第三章 一石二鳥 玖
「オ~無事だったんだネ。マイシスター!」
スルーザクラウドルの一室にて誓たちを出迎えたのは、ひょうきんさを感じさせる青年だった。
『ただいま。兄さん』
「任務外の魔鬼ア~ンド魔獣討伐金が入って来て、しかもそれが我が妹宛てとあってミーがどれだけ心配したか」
『大丈夫』
「ふ~む、そのようだね。でも流石はマイシスターだヨ。連絡の一つもなかったのはいただけないけど、見事に魔鬼を討ち倒すなんてソゥクール!」
そこまで兄妹の遣り取りを交わした後に、青年の視線が誓たちを射抜いた。
「それでそちらは?」
『危ないところを助けて貰ったの。日本の術士で誓と由紀。命の恩人だよ。後、その仲間の結と環と見鶏』
質問を予想し、事前に書いてあったページを見せて答えるセラフィ。
「どうも」
「初めまして」
「オ~マイゴッ。ジャパンの若侍ヨ。マイシスターを助けてくれてありがとう! 本当にありがとう!」
オーバーなリアクションで由紀には手を両手で握ってブンブン、誓には両腕で抱いて背中をバシバシと叩く。
「いえ、術士として当然のことをしただけですから」
その陽気に圧倒され、背中から衝撃を感じながらも、どうにかその言葉を口に乗せる誓。
「オゥ、これが日本のワ・ビ・サ・ビ!」
マイガッと天を仰ぐ。
『兄さん。それ、違うから(^_^;)』
どっしりとした大きなテーブルを、セラフィの兄であるセルヴァルトを上座にして囲うように座る。
「フゥ~ン、なるほど。ユーたちは今話題のリートリエルレディのフレンド。なのに連絡が取れなくて心配なのですネ」
「はい、休日前にまた必ず会う旨を言っていたのに、こんなことになって。もしかしたら本人の意思とは関係なく話が進んでいるのではと」
テーブルの上で組んだ誓の両手に力が入る。
セルヴァルトの気を引くための振りではあるが、本心でもあるために違和感は生まれない。
「あり得なくはない話ですネ~。水のシャリオットと風のキエウセルカが同盟を結んだ今、勢力で拮抗するには何処かとの同盟が近道です。でもビッグな所はお互いの対抗意識もビッグマウンテンネ。シャリオットとキエウセルカのようにはいかないヨ。なら、形だけでも真似て外部への宣伝とするのも考えられます」
セルヴァルトの少し長い台詞の間に、スーパーモデル並みの美人秘書が珈琲と軽くつまめるクッキーやプチケーキを用意してくれる。
こちらはセラフィの兄であるセルヴァルトの秘書なためか、セラフィへの対応も柔らかさがあるように誓には感じられた。
美人秘書が退室し、一度珈琲に口をつけてから誓は続きを話す。
「せめて、フィリエーナの気持ちだけでも確かめられたらと」
「仮に、リートリエルレディの気持ちが婚約にノーだったとして、どうするつもりですか?」
セルヴァルトも珈琲を味わってから質問を返した。
「決まってます。幸い、彼女なら近場に引き取り先もありますからね。みんなが待っている日本へ連れて帰りますよ、たとえ鳥籠を壊してでも」
フィリエーナは火の精霊術士であるが、金の妖精術士でもある。
(金城であれば、引き取り先としては申し分ない)
「クレイジー。その鳥籠がどれだけのものか……、理解していない訳でもないでしょう?」
「まさか。そこまで万能じゃありませんよ。ただ、何れ魔帝を相手にすることを考えれば、その前座くらいにはなるだろうと思ってます」
謙遜する形を取りながらもアメリカの術士にとっては傲慢とも言える大口を叩いた誓に対し、セルヴァルトは言葉には出さず素振りで驚きと難しさを表して考え込む。
──そして口を開いた。
「わざわざリートリエルと敵対しなくても、もっといい方法あるヨ。スルーザクラウドルは風のナンバー2。これを火と同じようにしてしまえばいいネ」
「キエウセルカとスルーザクラウドルを同率1位にして、その後どうするの?」
意図の読めなかった環が疑問を挿んだ。
「婚約関係なしの同盟を持ちかけるのサ。それならミーたちが下に出ずに済むし、一石二鳥ネ。リートリエルが内部でごたごたしてる内に、こっちがススッと同盟を決めてしまえばケイオストロは用なしヨ」
「そんなに上手くいくでしょうか。そもそもどうやって格を同じにするのですか?」
由紀が疑問を言葉に乗せる。
(珍しいな。こういった席の場で俺が主に対応してる中、由紀が口を挿むなんて)
「キエウセルカとスルーザクラウドルの違い。それは規模じゃありません。単純に最初に開いていた功績の差ネ」
その心配を杞憂とばかりに、セルヴァルトは自信あり気に身振り手振りを加えて説明に入る。
「現在の年間功績はフィフティーフィフティー。でもキエウセルカがスタートの差でちょっとだけ前にいます。そのちょっとを埋めるチャンス、ここだけの話、実はあります」
ウィンクつきで得意気に話すセルヴァルト。
「それならもう動いててもよさそうじゃない?」
胡散臭と、突っ込む環。
「勿論、動けるならそうしたいヨ。でも実際問題、手が足りません」
