第二章 婚約騒動 漆
「そこの銀髪女」
場所は炎導金城の広大な敷地内のこれまた広大な鍛練場。
「……ふぅ、何?」
面倒なのが来たかもと思いつつ、環は今手合わせしてくれた相手への礼を終えて勝利の方に向き直る。
「攻撃型なら丁度いい。胸を貸してやるから掛かって来な」
(胸を貸す、ねぇ……)
「……ふーん、胸を貸してやるなんて随分大きく出るじゃない。でもいいの? 魔術使わないまでも、ボクちゃんを上回ることくらいこっちは余裕だけど」
少し考えた後、毒を吐く環。
実際問題、特異能力で基本型を網羅可能な環にとって、同年代で危険視すべき相手はそう多くない。
御三家の傘下に加わってから、短いながらもその辺の情報収集を環は怠ってはいなかった。
なので主要人物の特性や特異能力は概ね把握している。
「相変わらず口だけは達者だな」
「態度だけが一人前のボクちゃんに言われてもねぇ」
遠藤勝利。
攻撃型で、特異能力は心が折れない限り、壊されようと何度も妖精具を具現する。
更に、仲間たちとのリンク数増加によって自身の妖精具の攻撃力を上げる。
魔王討伐経験もあるが、炎導金城の神領域たちのサポート役として、誓たちと共に同行した形。
当然と言えば当然だが、矢面に立った訳ではない。
面倒くささをあからさまな態度として出した環の姿に、勝利の顔が引きつった。
「ッ……。秀一さんの手前、あの時は引いてやったが、やはりどっちが上かきっちり教えておく必要があるみたいだな」
「……その秀一さんのせっかくの善意を無下にするなんて、呆れかえるわね」
言いながら、環は思考を加速させる。
「後で吠え面掻くなよ」
「そっちでしょ。炎導家の次期当主候補として誓くんと同列扱いされてるってのに、こんな大勢の前で同い年のノーブラッドとサシでやりあって負けたら……もしかして、現時点じゃ誓くんと金城の次男坊の2人と比べて実績で劣ってるのに血筋と将来性考えてお情けと七光りで同列扱いされてるの、わかってないなーんてないわよね? 正直言って私、誓くんやアレ使った金城の次男坊に魔術なしじゃとても勝てる気しないんだけど? そんな私にここで負けたら将来性も何も、ねえ? 今なら尻尾まいて逃げてくれてもいいのよ?」
(私は誓くんの婚約者だし、これは寧ろ望む展開。煽らずにいられない!)
「ハッ、デカイ口叩いてホントは怖くて戦いたくないから見逃して下さいってか。頭下げて頼んでみたらどうだ雑種。逃げ腰の負け犬根性でも、愛人枠なら誓に媚び売ればここにはお情けでいられるだろ?」
それをどう解釈したのか、勝利が煽り返す。
「……」
「……」
互いの内面で怒りが沸点を越え、場を冷めた熱が支配する。
「猛ろ。剛剣 炎帝」
顕現するは、炎を統べる皇帝の直剣。敵を貫き叩き伏せる、力の証。
猛る炎を纏う大剣が、威風堂々と場に君臨する。
「勇ましく燃え盛れ。獅子王」
それを見てから、自身の守護精霊である火の雄獅子を召還する環。
熱と共に自然と立ち昇る威厳は百獣の王に相応しく、環を守るように位置取りながらも眼前の相手を睥睨する。
「先手は譲ってやる」
環の守護精霊の取った行動を見て、相手の状況を察した勝利が笑みを深めて譲る。
「っ……それだと一方的になっちゃうわよ?」
一瞬表情を歪めるも、強気に笑んで返す環。
「やれるもんならやってみな」
確信を強めた勝利は、応戦の構えを取った。
「それじゃ遠慮なく」
同じく、相手が思惑通りに動いたと確信を強めた環は表情を消すと、正面に軽くフェイントがてら炎の弾幕。
少し側面に回り込む形で突っ込んだ。
「バカが。焦り過ぎだ」
炎の弾幕を一閃で切り裂き、その遠心力を利用して環を迎え撃つ。
一流の炎術士は、熱感知で相手の動きを察知できる。
とは言え、補助型や基地型に陰陽型などの補助に長けるタイプであれば、勝利はこんな隙のある選択を取らない。
しかし同じ攻撃型、しかも格下とくれば、熱感知を誤魔化しに動こうと問題にはならない。
(確実に上回る)
完璧なタイミングで勝利の回し斬りが環を迎え撃つ!
