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第二章 火生金 参

「まだやれる。フィリエーナ! リンクだ!」

 それを聞いた誓は、何故今更という疑問を抱いた。

 ──が、逃げた術士の存在を思い出し、何となく想像を付ける。

(大き過ぎるってのは、どこでも困りものらしい)

 クーガーが倒れ、マクファーソンが逃げたことで結界が一時的に解けた。

 その後、意識を取り戻したクーガーが結界を再度張ったが、それでクーガーは割と手一杯になっている。

 誓も不知火を鬼猫の影に回したことで、劣勢になっている。

 誓の見た所、フィリエーナの状態は自分とは違うようだった。

 誓は妖精術を得意とし、精霊術を上手く併用することでかなりのレベルに達している。

 反して、フィリエーナは妖精術を上手く併用出来ていない。

 妖精術の力が弱いのに、その妖精具に精霊術を上乗せして使用するため、精霊術を弱めて使用しているのだ。

 火剋金。

 妖精術と精霊術の違いはあれど、金が火に弱いことは変わり無い。

 この状況でリンクしたとしても、いい結果は期待出来ない。

「どうしたんだフィリエーナ。速くリンクをッ」

 それを知らないクーガーは、速く速くとフィリエーナを急かす。

「く──」

 それが分かっているのだろう。フィリエーナの表情が硬い。

 ──何を迷っている? この期に及んで力を隠すのか?

 当たり前だ。

 リートリエル家と言えば、アメリカの火の精霊術士のツートップだ。

 それに、フィリエーナが妖精術を使えるから、妖精術士に好意的とは限らない。

 ──まだ境悟小父様のことで悩んでるなんて、ホントヘタレ野郎ね。

 不意に、美姫の言葉が蘇る。

 父は精霊術士に好意的だった。

 けれど精霊術士は父に好意的ではなかった。

 だから父だった。

(父さん。俺は──)

『──誓、お前は父さんより強くなれる。何せお前は炎導の──士。俺の自慢の息子だ』

 幼き頃より何度も聞かされた言葉。

 何度も励まされた言葉。

 誓の存在を力強く、温かく繋いでくれた言葉。

(──ああ、そうだね)

