第一話 日溜まりの笑顔 第二章 火生金
否、良く見れば、天使の正体は金髪を夕日で染めた少女とその守護精霊で、野獣の正体は妖魔──魔鬼クラスだ!
誓は素早く状況を分析する。
相手は魔鬼クラスが二体。
少女と交戦している魔鬼は、爆弾並の破壊力と瞬発力を持つ鬼猫だ。
妖魔の中にあって、かなり手強い部類に入る。
もう一体は、見た目狼男のような体躯だ。
こちらは再生能力が高く、生半可な攻撃では倒せない。
どちらの大きさも二メートル近くある。
魔力でコーティングされた爪の破壊力は、熊とは比べ物にならない。
(とりあえず、こっちの探している妖魔ではなさそうだな)
誓たちの探している妖魔は、魔鬼クラスのゾンビっぽい妖魔とそれを操る何者かである。
動きの速さはともかく、目の前の魔鬼たちのように複雑な動きを行わないことと、どす黒いオーラを纏っている点からゾンビっぽいと評されている妖魔たち。
やはり、目の前の魔鬼たちは違うと断じていいだろう。
魔鬼クラス二体に対して、天使改め金髪少女には仲間が二人。
三人とも守護精霊を使役しているので高位の術士だ。
高位の術士かどうかは、妖精術士であれば妖精具を、精霊術士であれば守護精霊を扱えるかどうかで判断出来る。
妖精具も守護精霊も根本的には大きな力の結晶だ。
それらを集約して形に成せるかどうかが、三流と二流の分かれ目となる。
魔鬼クラス二体に対して、高位の精霊術士三人。
間違いなく、術士側が不利である。
三人共が一流の精霊術士なら何とかなるかもしれないが、誓の見た所、少女以外は二流レベルだった。
それも一人は、ぎりぎり二流といった有様だ。
フォーメーションは、少女と二流術士がそれぞれの力量に合わせて一体の魔鬼を受け持ち、ぎりぎり二流術士が後ろから援護の形。
(──ダメだ。そんな甘い考えじゃこの状況は切り抜けられない。強い方の魔鬼を少女が引き受けるのではなく、弱い方の魔鬼を少女が引き受けるべきだ。例え、それで少女が魔鬼を倒す前に二流術士が深手を負っても、一対二の方がまだ可能性がある)
現状でも形は一対二になっているようだが、実際は違う。
問題はぎり二流術士の援護にある。
状況に合わせて両方に援護を入れる心掛けは立派だが、実力が伴わず、そのせいで十分なフォローが出来ていない。
そのため実質一対一と三分の一程度にまで成り下がっている。
このままでは徐々に押し切られる。
ならどうして誓は援護に行かないのか。
それには勿論理由がある。
妖精術士と精霊術士は、実のところ、世界規模で犬猿の仲だ。
例外もあるだろう。
でもせいぜいが、全体の一割程度である。
全体の九割は漏れなく仲が悪い。
下手に助けに入れば、この上ない侮辱として捉えられてしまう。
いや命の危険を前にして侮辱も何も……と思う訳だが、両術士のプライドの壁は想像以上に高くて厚い。
それに、少女たちの共通点は火の精霊術と外人という二点のみ。
友達や、部活の仲間とは到底考えられない。
少女たちが本拠地である本国を離れて活動出来る程の、格式ある家系に類する者たちであることは容易に推測出来る。
下手に動けば面倒事の確定フィーバータイムへ突入だ。
何せ誓は、日本を代表する火の妖精術士の家系にして妖精術士の大御所、炎導家の人間である。
それも直系──本家筋だ。
(参ったな)
それでもリンクを用いれば、少女たちがこの場から逃げられる可能性もなくはない。
リンクとは術士同士を繋ぐ見えない回路だ。
妖精術士なら木火土金水、違う種類の術士たちで最大五名。
精霊術士なら火水風土、同じ種類の術士同士で最大四名を繋ぐことが出来る。
これにより術士たちは互いの特性に則した恩恵を得る。
特性とは、術士の生来の術における適性のことだ。
