第三章 一石二鳥 捌
「これだから雑種は。本家の血筋と言っても、お前はもう穢れてるのよ。今一度自分の立場を考えることね」
言うだけ言うと、神経質そうな女は同じ空間にいるのも嫌とばかりに足早に去って行った。
(穢れてる?)
「何あれ。超感じ悪いんだけど」
超いつも通りに感想を述べる環。
『ゴメン、ね』
「!?」
「ぁん、セラフィが謝ることじゃないわよ。愛い奴愛い奴」
環がこれ幸いとばかりにセラフィを横から抱きしめて堪の……可愛がって慰める。
「うむうむ、苦しゅうないぞ。余は満足にゃ」
「!??!」
そこに反対側から結が加わってサンドイッチ状態になるセラフィ。
「助手君。止めないの?」
「えと、まあ、本人も満更じゃなさそうですし、いいんじゃないかと」
誓たちはそんな姿を微笑ましく見守ることにする。
「騒がしいと思ったら、お友達に囲まれてるなんて随分と珍しいじゃねえか。なぁ、ビッチお嬢様」
そこに野暮にも水を注したのは、金髪をオールバックにした190センチはあろうかという長身の男。
着ているワイシャツとスラックスが、幾分窮屈そうにその身体を覆っていた。
「ッ!!」
セラフィがそれ以上言うなとばかりにその男を睨みつける。
「おっと、何睨んでる? 言いたいことがあるなら雌犬らしく言ってみたらどうだ? まあ犬の戯言なんて誰も理解出来ねぇだろうがなあ。なんせ精霊術士とは言ってもお前は──」
「ッ! ッ!!」
セラフィが環と結の囲いから抜け出し、スケッチブックを上空へ放り投げると同時、男に風をぶつける。
更に、風壁をも作って男が言おうとしている言葉に抵抗を試みるセラフィ。
「急に盛ってんじゃねえよ。事実だろうが、どっちにでもケツ振る似非精霊術士。ほら、お得意の──」
しかし、そんなものはお構いなしに、男も風をぶつけてセラフィの風をかき消し風壁をこじ開ける。
「妖精術でも使ってみろよ!」
「ッ!! ……」
男のその言葉と同時、セラフィの動きがガクッと止まる。
「セラフィが、妖精術士?」
誓の声に反応を返せないのか、セラフィは下を見るだけで振り向かない──
いや、振り向けなかった。
「ククク、どうした? ほら、お友達に助けを求めてみろよ」
そこへ無慈悲にも言葉と風で追撃をかける男。
前にも後ろにも動けずにいるセラフィ。
その場で風を受け流そうとするも、言葉と力の暴力で上から押し込まれていく。
「尤も、お前みたいな妖精術士でもあるビッチに手を差し伸べる友達なんて最初からいな──?!」
炎が──、叩きつけられた。
「!?」
俯き加減だったセラフィの顔が、信じられないものを見たかのように後ろを振り返った。
「随分と吠える犬だな。知ってるか? 日本じゃ負け犬ほどよく吠えるんだ」
後ろにいた誓が歩み出て、セラフィの横に立つ。
「あ? 誰に一発くれて、喧嘩売ったか分かってんのかクソガキ。畏れ多くも風の第九位にいるこのヴォルテ=バーバラード様に、今、何ほざいた? なぁおい、謝るなら今の内だぜ」
オールバックでよく見える額に青筋を浮かべ、ヴォルテが凄む。
「ふぅ」
そんなヴォルテの態度に、これ見よがしにため息をついてみせる誓。
やれやれと首を振り、更に一歩前に出た。
「随分と吠える犬だな。知ってるか? 日本じゃ負け犬ほどよく吠えるんだ」
「ク、クククク、ひ弱な日本の精霊術士如きがよくぞ言ったもんだ。上等だクソガキ! 勝ち吠えろ。シルバーウルフ!」
顕現するは孤高の銀狼。高みにて咆哮を上げる、強者にのみ許される視界。
全長3メートルもの熊並みな巨躯を誇る、圧倒的暴力の権化。
「光り導け。不知火」
一方、こちらに顕現するは闇をも砕く不滅の炎。
その炎で彼方まで照らす、現実という名の海上の鳥。
その体躯は一メートル強。尾は更に一メートル。
「何だその弱々しい守護精霊は! オラアッ!」
「蘇れ。不知火」
誓の出方など窺う様子もなく、ヴォルテが早々に先制を仕掛けた。
「チッ、特異能力か。霊力も上昇しているし下手に攻めるのは不味い……と、ひ弱な日本の精霊術士なら思うかもなあ!」
「ッ。蘇れ、不知火!」
一気呵成に攻めるヴォルテに、早くも二度不知火を蘇らせることになる誓。
「あからさまなデメリット抱えてる時点でテメエは特異型じゃねえ。じゃあ何だ?」
