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第一章 ボーイメットガール? 弐

「──という訳で、彼女を俺の三人目の婚約者として炎導に迎えて下さい」

「……」

 炎導家の当主であり母親でもある静を前に、つい先日二人も婚約者を迎えたこともあって、やや気後れしながら環参入の件を申し込む誓。

「いいでしょう」

「っ。ありがとうございます」

 すんなりと降りた許可に驚きつつも、きちんと当主への礼を取る誓。

 環も誓に続いた。

 そんな二人に静が口を開く。

「これは由紀さんや結さんの時にも言ったことですが、互いの行動が互いへ影響を与えることをお忘れなきよう」

「「はい」」

「環さんの部屋はすぐに用意させましょう。私からは以上です。下がってよろしい」

「ありがとうございました」

 扉を閉じ、一息つく。

「ふぅ」

(やっぱり、母さんも魔術結界の脆弱性は憂慮してたのかな)

 炎導金城の主要メンバーが集まる夕食の場、そこで環を紹介する前に──。

 誓は先に自室へ由紀と結を呼び出し、事情を話した。

「にゃるにゃる。ウェルカムマキちゃ~ん」

「きゃ、結お姉様」

「にゃははは、以前のお返しだよぉ。ぷにぷにぃ」

 結が早速環とじゃれ合う。

 これは誓の予想の範囲内。

 そもそも、結との婚約関係は形だけのものだから、新たな婚約者の加入においても心配はしていなかった。

 寧ろ、問題は──

「由紀。先に相談出来なかったのは悪かった。ただこっちも余裕がなかったというか、急展開だったというか──」

「構いませんよ」

 穏やかに、温かな春の訪れの如く微笑む由紀。

「いいのか? 俺が言うのもなんだけど、怒っても……」

「誓様の一番、正妻は私ですから。側妻の2人や3人と言わず4人に5人くらい、いえ、例え10人だろうと、一向に構いませんよ」

「10人って……」

 側妻とは、術士の妻に用いられる言い回しである。

 側室や妾と違って、法に則った正式な妻ではあるが、正妻──つまり一夫多妻において最も主だった妻──ではない。

 そういう意味で、側室や妾とは区別して用いられる。

「あら、結構言うじゃない」

「ええ。立場も気持ちもありますから」

 勝気な笑みを浮かべる環と、穏やかに微笑む由紀との間で、目には見えない熾烈な稲妻が弾け飛ぶ。

「にゅふふ。女の戦い勃発! 誓の明日はどっちだ! ポックリもあるよ」

「ありませんからっ。楽しんでますね結先輩。一応あなたも当事者なんですが」

「まぁ私は今の所、誓とはそういぅんじゃないしねぇ」

 確かにと相槌を打ちながら、一先ずこちらはどうにかなったなと胸を撫で下した。



 ダンッと、夕食の席で食卓を叩く音が響いた。

「俺は反対です。いつから炎導家は火の精霊術の家系になったんですか!?」

「勝利」

 叩いたのは誓の従兄弟である遠藤勝利。

 誓と同じ直系である。

「あらあら。な~に、火の精霊術士が一人や二人増えたくらいで炎導家のヒエラルキーが転覆とか考えてる訳? 御当主様は揺るぎなかったけど、まだまだ子どもね。自信ないのボク?」

 初の顔合わせだというのにまるで臆さず、環が嗤う。

「なん、だと。もう一度言ってみろ」

「弱いのは分かったからもう吠えなくていいわよ。ボクちゃん」

 怒気を飛ばす勝利相手に余裕の態度を崩さない環。

「上等だ銀髪。どっちが上かはっきり──」

「くく、やめとけよ勝利。その女結構強いぜ。騎士道精神的なテメエの正々堂々なら分もあるだろうが、邪道も卑怯も正々堂々と捉えてるような女だからなそいつは。テメエの手には負えねぇよ」

「拓真」

「他人事ならともかく、自分のこととなると甘さが出るリートリエルとなら、テメエに分がありそうだったがな。だから、ま、そいつと戦うのは止めとけ。実力云々の前に、テメエの思う勝負の土俵にはならねぇからよ」

「……」

 普段から誓贔屓で、やや勝利を見下している感の強い拓真の意外にも真っ当な忠告に、勝利が少し冷静さを取り戻して沈黙を選ぶ。

 無論、拓真にもそう告げるだけの理由はあった。

 拓真が思っているモノとは別にして……

 誓。拓真。勝利。

 炎導金城では、この3人は殆ど同格として扱われている。

 つまり、勝利が誰かに敗北を喫するということは、金で第七位の拓真自身は勿論のこと、火で第三位の誓も含めたその土台に傷がつくということ。

 考えなしの真っ向勝負で下手を打たれては困るのだ。

「実際、下準備を必要としても空間転移は強力。音速移動の魔王も避け切れずに一撃貰ったくらいだし。攻撃手段が誓のものじゃなくなったとしても、力量差の小さい相手なら一発逆転は難しくない」

