第三章 一石二鳥 漆
ニューヨーク州とペンシルバニア州の境に近い街を通った時だった。
「風の精霊? 向こうか」
「結界が張られていますね」
「なかなかのものだな。手練れなら援護は必要ないか──と、そうもいかなそうだな」
そこでは小学生入りたてくらいの男女二人の子どもたちを庇う形で、魔鬼一体に魔獣二体と風術士の少女が戦っていた。
獣耳のように跳ねる両サイドの蒼銀色の髪と、空を映したかのように澄んだブルーの瞳、首のチョーカーが印象的である。
(術士の素養のある子どもか。厄介だな)
折角の風術士による結界も、これでは片手落ちである。
(にしても珍しい。アメリカで刀を使う術士なんて。しかも居合いと来たもんだ)
その風術士の使っている刀が魔鬼の攻撃を跳ね返した衝撃で折れ、魔鬼の鎌が振り下ろされる瞬間──
「光り導け。不知火」
気配を消して後ろから近づき、敵の魔鬼に奇襲を掛ける誓。
風術士の練度が高いと踏み、小技で支援と防衛に徹する。
武器である刀を折られるという失態。
しかし、単独で魔鬼と魔獣を相手に結界を張って外界と隔離し、その上で術士の素養があるが故に中に残ってしまった子どもたちを護りつつの攻防。
通常、魔鬼1体に対し必要とされる高位術士は3人。
幾ら霊力でコーティングしてるとは言え、ただの下位次元武器を折られるなという方が無理な注文である。
子どもたちの防衛と攻撃の支援を誓が引き受ければ、風術士はかなり自由に動ける。
(風使いはらしく戦ってこそだからな。それに──)
「助太刀致します」
「「!?」」
ここにはもう一人、頼れる術士がいる。
由紀が神力を使った忍刀・月影小鴉で認識を錯覚させたまま移動し、魔獣の目を斬り裂いた。
誓の介入には気づいていた風術士の少女も、これには驚いたようで由紀の存在を探るように視線と精霊が動いた。
(風術士は風、空気の動きでそういうの把握しやすいからな。普通に視界を騙しただけじゃ誤魔化せない。その感覚をすり抜けられたらこの反応も納得か。プライド傷つけるようでちょっと可哀想だけど勘弁してくれよ。お手頃価格とは言え、五大魔神第二位の店で買った代物なんでね)
誓が風術士の少女と共に子どもたちを守りながら応戦する中、由紀は忍刀・月影小鴉で姿を隠したまま斬って離れてを繰り返す。
抵抗空しく、斬られ続けて弱る妖魔たち。
そこへ風術士の少女が的確に素早く風刃を放ち、見事に仕留めた。
(上手い。攻撃に補助、召還の適正値が高めということは、召還型か遊撃型か? バランス的には遊撃型っぽいけど、少し違和感があるな。まあ特異能力ってこともあるか)
討伐を確認した由紀が術を解いて姿を現す。
「ジャパニーズ忍者だ! オレ初めて見た! めっちゃカッケー!」
「すごいすご~い! ソゥキュー」
コクコク! コクコク!
興奮する子どもたちに負けず劣らず、術士の少女も瞳を輝かせて激しく頷く。
「お兄ちゃんも忍者なの?」
「バッカ違ぇよ。こんなヘチョくて冴えない奴が忍者な訳ねえじゃん。お付きの護衛だろ。なんたって忍者はジャパンの重要文化財なんだからな!」
「そうなんだー。頑張ってねヘチョくて冴えないお兄ちゃん!」
「?」
そうなの? と首を傾げる術士の少女。
「いやいや、忍者が護衛されてどうする」
他にも色々言いたいことはあったが、とりあえず目下の一番重要そうな部分について言及しておく。
(少年の中では重要文化財らしいしな)
「ってことはヘチョくて冴えないお兄ちゃんがこの人の主様なんだ。すご~い」
「ふふ、そうですよ。この人が私のご主人様です。とても素敵な方なんですよ」
少女の言葉に由紀が乗る。
言いながら、少女たちと目線を合わせるように膝を折り、かすり傷に向けサービスするように札を持つと「にんにん」と言って治癒を施す。
「ふわぁあ、すごいすご~い」
「おお! そっかぁ、確かに忍の姉ちゃんより先に来てくれたし、実は凄かったんだなヘチョくて冴えない兄ちゃん」
「おぅ、まあな」
褒めているようなので、複雑な気持ちを抱きつつ相手は子どもと思いながら応じる誓。
風術士の少女が結界を解くと、下位次元世界と上位次元世界が再び一つとなり周囲に喧騒が戻る。
(やっぱり便利だよな結界。魔王以上が相手だと砕けるからまず役に立たないけど)
心配していた親御さんたちに子どもたちを届け、お礼と共に手を振りながら子どもたちが去っていく。
その場に三人が残された。
「俺は誓、こっちは由紀。加勢する形になったけど、報酬は全部そっちでいいから情報をくれないか? シャリオットとキエウセルカが同盟を結んだのは知ってるよな。それでリートリエルとケイオストロの動きについて知ってることがあったら教えて欲しい」
「ぁ……」
誓が軽い自己紹介と共に情報提供を求めると、風術士の少女は口を開きかけたが手で誓たちに待ったをして、上を見る。
そうして上空に置いていたらしいスケッチブックを落としてキャッチすると、そのスケッチブックをめくり──
『私の名前はセラフィルデ=スルーザクラウドルだよ』
そう書かれたページを誓たちに見せる。
誓と由紀が虚を突かれて僅かに視線を交わす中、続いて難しい顔でパラパラとめくる少女。
該当箇所を見つけたのか一瞬表情を明るくするも、やや不安げにもう一枚のページを見せた。
『よろしく(≧_≦)っ』
