第二章 婚約騒動 肆
「気を失ったか」
緒莉子たちによって風術士たちが寝かされ、改めて四人と向き合う誓。
「ありがとう。助かったよ」
「どういたしまして」
「でもどうして」
「……別に」
誓の疑問に猛が顔を背ける。
「え~と、一言で言うなら、私たちも経験したから、かな」
それを見て仕方ないなもぅと緒莉子が答えた。
「経験?」
「やられた身内がその場限りとは言え何人か操られたからね。あれを、君の父親のゾンビを見て御三家の差し金だなんて思う奴はイカれてるよ」
そう律楼が何の繕いもなく口にすると──
「身内があんな風に使われてるってのに家の利益のために泳がせてる? バカ言うなって。しかも御三家の当主代表は炎導だろ。その現当主の伴侶だった人間なら尚更じゃないか」
猛も乗せられるように思いを吐き出した。
「猛君は気持ちの面で言ったんだろうけど、実際家の体面だってよくないよね。私ならそんな方針は取らないです」
「誰かを護るためでも他の誰かを陥れる嘘、よくない」
静かに、されどきっぱりと鉄。
「それと……、もう猛君、いい加減言ったら。そのために私たちまで後つけることになったんだから。結果的に好かったけど、先に言われてちゃってるし」
「?」
「あー、その……だな、アド──」
緒莉子に促された猛が歯切れ悪く言いかけ、誓はその言葉にピクリと反応するも──
「ふざ、けんな……っ!」
序盤にぶっ倒されていた先輩の一人が、怒りと罵声を携え立ち上がった。
「俺の友人は、俺の目の前でお前の親父に殺された。操られてた? そんなの関係あるか!」
「「……」」
「全くですね」
あろうことか肯定する誓。
「お、おい遠藤」
だが──
「炎導境悟は数年前に世界を震撼させた魔帝、赤熱皇帝アポロニガ討伐の際、既に死んでいます。それが公式見解です。だから、あなたの友人が炎導境悟を真似た偽者に殺されようと……」
先輩を強い意思で見据える。
「そんなの俺には関係ありませんよ」
そして告げた。
「うるせえ。うるせえうるせえうるせえッ!」
きかん坊のように駄々をこね、気炎を上げる先輩。
「いい加減にしろよ先輩」
そこに猛が口を挿む。
「復讐なんて格好悪いとか、そんな間抜けなことは言わない。復讐なんて格好悪いものさ。それでも成し遂げたいなら突っ走ればいい。だけどな……」
いい加減認めろと相手を睨み付ける猛。
「あんたのは、復讐にすらなってないんだよ!」
そうして先輩たちが目を逸らしている事実を突きつけた。
「……ッ」
「確かに、な。でも、そう上手くコントロール出来れば苦労はないさ」
「遠藤君?」
誓が一歩前に出る。
「来なよ。俺の守護精霊が再召還可能になるまで後10分ちょっと。その思いの丈のありったけをぶつけて来い。俺が……、炎導誓が受け止めてやる」
「遠の字」
「いやいや受け止めるってお前……」
鉄は心に響いたのか誓を尊重してその場にとどまって傍観の構え。一方、律楼は何言っちゃってんのとばかりに呆れながらも心配する。
「バカが、守護精霊も使えないくせにナマ言ってんじゃねえええ!」
自らも守護精霊は既に砕かれているのを棚上げし、先輩が感情のままに突っ込む。
右の掌に集めたバレーボール程の大きさの水球。
それを接近してぶつけ、至近距離から水刃や水弾に変えて放つ腹積もり。
相手が防御型の石動ならともかく、ブースト切れでデメリット背負っている誓であれば、そんな散弾でも充分に結果は出せると、確信と共に右の腕を突き出す。
「果たせ。誓剣 愛火」
「「!?」」
「な、なんだそれ?」
一瞬怒りを忘れ、愕然と目の前に具現された、水球を受け止めたそれに慄く。
その現実から目を逸らしたいかのように、反射的に先輩は右腕を引いていた。
「何って、見れば分かるだろう。俺の妖精具さ。炎導家の次期当主候補が妖精具を出すのが、そんなに不思議か?」
「ふ、ふざけんな。なんだよそれ、なんなんだよお前!!」
「炎導誓だよ。そうと知って襲って来たのはそっちだろう」
