第七章 竜飛の影光 漆
一瞬誰の声か分からなかった誓は、その覚えのある声に、ここが戦場であることも構わず振り返ってその人物を瞳に捉える。
「約束したでしょ誓。この結ちゃんが助けに行ってあげるって」
誓の視線の先に、日溜まりの笑顔を向ける少女がいた。
「結、先輩……」
「にゅふふ。結ちゃんもやられっ放しじゃぁいられないからね。思ってた以上に回復して貰ったし、本気でいっちゃうよ。ね、フラウ」
「ガウガウッ」
身体の調子を確かめるようにその場で前宙した結が、前線へと心強い味方となって復帰する。
「な、何なのその守護精霊……。かわゆいー!」
「にゃぅ」
張り詰めた驚愕の表情から一気に緩んだ環が、結にガバッと抱きついて至近距離から瞳をキラキラさせてフラウを見つめる。
「ガウ~」
誇らしげに鳴くフラウは、アピールとばかりに小さく炎を吐いた。
「キャー!」
「た、環さん……。あの──」
「か~わぁゆ~い」
「マキちゃん! 悪いけど」
「もう分かってるわ誓くん。コホン……、お姉様って呼んでいいですか!」
ガクッと、誓の力が抜けた。
(気を取り直してそれかよ!)
「にゅふふ。フラウのよさが分かるとは見所あるね~。そんなマキちゃんには特別に許可してあげちゃおう。やったね!」
「はい! ありがとうございます結お姉様!」
「オホン。とにかく、最大の切り札、期待してます結先輩」
ここから反撃と、誓が場を仕切りなおす。
「この結ちゃんにまっかせなさい!」
少し恥ずかしそうな笑顔で胸を張る結。
「環さん。ちょっと試して貰える?」
「勿論よ。私と誓くんとお姉様との記念すべき初リンク、乗らない筈がないでしょう」
狙いが分からなくても、それが誓の提案なら賭けるに値すると、環は改めて戦闘態勢に入る。
「光り導け。不知火」
「勇ましく燃え盛れ。獅子王」
「独りじゃないよ。フラウ」
紅緋に染まる火の精霊たちが活気づく。
結の心もまた、騒ぎたくなるくらいに高まっていた。
「それじゃいっくよ~。炎浄なる団結!」
「これは……」
早速仕込みを始めていた環が、その違いに早々と気付く。
「説明しよう。炎浄なる団結はリンク時限定の能力で、リンクメンバーの火の密度を人数×5%上げちゃうのだ。そしてこの能力は、リンク時に自分以外のリンクメンバーにプラス効果を与える特異能力を有する者が複数いて、且つ、その効果が発揮されている場合に限って効果を倍増! つまり、15の倍で当社比30%アァップ! って30%アップ?」
「色々とな、なんだってー」
ノリノリな結の説明に、これまたノリ良く美姫の棒読み台詞が入る。
首を傾げる結の隣で、環が強気に笑んだ。
「お姉様に習って、私も特別にちょっとだけ説明してあげる。女帝蹂躙はリンク時限定能力。霊力値や適正値において、何か一つでも本来の五倍以上になっているリンクメンバーがいた場合、それが一人なら全員の補助値と召還値を、それが二人なら更に全員の攻撃値と防御値を100%アップする」
「バカなこと言わないで! 幾ら条件が度を超えてるからって、私と同じ攻撃型のあなたにそんなリターンの大きい特異能力が使える訳──」
フィリエーナが抗議するも──
「おバカさん。あの模擬戦で負けた時、蒼衣様が言いかけたのは何も完全に負け惜しみという訳でもないのよ。私の常時使える特異能力は女王降臨。他四つの基本型に特性を変更可能な能力。私は一度も自分から攻撃型なんて言った覚えはないわ。ただ、護衛の関係上、赤口家に学園では普段攻撃型でいるように言われてただけ」
「他四つの基本型に特性を変更出来る特異能力」
その、ありそうで実際にはそう見ない能力の説明に、反論を封じられた。
「まあ女帝蹂躙は特異型のままでないと使えないけど、そもそもこの能力の発動条件が満たされれば戦力は一気に上昇。変える必要はなくなるわ」
炎浄なる団結のおかげで上位次元密度が五割弱まで上がり、全ての適正値において神領域に匹敵する150%以上となった環が、堂々とシィロメルトに相対する。
「にゅふふ。やるねぇマキちゃん。でも私も負けてないよぉ。なんたって私の炎浄なる悪食は、上位四物質を喰らって自らの最大霊力値か霊力値へと変える能力。完全に無効化なんて出来っこないんだから」
言うが早いか、結は火走りで空を自在に駆け、炎浄なる悪食の炎でフラウと共に周囲の霊質を浄化し、喰らいながら攻撃を仕掛ける。
先の誓との攻防で、既に結の霊力値は100万超え。
適正値の%も攻撃140、防御140、補助185、召還185、特異180と、こちらも神領域に匹敵している。
火の上位次元密度は、女帝蹂躙で増えた補助値と炎浄なる団結で上がって五割に届いた。
拓真の『神器 千槍鉄槌』が降り注ぐ暴虐の中だろうと、構わず暴喰する。
「流石火の術士国内第九位の竜飛影斎。何処かの七位のランカーより、よっぽどランカーっぽい」
「ちょ待てやコラァ!」
あくまで相性の問題と、拓真が美姫の零した毒舌に『神器 千槍鉄槌』を降らせながら吠える。
少なくとも、よ~いドンで拓真と結がサシの勝負をしたら、拓真の勝ちは固いだろう。