そこまでしてから、講釈を垂れるようにヴォルテが攻撃の間を取る。
「希少型なんて術士の千人に一人いるかどうかだ、そういねえ。つまりは十中八九ユーモアブーストの万能型。それで幾ら霊力を上げられる? 2倍か? 3倍か? それとも4倍か?」
そろそろ行くぞとばかりに、召還の時間を稼いだヴォルテが構える。
「クソガキ。お仲間がいるぬるま湯な環境でならテメエの将来性は買ってやる。けどな、クソガキのテメエと大人な俺様との元々の霊力値と上位次元密度の差、ついでに想定する脅威難度の違い、ちったあ考えてから出直せやオラアッ!」
二度の蘇りにより、適正値も通常まで戻っていた誓の不知火があっさりと砕かれる。
「……」
「どうした? もう一回くらい蘇るんだろ? じゃなきゃ報われないもんなぁ? 対妖魔ってのは少ないチャンスを見逃さずにどう攻め滅ぼすかが重要だ。そこに恵まれなかった器用貧乏な万能型が、健気にも繋いだチンケな希望を早く見せてみろよ。その見事なまでの万能ぶりを笑って粉砕してやるからよぉ」
パチパチパチッ。
誓の拍手が鳴り響く。
「あん?」
「いやいや、流石は精霊術大国アメリカのランカー様。その驕った経験則のお蔭で手間が省けたよ」
それはもう平然と、誓が笑んだ。
「──蘇れ。不知火」
「!?」
「な……」
三度目の復活によって条件を満たした誓の霊力と適正値が、一気に跳ね上がる。
「霊力4倍? 確かにそれならまだそっちに分があったかもね。けど残念──」
風のランカー相手に瞬時に間合いへと侵入を果たす誓。
「ハズレだ」
お返しとばかりに、ヴォルテの防御の上から構わず掌底を叩き込む。
シルバーウルフは不知火に抑え込まれ、形勢は一気に逆転した。
「8倍、だと……shit! 時間制限だけじゃこうは……いや、二重三重に掛けてやがったか」
誓のように普段から大きく上昇するような特異能力の場合、往々にして結果を維持できる時間にリミットが設けられる。
誓の場合は、そこへ更に効果切れ後のデメリットタイムを設けることで、メリットを高めている。
この点は、従姉である結花の特異能力の影響が特に大きい。
「まだまだ、ここからが本番さ」
誓が左手を眼前へと掲げ、その名を紡ぐ。
「果たせ。誓剣 愛火」
顕現するは理想を追う絆の剣。愛を謳う、幼き日の誓い。
その姿は、誓の瞳に未だ遠い父の姿を映す、透き通る程に磨かれた両刃の剣。
柄が一尺五寸の長さを持つ、一風変わった片手剣。
「!?」
「お前ッ……」
セラフィが目を見開き、ヴォルテは表情を歪めた。
「行くよ」
「がッ。こ、のぉ!」
精霊術と妖精術を使った誓の攻勢に、ヴォルテは防戦を強いられる。
攻撃型である自らの強みを活かそうと反撃に出るも、見るからに楽に捌かれてしまう。
「無駄だ。まあ犬の戯言なんてあんたには理解出来ないだろうけどね」
(適正値まで上昇してるだと、バカな! このクソガキ、どんなトリック組みやがった)
「クソガキ。テメエ、何モンだ」
気合で肩で息をするのを抑え、誓に問うヴォルテ。
「何者って、ひ弱な日本の精霊術士如きさ。だからほら、お得意の妖精術も使ってるだろ?」
「うわー、精霊術で圧倒しておいて。誓もよく言うなー」
ケラケラと、結が可笑しそうに笑った。
「誓くんも結お姉様もステキです!」
「風のランカー相手に無理なく笑みを浮かべていられるなんて、火のランカーにいる結ちゃんや助手君ならではだね。国は違うけど」
見鶏が抑揚に欠ける調子で答えを返す。
「ランカーだと」
「ムフフ、参ったしちゃえば~? 力の差は歴然だしぃ~」
ニヤニヤと、結の後ろから悪い顔をした環が口を差す。
その姿は、正に虎の威を借る狐そのもの。
実の所は豹の威を借る獅子なだけに、余計に質が悪い。
「随分と手厚い歓迎をしていますねヴォルテ」
険悪と剣呑、見学なムードが漂う中、落ち着いた男性の声が間に入った。
「ファーレスト」
「セラフィルデ様。当主がお待ちです。そちらの皆様もご同行下さい。ヴォルテは私が見ておきますので」
『わかりました』
『お願いします』
セラフィがスケッチブックを手元に戻すと、めくったページを続けて見せて了承を示し、誓たちは再び連れ立って広大な敷地の奥へと歩みを進めた。




