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第二章 婚約騒動 捌

(それでか)

 主要なものは魔力さえあれば魔術でいつでも空間転移できる環と違い、海外行きの準備にあくせく動いていた誓は、事の顛末を夕食の席で聞くことになった。

 苦虫を噛み潰したかのような勝利の表情とは正反対に、ご機嫌な環。

 その環の機転によって、危惧していた状況とそうでない意見が半々といった具合で微妙に据わりが悪い拓真。

 普段は嬉々として油を注ぎにかかる一波乱ありそうな展開で、珍しくタルそうな美姫の態度にも合点がいった。

 炎導金城の直系やそこに近しい間柄の主要人物が集うこの席は、会議場での議会と並ぶ話し合いの場となる時も多い。

 尤も、全員揃っている、ということはあまりない。

 今日も、金城家当主が外の会合で席を外していた。

 この夕食の席に美姫が加わっているのは、誓や拓真と共に行動することが多いため情報の共有という意味合いもあるが、金城家当主夫妻の肝いりというのが大きい。

「──以上の経緯から、家の者たちからは勝利くんの次期当主候補の座を疑問視する声と、結花さんの次期当主候補の座の返上を取り消して欲しいという声が上がっています」

「ッ」

 拓真の兄、金城家の長男である秀一が今日の出来事による結果の報告を行う。

 勝利も含め、誓たち年下の術士にも何かと気を配る優しい面のある秀一。

 だが一方で、金城家長男としての冷厳さも併せ持つ。

 お家の跡継ぎに対する不信の種を看過することは出来ないし、させない。

「一度の戦闘結果のみで判断するのもどうかと思いますし、勝利くんはまだまだ発展途上な上、その能力の有効性は言うまでもないと思いますので前者は置いておくにしても、後者に関しては以前から根強いものがあったので一考の余地があるかと」

 故に、勝利へと現実問題を突きつけた上で保留し、もう一つの問題へと話をスライドさせた。

 こう言えば、まずある人物は乗って来ると考えて。

「ですが秀一くん。結花の最大値は」

 秀一の予想通り、勝利と結花の母親である萌子もえこが即座にそちらの方向へ乗って来た。

「ええそうですね。確かに結花さんの最大値は直系として見るならば高くありません。ですが最大値はあくまで一つの要素です。僕が言わずともここにいる皆さんならお分かりかと思いますが、当主が必ずしも最強の象徴である必要はありません。炎導、金城、水記、これら御三家の象徴として相応しければ問題はない。過去にも当然、そういった事例はあります」

「どちらが当主になるかという話は置いておくとして、俺は結花さんの返上取り消しに賛成です。懸念材料は勿論ありますが、結花さんは西でも顔が広いのは大きいと思います。これは御三家の象徴として充分にメリットとなる事柄だと考えます」

(勝利よりは結花さんの方が安心出来るしな。言うと角が立つから言わないけど。兄としては妹に万が一を任せるのも気が引けるし)

(んー、買われちゃってるね~)

「それでもッ」

「萌子さんの言いたいことは分かっています。代償持ちの特異能力者では、不安が残ると言いたいのでしょう?」

 尚も否定にかかる萌子に対し、金城家現当主の妻である金城鈴音が口を挿んだ。

「結花ちゃんは向こう一時間、誓くんは段階に応じてですが三十分強から最大三時間、力を発揮出来なくなりますものね。それに精霊術がまともに使えなくなっても妖精術の残る誓くんと違って、結花ちゃんは使い切った後は完全に無防備。母親であるあなたが心配するのも当然でしょう」

 萌子と結花の親子仲が悪いことを知りながら、そう口にする鈴音。

 この女も、なかなかに食えない。

 鬼畜な美姫を楽に可愛がる点で、ある程度お察しだが。

 萌子の表情が忌々し気に歪む。

「だが、使い方次第では大きな武器になる。それが必要な状況なら、欠点は周りで補えばいい。秀一が言ったこともそれだろう」

 またかと思いながらも表情に出すことなく、誓の叔父である遠藤大悟だいごが話の軌道修正を試みる。

「私としても炎導の次期当主候補の層が厚くなるのは素直に喜ばしい所だが、少し難しい問題でもある」

 そこで一度話を止め、誓の隣で一緒に食事を楽しむ由紀を見る大悟。

「先日、誓が児玉の直系筋を正式に第一婚約者としたばかりだ。彼女を次期当主候補である誓の第二婚約者としてという話は、あくまで強制力を持たない水面下での話だったのは確かだが、このタイミングで次期当主候補を増やしては児玉にいい印象を与えないだろう」

 大悟の尤もな意見に、皆が一度思考を巡らせる中──

「誓くんが第一候補で、結花さんは第二候補、第三候補以下数名という形で序列つけて、あくまでもしもへの備えという形で公式に発表しちゃえばいいんじゃないですか? それなら児玉家も安心すると思いますよ」

 環が気楽な口調で案を先出しした。

「あなたは黙っていなさい! だまッ、黙りなさい! 黙りなさいぃい! いいぃいー!」

 その到底受け入れられない提案に、萌子の悪癖が出る。

「あらあら、大事な息子が大勢の前で無様に負けたからってそうヒスらないでよね。まあこれでも私、一応赤口家の時は実戦なら若手ナンバー1だった訳だし? 私や誓くんに劣るだけで、あんたの息子が滅茶苦茶弱いって話じゃないんだから」