震える腕を隠すように水の鎧を纏い、改めて力を込める先輩に対し、いっそ清々しい程に嘯く誓。
「クソッ。俺はSクラスの精霊術士だぞ。それが年下の妖精術士に歯が立たないなんてバカな話が、あってたまるか!」
「別にバカな話じゃない。最大値も戦闘経験も相手が上なら、寧ろよくある話さ。というか──」
誓は相手の猛攻を淡々としのぎつつ、精神の不安定さから逃げるように思考が攻めに傾いている、いい加減ザルに過ぎる守備の穴を突く。
「デメリットが駄々漏れですよ」
「いっ、つぅ。このヤロッ」
「精霊術は精神的な影響が大きい。プラスにもマイナスにもだ。そのマイナスをまともに制御出来ないでいるのに先輩面されても、ね」
最早完全な稽古である。
「つ、強い」
「精霊術のアレも飛び抜けて凄かったけど、こっちは地に足がついた強さを感じます」
猛と緒莉子が素直に感想を口にする。内容に差があるのは素直に語彙力の差だ。
「自分が強くなって初めて輪郭を掴める相手の強さとは違って、相手が弱くなって初めて輪郭を掴んだ相手の強さってことか。キッツイねこれは。覚醒してこそ最強枠だと思ったら覚醒せずとも最強枠だったって訳だ。前者は全日本版で後者がアンダー19版の違いはあっても、そんなの、それこそオレたちには関係ないしな」
「だからこそのハイリスクハイリターン」
続けて律楼と鉄。片や「あーやだやだ」と軽く、片や静かに重低音を響かせる。
「これは、ライバル視している赤口さんが可哀想になるくらいですね」
「最大妖力値34000強。年齢理想域」
「学園にいる最大の先輩は希少型で合計適正値高めだから、その辺多少有利だしね。そう考えたら、遠藤も充分最大だ」
結の最大霊力値は4万強。
その結の道化型は希少型の枠組みだから合計適正値360%で、誓の万能型は特殊型の枠組みだから合計適正値300%。
概算、それも机上論になるが、成長のベース差が1.2倍なら、成長加減もそれに則る。
詰まる所、仮に誓が希少型だったとしたら今の結に引けを取っていない筈、と律楼は言いたいのだ。
無論、あくまで誓の最大妖力値で考えたらの話だが。
「ハァ、ハァ。ち、くしょう。なんでお前は生きてんのにあいつが死んでんだよ」
「いや、だから──」
未だに見当違いな言葉を放つ先輩に、律楼が思わず口を衝くが──
「なんで俺は生きてんのに、あいつが死んでんだよおおおおっ」
心からの悲痛な叫びにその先が止まる。
「クソッ。クソッ。なんで俺はこんなに弱え。なんで俺は、こんな──ッ」
子どもが泣きながら行き場のない想いをぶつけるように拳をあげる。
何度も、何度も、何度も何度も──、目の前の決して砕けない壁に叩きつける。
「強く、なりてぇ」
そして遂に顔を覆うように膝から崩れ落ちた。
「強くなりてぇッ」
「……なれるさ」
何処か見たことのある情景に、誓はいつか掛けられた言葉を思い出す。
「お前らみたいな上位次元密度の低いお子様は弱くて当たり前だ。泣くほど悔しいと思うなら生きて、生きて強くなれ」
──そしていつか、実力で俺の死を越えて行け。
「ある精霊術士の受け売りだ。口は悪かったけど、俺の知る限り、最も高潔な神炎使いだよ」
きっとあの出会いがなければ、自分は鈴風以外との精霊術士とまで手を取り合おうなどとは思わなかったかもしれない。
そう誓が考える程に、それは誓の未来を大きく左右する出逢いだった。
「精霊術士の神炎使い? その人は──」
「死んだよ。昔、二流に上がって、少しは強くなったと思いあがってたガキ二人がいてね。子守をする気はねえと言いながら一緒に魔王の団体とやりあって力尽きた」
「く、くく、何だよ。お前も、それだけ力があるお前までお子様かよ。これじゃ、同属嫌悪と知らずにやり合ってるただのガキのケンカじゃねえか。あーあ、一気にやる気失せたぜ」
顔を覆ったまま地面に仰向けに倒れた先輩から力が抜ける。
「……悪かったな。行けよ。せいぜい先に大人の階段上っとけ畜生が」




