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第三章 一石二鳥 参

 リートリエルの本拠地から距離を置いた誓たち三人・・

 リートリエルの目がついてないか三人で確認し合った後、別行動を取っていた由紀と落ち合う。

 誓は結が注目を浴びている間、由紀にお願いしていた成果を聞く。

「やはり気付かれずにフィリエーナさんへ式を送り込むことは難しいです。予想通り陰陽術への備えは低そうでしたので、隙があれば潜り込むよう式は放っておきました」

「そうか。まずまずだな、ありがとう」

「いや~、頼れるねー陰陽師。由紀ちゃんグッジョブ!」

「まあ陰陽術はそんな警戒されてないでしょうし? それでも一応褒めてあげる」

 きっちり仕事を果たした由紀に三人が称賛を送った。

「いえ、意外でしたが精霊術による陰陽術への備えではなく、陰陽術による備えがありました」

「えマジ?」

 予想外の事態に環が私マズった? といった反応を返す。

「以前フィリエーナさんに陰陽術について尋ねられたことがあります。どうにも漠然とした内容でしたので答えに窮しましたが、アメリカの火の双頭ですし、過去に何かあったのかもしれませんね。と言っても、お世辞にも優れているとは言えない術式でしたので特に問題はありません」

「そう言えば慧の家で魔王を待っている間にそんなことも話したような。とりあえず問題なかったなら上手く事が運ぶのを期待して、次の行動に移るとしよう」

 誓は特に気にしてなかったので、今になってそんなこともあったなと思い出す。

 そんな程度なので、内容もしっかりと覚えていなかった。

 由紀と慧のどちらに戦力の比重を傾けるかの話で、フィリエーナに今度全力で手合わせを求められた慧が慌てふためき、その後のトランプをしていた時だったかなと記憶を辿る誓。

(その今度のためにも、頑張らないとな)

 慧の慌てふためいた姿を思い出し、少し相好を崩しながら次の手を考える。

(リートリエル周辺と土のケイオストロに二組で分かれて情報収集するとして)

「問題は土のケイオストロへ行く側か。随分遠いからな。かと言って徒に日数をかける訳にもいかないし」

 支部は幾つか点在しているが、リートリエルの本拠はアメリカ東部のニューヨーク州、ケイオストロの本拠はアメリカ中部、山岳部にあたるネブラスカ州にある。

 飛行機は術士たちの協力もあって10時間程でついたため、日本から来た誓たちにとっては時差でおよそ3時間程巻き戻っている。

 タイムリミットがある関係上、宿で一息入れるにはまだ早い。

「~♪」

 悩んでる誓の携帯が着信を知らせた。

 画面には風間見鶏の表示。

「見鶏先輩からだ」

「助手君。今どの辺り?」

 携帯の国変を終えた見鶏からの連絡、携帯からはどこか聞き覚えのある背景音が聞こえた。

「そこならそんなに時間掛からない。ちょっと待ってて」

「はい。……いいタイミングだな」

 通話を終え、誓たちは観光がてら近場を歩いて時間を潰す。

 暫くの間、何かとサイズの大きさにはしゃぐ結たちを眺めていると、ワイシャツにミニネクタイ、チェックのスカートと、何処となく制服と似たチョイスに白いベレー帽を被った見鶏がやって来た。

「お待たせ」

「見鶏先輩。わざわざありがとうございます」

 軽く頭を下げる誓。

「気にしないでいい。今回のことは全て結ちゃんに貸しとくから」

「えぇえ? 聞いてないよぉ。横暴だー」

「はいはい横暴横暴」

 見鶏は結の抵抗を抑揚に欠けた声で流す。

「それにしても……」

 集まっている女性陣を見回した見鶏は──

「随分偏った面子だね助手君。で、本命は誰かな?」

 少し揶揄うような口調で尋ねた。

「あー」

 言いづらそうに見える誓の姿に、笑みを深くする見鶏。

「本命も何も、ここにいる三人とも全員誓くんの親に認められた婚約者ですよ。見鶏先輩」

 そこへ環が言葉で割り込む。

「え? ……~~っ。ご、ゴメンッ。見鶏が浅慮だった」

 予想外の答えに動きを止めフリーズした見鶏が、一気に顔を赤らめて謝る。

「いえ、謝らないで下さい見鶏先輩。俺たちの関係が想像し難いことくらい分かってますから」

(参った。初めての反応だな。まさか素で謝られるとは)

「ありがとう助手君。でも、事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだね。反省しないと」

 徐々に調子を戻して抑揚を落とす見鶏と情報を共有。

 リンクや式などを考えて、誓と由紀のリートリエル組、結と環に見鶏のケイオストロ組に分かれた。



(何か情報収集に適した魔法具でもあればな……)

 念のため、いたずらにリートリエルの目についたり届いたりしないよう、由紀に陰陽術をかけてもらう誓。

「すみの江の 岸による波 よるさや 夢のかよ路 人めよくら。リアライズ。影想 藤原敏行朝臣ふじわらのとしゆきあそん

 詠み手と恋人側、二通りの人目を避ける解釈を持つ歌で人目を避ける効力を。

「ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなに 水くくるとは。リアライズ。輝想 在原業平朝臣ありわらのなりひらあそん