 フォローしているようで、その実誓くんに劣るだいじなぶぶんを隠しもしない発言。

「こ、この新参者が! バカにするのも大概にしなさ! 黙りなさ! 黙れ黙りぇー!!」

 最後まで言わずに次の言葉を継げる様相を映すかのように、萌子は炎で創られた家具を次々に召還し、感情のままにしっちゃかめっちゃか投げまくる。

「ホントにヒス子さんね」

 環は冷めた様子で防御型を採りガード。

 美姫も予想通りの展開に、やれやれと土の防御壁を展開する。

 美姫にとって萌子は酷くつまらない人間だ。

 これから楽しもうという時に、勝手に導火線へ火がついて飛び出すロケット花火のようなもの。

 敵なら火が消えるこわれるまで追いかけて徹底的に楽しむことも出来るが、そういう訳にもいかない。

 全員が少なからず防御態勢を取る中、それには及ばずと、萌子の夫である稔が慣れた様子で周囲と主な攻撃対象である環たちを守る。

 稔は火の国内ランキング第四位に名を連ねる防御型。

 その稔が守りに徹すれば、如何に御三家に類する人間だろうと、抜くのは容易ではない。

 そのまま稔が慣れた様子で萌子を宥めながら連れ出し、何事もなかったかのように夕食は再開される。

 ここにいる多くの者にとってはお馴染みの光景。

 今更である。

 誓としては、多感な時期の妹たちにあまりキンキン声でヒステリックに癇癪を起こす光景を見せたくないと、常々思っているが。

「直系筋な上にこの若さで火のランキング国内第三位にいる誓が第一候補ってのは、それだけ見れば当たり前な気がするけどねぇ。やっぱり精霊術士でもあるから反感も避けられないってことかぁ。難しいにゃぁ」

 豪勢な夕食を母の隣で楽しみながら、所感を述べる結。

 誓の第二婚約者という立場だけを見れば、そう安々と重要な選択に対しそっちとは述べられない。

 だが、結は火の国内ランキング第八位でもある。

 この場にはランカーだらけとは言え、それでも火の国内ランカーという肩書きは炎導金城において非常に大きい。

 そういう意味では拓真も秀一より大きな発言力を持つのだが、如何せん本人の残念具合がそれを台無しにしている。

 頭の回転は悪くない。

 されど、誓の関わり具合によって、つまりは私情で大きく左右されがちな現状にある。

 私情で左右されるのは誓も同じだが、少なからず誓はそれを御し、メリットデメリットを念頭に入れて発言する。

「御三家は日本を代表する妖精術士の大御所だからね。下手に内部分裂させる訳にもいかないし」

「そう硬く考えるな誓。鈴風の翁たちを見ろ。海外にも進出しているだろう。外には外の縄張りがあるにせよ、やり方によっては地盤を築けないでもない。そして海外支部ともなれば、本家でもそれなりに地位のある者が必要になる。大事な所でたがえないのなら、必ずしも常に一緒にいる必要はない」

「大悟さん。今の発言は少々軽率ではありませんか」

 誓の考えの枷を外すような大悟の言に、誓の母、静がすかさず待ったを入れる。

「当主はそう答えるだろうな。だが兄の例もある。早い段階で誓に外への道を拓かせてみるのは、悪くない案だと思うがな。少なくとも、外の妖精術士の協力を得る環境作りにはなるだろう」

「それならば、何も誓が行く必要はないでしょう」

 神炎と神炎、火の国内ランキング第一位と第二位、炎導家トップの遣り取り。

 互いにとても落ち着いていて穏やかな口調であるにも拘らず、場の雰囲気はどこか硬くなっていた。

「違うな。確かに妖精術士の協力を得るだけならば誰にでも出来る。だが、加えて精霊術士の協力をも得るのは誰にでも出来ることではない。鈴風とて公的にはこの御三家の傘下だ。つまり、トップである御三家の者で精霊術士と和を成せる者が必要なのだ。そしてその者は、御三家に──、多くの妖精術士にも認められる者でなければならない」

 炎導には今、確かに昔と変わらず2人の神炎使いがいる。

 しかし、大悟は兄、境悟に追いついたなどと自惚れていない。

 誓は優秀だ。

 ブースト込みで考えれば、確かに以前より炎導の力は少し増したかもしれない。

 だが、その程度・・・・では結局前回の二の舞になる。

「……」

 そしてその懸念は、互いに共通認識の筈だった。

「……」

 痛いくらいの沈黙が下りる、そんな中──

「お家のためとは言え、母から子を取り上げるような真似をするものではありませんよあなた」

 大悟の妻、遠藤彩芽あやめが微笑みと共にやんわりと口を出した。

 視線が彩芽へと集まる。

 遠藤の姓を名乗ってはいるが、その旧姓は金城。

 生まれつき身体が弱く、日々車椅子生活を送っている彩芽。

 にもかかわらず、金の国内ランカーに名を連ねている。

 才覚は本物、いや、身体にハンデを抱えていながらそこにある以上、本物の中で尚別格。

「急かさずとも、子は何れ巣立つもの。何れはそうなるとしても、今は時を待ちましょう」

 静と大悟が再び交えた視線を外し、夕食へと戻る。

「確かに、誓くん以外には難しそうですね。他の人では現実味がない」

 それを見てから、秀一は恐らく決着しただろう流れに肯定の意見を述べる。

「まあ、あくまで一案だ」

 何もお前に必ずそれを求めている訳ではないと、大悟は一度誓に視線を遣ってから優しく目を細め、すぐに視線を戻して夕食を再開した。


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