ほ……ッ」

 由紀の言葉・・と瞳に射貫かれ、結の言葉が出ない。

「いえ、詮無いことを申しました。お忘れください」

「……にゃはは」

 参ったと、結は冷や汗を掻く。

 言霊を使える陰陽師相手に舌戦は分が悪い。

 それを身をもって知ることになった。

「私はそれが誓様にとって益になることでしたら、構わないと思います。私が一番という点は譲りませんが、別にそこまで縛るつもりはありません」

「懐広いね~」

「そうでもありませんよ。私は誓様が大好きですから」

 いっそ毒々しい程に清々しい笑顔で告げる由紀。

「そんなに好きなら、愛情取られそうで怖いとは思わないの?」

「思いません。誓様は私を大切にして下さいますから」

 これは要らぬ心配だなと結論した結は、少し重苦しい雰囲気となった畳部屋を後にする。

 聖堂の長椅子に身を投げ、暫く天井を仰いだ。

 そして──

「あ~、ありゃ思った以上に手強いねー。マキちゃん大変だぞ~」



 同じ頃、由紀も一人になった部屋で呟いた。

「私が怖いのは──、あなたですよ結さん」

 今の誓の婚約者の序列は、結を中心に作られたもの。

 由紀は一人目の婚約者ではあるが、成り立ちで考えるならその実二番目。

 結を婚約者にするために、二人目の婚約者候補だった由紀の順番が繰り上がった。

 結には、そういった原動力となる熱量エネルギーがある。

 環については、然程心配していない。

 誓に向けられるそういった視線に関しては、正直勝っていると思えるし、関係性も結程には特別なものを感じないからだ。

 幼い頃に……というのであれば、寧ろ由紀の方が強みを持っていると言えるだろう。

 最後にセラフィ。

 セラフィは今回のことについて、環や結にも内緒で先に伝えに来てくれた。

 出会いの場面で、誓と一緒に窮地を救ったのが大きいのだろう。

 今後も素直なセラフィとは良好な関係性を築けそうだと、そう由紀は思った。

「みちのくの しのぶもぢずり たれゆに 乱れそめにし われならなくに」

(本当に、私の心を乱す方は、誓様だけにして欲しいものです)

 疲れた婚約者と可愛い年上の妹分、ついでにもう一人を労うため、由紀は冷えたコーヒー牛乳を用意することにして動き出した。


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