術士の多くの者が当てはまり、基本型となる、攻撃型・防御型・補助型・召還型・特異型。
術士の十人に一人いるかどうかという特殊型が、武装型・基地型・陰陽型・遊撃型・万能型。
術士の千人に一人しか存在しないと言われる希少型で、天地型・幻影型・御子型・道化型・無双型。
これらはその型に応じて、術士の攻撃・防御・補助・召還・特異への適性値──パーセント表示──が定められており、リンク時の固有スキル──と術士は呼んでいる──も決まっている。
固有スキルと言うと聞こえはいいが、効果は適性値を増強するだけに止まる。
これは妖精術士も精霊術士も共通している。
例えば、万能型の誓がリンクした場合、固有スキル『象徴』により、リンクで繋がった全員の全適性値にプラス補正が掛かる。
残念ながら、リンクする人数が少ないと些細な効果でしかない。
だが、固有スキルは重複するため、仮に万能型の精霊術士が四人居たとすれば、全員の適性値は本来のオール60%からオール120%という全く隙のない値になる。
また、全員の攻撃値を上げる『猛将』を持つ武装型の妖精術士が五人居たとすれば、全員の攻撃値は本来の90%から290%という恐るべき値を叩き出す。
このように、ただ単にリンクする術士の数が増えるだけでも、驚異的なアドバンテージを得ることが出来るのだ。
(それなのに何故リンクしない? まさか──)
一見便利なリンクにも欠点がある。
それは互いの絆だ。
絆と言うと、若干青臭い感が否めなくもないが、要はある程度の信頼や情が必要という訳だ。
だからこそ、炎導と金城では子どもの頃から一緒に鍛錬を積ませたり、戦闘に一緒に出させたりして互いの絆を深め、少々喧嘩していてもリンクを繋げるように育てる。
事実、あんなにしょっちゅう喧嘩をしている拓真と美姫でさえリンク出来るのだ。
(どんなチーム編成だ。最低限の下準備もしてないのかッ)
個人の技術で劣り、チームワークも良いとは言えない。
これでは魔鬼を相手に勝算など見込めるべくもない。
(魔鬼は敵対者を見逃す程甘くない。まずいぞ)
「ぐああッ」
誓の予感を裏付けるように、遂に二流術士が痛手を負った。
我慢出来ずに距離を取る二流術士。
それを見て取った狼男は、追撃せずに少女の方を見る。
少女はそれに気付くも、目の前の鬼猫との攻防で手一杯で、講じる手段はなさそうだ。
それは当然、狼男も考えているに違いない。
現に、狼男は慎重に少女との距離を測り──
誓の脳裏で、無意識に在りし日の父の面影が浮かんだ。
(させるか!)
いくら誓がその道のプロでも、目の前で女が傷物になるのを黙って見ているだけなんてことは憚られる。
例え、それが両家の間にいざこざを起こす可能性大としても、同じ立場の時に誓の父親が助けを得られなかった過去を変えられないとしても。
「光り導け。不知火!」
顕現するは闇をも砕く不滅の炎。
その炎で彼方まで照らす、現実という名の海上の鳥。
その体躯は一メートル強。尾は更に一メートル。
不知火は誓の守護精霊だ。
妖精術士に妖精具があるように、精霊術士には守護精霊がある。
「飛べ!」
誓の意志に呼応して不知火が狼男に飛びつき灼熱の炎を吐く。
この機を見逃す誓ではない。既に掌に集めた火の精霊は、先の炎に費やした数の倍はある。
「穿て!」
そうして火矢を十数本放ち、また次の精霊を召還し、狙いを定める。
休む余裕などありはしない。
誓の精霊術士としての腕前は、現状この中で一番劣っている。
何せ、誓の現在の適正値は本来の万能型の適正値の僅かに四分の一、つまり15%しかなく、霊力値も同じく四分の一と飛車角落ちもいい所なのだ。
それを一流の経験と気合でカバーする。
「君は誰だ!」
だが、そんなことはお構いなしでぎりぎり二流の術士は当然のように問いかける。
(見りゃ分かるだろ!)