 そして誓は決意を固めて言う。

 今は亡き父に認めて貰ったように、自らを認めるために。

「フィリエーナ。俺が剣と火の相生をサポートする。三人でリンクだ」

「「!?」」

 驚きは二つ揃って返された。

 クーガーも、ここに来て漸くフィリエーナの状態を正しく把握する。

 そして、誓とリンク出来るかどうかを自問した。

 天秤はまだ傾かない。

「何を言って。あなたにそんなことが出来る訳──」

 フィリエーナも同じ回答に至ったのか、無理だと誓の言葉を一蹴しようと──

「出来る! “俺たち”を信じろ」

 ──した所で、誓の力強い言葉がフィリエーナたちに跳ね返る。

 ──俺たちを信じろ。

 誓のその言葉に、クーガーの天秤は敏感に反応し、抵抗をまるで感じさせずに傾いた。

 だが、フィリエーナの天秤は、揺れこそしたがまだ傾かない。

 フィリエーナは生まれてからずっと、この相剋を相生にするために鍛錬を積んできた。

 でも未だ上手く出来ない。

 だから、誓の言葉を信じられない。

 フィリエーナの一流の経験とプライドが、信じることを拒否する固く重い鉛の足枷となる。

「──ッ」

 誓とフィリエーナの視線が間近で交錯する。

 いつの間に距離が詰まったのか、誓はフィリエーナのすぐ傍に居た。

 フィリエーナは驚愕する。

 相手の秀でた瞬発力と機動力を前に、防御に秀でた仲間が居ない状況で一箇所に固まるなど、危険極まりない行為だからだ。

 その好機を逃さず、魔鬼たちが一斉に躍り掛かる。

 狙いは他でもない。

 フィリエーナだ。

 フィリエーナとクーガーが最悪の展開を想像し、それでも次の行動に移ろうとするよりも速く、誓がフィリエーナの前に立ち塞がった。

「ダメッ。避け──」

「果たせ。誓剣せいけん 愛火まなか

 顕現するは、理想を追う絆の剣。愛を謳う、幼き日の誓い。

 その姿は、誓の瞳に未だ遠い父の姿を映す、透き通る程に磨かれた両刃の剣。

 柄が一尺五寸の長さを持つ、一風変わった片手剣。

 妖精術と精霊術を併用した際の誓の実力は、日本一を謳われる炎導家の中において第三位だ。

 それはそのまま、“日本の火の術士のランキング”でもある。

 三十代まで妖力値や霊力値が伸びる中、十代で第三位は正しく異例。

 妖精術という力を解放した誓は、鬼猫の攻撃を火の纏う妖精具で難なく受け止め、狼男の攻撃は炎の障壁で防ぎ、その上で周囲より火球を放つ。

 その全ての動作を一拍子で軽々とやってのけた。

「「!」」

「きしゃ、しゃああああっ」

「ぅぬおおっ。馬鹿な。こうも易々と」

 フィリエーナとクーガーが予想だにしない展開に言葉を失う中、魔鬼たちは誓の攻撃を受けて後ずさる。

「妖精術は物理的な、精霊術は精神的な力が大きい。お前たちのような戦士タイプには妖精術の方が相性良いのさ」

 魔鬼たちの行動を注意深く視界に納めながら、それでも気持ちはすぐ後ろに居るフィリエーナに向けて、その言葉がフィリエーナに確かに届くよう、誓はもう一度力強く言葉を放つ。

「出来る! “俺たち”を信じろ」

 そして、フィリエーナは気付く。

 その言葉の意味を、今度こそ正しく受け止める。

 ──俺たちを信じろ。

 その俺たちには、フィリエーナ自身も入っているということに、その言の葉に誓が載せた、想いの深さに。

 その時、フィリエーナの天秤が、今まで均衡させていた錘が取れたことで弾けるように傾くと同時に、勝利の天秤もまた、同様に傾いた。

「光り導け。不知火!」

 誓の想いが力強く響き──

「その名を掴め。グローリー!」

 その想いに応えるようにクーガーの叫びが反響し、そして──

しゅの栄光を謡え。アリエル!」

 フィリエーナの凛とした声がその場を駆け抜けた。

 誓に続いて、クーガーとフィリエーナが各々の守護精霊を通じ、目には見えない絆で互いを繋ぎ合う。

 そして、目に見える絆として、それは世界に具現した。

 誓とフィリエーナ、クーガーの周囲に漂う精霊が紅緋べにひに染まり、強い輝きを放つ。

「成功だ」

 クーガーは自分がリンクしたにも係わらず、三人がリンク出来たことに、素直な驚きを感じずにはいられなかった。

 次いで、沸々と湧き上がる確かな力と興奮がクーガーを熱くする。

 だが、クーガーの目の前で更なる興奮が湧き起こる。

「果たせ。誓剣 愛火!」

「想いを逢わせて。金星 比翼連理!」

 紅緋に包まれた誓とフィリエーナが、互いの妖精具を通じて更なる絆を結ぶ。

 目に見えて世界に具現した絆は二色の輝き。

 誓の周囲の妖精が深緋こきひに染まり、周囲の精霊に負けじと強い輝きを放つ。

 それは、互いを主張しながらも相互に高め合い、絡み合い、更に輝きを強めた。

 クーガーの瞳に映る誓の姿は、正に火の化身。

 周囲の妖精と精霊はどこまでも荒ぶれているのに、その内の誓は静かに厳かに、悠然に聳え立つ。

 普段の何の特徴も見られない平凡な姿に反して、そのなんと浮世離れした光景か。

 一方、フィリエーナの周囲の妖精は藤黄とうおうに染まり、周囲の精霊と合わさって強く、眩い輝きを放つ。

 それはフィリエーナの蜜の如き髪を紅く照らして輝かせ、エメラルドグリーンの瞳を鮮やかに染める。

 クーガーの瞳に映るフィリエーナの姿は、正に天より舞い降りた美の天使。

 母親譲りのプロポーションと、その内に宿す強固な意志を感じさせる利発的な顔立ち、それらを一際美しく彩る光の渦が、美の女神さえ嫉妬しそうな程の、神々しいまでの美貌をフィリエーナに与えていた。