 実際の竜田川ではなく、御殿の歌会で屏風に描かれた竜田川の紅葉を詠った歌。

 大きなスケールで表現することで、その情景を色鮮やかに際立たせる。

 水をくくり染め──布の染め方の一つ──にするなどと、神の時代にも聞いたことがない。

 そうして、誓にかけられた人目を避ける効力がせかいに染まり、神ですら聞いたことがないために聞くことの出来ない現象を起こす術が織り上げられる。

「見事という他ないな」

「ありがとうございます」

 嬉しそうに微笑む由紀と広い通りを歩きながら、さて何処を当たるかと思考を巡らす誓。

 本音を言えば、こちらは由紀の仕掛けた式に変化があった時の待機組に近い。

 どちらかと言えば、妖精術士組と精霊術士組で分けたようなもの。

 誓は精霊術が使えるし、由紀も陰陽術があるから誤魔化せなくもないが、得てして、そういうのはない方が人の胸襟は開き易いものだ。

 隣を歩いて貰ってる──何も言わないと自然と後ろ三歩の位置を取る──由紀を見遣る。

 二の腕を隠す長さの白のシャツに腹部を締めてメリハリをつけるコルセット、少し長めの青のスカートに黒のストッキング。

 サラサラと流れる長い黒髪には、誓が贈った鶴の髪飾り。

 控えめに言って美少女だなと思いながら、誓はついその綺麗な黒髪に手を伸ばした。

「綺麗だな」

 本音の零れた誓と、自身の髪を掬われた由紀の視線が絡まる。

「誓、様?」

 見上げる由紀が不安と期待をない交ぜにしつつも、気持ちを抑えるようにコルセットでいつもより強調された胸部の上に手を置いたため、そこが両腕でギュッと更に押し出される形となった。

(しまった)

 何か誤魔化せないかと視線を外そうとする気持ちと、いやここは婚約者としてキスの一つもしておくべき、人目も気にしなくていいんだしという気持ちが瞬時にせめぎ合う。

 特に、今いつもより前面に押し出されている柔らかいものの引力は凄まじい。

「ぁっ……」

 そんな誓の様子からたまたまだったことを察した由紀は、切なげに吐息を零して身を引こうとした。

 そんな由紀の様子を分かってしまった誓の頭から、瞬時に男のさがが消え、悲しませたくないという気持ちが支配する。

 身を引こうとする由紀に乱暴にならぬよう気を付けながら、華奢なそのくびれた腰を抱いて引き寄せ口づける誓。

「ンっぁ」

 驚きに目を見開いた由紀だったが、少し強張らせながらも目を閉じると両の指先で誓の肩をキュッと掴み、誓の温かい熱と自身に込み上げ、舞い降りる熱を感じながらそれに応えた。

「ごめん由紀。不安にさせたな」

 やや蕩けた表情の由紀の綺麗な黒髪を優しく撫で、安心させるようにしっかりと腰を掴んで抱き寄せる。

「ぁ……いえ、いいえ誓様。それは、由紀が今とても幸せなことの裏返しのようなものです。だから、どうかお気になさらないで下さい。由紀はお慕いしている殿方の一人目の婚約者にして頂いて、こうして日々よくして頂いて、とても、とても幸せでございます」

 白い頬を朱に染め、感情に濡れた瞳を向ける由紀の額にかかる黒髪の上へと、口づける。

「ありがとう。俺も由紀が一人目の婚約者になってくれて凄く幸せだよ」

「誓様……、お慕いしております」

 目を閉じ、ギュッとより指先に力の籠る由紀。

 微かに震えるその身体に、誓は漸く自分の失敗を悟った。

(俺は本当にバカ野郎だ)

 その強張った心をほぐせるように、由紀の片方の手首を掴んで、肩から指先を離させる。

 不安から小さくイヤイヤと首を振って、僅かに抵抗を示す由紀。

 誓は、安心させるようにその震える指へと自分の指を絡めた。

「俺も好きだよ。由紀、好きだ」

 瞬間、見上げる由紀へと再度の口づけ。

 されど、それは由紀にとって初めてのもの。

 初めて一つになれたキス。

 由紀の頬を涙が一滴伝い落ち、自然、両の指へと力が入る。

 そんな反応に優しく力強く握り返され、抱き寄せられ、由紀は幸福に身を震わせた。

 幸せと不安で渦巻き苦しかった由紀の胸が、今、こんなにも熱い想いで満たされている。

(好き、好きです誓様。好き、大好き。誓様と両想い、嬉しい)

「好きだよ由紀」

「誓様……嬉しい。由紀も好きです。誓様、好き」

 きちんと由紀に届くよう、もう一度囁く誓に、由紀は静かに歓喜の涙を流す。

 そんな由紀と暫く抱き合い、口づけおもいを交わしていると、強張っていた由紀の身体から安心するように力が抜けた。

 よかったと、安堵の気持ちが誓に芽生えた。

 そうして余裕が生まれたのが悪かった。

 胸元に感じる柔らかで温かな幸せの弾力が、消えた筈の男のさがを蘇らせた。

 今度こそ助けを求め、強引に視線を外して辺りを見渡す誓。

 ここで視線が強力な万有引力に引き寄せられてしまっては、今後の沽券に係わる。

「え?」

 そんな誓の目の前に現れる『陰陽郷 椿くものいと』。

 固まった誓の視線の先を見るため、由紀も半身となってそちらに顔を向けた。

「このような所に日本の名前のお店なんて、珍しいですね」

 和洋折衷が何処かずれているようで、不思議と調和している変わった雰囲気。

 そのなんとも妖しい佇まいの建物の扉には、神社で見掛けるような絵札によるOPENの掛札。

「確かに珍しいけど……、間違いない。泉白鶴を買ったお店だよ、ここは」

「! それはつまり──」

「ああ。ちょっと怖いけど、会いに行こうか。五大魔神の第二位、紅雪の椿姫に」


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