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第三章 一石二鳥 伍

 妖精術士や精霊術士は、相手の妖力値や霊力値などをかなり正確に捉えることができる。

 補助値100%の補助型であれば、自身の最大値の10倍まで。

 以前訪れた際の誓であれば、ブーストで最大霊力値は20万強。

 妖精術の適正値60%で120万強まで測れる筈だった。

 参照が最大値とその時点における適正値、しかも妖精術精霊術問わずという図式は、誓にとっては実に都合がいい。

 この測定能力に関して、普段から誓の右に出るものはそうはいないだろう。

 その誓をもってして計測不能。

 一見昼下がりの主婦に見えても、その実態は五大魔神第二位。

 例えお遊びで虚飾にまみれようと、その実力に偽りはない。

「まあ、時間操作をしつつその上で効率的な練習をするなんて、その辺の魔帝が数体集まっても霊質が足りなくて到底無理な話。二大魔帝でも厳しいでしょう。二大魔帝がデキちゃったら話は別だけど、絵的に見たくないわ。レベルの高い伴侶のいるおかげでその辺クリアした私たち、とりわけ、旦那様のお蔭で時間という概念さえ既に超えてお遊戯感覚の私は特殊なケースね」

(お遊戯感覚って。でも今の話が本当なら、少なくとも時間操作に関しては二大魔帝より五大魔神のトップツーが勝っているってことに)

「因みにおいくらで?」

「時流転神殺は値段自体は百億だけど、それ以外にも色々と頂くわ。色々とね」

「こわ……」

 意味深な言葉と微笑みに、冷える身体を温めようと茶を啜る誓。

「死炎のアイガードは百万でいいわよ」

「ぶ、やすっ。え? ホントに百万ですか?」

 あまりの落差に、危うく飲んでいた茶を盛大に噴きかけた誓が、自身を落ち着かせつつ確認を取る。

「ええ。名前もテキトーだし、最初に言ったけど大喰らいだから。術を発動するには魔力や神力なら10万、妖力や霊力なら25万が必要なの。継続時間は1回3秒から喰わせる量次第で最大5秒まで。1秒増える毎に倍々ね。個人用でその仕様じゃあ、最初の一回はともかく続けてとなると、第一線の術士でもそうそう使えないでしょう? でも腐っても時間操作系だから、最低限それくらいの値段はね」

「誓様なら一応使えますが……」

 誓の反応を窺う由紀。

「現状だと続けるには結構ぎりぎりだな。それだけならいけるけど、戦闘しながらとなるとお手上げだ。でも結先輩なら、状況次第では有効活用できる。問題はアイガードにいい思い出なさそうって所だけど」

「一応髪に巻き付くくるくるのリボンにもなるけど、効果を発揮するにはアイガードにしないとダメよ」

 由紀に装着させてからリボンにして髪に巻かせてみたり、再度アイガードとなって誓にもぴったりフィットさせてみたりと、相変わらずの高性能な調整振りを体感させてくる売り手。

「ですよねー」

 相変わらずの手腕だと思いながら、そう上手くはいかないかと、誓は現状を受け止める。

(買うか買わないか、どうするか)

 うーんと唸る誓。

「道具自身は週一ペースで使ってくれれば勝手に時間停止による保護機能と時間逆行による自動修復機能が働いて、汚れや傷とはほぼ無縁になるから買って損はしないと思うわ。籠めた霊質は減るから注意ね」

 悩む誓に対し、椿は商品説明を食べながら続けている、ようだ。

 気を抜いてぐだっている状態とは言え、流石にその辺は気を遣っているのか、食べている間は時間停止されているようで誓たちには分からない。

 気づけば手に取った食べ物が減っていることから、食べているらしいと推測するのみである。

(ク、無意識か意識してか、これまた有効な手を打って来るな)