 普段から美人の部類に入る非凡な姿からも想像不可能なまでに神格化された姿、そのなんと幻想的な光景か。

 リンクされたことで、クーガーの固有スキル『Cブースト』──自身の召還値を上昇──が、誓の固有スキル『IAブースト』と『象徴』──全員の全適性値を上昇──が、フィリエーナの固有スキル『Aブースト』と『怒涛』──自身の攻撃値を上昇──が、それぞれ発動する。

 三人リンクにより、クーガーの精霊術の召還値が100%から170%に。

 フィリエーナの精霊術の攻撃値が100%から170%に上がり、更に二人リンクによって、妖精術の攻撃値が100%から125%に上がった。

「彼は万能型か。つくづく素晴らしいな」

 誓とリンクしたことで、クーガーにも誓の特性が理解出来た。

 咄嗟のリンク時に、万能型ほど助かる特性は他にない。

 何故なら、数ある特性の中で唯一、リンクした全員の全ての能力値を均等に上昇させるからだ。

 それはつまり、殆ど違和感なく上昇した能力を行使出来るということを意味する。

 リンクによる能力上昇を行った場合、上昇した能力を持て余すことはままある。

 例えば、御子型の固有スキルは全員の召還値を上昇させるが、それにより術を行使するタイミングが多少ずれる。

 勿論、その特性を持つ術者自身はいつもそうなるから慣れているため、問題なく術を行使出来る。

 これは他の型の術士も同じで、自分の固有スキルによる上昇に対しては、免疫があるから術を行使する際に殆ど支障が出ない。

 しかし、他の特性の上昇に対してはそうはいかない。

 普段リンクしているメンバーなら別だが、今までリンクしたことのない相手との初リンクは、相手の特性による上昇に不慣れな場合が起こりえる。

 その点、万能型は全ての能力を等しく上昇させてくれるため、術を行使する際の感覚的なずれが少ない。

 ただ、一つ一つは微々たる上昇のためか、クーガーの国では『IAブースト』と呼ばずに、『ユーモアブースト』と卑下する輩も多い。

 しかしながら、能力上昇の総合値では『IAブースト』は他の固有スキルの2.5倍と、一線を画す。

「あまり時間に余裕は持てない。一気に決めるよ」

 誓の言葉でクーガーは思考を切り替える。

 そのクーガーの容体を鑑みて告げた誓は、フィリエーナの『金星 比翼連理』とそれを覆う火の精霊に向けて、深緋に染まった火の妖精を放つ。

「!」

 フィリエーナが不安の混じった期待で目を見張る中、誓の放った火の妖精は、嘘のように金の妖精を活性化させ、火の精霊と反発しつつも相互に高めあう。

 誓にしてみれば、金の妖精術への干渉はお手の物だ。

 生まれてこのかた、かれこれ十年以上も拓真という暴れん坊を相方にしている経験は伊達ではない。

「全力を出せよ。リートリエルの者の火はこの程度か」

 だから、誓はフィリエーナの火の方をより高めるために集中する。

「ふざけないで。私の火が、リートリエルの火があなたに劣る筈がない!」

 激しさを増す火の精霊をより激しく燃やし、輝きを増す金の妖精を更に高みに導く。

 それを、フィリエーナの火の精霊と金の妖精の繋がりを決して絶やさずに継続させる。

「よし、その勢いで焼き尽くせ!」

 再び強襲する狼男の攻撃を防ぎながら、誓がフィリエーナを焚きつけた。

 鬼猫の方は、召還値が上がって火力の増したクーガーが近づけさせない。

 十秒チャージ。

 精霊術士が最大霊力値まで霊力を溜めるには、召還値100%で十秒を必要とする。

 召還型であるクーガーは最初から召還値100%だが、今はリンクによって170%まで上昇している。

 理論的には六秒足らずで最大値まで溜まる計算だ。

 だから、攻撃値のそれ程高くないクーガーの連撃でも十分な威力が出せる。

 しかも、今は誓とリンクして攻撃値は60%から70%まで上がっている。

 ここで時間稼ぎの弾幕くらい張れなくては、男が廃るというものだ。

「言われなくても!」