 お茶で一度喉を潤し、美姫が淡々と所感を述べる。

「「……」」

 美姫の言葉に皆が一度考える素振りを見せる。

「我々炎導金城としては将来性のある魔術士を獲得できたんだ。これからを考えれば、そう悪い話でもないと思うよ勝利くん」

 そんな中、拓真の兄である秀一が、穏やかでありながら力強い声音を響かせた。

「それに結ちゃんが入ってからというもの、多くの炎術士たちの目の色が変わった。精霊術士に負けてなるものかとね。誓くんは最初から身内な上に妖精術も使えたし、今までは少しなあなあとした雰囲気もあったけど、いい発奮材料になったんだろう。けど結ちゃんは第八位を戴くランカーだからね。若い世代の発奮材料として“少し格下”の術士の存在はありじゃないかな」

 含みを持たせて、秀一が勝利に視線を送った。

「秀一さんがそう言うなら」

 秀一の言い分に気をよくして勝利が矛を収める。

「それにしても強力な陰陽師に火の精霊術士、そして将来有望な魔術士か。流石は誓くんだ。うちの弟にもちょっとは見習って欲しいくらいだよ」

「人のこと言えんのかよ」

 実の兄へと、気軽に悪態を吐く拓真。

「空しい反感はやめるべき。クール兄様は西の水記じゃ引く手数多。もしバカ拓が金城の当主を継ぐなら倍率ドン。分の悪い賭けで泣けてくる」

 金生水。金は水を生む。

 もし、秀一が金城を継がないのであれば、水術士の家系である水記にとって有り難い入り婿となるだろう。

 金城とのパイプも太く出来るし、一石二鳥である。

「おい性悪女。どうやら今夜の練習でひぃひぃ泣かせて欲しいみたいだな?」

 拓真の挑発を軽く流して、美姫は何事もなかったかのようにお茶を飲む。

 炎導金城では見慣れた、よくある光景だ。

 強力過ぎるが故に本気を出せない拓真と、本気でなくても鬼畜な美姫では結果など目に見えているからである。

「美姫ちゃんは相変わらず手厳しいね」

 今の発言の真意に、いったい何人が気付いただろう。

 秀一が弟の拓真こそ当主に相応しいと考えていて、様々な可能性を残していることに。

 それを察した上で、分の悪い賭けと言った美姫の鬼畜さに。

 表向き拓真を攻めていながらも、裏では秀一をも攻めたその二重口撃に、秀一は舌を巻いた。

 拓真より自身の方が次期当主に相応しいと、そう数年前まで秀一は考えていた。

 だが──と、秀一は一見何処にでもいそうな平凡な少年──、誓を盗み見る。

 秀一から見て年下である誓を先頭に、申し合わせたかのように集まる戦力。

 それはまるで、炎導の先代当主の時のようではないか?

 ならば誓の隣に並び立てる人物こそ、金城の当主に相応しい。

 いや、いずれ強大な敵と戦う時のためにも、金城の当主として炎導の当主を支えなければならないのだと──。

 そう、ある種予感めいたものを秀一は感じていた。

 勝利の姉であり、秀一にとっても姉と言える結花も似た見解を持っていたことで、それはより大きなものとなった。

『ああ、秀くんも? 私もねー、境悟様に似たオーラ感じるっていうか。正直、誓くんが帰って来た時、一瞬境悟様かと錯覚しちゃったくらいだから。自分でもそんなバカなと思うんだけど、未だにこの感覚が消えないのよねー。多分だけど、境悟様超えるんじゃない? 上手く言えないけど、まだ芽が出せないだけで、それだけの種はもう持ってる。そんな気がする』

(種か──)

 果たして彼女たちはその種を芽吹かせる土壌や水、肥料に陽の光となってくれるのか。

 そして自分はと──、今後に思いを馳せる中、室内時計の針が音を刻んだ。



 夕食後から暫しの時が経ち──

(ふふふ……、このまま終わると思ったら大間違いよ)

 時計の針が二十三時に差し掛かる頃、まだ明かりの点いている誓の部屋の前に一つの怪しい影が差した。

 その影は部屋の中に一人しかいないことを熱で感じ取ると、我が意を得たりと瞳を輝かせて勢いよく襖を開く。

「誓くん今夜は寝かさな──」

 しかし、影の──環の予想に反した部屋の状況に言葉が止まった。

「──んであなたがここにいるのよ? っていうか誓くんは?」

 そして不満も露に、誓の部屋の中にいた人物──由紀に尋ねる。

 わざわざ布石を打ってドッキリを狙っただけに、その反動は隠せなかった。

「誓様でしたらいつものようにまだ訓練中ですよ。そして私は、昔から誓様の部屋へいつでも入っていいとご本人から許可を得ています。誓様は何かと部屋を空けることが多いので」