当主の兄なら詳しい情報を持っているだろうからと、セラフィルデがついてくるように書いて示す。
(本家筋の人間か。言い方は悪いけど当たりを引いたな。情報も期待できそうだ)
了承しつつ、結、環、見鶏のケイオストロ側に行っているチームとの合流まで待って貰う誓。
そして──
「誓……くん。その如何にもなワンコ系オーラを放ってる可愛い子は……ゴク。か……かか」
「かか?」
「きゃわゆいー!!」
抱きぃー!(注:兼擬音語)
「ッ!??」
「にゃはは。相変わらずマキちゃんは可愛いものの審美眼が優れてるね~」
ご機嫌でセラフィルデを抱いてトリップしている環を、うむうむと頷きながら評する結。
(ただ単に可愛いものに目がないだけなんじゃ……)
思った誓だったが、そこは空気を読んで沈黙を選んだ。
ある程度スリスリ、プニプニ、ポヨポヨと堪能して落ち着いてきた環を確認した誓が口を開く。
「彼女はセラフィルデ=スルーザクラウドル。さっきちょっと魔鬼相手に共闘した」
『セラフィって呼んで下さい(>_<)』
スケッチブックをめくって示すセラフィ。
「へー、刀使いか。ここじゃ珍しいね」
見鶏がセラフィの所持している刀を見て所感を述べる。
『折れちゃった(T-T)』
その言葉は用意してなかったのか、セラフィは新たにスケッチブックに太めのマジックペンで書き込んでから見せた。
「替えはないの?」
『2本あるにはあるけど、どっちも欠けたりヒビが入ったりで練習用に回したお古』
『しょんぼり(´・ω・`)』
更に書いたのを見せ、その後にめくってしょんぼりを見せるセラフィ。
「まあ遭遇戦とは言え魔鬼を倒したんだし、少しいい刀を買うくらいの手当ては出るだろう。別に俺たちは分け前なくてもいいし……」
そこまで言うと、セラフィが猛烈な勢いで文字を書き込む。
『それはダメ(>×<)』
カキカキ。
『3人で倒した。だから、3人でちゃんと分けないと』
ふぅ、とやり切った感を出しながらセラフィが文字で気持ちを伝えて来る。
「俺たちとしては風の第二位に位置するスルーザクラウドルで話を聞ければ充分なんだけどな」
『(>×<)Ξ(>×<)』
主張を強調するようにスケッチブックと首をブンブンと横に振るセラフィ。
(確かにちょっと可愛いな。これはマキちゃんの気持ちもわからないでもない)
由紀の作った蓮の花に乗って移動しながら話を聞けば、今年18になる現在17歳でなんとこの中では一番の年上。
ただ、幼少時に妖魔に襲われた影響で三年間程目を覚まさなかったそうで、勉学は同い年の子と比べて少々遅れてるとやや落ち込みながら教えてくれる。
(それで雰囲気も何処となく幼い感じなのかな。と言っても概算で一つ下くらいだから、そんな違わないか?)
「しかしセラフィさんもなかなかに大きいね。ね、助手君?」
「急にどうしました? 見鶏先輩」
浮いた大きな蓮の花の上、その後方にいる誓の近くまで見鶏が寄って来た。
「いやなに、助手君は大きい胸の子が好みのようだから、どうなのかと思ってね」
G線上の旋律を奏でる環に、学内最大と噂の結、妹の紗希より十段階上の由紀。
「私も少なからず大きいとは自負していたが、このメンバーの中では流石にねぇ。うん」
何がうんなのだと思いつつ、話題に出されたしと大義名分を得て、見鶏のそこに視線を遣る誓。
「三人はたまたま大きかっただけで、別にそういう拘りはありませんよ」
(見鶏先輩もイイものを持ってるけど、確かにこのメンバーの中じゃ……仕方ないな)
次に前方で結や環に挟まれ、可愛がられているセラフィに視線を移す。
(セラフィは、なるほど。飛び出ている、突き出ている、正にジャティング。圧巻だな)
誓の頭の中に、結>>由紀>セラフィ>>>環>>見鶏という不等式が浮かんだ。
しかしながら、トップスリーの身長順は真逆。
それ込みで考えると、上位にそれ程違いはないように誓には感じられた。
(いや待て、俺は何を考えさせられている。やめよう、胸の大きさに貴賤などない。俺はただ、安易なお色気枠で何かと冷遇されがちな巨乳の女性に、いち紳士として優しくあろうと心掛けているに過ぎない。そう、いち紳士として……よし)
誓が真面目な顔で阿呆な自分の在り方を定める。
そんな無駄に真剣な表情で考え込む誓に、見鶏はやれやれ男の子だねと、表情だけで微かに笑った。
ワイワイガヤガヤとしている内に、目的地へと辿り着く。
「ここがスルーザクラウドルの本拠地か。流石は風の第二位。広いな」
やや高所から見るに、敷地はおよそ四方に1キロメートルはあるのではないかという広大さ。
『こっちだよ。ついて来てね』
大地に足をつけ、セラフィの後を歩く。
敷地内に入ると好奇の目に晒される──のみならず、こちらには伝わらぬよう風で遮音しながら何か言っているようだった。
「悪いな。俺たちのせいでなんか言われてるみたいだ」
「隠すなら姿ごと隠しなさいっての。性格ワル」
そんな対応の中でも強気な姿勢を崩さない環。
『気にしないで。別に誓たちのせいじゃないから。ゴメンね』
セラフィが急いでカキカキして謝った。
「? それってどういう──」
「臭いのがいるわね。しかも、なんか連れてるし。どういう了見なの」
懐いた疑問の答えを得る前に、キツイ女の声がその場に突き刺さった。




