第七章 竜飛の影光 参
鳥を模る十六の式神を先行させる形で、竜飛家の敷地内へと飛び込む。
「───ッ!!」
襲い掛かる業火の洗礼に、半数の式が燃やされた。
それを行ったのは、顔の目から上の素肌と耳から上の髪以外を覆った、東洋の忍者と西洋の騎士を足して二で割ったような全身黒ずくめの軽装に黒のアイガードという出で立ちの術士だった。
「竜飛影斎!?」
「日本の火の第九位。水術士の家系である竜飛家に所属している異端の炎術士か」
「どうやら操られてるみたいだけど」
竜飛影斎から発生している黒い霧のような悪意。
それは見覚えのある傀儡の糸。
「如何にも」
ダボッたくマントを羽織った蒼髪に四つ目を持つ魔王が、仰々しく頷きながら現れた。
「お前は──」
「以前にも会ってはいるが、名乗るのはこれが初めてになるか。我は魔王シィロメルト。偉大なる屍皇帝エミニガ様の一柱にして、悪魔のアルカナよ」
魔王シィロメルトが物々しい自己紹介を、自信満々に終えた。
「悪魔」
配下の妖魔たちが、自分たちを表す時に好んで用いる大アルカナ。
その内の悪魔には、暴力や拘束に嗜虐的、黒魔術の意味がある。
(なるほど。ゾンビ操作を得意とする奴にはお似合いだ。それにしても──)
「誰よ屍皇帝エミニガって、知らないわよ」
(あ、フィリエーナの奴、躊躇せず言ったな)
誓も思った、あまり突っ込まない方がよさそうな所をフィリエーナは容赦なくぶった切った。
(新興勢力か。コイツがその魔帝の指示で動いてないといいけど。いや、日本で旗揚げする程のバカならある意味楽かな)
日本の妖魔の有名どころは、何を隠そう四国に居を構えている五大魔神の第二位、紅雪の椿姫。
その伴侶である第一位は世界的に有名である上、西欧出身なので日本の妖魔とは下手に言えないが、基本的に日本在住であることは事実である。
二人の別荘は日本各地に点在しており、日本の妖魔への影響力は計り知れない。
「ッ、ふん。下等生物共が知らないのも無理はない。偉大なあの御方の名前を知れただけでも幸福と思って死ぬがいい」
機嫌を損ねたシィロメルトが、何処で覚えたのかサムズアップを反転させて首の前で横に引いて挑発する。
「誰が──」
「フィリエーナ!」
あっさり挑発に乗って炎をぶち込もうとしたフィリエーナの死角から打ち下ろされる、黒く濁った神炎の刃。
その奇襲に割って入った誓が、真正面から炎の連撃で打ち返す。
「ほぅ。流石は炎導の当主の息子。熱くなっても視野は狭まらないか。尤も、前当主だった父親の方はもう死んで、今ではご覧の有様だがな。クックック」
やはりここでも見に徹するのか、魔王は傀儡二体を前に出して後ろに下がる。
「セイ。助かったわ」
「構わないさ。しかし、随分ボロボロだな」
誓の父親を真似た存在は、左腕を失っていた。
「ふふ、意外にもこの者に手酷くやられてしまってな。次からは、この二人で戦力を整えようかと考えている所だ。今はまだ少量生産しか出来ぬが、何れは使い捨て可能の便利な尖兵となるだろう」
シィロメルトが今後の展望を語る。
「ふざけた計画を」
クーガーがその計画に嫌悪感を露わにした。
「二人、ですか」
そんな中、由紀はその意味に探りを入れる。
「聡いな陰陽の娘。如何にも如何にも。生憎とこの魔術はその昔に然る魔神殿の所から流れた、謂わば研究段階の失敗作でな。まあだからこそ私程度でも扱うことが出来たのだが。お蔭で使用後の対象はある程度の段階を踏む操作を使いこなせないのだよ。故にそちらの炎導の能力は使いこなせない確率が非常に高いという訳だ。実に惜しいことだがね」
シィロメルトが機嫌よく手の内を明かす。
どうやら得意分野を語りたがる性質のようだ。
「そんな御託はどうでもいい。結先輩は何処だ? 生きているんだろうな」
先ほどからそれらしいものを探しているが見つからず、自身の焦りを落ち着けるようにゆっくりと話す誓。
