第七章 竜飛の影光 陸
次の瞬間、轟音と共に地面が削れ、三人の姿はそこから消えていた。
「ほう?」
必中と思われたタイミングにも係わらず的を外した攻撃に、シィロメルトが興味深そうに一瞬で遠く離れた“四人”を見遣る。
増えた一人は、全体的にフリルや透け感のある薄い布地でコーディネートしつつも、上は深いUカットの桃色のインナーに薄紫のフリル袖シースルーブラウスを重ねて下は黒のフリルスカートと、ヒラヒラとして一見開放的ながらも妖しく落ち着いた印象を与える銀髪の少女。
誓も、不可解な登場をしたクラスメイトに視線を向けざるをえなかった。
「一つ貸しね。誓くん」
「マキちゃん──」
理解の及ばない状況で、思わず昔の呼び名を零した誓。
突然現れて誓たちの窮地を救った環が、気持ち嬉しそうな表情を向けた。
「なかなか便利な魔術を使うではないか」
「なんか激ヤバな状況みたいだけど、必要なら手を貸しましょうか」
シィロメルトは無視して誓に声を掛ける環。
(いい度胸してるな)
「手を貸すって、あなた神炎もどきどころか魔鬼にすら歯が立たなかったんじゃないの? それで力になれる?」
「頭固いわねリートリエル。力関係は状況を構築するピースの組み合わせ次第で変化するのよ。だから必要ならって言ったんじゃない。おバカさん」
いい笑顔でバカにされ、フィリエーナのポーカーフェイスにヒビが入った。
それには構わず、誓は環の魔術を推測する。
「瞬間移動と考えていいのかな」
「ええ。空間転移魔法は得意分野よ。ただ、設置しないと使えないし、魔術だから魔力切れでも使えなくなるわ」
環が言いながら地面に刺さっていたナイフを慣れた仕種でスカートの中へしまう。
「なるほど……」
状況を頭の中で整理する誓。
自身のアドレスを送ったことで誓の携帯に何らかの魔術を設置した環は、携帯の破損に気付き魔術の効力が残っている内に空間を跳んだ。
次に魔術を設置したナイフを放って、今いる場所へと転移先を設置。
瞬時に工程を整えた環は、対象である自身と誓たちを今いる場所へと瞬間移動させた。
そうした環の能力を、誓は推測ながらもほぼ正確に把握する。
(クーガーさんとの面識はない筈。跳ばす対象に設置は必要ないのか? なら──)
「環さん。奴を跳ばすことは出来る?」
「無理ね。魔力抵抗が大きくて私の魔力でどうにか出来そうにないから」
答えている時間を使い、環はスカートの何処からか取り出した二つの白い手袋をその手に装着する。
「なら奴の傍に俺の攻撃を跳ばすことは?」
「状況次第で演出出来なくもないわ。攻撃なら傍どころか直接叩き込む方をオススメするけど、こっちは私の下準備を相手に通す必要があるから難易度はちょっと高めかしら」
「状況次第か」
先の環の言葉を思い出し、誓は改めて力関係の逆転を目指す。
「話は纏まったかね? なら、そろそろ再開と行こうか」
「やけに余裕ね」
相手が話したがりならと、フィリエーナが口での援護を挿む。
回数制限があっても、空間転移は強力だ。
特に、速さを武器に誓の『ガ・ジャルグ』を避けているシィロメルトにしてみれば、その能力は危険視して然るべきものの筈。
「ぐっぐっぐ。その娘には見覚えがあるからな。東京で見た術士。先の一件は評価に値するが……、ここまで跳んでどれ程の魔力が残っているかは怪しい、な!」
まるで環に見せ付けるような大振りの構えで、シィロメルトが誓たちへと突っ込んで来る。
「ヤッバ。何あの速さ。マジあり得ないんですけど」
口ではそう言いながらも、環がまたもや空間転移で危なげなくかわす。
既に誓の炎幕に隠して、少しばかりの仕込みは終わらせていた。
「って、何で私たちはこっちなのよッ」
クーガーと共に、結のいる由紀の下へと跳ばされたフィリエーナが吠えた。
「色々と邪魔だから」
環がにっこりと告げる。
その間にも、シィロメルトの攻撃が音速で迫る。
「きゃっ」
いい標的となっている環を片手で腰に抱き寄せ、誓は炎を放ちつつシィロメルトの攻撃射程から辛うじて外れた。
「誓くんステキ」
気持ち密着させながら、環が上目遣いで見つめてくる。
薄い布地のせいで、環の柔らかな弾力がもろに伝わって来るが、戦闘モードの誓に色仕掛けの効果は薄い。
「いや、出来ればあまり使わないで欲しいんだけど」
シィロメルトの狙いを読んだ誓は、環に色々と自重を促す。