 誓の部屋のちょっとした掃除や整理整頓は、既に由紀の日課となっている。

 誓としては、美姫や妹たちから受ける悪戯による被害より、由紀に世話を受ける恥ずかしさを取った形だった。

「いつものようにって──。今何時だと思って」

「出動の無かった日はいつもこんなものですよ。誓様は別として、御三家の柱石が動くことは滅多にない……とまでは言いませんが、そう多くありませんし。もう三十分もすれば訓練も終わると思いますが、よろしければご覧になってはどうですか?」

 由紀に言われたからではないが、純粋に誓のことが気になってそちらへ足を運ぶ環。

(結界──。ここね)

 傍から見ればただただだだっ広く地面が拡がるだけの開けた場所へ入った瞬間、環の肌に熱くも冷たい、一言で言うなら嫌な戦慄が走った。

「踏破せよ。騎竜 伽藍」

 ロボットアニメよろしく、中に搭乗者のいる鋼鉄のトリケラトプス。

 硬い防御力で押し潰す超重量級の破壊の権化が、炎で埋まる戦場を氷上のスケート選手のようにいっそ軽やかに駆け──

「描け。仙根 円牙」

 その超重量級の突撃をかわした少年に、炎の根が現実のキャンパスに炎の弧を描きながら打ち付けられる。

 手にした柄の長い片手剣で根を受けた少年は、勢いまでは止められずに立ち昇る炎で彩られた地面へ叩き付けられた。

 非術士ならば、即座に外見も中身も熱でやられているだろう空間で対峙しているのは三人。

 金の国内ランキング第一位、黄金の金城要。

 火の国内ランキング第二位、神炎の炎導大悟。

 その二人のリンクに対する少年は、同じく火の第三位、炎導誓。

「っていうか、何これ。相手になる訳ないじゃん」

「そうですね」

 現状を見て取った環が素直な感想を零すと、結界を入ってすぐ隣にいた少年の母親に冷静に返された。

「あんたたち頭おかしーわよ。誓くんの第三位はブーストあってこそでしょ。なのにブースト切れのデメリットバリバリで神領域二人を同時に相手するなんて、こんなの訓練じゃないわ」

 神領域の者は全適正値が倍になる。

 その上、霊質の密度は誓の三倍以上。

 リンク人数を増やすことで力を増して行く妖精具を持つ誓独りでは、防ぐことすらままならない。

 頼みの精霊術による適正値と最大霊力値のブーストは、時間切れで元の四分の一に戻っている。

 しかも守護精霊は、特異能力の反動で充電中に入っているため、呼び出せない。

 誓がまた吹き飛ばされ、地べたを転がる。

 経験の賜物か急所こそ外しているが、内部的ダメージは勿論、見た目もあちこち傷だらけで痛々しい。

 環が一歩踏み出す。

(こんなの、ただの弱い者イジメよ)

「これがあの子の望んだことでも、止めますか?」

 言われ、環はそれに気付いた。

 このような状況下であるにも係わらず、誓の瞳は力を失っていない。

 まるで自分に足りない何かを確かめるかのように、決して勝てそうにない相手へと向かって行く。

「……こんな一方的な展開に、誓くんが意味を見出してるとして。それは何?」

 彼我の戦力差は絶大。

 策を弄してどうにかなる状況とも思えない。

 こんな絶望的な状況下で、いったい何を求めて訓練しているのか。

 どんな深慮遠謀な言葉を聞けるのかと、固唾をのむ環だったが──

「さあ、何でしょうね」

「は?」

 返って来たのは、いっそ清々しい程に中身のない言葉だった。

「私たちも、この先が知りたいのは間違いないことなのですが」

「ちょ、ちょっと待って。未知を求めるのはいいわ。でもまさか、御三家の名高い神領域が揃いも揃って、そこに近づいているかどうかも分からない、明日の成功に繋がるかも分からないミスを繰り返すような無茶な訓練をさせている訳じゃないでしょうね」

 環は魔術士だ。

 取り返しのきく失敗なら幾らでも積み重ねて来たし、未知や成功を求めるとはそういう失敗の積み重ねの先にあると考えている。

 だから、失敗を失敗と判断できない状況が嫌いだ。

 それでは成功に繋がっているか分からない。

「いえ、その通りですよ。何せそこに至る道筋がまるで分かっていませんから。であれば、本人の意向に沿うのが一番でしょう」

 だと言うのに、目の前の神炎使いはあまりにもあっさりと無智を認めた。

「道筋がまるで分かってない? 神領域の術士たちが? それって──」

「あの人はこう言っていましたね」

 誓にその姿を重ねているかのような眼差しで、静かにその名称を口にする。

「炎導の──士」

 熱風と轟音が、結界内で木霊した。


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