『神器 千槍鉄槌』は一本辺りトンを超える質量と、それが千本という範囲を武器にした絨毯圧殺刺殺撲殺攻撃。
攻撃対象を中心とした最大攻撃の場合、最短回避距離はなんと三百メートル強。
つまり、音速並みの速さがなければかわせないのだ。
攻撃の威力とは、基本的に速度と質量の乗算で求められる。
『神器 千槍鉄槌』が上から降ってくる以上、受け手は耐えるか、もしくは重力をも敵に回してその攻撃を上回るかしなければならない。
それこそ神領域の者や、ブーストした誓、長時間喰い続けた結でもなければ無事では済まない。
仮に結が神領域になると仮定しても、同じ頃には追って拓真も神領域になると予測されるため、上位次元密度や適正値を倍化する恩恵の優劣によるアドバンテージは生まれない。
よって、よ~いドンのサシの勝負では、拓真が結より優位にあるという力関係はこの先も動かない。
だが、シィロメルトが下位次元攻撃を無効化し、拓真が神領域にまるで至っていないこの状況下では、特異能力で上位次元密度を高められる結が優位となる。
「っ。操り人形が余計なマネを!」
「うっさぁあい」
シィロメルトの魔力でコーティングした豪腕による直接攻撃と風圧に乗せた魔力攻撃を避け、結が炎を浴びせる。
「獅子王!」
「クラウ・ソラス!」
環と獅子王が牽制を入れる中、結と同じく『神器 千槍鉄槌』が降り注ぐ暴虐の中を、誓は火の上位次元密度が六割強となったブースト状態で不知火と共にとび回る。
「ぐっぐっぐ。それでも程度は知れたな。やはり半減されてはせっかくの超火力も台無しよ」
縦横無尽に駆け回りながら、これ見よがしに自身の負った傷を徐々に回復させるシィロメルト。
「っち」
誓と目線を交わした拓真が舌打ちして『神器 千槍鉄槌』を降らせるも──。
「無駄無駄ぁ。数々の魔王を屠っただろう貴様の質量攻撃も、我には効かぬわ」
それをシィロメルトは小枝を払うようにとは流石にいかないが、それでも苦もなく払い除ける。
「さ~て、それでは今のうちに厄介な操り人形を始末しておこうか」
ギラつく四つの眼で、シィロメルトが結に焦点を合わせた。
邪魔されてはたまらんと、環を魔力による圧力で地べたへと押しつぶすシィロメルト。
シィロメルトには二手必要でも、結には一手で事足りる。
「くぅ」
先手を打たれ、片膝をついた環が結へ意識を向けるも──
(いけない。これじゃ術の発動が)
周囲の上から下へ向かう魔力の波に邪魔されて、魔力が届かない。
(ダメ。今結お姉様がやられたら対抗手段が)
「誓!」
美姫が砂塵と砂刃を使い、焦った様子でシィロメルトの進行の妨げに入る。
「誓くん!」
「セイ。ムスビ先輩を──」
クーガーとフィリエーナも焦った声を上げ、この場の最高戦力に託す。
「ああ! 拓真! 牽制を頼む!」
「任せな!」
拓真に指示を出しつつ、誓は結の下へと駆ける。
「バカが。もはや牽制にもならんわ!」
進行を阻むように前方の上空より飛来する『神器 千槍鉄槌』に構わず、移動を止めて迎撃に専念する結へと、シィロメルトが最短距離で突貫する。
そして──
「っ」
「お姉様ッ」
「ムスビ先輩!」
急ぐ誓の到着よりも早く、上を見上げる形となった結の下へとシィロメルトが辿り着く。
小柄な結をその巨躯で覆うように、シィロメルトは四つの豪腕全てで襲い掛かる。
「死ねえええええええええ!」
ドシュゥッ!!
全員の動きが──、止まった。
「ガッハ……、な、に……?」
「タコ。死ぬのはテメェだ」
自分を穿った炎で燃える鉄塊を、信じられないものを見るような顔で何処か呆然と眺めるシィロメルト。
その身体が、徐々に炎に包まれる。
「拓真が言った筈だ。俺たちはチームだってな」
「ムカツクテメエの勘違いも甚だしい嘲笑いは笑えたぜ? こっちのばら撒いた布石にまんまとハマッてくれてよ。そもそもテメェが大丈夫なら、他の魔王だって俺の攻撃で簡単に死ぬ訳ねえだろうが」
だからこそ、即座に回復する魔術を使えなくなるまで粘った。
「バカ拓の神器 千槍鉄槌に補助値マンセー状態の誓が感知され難い炎を乗せての神炎神槍槌攻撃。魔王も死ぬ。あんな焦った声音を真似たの久し振りだったけど、まさか魔王様も本気にしちゃうなんてビックリ」
「いやあ、なんか狙ってるぽかったから攻撃だけにして注意と魔力惹き付けといたけど、私もちょっと驚いちゃって失敗したかと思っちゃったよぉ。危ない危ない。にゃはは……」
苦戦はしても、火と金の国内ランカーが力を合わせればこの決着そのものは想定通りと、見事な火生金を見せた術士たちが肩の力を抜く。
「終わりだ。魔王シィロメルト」
パチン。
指を鳴らした誓の合図と共に、シィロメルトを包む炎の勢いが増す。
「グク、グーグッグッグ。見事なり金城拓真! 炎導誓! 我の負けを認めようぞ。しかし──」
炎に包まれ、徐々に消し炭となりながらも尚、シィロメルトは自身の死滅していく身体を操って術を組み上げる。
「あの方のためにも、冥途の土産は貰い受ける」