誓たちが攻勢に回る前に、回避で環の魔力を全て使わせようとしているのは明白。
魔術には疎い誓でも分かる。
強力な魔術ほど、燃費は悪い。
「ふふ、習うより慣れろってね。それに心配しなくても魔力ならまだ残してあるから安心して」
悪びれずに当ててくる環を抱えつつも自由にさせ、誓は戦闘を継続する。
シィロメルトが空間転移を危険視しているのが分かった今、見す見すとやらせる訳にもいかない。
何度かの攻防の中、環は空間転移を使って誓の回避をサポートしつつ、下準備のために攻撃を繰り出す。
「……娘。貴様何者だ? 魔力はそれ程感じない。にも係わらず、空間転移などという高度な魔術をこれだけ使えるとは──」
「お生憎様。ただの娘を追いかけることしか出来ない魔王様と違って、私は敵にペラペラと話す程お人好しじゃないし」
(私の愛読書はテレポーターのバイブル、碧き光夜著の大小等式論。知ってすぐ使えるような易しい術理じゃないけど、少しくらいはものにしてる。誓くんに言った手前──)
「時代遅れの魔術士相手に、地力に差があるからって早々に白旗揚げてられないのよ」
魔術を設置した時代遅れの下位次元武器──ナイフを下から投擲し、更に返す刀で熱々の鋼線を振り下ろす。
「ぐぐ、甘いあま──ッ」
それらをスピードでかわすシィロメルトは、突如背後から感じた微かな魔力に、その場を飛び退いた。
かわしたナイフから伸びた鋼線が、シィロメルトの足を掠る。
設置するための魔術を貼ったナイフと思わせて、設置するための魔術を貼った鋼線を仕込んだ、転移させるための魔術を設置したナイフをかわさせた。
続く前方からの攻撃に注意を引き寄せ、死角となったナイフから十一本目の鋼線による攻撃を当てる。
環が手袋を空間転移で装着しないのも、手元からしか伸びない鋼線を振り回すのも、全ては鋼線を空間転移で跳ばすことはしないという誤った認識を植えつけるため。
「っ──!!」
無効化している魔術の上に、魔術を貼られたことを察知したシィロメルトが、すぐさま環の魔術を自身の魔力で弾き飛ばそうとするが──
「誓くん!」
そうはさせじと環が残る魔力で抵抗する。
「ああ! ガ・ジャルグ」
次の瞬間、攻撃に引っ張られる形で、誓と環が空間を跳ぶ。
シィロメルトの魔術を無効化し、足を貫いた『ガ・ジャルグ』でそのまま足を一本焼き切った。
「ぐぉおおお!」
殺意の増した双眸と共に振られた豪腕を、誓はきっちりかわして距離を取る。
その間に、拓真が『神器 千槍鉄槌』で切り飛ばされた足を潰した。
「やったわねセイ。これでスピードも──」
「ぐっぐっぐ。ぐーっぐっぐっぐ!」
フィリエーナの期待を裏切るように、一時的な魔力の高まりと共に焼き切られたシィロメルトの足が数秒で再生した。
「惜しかったな。頭だったなら我を殺せていただろうに」
「全くね」
殆ど魔力を使い切った環が、結局桁違いの相手の魔力を人並みになるまで削れただけねと、冷静に肯定した。
(魔力の消耗具合を見るに、あの高速再生をもう一回使わせれば一か八かの手も打てそうだけど。現状じゃダメね)
環は誓の向ける視線に首を振る。
打つ手なし。
いや、あるにはあるが、王手には一手足りないというのが環の判断だった。
シィロメルトも二手は打てないだろう環の残った魔力を見て、早々に視線の中心を誓へと切り替える。
シィロメルトに当てる下準備で一手使ってしまう戦力差なら、最早その先を考える必要はないからだ。
「環さんは下がって。後は俺たち御三家で何とかする」
「なら私も誓くんの愛人枠でそこに入れて貰おうかしら」
「いや冗談言ってる場合じゃ──」
「リートリエルの術士二人はもう体力も集中力もここに立てる状態じゃないわ。気付いてるでしょ誓くん。精霊術のリンク、もう二人分になってる」
「……」
クーガーとのリンクが切れている状態を指摘され、誓が言葉に詰まる。
「それなら私とリンクした方がまだマシでしょう?」
「それはそうだけど……」
環とリンクしたとしても、打開策とはならない。
(助けが欲しい──)
ああ、けれど──。
(自分が何とかしなければ──)
二つの内なる声はどれも真実で、それ故に思考を乱す。
だからいつも通りの思考で、足手纏いとなる環には下がって貰おうと口を開──
「助けが欲しい時はちゃんと言うの」
「!?」




