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第二章 火生金 弐

 クーガーは歯軋りする思いで戦っていた。

 それと言うのも、彼の仲間であるマクファー──マクファーソン=ガルナック──が戦闘に復帰する気配を見せないからだ。

 確かに、マクファーとフィリエーナやクーガーの仲は好くない。

 マクファーは次期当主選考の際、フィリエーナと対立する立場の人物が使わした者だからだ。

 だからと言って、マクファーの態度はあまりに酷い、とクーガーは思う。

 マクファーは現在、魔鬼に与えられた傷を酷くしないよう、後方に下がっている。

 これは問題ない。

 マクファーの傷は、成程、前線で戦うには厳しいものがある。

 しかし、それは前線で戦うにはであって、後方で支援する分には少し支障の出る程度だ。

 なのに、マクファーは怪我の状態を理由に先程から全く手伝おうとしない。

 精霊を怪我の状態維持──主に止血──に使えば、他の精霊術の練度が落ちるのは頷ける。

 でもそれだけだ。

 全く使用出来ないということはない。

 それでもマクファーは手伝わない。

 理由は単純明快。

 フィリエーナの粗捜しだ。

 “幸いにも”、日本の精霊術士を名乗る少年が割り込んで来たのだ。

 それを受け入れただけでも、栄誉あるリートリエル家の名を汚した行為として唱えることが出来る。

 マクファーの行動に、クーガーは落胆と憤りを同時に味わう。

(ふざけやがって。リートリエルの恥晒しが)

 いっそのこと、マクファーが戦線を離脱してくれた方が、クーガーにとってはマシだった。

 クーガーは、フィリエーナとリンク出来る。

 それなのにリンクしないのは、フィリエーナと彼女の親が、本家の過半数の連中に疎まれており、本人たちもそれが分かっているからだ。

 だからフィリエーナは、その連中の前でクーガーのようなフィリエーナたちのことを好ましく思っている者とリンクすることを拒否する。

 それによって、クーガーたちに迷惑が掛かると思っているからだ。

 クーガーにも、マクファーの考えそうなことくらい読める。

 だからこそ負けられない。

 マクファーはこの戦いで、最悪、フィリエーナが死んでも構わないと考えている。

 一切手伝わないのはそのためだ。

 先程までの状況なら別だが、日本の精霊術士を名乗った少年のおかげで、マクファーは頃合を見て逃げることが出来るようになった。

 マクファーは防御型だ。

 この状況下でなら──少年とフィリエーナ、クーガーが居る状況でなら──、一人がやられて窮地に陥ったとしても、残った二人が時間を稼ぐ間にどうとでも逃げられる。

 それがクーガーにも分かっている。

 そして、フィリエーナも気付いているに違いない。

 だが、リートリエルの名を背負うフィリエーナに逃走の選択肢はない。

 それをクーガーは知っている。

 どの道、フィリエーナは攻撃型でクーガーは召還型だ。

 マクファーが当てにならない状況では、逃げはない。

(く、集中しろ)

 今は、マクファーとその背景の連中のことを考えている暇はない。

 戦況はフィリエーナとクーガーに有利だ。

 ──このまま押し切れる。

 そうクーガーが手応えを感じた時だった。

「キシャアアアアアアッ」

 耳を劈く不気味な鬼猫の鳴き声と共に、鬼猫の影が形を成し、フィリエーナを“下から”跳び超えてクーガーに迫る!