「ッ!?」
筈だった。
「バカはテメエだ」
その攻防を見ていた拓真が、若干イラついた様子で口にした。
その後も勝利が押される展開が続く。
「あの、拓真さん。この状況は一体……。あの勝利さんが押されてるなんて」
一度の攻撃の空回りから、ずっと押されっぱなしの勝利。
何度か繰り出される上手いと言えた筈の攻撃。
それがある時は防がれ、ある時はいなされ、酷い時は反撃まで受ける。
あまりに予想外の展開に、金城の分家の少年が拓真へと説明を求めた。
「見たまんまだ。勝利は確かに高い才能を持ってる。それは間違いねぇ。誕生日で差が出るにしても、この年齢なら誓と俺と勝利が、最大値じゃ希を抑えてスリートップだからな。つっても、最大値がどんなに高かろうが攻撃型の召還値は60%。最大まで溜めるのにどうしても17秒程かかる。勝利が一秒で溜められる妖力値は2000もない。一方──」
最早独壇場、全力で獲物を追い込む女を見遣る。
「あの女の最大霊力値は26000強。召還値が同じなら、確かに勝利に分があっただろうよ。けど、あの女はそもそも攻撃型じゃない」
「だとすると、召還型? いや、それにしては──」
「召還する時は召還型。攻撃する時は攻撃型。防御する時は防御型。補助する時は補助型と、4つの基本型へ自在に変化可能な特異型だよ。確か、女王降臨とか言ったな」
「そんな特異能力の発現に成功するなんて」
少年が目を瞠る。
「あの女が一秒で溜められる霊力値は約2600。それを使う際も攻撃以外は優位状態にある。補助値低くて良くも悪くも攻防が安定してしまうタイプ、つまり攻撃型や武装型のちょい年上くらいまでなら、あの女にとっちゃカモ同然だな。しかも妖精術は、精霊術より下手がない分、上への振れ幅も小さい」
精霊術は強い精神力次第で威力などの向上が顕著だが、逆に病気で気分が優れなかったり気持ちが折れていたりすれば、かなり弱々しい術の発現となってしまう。
一方、妖精術はどんなに強く願ったとしても威力などはあまり変わらないが、例え意識が朦朧としていようと術のベース程度は発現される。
それに、妖精術でも属性さえ揃えば、協力変換で威力の増加は可能だ。
「今回はネギまで背負ってる単細胞が相手だしね。ホントマヌケ過ぎ。あれで結花さんの弟とか。まああのヒス女の息子と考えれば納得だけど。でも稔小父様の息子と考えるとまた首が傾げるという遺伝の不思議。頭を使うということを知らないらしい。おっと、使ってあれだったねそう言えば」
拓真の近くにいた美姫が、ごく自然に毒を吐く。
勝利側の人間が聞けば憤慨ものだが、幸い近場には金城の人間が殆ど。
御三家の重役もなかなか招かれない、本家の人間に近しい者が集う食事の場。
そこに普通に出入りOKを許されている時点で、平常運転で鬼畜な美姫にどうこう言う勇者はそういない。
結構な年上の術士であればともかく、年齢が近い人間であれば特にだ。
「そうは言いますが、4つの基本型へ自在に変化する相手にどう戦えば」
とは言え、殆どであって皆無ではないため、フォローを入れるように少年が質問を投じる。
「どうもこうも、毎回コマンドを1つ1つ選択するゲームじゃねぇんだ。一度に取る行動がいつも召還や攻撃だけなんてあり得るか?」
「それは……、なるほど。その上で、相手の変化の裏をかくような行動を取れれば」
「あの罠のデパート相手に攻めるのはタルそうだし、私なら遠慮して万能型の誓とか希少型の結さんとか、もしくは瞬ちゃん、君に任せる」
渾名で呼ばれ、苦笑する分家の少年。
美姫が当然、彼の特異能力の制限を知った上で言ってることを分かっているからそうならざるを得なかった。
「特異型はこれだから分かりませんね。由紀さんのように単独戦闘に向かない能力者が多い中、稀にこういう手合いがいますから」
戦闘向きの地盤にちょっとした特異能力をプラスする他の基本型と違い、特異型は戦闘に向かない地盤を特異能力でひっくり返す必要がある。
だが、なかなかそこまで強力な能力を発現させられないというのが現実だ。
確かな理論を組み上げても、それが叶うとは限らない。
「ん、あのマヌケな勝利にもいい勉強になってる。授業料は高くつきそうだけど、ね」
2人の戦闘は既に決着が見えていた。
「あらあら、もう終わり? 勝敗自体は分かっていたにしても、もう少し見せてくれると思ったのに」
「な、なめるなああぁあ!」
片膝をついた状態から、裂帛の気合と共に環へと真正面から瞬時に間合いを詰めて斬りかかる勝利──
「がっはぁっ」
──だったが、補助型で直前まで攻撃を読みつつ強化、そして攻撃型として真っ向から攻撃を合わせて相殺を図った環と、補助型の状態で爆速で回り込み、攻撃型として後ろから前足で打ち落としを放った獅子王に見事な挟撃を受けて崩れ落ちる。
「まー見ての通りの正攻法しかしないファイタータイプだから。正面での攻防で圧されたらどーにもね」
「結花さん」
そこに現れたのは勝利の姉である結花。
直系の女性でありながら、ノースリーブのシャツの上に革ジャンを羽織り、下はジーンズ、手には少しゴツめのプロテクターグローブと、割合ラフな格好だ。
よくよく外にバイクで走り出すので、最早標準装備になっている。
「悪いね。うちの弟が迷惑掛けちゃったみたいで」
煙草をふかしながら気軽に環へと声を掛ける。
煙草を嗜むのも、直系の女性では彼女くらいなものである。
一応、本人が『いい男できたらやめるわ』と言っているので、実の母親以外は大目に見ているが。
「いえいえ、別に気にしてませんから。それより手合わせお願い出来ませんか? 結花さんとは一部戦闘スタイルも似てますし、是非勉強させて下さい」
「うーん、私はそんなに強くないんだけどね。ま、不甲斐無い弟に代わって少し面倒見てあげようか」
ポイッと放った煙草を宙で燃やし尽くし、ニコっと白い歯を覗かせて結花が笑う。
名前もそうだが、何処となく雰囲気が結お姉様に似ているなと環は思った。
しかし、その戦闘スタイルはどちらかと言えば能動的な待ち。
罠を敷くという点で、環の戦闘スタイルに通ずるものがある。
「お願いします」
「あ、拓真くん。悪いけどのびた勝利のやつ除けといてくれる?」
「いッスよ」
実の兄や他の人間相手にはまず当てはまらない関係性とも言える姉貴分の気軽な、されど少し面倒とも言える内容の頼み事を、拓真が素直に聞く。
「ん~」と手を組んで伸びをし、「ふぅ」と力を抜く結花。
拓真の対応を珍しいと思いながら、環は結花に頭を下げる。
「それじゃ、お願いします」




