第七章 竜飛の影光 玖
気絶した拓真の御守をフィリエーナとクーガーに任せ、身体を横たえる獅子王をソファ代わりに仮眠を取って帰るための魔力回復に努める環を尻目に、誓は美姫を伴って結の後へと続く。
舗装された道などない長い竹林を抜けた先に、その建物はあった。
結が扉へ手をかざし、精霊を召還すると扉が開き始める。
(精霊術士以外では開けられない扉か、まあ多少の時間稼ぎにはなるな。尤も、結先輩を操ってた今回の相手じゃ意味なかっただろうけど)
「魔王を倒したか。よくやったな竜飛影斎」
結に続いて中の広い空間へと入ると、大勢の術士たちに囲まれるような形で竜飛の重鎮らしき者たちがいた。
周囲の術士の人数や年齢を考えれば、非戦闘要員は既に退避という名目で外しているのだろうと予測がつく。
「しかし他家と──、しかも妖精術士の御三家と協力してやっととは」
結から強制的に情報を得て調べていた者たちが、誓の顔を憎々しげに見遣る。
「そうだ。貴様の立場を忘れるなよ」
「まあまあ皆さん。相手は魔王でしたし、今回は大目に見てやってもいいでしょう」
自分たちは安全な場所にいながら、いつも勇敢に戦ったという名目欲しさに後方待機しているような連中が、上から言いたい放題言ってくる。
(そんな名目が通じるのは身内くらいなものだろうに)
「戦う気概もないヒッキー共が寄り集まってキャンキャンとよく吠える。ワンワン」
誓の心の内を代弁するように、美姫が竜飛家を嘲笑う。
「何? ……オホン。いくら御三家でも我々の問題に口を出し、あまつさえ非難がましい侮辱をすることは──」
「黙れ」
厳かに言葉を発する重鎮の声を、桁違いの霊力を当ててぴしゃりと遮る。
「勘違いするな竜飛。魔王を仕留めたのは御三家であって、竜飛影斎はあくまで救助された側に過ぎない」
「な──」
言葉を発しようとする者を、一睨みで黙らせる。
「よって、我々御三家は竜飛家に対して、魔王からの救助金二億を請求する。言っておくが、これは俺の独断ではなく御三家の総意だ」
正確には炎導金城両当主の賛成しか貰ってないが、それだけ揃えば嘘とも言えないだろう。
「バカな! そっちが勝手に助けておいて救助金を請求するなど。しかも二億だと」
「妖精術士がふざけたことを」
竜飛家の術士たちが殺気立つ。
しかし、魔王相手に殺しあった者たちにとっては、たわいもない殺気である。
「早合点は止して貰おう。これは我々御三家と竜飛家の今後の友好を築くための献金でもある。そちらとしても悪い話ではないだろう?」
受けないでくれたらよりありがたいという思いを隠し、誓が笑顔すら浮かべて友好の手を差し伸べる。
「何処がだ!」
「鈴風のような尻軽と一緒にしないでもらおうか。竜飛には精霊術士としての矜持がある」
「そうだそうだ!」
予想通りの反応に、心中でガッツポーズ。
「なるほど。つまり、今後もこちらと手を組む気はないと?」
最終確認とばかりに、誓は竜飛家の当主へと返答を求める。
「無論だ」
「一昨日来やがれ妖精術士。お呼びじゃないんだよ!」
当主の決定に、周りの若い術士たちが活気づいた。
「交渉決裂ですね。──残念です」
そして、実は先ほどから着信が続いていた携帯を、今まさに掛かってきたかのように手に取る。
「失礼」
『誓様。例の方と例の物を確保致しました。例の物の効果も確認済みです。後数分もあれば炎導金城の敷地内へ入ります。追っ手も見受けられませんし、気付かれた様子もありません』
「ありがとう。それじゃ家で会おう。こちらもすぐに帰還する。本当に助かったよ」
由紀に重ねて礼を述べ、通話を切る。
「それじゃ俺たちはこれで──。一緒に帰りましょうか、結先輩」