歯痒いネとセルヴァルトのリアクションが入る。
「それを俺たちに埋めて欲しいと?」
「リートリエルと喧嘩するよりは現実的で社会的ネ。炎導誓」
我が意を得たりと、セルヴァルトが突如真剣な声音で誓の名を呼ぶ。
まだ伝えてなかった炎導と共に。
「!?」
『? 兄さん、誓を知ってるの?』
セラフィがスケッチブックにキュッキュと書き込んで疑問を呈す。
「これでもミーはアメ~リカの風でナンバー2の当主ですからネ。術の盛んな他国の上位ランカー、ベスト3はチェック済みヨ」
慌ててセラフィが文字を書く。
『(っ゜Д゜;)っ嘘、誓ベスト3?』
ランカーであることはヴォルテとのいざこざの中で耳にしていたが、そこまでとは思いもしていなかったセラフィが驚きを顕にする
「まあね。御見それしました。それで、その話とは?」
セラフィの反応と顔文字に和みつつ、誓は続きを促す。
「魔王同時討伐です。火のツートップはまだ掴んでません。キエウセルカは知っているでしょうが、時期が時期なのでもう暫くは動けないでしょう。でもスルーザクラウドルが片方を倒せば、黙ってはいない筈です。シャリオットと協力して残ってる魔王を倒しに向かう、間違いないネ。しかし、二箇所で同時討伐するだけの戦力はミーたちにはなかったヨ」
「でも誓くんが倒しちゃったら、スルーザクラウドルの功績にならないんじゃない?」
「ノープロブレム! アメリカの管理体制はジャパンの術式統括庁とは異なるネ。国内のガーディアン登録をしている術士の波紋以外は、それが誰か分かっても協力者か部外者扱いヨ。と言っても、功績の実の部分はきちんと各人に反映されますから、そこは安心して下さい。名の部分を我々スルーザクラウドルが丸っと頂く形ネ」
「そういうこと」
納得する環。
「念のため聞きますけど、倒していい魔王なんですよね?」
一口に魔王と言っても、野良か魔神の関係者か魔帝の関係者かで対応も変わって来る。
「当然です。ミーも魔神相手はご免だからネ。その辺は抜かりないヨ。数年前のリートリエルとある魔神との戦いを見物したけど、あれは手に負えるレベルを遥かに超えてますネ。狙われた本人は全く手を出していませんでしたが、周囲の側近の魔神がもう既に桁違いましたヨ。リートリエルの大部隊相手に手加減制圧ネ」
ノーと大袈裟に頭を振るセルヴァルト。
「リートリエルが魔神と? でもリートリエルは今でも健在。なら引き分けた旨の発表をしても──いやそうか、狙われた本人が全く手を出していなかったということは……」
「イエス。調子に乗ってそんな内容発表しようものなら、次の日にはリートリエル家断絶ネ。五大魔神の第二位、紅雪の椿姫の側近たち怒っちゃうヨ。ただでさえ殺さないであげた訳だしネ」
(椿さんか。確かにあの人はもう、なんか色々超えてるからな。以前見せてもらった草薙御剣をテキトーに振り回す姿を想像するだけでも怖いのに。時の魔術までほぼ自由自在ときてるからな。話は通じるだろうから上手くやれば分けに持ち込むことは出来るかもしれないけど、実力じゃ天と地ほどの差があるのは歴然。藪蛇は避けたい)
(なるほど。リートリエルに陰陽術の備えがあったのはそういう経緯でしたか)
セルヴァルトの話を聞き、誓と由紀がそれぞれに感想を抱く。
それから、相手は新参の魔帝の配下ということやその実力についての話を聞く。
「……いいでしょう。ただし、こちらからも要求があります」
「なんデス?」
「炎導誓の力を当てにする以上、この話が上手くいった暁には是非我々御三家との会談の機会を設けて頂きたい」
アメリカ風の第二位、いや、この話が上手く行けば風の双頭の一つ。
そのスルーザクラウドルと友好関係を結ぶことが出来たなら、誓の復讐においても御三家の今後においても大きな前進となるのは間違いない。
「フゥン、こちらとしてはリートリエルとさえ手を結んでしまえば、日本の妖精術士と手を結ぶメリットは小さいですネ~。チラリ」
「……」
ここで下手に出ては足元を見られかねないと、誓は黙って相手の出方を待つ。
『兄さん』
「……オーケー。今回の話が上手くいった暁には、我々スルーザクラウドルは御三家と前向きな会談の機会を持ちましょう」
懇願するようなセラフィを見遣ってから、観念した風にセルヴァルトが了承を示した。
「ただし、この話は炎導誓が炎導家の当主になったらの話ネ」
「! それは……」
「そちらにとっても、悪くはないと思いますヨ。こちらとしても、第一線を退いた神風とは言え、それを擁する鈴風家との仲を良好に保てそうな当主との約束であれば、一族の了承取り易いネ。チラ」
そう言って、これ見よがしにセルヴァルトが見鶏に視線を向ける。
(見鶏は鈴風の術士じゃないんだけど)
若干居心地の悪さを感じる見鶏。
隣の席には、会談の間、終始に亘ってクッキーやプチケーキを美味しそうに次々とパクついていた結。
その精神構造を羨ましく思いながら、見鶏は苦い珈琲を飲み干した。