「な──」

 クーガーは危険を察知し、咄嗟に彼の守護精霊に命じる。

「グローリー!」

 召還型の弱点は適性値40%という防御力の低さだ。

 故に、クーガーは防御を張ることよりも攻撃によってそれを相殺することを選んだ。

「噛み消せ!」

 赤き豹が、黒き猫をその牙で燃やし切ろうと一気に迫る。

 だが、黒き猫は本体の攻撃力そのままにグローリーを蹴散らす。

(しまっ──)

 ここに来てクーガーは、図らずも己の失態を悟った。

 この影は投擲のような牽制に類する攻撃方法ではなく、鬼猫そのもの、或いは鬼猫と同等近い力を有しているということに。

 それは即ち、フィリエーナに並ぶ程の力量がなければ、太刀打ち不可能ということを意味した。

 全ては後の祭り、クーガーの目の前には、既に黒き死神が迎えに来ている。

「アリエル!」

 間一髪の所で、黒き死神の牙を小柄な赤き天使が弾く。

 クーガーはかろうじて、グローリーと同じ、栄光を意味する名の天使によって救われた。

「クーガー。平気?」

「ああ、助かったよ」

 即座に炎を放つフィリエーナとクーガー。

 だが、劣勢は火を見るより明らかだ。

 鬼猫の本体にフィリエーナが守護精霊なしで挑み、影にクーガーと二体の守護精霊が対峙する構図。

 特にフィリエーナの消耗が激しい。

 フィリエーナ自身の知覚と守護精霊による知覚の二つを同時に得ることは戦闘ではよくあるが、それを常時行わなければならないのだ。

 その上、どちらかの攻撃の手を休めることを状況が許さない。

 攻撃型で補助を得意としないフィリエーナにとって、これはかなりの負担となる。

 それが分かっても、クーガーにはどうにも出来ない。

 そんな自分の力量が情けないという思い、それでも何とか今の状況を打破しなければという思いが、クーガーの胸の内を相互に駆け巡る。

(どうするッ。どうするッ。どうすればいい!?)

 クーガーが思案し答えを出すよりも速く、フィリエーナが一つの答えを出した。

「想いを逢わせて。金星 比翼連理!」

 顕現するは、響き合う片翼の双剣。変わらぬ心を誓う、永遠の証。

 その剣は、柄に金色の装飾を施した、二つで一つの両刃剣。

 それを見た表情は三者三様だ。

 クーガーは苦渋の表情。

 マクファーはニヤリと笑みを浮かべ、少年は信じられないという顔を見せる。

(当然だ)