いちいち悠長に答えている余裕など、今の誓には無い。
「日本の精霊術士だ。手伝う!」
だから必要最低限の情報を述べる。
幸い、誓が炎導家の者とは気付かれていないようだ。
(好都合だ)
これと言って特徴のない顔立ちに、今だけは感謝する。
言葉の行き交う合間に件の狼男に肉迫し、炎弾を周囲より飛来させながら蹴りを放つ。
不知火の炎を受けても尚、次の火矢に反応して防御した狼男も凄いが、誓が炎弾を放った後に、それよりも速く攻撃してくるのは予測出来ず、蹴りをまともに貰う。
そこに炎弾が追撃。威力の低さは手数でカバーだ。
「不知火!」
更に不知火が羽根を放つ。
一枚一枚の威力こそ小さいが、幾百もの炎の散弾が狼男を攻め立て、尋常ではないダメージを叩き出す。
「凄い」
ぎりぎり二流術士は、突然入ってきた誓の戦いぶりに驚きを隠せなかった。
魔鬼クラスを相手に、並の術士なら逃げを打つだろう。
それを劣勢と分かった上で手伝うと言い、尚且つこの一気呵成ぶり。
何より、あの年で自分と同じ高位の術士に位置していることに驚いていた。
何せ、ぎりぎり二流術士の思考の中では、誓の年齢は実際より三歳程下に捉えられていたのだから。
「クーガー! こっちの援護を」
名を呼ばれて、ぎりぎり二流術士──クーガー=メルテロッサは我に返る。
名を呼んだ相手はクーガーの所属する火の精霊術士の本家のご息女にして、こちらも若くして高位の術士となった、フィリエーナ=リートリエルだ。
「分かってる」
そう言って術を錬りつつも、クーガーは誓の方を心配げに見遣る。
その戦い振りこそ上級者と言えるものだが、二流の割に霊力が低く感じられたためである。
(まさか、二流落ちなのか? それなら──)
「俺の方はいい。彼女の方に集中してくれ!」
その視線と意図に気付き、誓は口早に言う。
初対面の相手に援護されても上手くいく保証はない。
援護するのが一流の術士なら話は別だが、クーガーはぎりぎり二流レベルだ。
魔鬼クラス相手に命の懸かった状況では当てに出来ない。
正直な話、援護なしに加え、手の内を隠したままでこの狼男を倒すのは、妖精術を使えない今の誓では少々厳しいものがあった。
かと言って、下手な援護を受ける誓対狼男よりは、上手い援護を受ける少女対鬼猫の方が勝てる見込みは高い。
これは誓の賭けだ。
賭けに払うチップが自分の命、という点は実に笑えない。
(──頼むぜ)
分の悪い賭けと知りつつも、誓は目の前の戦いに集中する。
誓は万能型だ。
そして、様々な万能と名の付くものの例に漏れず、術士の万能型も何でも出来る反面、器用貧乏という欠点がある。
単純な攻撃力や破壊力、圧力に切断力、突破力などの力押しでは攻撃型に劣る。
防御や結界の堅さ、耐久力では防御型に劣る。
移動や索敵、強化や弱体に妨害と、サポート面では補助型に劣る。
妖精や精霊の召還速度、召還強度──他属性の妖精術や精霊術の影響の強い場所では、自属性の妖精や精霊の召還が難しくなる──、ここぞという場面での爆発力では召還型に劣る。
一発逆転や意外性、付加効力では特異型に劣る。
だからこそ、万能型の攻めは如何に相手の弱点を突き、同時に相手の土俵で戦わないようにするかが鍵となる。
勿論、相手と自分のレベルが離れていれば別だが、実戦ではそう上手いめぐり合わせは望めない。
誓は万能型の妖精術士として一流だ。
死線だって潜り抜けて来た。
相手の弱点を突く戦い方は並じゃない。
そのことをあまり堂々と言えないのが、誓の悩みの一つとなっているのは内緒だ。
(相手の武器は機動力と再生能力。そしてそれを前提にした突進力からの連携攻撃。魔力はそれを強化するタイプ。搦め手は無い、か?)