「誓?」
自然と手を取った誓に、困惑顔を向ける結。
「何を言っている。その娘、竜飛影斎は我々のものだ」
「そうだ。こちらへ来い竜飛影斎。分かっているだろう」
「ッ」
竜飛家の重鎮たちが、竜飛影斎を放すまいと絶対的な言葉を掛ける。
そして結は、その言葉に逆らえない──。
知っていた。
「あなたたちこそ何を言っているんですか?」
だから、ここで切る。
最大を解放するべく、最悪の呪縛を──。
「どういう意味だ?」
「竜飛影斎は難病を抱えた母の治療を条件に縛られているんです。幸か不幸かもう快癒の手段が見つかってしまいましたが、彼女なら一層励んでくれるでしょう。元気な母のいる御三家で、竜飛影斎ではなく片倉結としてね」
「!?」
「な!? 本当なのか!」
事情を知っている竜飛家の若い術士たちが、快癒の手段の発見に驚く。
そして──
「いや参りましたよ。誰が作ったのか知りませんが、妖魔の細胞を混ぜた薬物による人為的な病気だったとはね。歴代の竜飛影斎の身近な人間も何故かこの難病を抱えていたようですし、さぞ苦労したことでしょう」
「何故それを!! 病気はまだしも治療薬は我々竜飛の中枢人物しか知らない筈」
「ば、バカ者ッ。そんなことは言わなくても竜飛影斎の母親がこちらの手にある限り、本当に治るかどうかも分からない薬など──」
「こ、コラ! そもそもそんな治療薬の存在などワシらは知らぬじゃろう? のう?」
「そ、そうだ。知らん知らん。ほぼ寝たきりで動かすだけで危険な母親も、移動出来るものならしてみるがいい」
語るに落ちた竜飛家の重鎮たちを汗ダラダラで抑える重鎮たちに、事情を知らなかった若い術士たちの間へ動揺が走った。
「そうですか。では正直今更ですがそうさせて貰います。そうそう、薬の効果はばっちりでした。ああでも、その薬は竜飛家の敷地内にあったとある場所から頂きましたが、別に構いませんよね? そんな薬なんて知らないようですし」
「なぁあ!?」
「く……き──」
全ては後の祭り。
幾ら風使いを抱える御三家だろうと、手を打つのはこちらの方が早いと高を括っていた重鎮たちは、実行後の三文芝居に付き合わされた敗北感で、遂に何も言えなくなった。
「この……、外道共がッ」
誓たちの学校の生徒会役員であり、結の幼馴染でもある涼介が、身内の非道にキレて重鎮たちへと殴りかかる。
「ぐへぁ」
「涼介! 落ち着きなさいッ」
その内の一人が綺麗に宙を舞った所で、同じく誓たちの学校の生徒会役員であり、結の幼馴染でもある明日香が、共感しても立場上止めなければならないと、泣きそうな表情で涼介を後ろから抑えにかかった。
「いくら明日香様のご命令でも、こんな無体を働く不逞の輩が竜飛の中枢など、我慢出来るものではありません!」
涼介の行動に触発されたのか、似たように正義感で暴れ始めるものたちと、それを抑えるものたちとで場が混然となる。
なんだかんだで、術士は正義感が強く育つ傾向にある。
特に若い内はそれが顕著だ。
若い術士たちが竜飛家では力を持て余していたこともあって、ここぞとばかりに壮絶な世代間喧嘩を始める。
幾つか攻撃が飛び火するが、美姫が『鎧布 流転』でそれらを楽々と防ぐ。
土剋水。上位次元密度の高い精霊術ならともかく、この程度の水の精霊術の流れ弾が優位属性にある土の妖精術の理に逆らえる筈もない。
「クソッ。行け結! お前はこんな腐った竜飛に縛られるな!」
巻き添えを恐れた重鎮たちにより明日香が離され、他の者の手によって地に押さえつけられながら、涼介が叫ぶ。
「涼介……。にゃはは。うん、行って来るよ」
いつか違う形となった故郷へ戻るだろうと思いながら、結は誓と共に喧騒を後にした。