 そんな少年の表情を、クーガーは場違いにも感慨深げに見遣る。

 きっと、初めてフィリエーナの『金星 比翼連理』を見たクーガーの表情も、ああだったに違いないと感じたからだ。

 フィリエーナは火の精霊術士であると同時に、金の妖精術士でもあるのだ。

 そしてそれこそ、フィリエーナが本家に疎まれる原因でもある。

「はあああっ」

 火力を増したフィリエーナが、鬼猫を畳み掛ける。

 その力は、当然の如くフィリエーナの守護精霊であるアリエルを補って余りある。

 クーガーは“それを”知っているからこそ、己の戦いに集中する。

「グローリー。行くよ、その名を掴むために」

 鬼猫の力は強大だ。

 フィリエーナの守護精霊が加勢してくれている今でさえ、クーガーにとっては厳しい戦いなのだ。

 だからと言って弱音は吐けない。

 フィリエーナの信頼に応えなくてはならないという強い意志がクーガーを支える。

 召還型の長所を生かした連撃で鬼猫の影を足止めにかかるクーガー。

 『金星 比翼連理』と、火の精霊術を用いて鬼猫の本体を仕留めにかかるフィリエーナ。

 不知火による上空支援と、巧みな駆け引きで徐々に狼男を追い詰める少年。

 勝利の天秤は、妖魔と術士で何度もその傾きを変える。

「がっ」

 その瞬間、勝利の天秤は地面を力ずくで削ぐような嫌な音を立てながら、またも傾きを変えた。

 鬼猫の影の攻撃に、とうとうクーガーが捕まったのだ。

 叩きつけられる勢いを殺しきれず、クーガーが身体で地面を抉って嫌な音を奏でながら滑る。

「ぐはっ」

 敵の攻撃と削れる地面がクーガーの脳を激しく揺らした。

「クーガー!」

 フィリエーナはその光景を、アリエルを通して鮮明に見た。

 それを機と判断したのか、マクファーが後ろも顧みず逃げに移った。

「な、マクファー! 待ちなさい! それでもリートリエルのっ、くぅ」

 鬼猫の攻撃がフィリエーナに容赦なく迫る。

 フィリエーナはその場を動けない。

「悪いな。俺はこの依頼が終わったら結婚を申し込む予定があるのさ」

 マクファーは結界を維持していた力も回収して、一気にその場を離れた。

 そんな中、クーガーは緩慢な思考で自身の状態を把握する。

(しまったな。左腕ごと肋骨を持っていかれたみたいだ)

 左腕が言うことを聞かない。

 身体を起こそうとすると上半身に激痛が走った。

「くっ」

 今度こそ、クーガーの目の前に、黒き死神が迎えに来ていた。

 フィリエーナが火と金を上手く併用出来ないため、アリエルの機能が落ちたからクーガーに負担がかかった、なんてのは言い訳にならない。

 フィリエーナは勿論、少年にもクーガー以上に負担がかかっていることを、クーガーは自覚していた。

 少年の特性はクーガーには分からないが、防御型のマクファーが短時間で痛手を受ける程の魔鬼を相手にしているのだ。

 これだけの時間を一人で捌いていることを考えれば、その負担がどれ程のものか、容易に想像出来る。

 ──それに比べて。

 クーガーは自分の非力さを笑う。

 これまでリートリエルの名に連なる者として精進して来た結果がこれか、と。

 敵を前に自己保身に走るような輩にさえ自分は劣るのか、と。

(凡庸な才能にしては、いい場所に就職出来たと思ったのにな)

 不思議と覚束無い頭で、そんなことを考えた。

(それももう終わる)

 ──悩む必要も、不安がる必要もない。

 自分の死は、もう目の前に迫っているのだから。

「クーガァー!」

 フィリエーナの悲痛な声が一気に波及する。

「不知火!」

 間一髪、少年の守護精霊がクーガーと鬼猫の間に滑り込んだ。

「きしゃああああ」

「────ッ」

 不気味な声と声無き声がぶつかり合い、互いを押し合う。

 クーガーの目に、幻想的な情景が映し出された。

 砕けても構わない守護精霊が身を削りながらも絶対に砕けるものかと、クーガーを護るために黒い闇と鬩ぎ合い、文字通り火花を散らしていた。

(何だ? これは……オレはまだ、生きているのか?)

 クーガーの目に、赤く温かい光が映る。

「輝け不知火!」

 突如不知火から放たれた視界を埋める眩しい光に、クーガーは確固とした意識を取り戻す。

「ぅぐあ」

 その途端激痛がクーガーを襲う。

 おかげで完全に目覚めたクーガーは、自分を護る二体の守護精霊に目を見張った。

 不知火が圧されながらも鬼猫の影と競り合い、アリエルが援護を行う。

 自身の守護精霊であるグローリーは、クーガーの側で指示を待っていた。

(さっきのは──、炎の光で意識の回復を促したのか? とにかく、こんな所で寝てる場合じゃ──)

 クーガーは何とか身体を起こし、自分の状態を確認する。

(いける。骨折はしてるが出血は少ない。頭を揺さぶられたけど、今はクリアになってる)

 何とか気力を振り絞り、クーガーは精霊を召還する。

「まだやれる。フィリエーナ! リンクだ!」

 今のクーガーにフィリエーナたちの助けになれることと言えば、もうそれしかない。

 リンクしてこの不利な状況を打破出来るかは、クーガーには分からない。

 だが、クーガーには自分の失態で招いたこの事態に消極的でいることなど、出来る筈もなかった。

(まだだ。オレはまだ足掻いてやる。自分を信じろ)

 クーガーの決意を籠めた眼差しが、真っ直ぐにグローリーを見た。


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