ならばと、狼男が後ろに跳び、威嚇として吼えている間に、誓は早速行動に移る。
「餓鬼がああッ。調子に乗るなあああ!」
「──」
狼男の激昂を冷静に鋭く見遣る誓。
敵に掛ける言葉など今は必要ない。
敵より言葉を掛ける相手は他にいる。
(──精霊よ。猛る心を力に。静かなる闘志を牙に。我が意志を概念とし具現せよ)
「燃やせえええッ」
火の精霊が、空から高速で這い寄る八体の蛇となり、猛る炎のあぎとを開いて一斉に襲い掛かる。
狼男は、驚異的な反射速度でその五つを撃ち砕くも、残す三つをその身に受けた。
「ふはははは。先の攻撃より、数も威力も、速度も、精度さえも衰えているぞ!」
炎をその身に受けながらも、狼男は豪快に誓の力量を笑い飛ばす。
威勢がいいのは最初だけか──と。
「──」
相変わらず、誓はそれには応えずに適度な距離を取り、次を狙う。
(三つも与えた。上々だ。それはさっきまでの炎とは違う)
「なっ──にぃ」
そうして、狼男は遅れてそれに気付く。
「馬鹿な。この炎はあ!?」
そう、誓が放ったのは対象をただ攻撃するだけの炎ではない。
燃やし続ける炎なのだ。
普段は相手の魔力によって燃えが続かず広がらない炎も、それに特化させれば限られた時間ではあるものの、相手の魔力に反発して燃え続けさせることが出来る。
狼男は再生能力に優れ、防御力が高いように思われがちだが、実際に高いのは再生能力に拠る耐久力であって、防御力ではない。
とは言え、最初から燃え続ける炎で攻撃したのでは、敵の魔力で弾かれ、内部はおろか外部にさえ大したダメージを与えられない。
故に、不意の連撃で内部まで届くダメージを与え、そこに攻撃力の劣る燃え続ける炎をお見舞いしたのだ。
(これで判断力、瞬発力を鈍らせ、再生能力も相殺した。防御力も衰える筈)
新たな炎を放ちつつ、誓は状況を分析する。
「貴様あああっ。殺す。殺す。殺してやるぞおおおっ」
(それでも向かってくるか。強いね)
人間なら、戦意喪失どころか発狂ものだ。
「逃げるな! まともに戦うことも出来ぬかあっ」
「そっちの言い分だな。こっちは至ってまともに戦ってる。捕らえられないのはそっちの力量不足。まともに戦えてないのはそっちだろ」
初めて投げ返した言葉はチェンジアップではなくストレート。
プロのストレートは、バッターボックスの者には速過ぎる。
言葉のキャッチボールなど、この戦場には不要だ。
返すボールは死球に限る。会話を成立させる必要はない。
しかし、受け手もプロ級だ。
だからこそ、その死球をまともに受ける。
勿論、誓の言葉は意図したものだ。
相手を憤らせて、単調な攻撃を繰り返させるための、勝つための布石だ。
「餓鬼があッ。殺す殺す!」
とうとうぶちキレた狼男は、自身の攻撃に加え、守護精霊で上空から攻撃させることで何とか距離を保っているひ弱な術士を力づくで一捻りせんと、無闇に突っ込んで来た。
咄嗟に不知火でガードする誓に向け、貰ったとばかりに突撃する狼男。
時同じく、誓は宙で桜吹雪の如く儚く砕け散っていく不知火を見ながら冷静に間合いを離す。
「ぐふふ、次は貴様の番だ」
「そうかな? 不知火」
誓は当然のように守護精霊を再召還した。
「!?」
驚きが四方から返される。
それもその筈、守護精霊や妖精具は破壊されたら修復に最低でも一日を必要とする。
それなのに、破壊された筈の守護精霊をノータイムで再召還した誓。
しかも──。
「霊力が上がってる──。ううん、元に戻ってるの?」
そう、本来の僅かに四分の一だった誓の霊力値、更に適正値も今では本来の半分にまで回復していた。
「先に言っておこうか。俺の不知火は、三度転生する。それでも尚、不知火を破壊出来るかな?」
「っ」
(上手い。守護精霊を破壊する度に術士の能力が元に戻るなら、下手な特攻は自身の首を絞めるだけ。でも戦闘技術において彼の技巧は確実に狼男の上を行っている。長期戦ならどちらにも分があり、どっちに転ぶか分からない戦力差を描いての相手の思考と行動のかく乱。後は、こっちが鬼猫を倒してしまえば──)
誓の意図を察しただろう少女を横目に、誓は気づかれないように軽く歯噛みした。
そもそも、本来の誓の戦い方は、どんな場面でも扱い易く鍛え上げた妖精術を柱に、特異能力でかなりピーキーになっている精霊術を補助にしたものだ。
攻撃の柱となるものが無い上に、低速ギアだけでは王手は難しい。
現在は、数々の布石が功を成し、狼男の行動は実に御し易いものになっている。
(これなら何とか──)
実は誓の方が短期的には追い詰められている──とは、微塵も感じさせない見事な手前だ。
精霊を介して見る限り、少女の方は割と優勢だ。
(このまま行ってくれよ)