 現実問題として、今後時間停止を使う相手に遭遇した場合、対抗手段を持っていないのは不味い。

 現状のように、推測を前提にすることになる。

 戦闘で推測を前提に動くことはままあるが、それは状況把握を行った後、リスクとリターンを測りに掛けた上でのもの。

 状況把握の中の推測は、可能な限り潰しておくのが望ましい。

 そうでなければ、泥舟に乗って戦うことになる。

「? 時間逆行とは時間の巻き戻し、つまり過去への移動ですよね。時間の移動は使えないのでは?」

 由紀の疑問に、椿はお茶を飲む間だけ思案する様子を見せる。

「その問いに答える前に、ちょっと時間移動についてレクチャーしましょうか」

 何処からともなく会議室にあるようなホワイトボードが現れた。

「ジャジャン。椿さんの主婦でも分かる解説コーナー。第1回は時間移動についてよ」

 同じく何処からともなく赤ぶち眼鏡と指揮棒を取り出し、解説者宜しく説明し始める五大魔神の第二位。

(く、悔しいが無駄にマッチしてるな。何だこの異様な愛らしさは。まあ本人の容姿的には永遠の10代な訳だから、やってやれなくはないんだろうが)

「時間移動、俗にタイムスリップと言われているものは大きく分けて三種類あるわ。一つ目はタイムスリップとは名ばかりの、ただの並行世界間移動。別の自分がいる世界なんて典型的ね。こういった無限の可能性、分岐世界を利用した術式も多いけど、これらは簡単に言えば、自分が元いた世界からの逃避。或いは、他世界からの強奪。正直言って外道だから、あまり褒められたものじゃないわ。この一つ目の場合、実際にはタイムスリップしていない訳だから、幾らでも自分の求める世界を追求出来る利点がある。でも言ったように、実際にはタイムスリップしていない訳だから、最後の世界以外を全て放棄することになるわ。今あるループものやタイムスリップものの物語の幾つかは、私たちの世界の観点から言えば、勘違いも甚だしいご都合主義の産物ね。まあ、私の旦那様が随分前に開発した魔術、対並行引力用零式、通称零式があるから、今では他世界から強奪している場合でも無効化出来るし、この世界から逃避した連中は軒並みその存在ごと消し飛んでるから安心していいわよ」

(並行世界間移動は既に対策済みと)

「二つ目は積極的移動。特定の存在が何かを維持したまま全体移動、つまりその存在も含めてみんな一緒に移動するパターンね。三つ目は消極的移動。特定の存在が何かを維持したまま個別移動、つまりその存在だけ移動して、他は移動しないパターン。二つ目はちょっと違うけど、死んだと思ったら昔の自分に戻ってて自分だけ未来の記憶があるなんて展開を思い浮かべて貰えると分かり易いかもしれないわね。三つ目なんかはタイムストップで考えると分かり易いわ。で、今回の場合は、この三つ目に当たる訳ね」

 ホワイトボードに何処からともなく次々と映されるイラストに指揮棒を当てつつ、椿が説明を続ける。

「その上で、周囲へ大きな影響を及ぼさないような小規模の軽いものは網から外れることになってるの。引っ掛かるのは歴史的大災害が起きたとか誰か私たちが無視出来ない者が死んだとか、大規模だったり重かったりするものね。それと、先に言った零式は基本その場限りだけど、私たちが無視出来ないものは他世界から強奪出来ないように応用魔術を敷いてあるから、そこは安心してくれていいわよ。いきなり別の私が相手の手勢として現れたらあなたたちも困るでしょう?」

「それは、確かに困りものですね。しかし聞くだけでも大掛かりというか、随分無理をされているのでは?」

 誓としては二大魔帝でもちょっかいを出し難い五大魔神の存在は、現状いてくれた方がありがたい。

 無理をして力を消費した所につけ込まれ、パワーバランスが崩れる事態となられても困る。

「心配無用よ。幾ら小規模で軽かったり私たちが許容出来る範囲だったりしても、そのものに焦点を置かれて防がれる場合はある。その程度の干渉が可能な程度には力を抜いているから。それに忘れてないかしら?」