 フィリエーナは藤黄に輝く刀身に紅緋と深緋の炎が燃え盛る『金星 比翼連理』を手に、俊足で地を駆ける。

 そしてそのまま勢いを止めることなく、クーガーに足止めされていた鬼猫の防御諸共に本体を一閃し、火葬する。

 同時に眩い軌跡を描いて空を翔けた剣は、鬼猫の影を一刀の下に切り伏せ、黒き影を焼き尽くした。

 その鮮やかな手並みは、元々クーガーの目の前には最初から何も居なかったかのように錯覚させる程だった。

「やった」

 フィリエーナが確かな手応えと共に狼男に振り返るよりも速く、誓が雄雄しくも猛攻して来る狼男に向かい、決着を宣告する。

「誓剣 愛火。我が誓いに応え、汝が力を揮え」

 狼男の生存本能が、降り掛かる危険を最大限と警告する。

 故に、狼男は即座に誓の剣の射程外まで距離を取ると同時に、防御に全魔力を籠めようと──

「ガ・ジャルグ」

 ──したが、誓の剣はそれを許さなかった。

 否、それは最早剣では無い。

 狼男が距離を開けるよりも尚速く、赤き槍となって狼男の身をいとも容易く貫いた。

 誓の妖精具、『誓剣 愛火』はリンクする人数が増える度に一つの力を解放する。

「がほっ。馬……鹿な。そんなことがあああああああああっ」

 狼男の絶叫も防御もお構いなしで赤き槍が何度も疾駆し、容赦なく叩いては穿ち、狼男の身を焦がした。

 荒れ狂う槍捌きは、外観に反して緻密にして精練。

 地に空に、狼男はなす術も無く料理されていく。

 ザシュッ。

 最後の一突きで狼男を串刺して、地に赤き槍の尖端が深々と突き刺さる。

 狼男はそのまま空中で丸焼きされて消し炭となった。

「ふぅ」

 まるで、型の稽古を終えたかのように誓が一息つく。

 実際、本気を出した誓にとって魔鬼の中堅レベルまでなら敵では無い。

 その上、リンクによって適性値が多少ながら増加され、誓の特異能力によって『誓剣 愛火』が強化されたのだから尚更である。

(拓真も紗希吾も勝利も、自身の適性値を上げるタイプだからな。美姫は全員だけど防御だし。考えてみれば、炎導と金城の直系の男で全員の適性値に影響あるのって俺だけか。我ながらいい妖精具を創ったな)

 そんなことを思考の片隅で考えながら──

「な? 俺たちなら出来ただろ」

 ──誓はフィリエーナに向かって言葉を掛ける。

 と同時に、剣に戻った『誓剣 愛火』をそのまましまった。

「──え、ええ、そうね」

 フィリエーナが夕陽に染まる顔を背け、ぎこちない返答をすると、クーガーが近寄り声を掛ける。

「凄いよフィリエーナ。俺たちで二体の魔鬼を倒したなんて。自分でも信じられない!」

 興奮冷め止まない様子でクーガーが喜びを伝えた。

 身体中の痛みも気にならない程に興奮している。

 通常なら高位の術士が三人で倒せる魔鬼は一体だ。

 同時に二体の魔鬼を相手に勝利を掴むなど、軽く一流術士四人分の働きに匹敵する。

 誓が日本の火の術士の第三位と知らないクーガーの喜びようも、無理は無いと言えよう。

「君のおかげだ。本当にありがとう! 名は? 所属している術士の家系はあるのかい? ああ、俺はクーガー=メルテロッサ、クーガーでいいよ」

「あ、えっ……と」

 クーガーの勢いと、おいそれと名乗れないこともあって、どうしたものかと言いよどむ誓。

「良かったらリートリエル家に入らないか。フィリエーナは本家のご息女でもあるんだ。君ほどの腕なら待遇だって──」

「ちょ、ちょっとクーガー。無遠慮過ぎよ。気持ちは分かるけど落ち着いて」

「あ、ああ。済まない。確かに興奮してるな。少し落ち着いた方が、痛っ」

 落ち着いて痛みを思い出したのか、クーガーが額に汗を掻いて顔を顰める。

「失礼。仲間が迷惑掛けたわ」

 一呼吸置いて、フィリエーナは誓に向き合い自らの名を告げる。

「私はフィリエーナ。フィリエーナ=リートリエルよ」

 フィリエーナの曇りない瞳が真っ直ぐに誓を映した。


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