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第三章 一石二鳥 拾

 セラフィの好意で討伐金も分けて貰った誓たちは、魔王討伐準備や討伐後に事を進める暫くの間、スルーザクラウドル本拠の敷地外にあるというセラフィの住まいであるこじんまりとした教会で厄介になることに。

 セルヴァルトも一日であればどうとでも出来るが、妖精術士を数日泊めるとなると反発を抑えるのは難しいとセラフィの意見を後押しした。

 スルーザクラウドル本拠の豪奢なイメージとかけ離れた教会のあまりのボロさに驚くも、セラフィが過去の兄との話を嬉しそうに語るので何も言えなくなる誓たち。

 どうやらスルーザクラウドルであまりよく思われていないセラフィに、本拠にいるよりはと苦渋の決断をして用意してくれたらしい。

 セラフィが手をかけて掃除や修繕を行い、廃墟という有様をギリギリ回避しているといった塩梅。

 セラフィ曰く、外観を整え過ぎると家の人間がまた煩くなるのでそっちはあまり手をかけれないのだとか。

 確かに、中は外観と比べて整っている印象だった。

(マジかよ。現当主の妹に対する扱いじゃないだろ。いや、身内故に恥を隠すってのはあるんだろうけど。セルヴァルトさんはセラフィに好意的だった、その上でこれって。スルーザクラウドルは重鎮たちの影響力がかなり強い家なのか? だとしたら慎重に対応するべきか)

 敷地内でのあからさまな陰口や、途中で遭遇した神経質そうな女性に風のランキング第9位にいるヴォルテの態度を思い返しつつ、誓はスルーザクラウドルとの関係について考える。

 妙にテンションの高いセラフィに勧められるまま、聖堂に隣接する一室で誓も含めみんなで寝泊まりすることに。

(まさかの畳)

 居合である程度予測出来ていたが、セラフィは割と日本文化好きということも判明。

 表からは見えないように結構広めな露天風呂※ただし温泉ではない、まで拵えてあった。

 一般人であれば防犯面が悩ましい所だろうが、風術士のセラフィであればその点は自前でクリアできる。

 キャッキャニャフフと楽しそうな女性陣と、ポツーンと淋しい誓とで分かれてお風呂タイム。

(うん、知ってた)

 布団を敷いて雑魚寝するという、アメリカにおいてはある意味スタイリッシュ……かもしれない形。

 スケッチブックの他にもタブレットを持ち出して意思疎通を図るセラフィ。

(将来的には、このタブレットを小型化したものが携帯の代わりになるのかもな)

 そんなことを誓が思う中、長いことページをめくったり、文字を打ったりしていたセラフィが話し疲れて眠る。

 まるっきりはしゃぎ疲れた子どもである。

(まあセラフィの境遇じゃ、こうもなるか。すれてないのが不思議なくらいだ)