 問いかけ、何を? と誓たちの意識をより引きつける椿。

「私はルールを布いてる側よ。主婦だけど。少しくらいは無理でも何でもないわ。主婦だけど」

「……ホントすみません。そしてヤバイですね。何がヤバイって、その英知の欠片を百万円で買える現状が。マキちゃんが知ったら卒倒ものかも」

 ダブルミーニング。

 忘れかけていた失言を呼び起こされ、誓の背中を冷や汗が伝った。

 そんな誓を見てクスクス笑う椿に、揶揄われていることを感じて安堵する。

「誓様……。扱い難い点はありますが、これは買いでよろしいかと思います」

 由紀の意見に頷きで返し、死炎のアイガードの購入を決める。

 思った以上に安価で済むので、もう一点何か違う方向性のものをと椿に頼む誓。

 それに応えて、椿が新たに本を呼ぶ。

 浮かび上がったのは、慎ましくも上品な小太刀こだちだった。

「忍刀・月影小鴉つきかげこがらす。対象の視覚・聴覚・嗅覚・第六感を錯覚させて、持ち主の存在を隠す効果があるわ。簡単に言えば透明人間の上位互換ね。術的な視覚なんかも適応範囲内だから便利よ。しかも効果のオンオフは、基本的に刀と鞘の両方を所持してさえいれば本人の意思次第で自由自在、納刀抜刀関係なし」

「おお~」

 称賛の相槌を打ちながら、誓は定番のオチに備える。

「ただ、そういう効果を打ち消して認識出来る相手には、何の効果もないちょっと切れ味と耐久性に優れる霊刀になっちゃうけど、その辺の術士や機械に魔獣程度なら問題ないでしょう。注意点は、当たり前だけど幾ら騙せても実際には存在しているという点よ。広範囲攻撃なんかの不可避攻撃や逃げ場の無い空間でのトラップには注意ね。それと使えるのは身体的に見た場合の女性限定。身体は男だけど心は女という人には効果が発揮されないわ。知らない人にとっては男だし。そこは一応相手側に配慮ね。あとオンの間はずっと霊質を消費するから、隠れていたいなら全力攻撃は禁物よ。燃料がなければ勝手にオフになっちゃうから」

「充分ですよ」

 どうやら今回も酷いオチは免れたらしい。

 由紀のいるお蔭かなと、幸運の女神に視線を送る誓。

 前回の顛末を知らない由紀は、そんな誓に少し首を傾げる。

 なんでもないと、誓は椿に視線を戻した。

「分類としては魔術と陰陽術の複合効果になるから、それら二つを一挙に無効化される場合も気をつけて。一応、片方が無事ならもう一方が補うようにはなってるわ。再生機能もあるにはあるけど、日数単位で時間が掛かるからあまり酷使しちゃダメよ」

「反発の強い魔力と神力の複合武器。これだけの機能が揃って高性能じゃないとか、全国の鍛冶師が聞いたら泣くな。それでお値段は?」

 妖力と霊力、魔力と神力は反発が激しく、共存は難しい。

 誓のような妖精術と精霊術を扱える人間がまず見当たらないのも、それが原因だ。

「一点物でもないし、帯刀が日常化してない人ならかさばるように感じられるでしょうから、単位は万の398さんきゅっぱでいいわよ」

「お安いですね」

「ああ。それじゃ死炎のアイガードと忍刀・月影小鴉を……」

「あの、誓様。よろしいですか?」

 誓が購入しようとした所で、由紀が誓の袖を控えめに引く。

「ん? どうした由紀」

「私も個人的に購入したいものがありまして。その、少々お時間を頂ければと」

「ああ、陰陽術関係か? それなら確かにこの場所以上はないだろうしな。問題ないさ、幾らでも待つよ」

「ありがとうございます」

 誓の了承を得て、改めて椿へと向き合う由紀。

「その、ですね」

 誓の前では言い難いことなのか、一度誓を見た後になかなか切り出せず、考え込む素振りを見せる。

 見かねた誓は、先に席を外して外で待とうかなと考える。

 もう少しこの店と外との繋がりも知っておきたいし、そうであれば由紀を待つという名目で先に外に出てみるのも悪くないと思考した。

「申し訳ありません誓様。後程必ず説明致しますので」

「気にするな。隠したい事の一つや二つ、誰にだってあるさ」

 死炎のアイガードと忍刀・月影小鴉を購入し、誓は先に店の外へと出る。

「まいどあり~。末永くお幸せにね~」

 そんな、少し場にそぐわない椿の声を聞きながら。


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