「それにしても、本当にこっちでよかったの? 誓くん」

 セラフィの寝顔を締まりのない顔で見ていた環が、真面目な顔になって誓に問う。

「まあね。二体同時撃破を強いられると言っても、単体での実力はこっちの方が低いって話だったし。それに──」

 自分と同じ、妖精術と精霊術を扱うセラフィを見る誓。

 セラフィの今は、誓にとってあり得たかもしれない姿もしも

「誓くんとしては、放っておけないか」

 セラフィルデ=スルーザクラウドル。

 彼女のこれまでは、幸運と不運の風に弄ばれた日々だった──



 術士の家系というのは、妖魔の怨みをよく買う。

 古よりお互い殺し合っているのだから、当然と言えば当然だ。

 とりわけ、アメリカの風術においてナンバー2に位置するスルーザクラウドルともなれば、一入ひとしおである。

 セラフィはその本家の娘として生まれ育つ。

 長男誕生から12年振りとなる長女誕生に、スルーザクラウドルは歓びに沸いた。

 幼くして早くも風の適性を示し、しかもそれが希少型である幻影型だったために将来を期待されるセラフィ。

 歳の離れた兄が特異型で、どちらに転ぶか分からない不安もあったのだろう。

 口さがない者たちは、これでセルヴァルト様にもしもがあっても大丈夫などと笑い合って安堵していた。

 セルヴァルトとしては面白くはなかったが、そこは10以上も歳の離れた妹、しかも彼の敬愛する母親に似ているとあれば、邪険に扱うのは非常に困難を極めた──

 有り体に言ってしまえば、溺愛していた。

 それは、セルヴァルトに厳しい父親も例外ではなく、セラフィの遊び相手を巡って争うことも一度や二度ではなかった。

 それを困った顔で、されど何処か嬉しそうに諫める母親。

 ──そんな幸せな日々が壊れたのは、ある意味必然だった。

 神領域に至った父親はその強さ故に多くの妖魔を倒して人々から称賛され、同時に妖魔からは怨まれていた。

 しかし、そこは風のナンバー2。

 安易に突撃しても返り討ちにあうだけ。

 故に、大掛かりな襲撃となってスルーザクラウドルを妖魔たちの大群が襲った。

 スルーザクラウドルは結果的に妖魔の撃滅に成功するも、当主であるセラフィの父親は戦死。

 母親も幼いセラフィを庇って逝ってしまう。

 残ったのは、死にかけの父親の能力を継いで神影領域となった兄。

 そして、首に傷を負い、喉を潰されながらも生き残った意識不明の妹。

 妖魔の攻撃で命を蝕む呪いを受けたセラフィは、されど術士故に抵抗し、治療の甲斐もあって3年の後に目を覚ます。

 その目覚めに喜ぶ兄や家の者たち。

 しかし、セラフィが声を発した瞬間──

 それはきっと、些細な違いだった。

 声変わり、それの訪れる時期にたまたま眠りを余儀なくされ、起きた時には少しばかり声が変わっていた。ただそれだけ──

 それだけのことが、妖魔の首への攻撃による昏倒からの目覚めという要因が加わったことや、この3年で家の者たちが過去を美化してきたことも手伝って、セラフィのその後の生活を狂わせた。

 穢れた娘。本家の血を汚す者。

 どうしてあの娘が生き残ってしまったのか、逆であったなら・・・・・・・と──

 使えなかった筈の水の妖精術をも発動させたことで、その狂いは決定的となる。

 これも、妖魔の呪いに抗う過程で命の危機に瀕していたセラフィが、風術士としての抵抗力だけでは足りず眠っていた類稀たぐいまれな才能を開花させたに過ぎない。

 そうした幸運と不運が重なり、天秤は最終的に不運に傾いただけのこと。

 きっと、誰も悪くなかった。

 そしてだからこそ──、この結果は避けられなかったのである。



 みんなが寝静まった頃、目の覚めた誓は教会の聖堂で独り、ステンドグラス越しに淡い月の光を浴びる。

「眠れないのですか?」

「……ああ」

 そこへ寄り添ってくれたのは、誓の一人目の婚約者である由紀だった。

 魔王討伐。

 結がいるから大丈夫とは思うが、初めて傍らに相棒とも言える拓真のいない状況下での対魔王戦。

 セルヴァルトが準備に一日必要と言っていたので本番はまだ先だと言うのに、自身の気が高まると同時に逸ってもいるのを誓は感じていた。

 右の拳を軽く握る。

 必要以上に力が入っているのが軽々とわかった。

 そんな誓の強張った手を由紀が両手で優しく包み込み、硬い指を慈しむように撫で、ゆっくり丁寧に解くと自分の掌を合わせる。

「由紀?」

「大きくて、熱いのに温かくて、優しい手。由紀の大好きな、誓様の頑張っている手です。だから大丈夫、きっと守れます。誰も失いませんから」

(……反則だ。由紀が婚約者で、本当に俺は幸せ者だな)

 合わさった掌の指を滑らせ由紀の小さな手を軽く握る。

 白く細い指を握って応える由紀、月の光に包まれるその軽やかな身体を抱き寄せる。

「ありがとう。必ず君を守るよ、由紀」

「ははぃ、嬉しいです。誓様……ンッ」

 急展開にやや動転して誓を見上げる可憐な月の女神に誓いのキス。

 ステンドグラス越しの淡い月の光が描いた二つの影が、溶け込むように重なった。

 ──暫く、可愛くて魅惑的な一人目の婚約者と睦み合って力みの取れた誓は、眠気などでやや足元の覚束ない由紀を支え、寄り添って畳部屋に戻る。

 ケイオストロ側を探っていたメンバーと、誓や由紀が来るまで独りで魔鬼たち相手に奮闘していたセラフィはまだぐっすりだった。

 セラフィを抱き枕にして、実に幸せそうに眠る環の姿が微笑ましい。

 布団に入ると安心して眠りにつく由紀に感謝してから、誓も自分に用意された布団に入る。

 まだ余韻の残る由紀の温かさと香りに優しく包まれ、眠りに落ちた。



「本当にいいんですか? 見鶏先輩」

 朝食時、自身も魔王討伐戦に加わると言う見鶏に確認を取る誓。

 そこまでは流石に悪いので、誓としては本当の意味で後方待機でもよかったのだが──

「別にいい。魔王相手ならサポートも必要。と言っても、魔王と直接は厳しいから基本後方にいるけど。雑魚相手や支援なら任せて」

「ありがとうございます」

「にゅふふ、いいねいいね。折角だから見鶏ちゃんにもアレやるの手伝って貰っちゃおう!」

 結がウキウキ、ワクワクと喜んで見鶏を巻き込む。

「アレ?」

「?」

 疑問符を浮かべる見鶏やセラフィに作戦を説明したり、セラフィの新たな刀を探しに買い物に出かけたり、互いの能力を改めて確認したりと──

 その日は、温かな空気の中、魔王討伐戦へ向けた準備に費やした。


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