「クク、当然だ。何せ一度も死んでいない存在の方がお前たちを倒すには都合がいいのだからな」
愉快愉快と、シィロメルトはニヤけながら答える。
「なん、ですって?」
その言葉に含まれた爆弾に気付き、フィリエーナたちは冷や水を浴びせられたように身体が硬直した。
「ククク、実の親の細胞を使い、その上に半端とは言え曲がりなりにも本人の魂をコピーしたそっくりさんを平然と屠るような息子だからな。そんな息子には、生きている知り合いを操ってみることにしたのよ。ククク、感動のご対面だっただろう?」
ああ、そしてその悪夢が現実となる。
「まさか──」
「竜飛影斎が、結、先……輩?」
答えられる筈もない竜飛影斎は、多くの視線を集めても変わらず無言で、不気味に佇む。
「クークックックック。それでは私は言われた通りに高みの見物をさせて貰うとしようか。救えるかもしれない者を相手に、どこまでその強大な力を揮えるのかをな。さあ踊れ下等生物共」
シィロメルトが後方へと大きく飛び退き、竜飛影斎と贋作境悟が構える。
「みんな注意して。いくら学内最大霊力値を誇るムスビ先輩でも所詮は道化型。万能型の神炎とまともに戦えた筈がないわ。絶対に何かある。こっちの想像を超えるアンビリーバボゥな切り札が」
フィリエーナも『金星 比翼連理』を構えながら、注意を促した。
竜飛影斎が、自身の守護精霊を召還しようと口を開く。
「独りじゃないよ。フラウ」
「ッ」
こんな形で結の召還詠唱の全容を聞くことになった誓の胸が、悲哀と後悔で締め付けられる。
守護精霊に独りじゃないと、想いを込める程に孤独だったその境遇。
今すぐに、決して独りじゃないと伝えたいのに──。
(ああクソ。俺はホントに間抜け野郎だ。こうなったら八つ当たりだろうと知ったことか。シィロメルトめ、楽に死ねると思うなよ)
「この霊力値は──」
学内最大霊力値なんて目じゃないくらいの霊力値に、フィリエーナが目を見張った。
「……ざっと12万強。なるほど、そっちで埋めた訳か」
道化型の弱点は、攻撃・防御共に低い適正値30%だ。
しかし、霊力値が通常の三倍以上なら、厳密には違うが攻撃や防御でも適正値100%とほぼ同等の効果を得られる。
特異値150%の道化型なら、決して不可能な領域ではないが──。
(かと言って、しようと思って楽に成せるものでもない。──結先輩、俺が必ずあなたの笑顔を取り戻す)
そもそも、強い術士の特異能力情報の概要くらい、今の時代なら入手可能である。
それでも、同じ内容にすることは難しい。
そこには本人の生い立ちや性格に加え、思考回路に感情制御、想像力に創造力、場合によっては創る際の体調や状況、ストレスなども係わってくるからだ。
そして不幸にも、本人にとって嬉しくない過去を持った者の方が、尖った特異能力を発揮し易い傾向にある。
「セイ。ムスビ先輩に掛かってる術を燃やすことは出来そう?」
フィリエーナが解決手段の是非を問う。
「時間があれば。出来るなら問答無用で気絶させて術解除と行きたかったけど……」
「敵の能力は対象の生死を問わない操作系。気絶させたとしても恐らく無意味でしょうね」
誓の返答に、フィリエーナが同意する。
「俺も手伝うよ。あの霊力の道化型相手じゃ、ないよりはマシ程度だと思うけど」
クーガーがアシストを買って出た。
「いえ、助かります」
こういうのは才能よりも経験がモノを言う。
問題があるとすれば、クーガーの危惧する通り霊力差があり過ぎるという点だが──。
(仮に通じなくても、誓くんの制御の手助けくらいはこなしてみせる)
気高きリートリエルの戦士は、それでも頼もしく、やるべきことを見定める。
「なら私がムスビ先輩の攻撃を引き受けるわ。私は補助値低くて、そういうの得意じゃないし。でもその前に──」
フィリエーナがチラリと視線を移す。
「ああ、先ずは余計な一体を倒してからだ」
(とは言え、由紀の神力は結先輩の回復のために残しておきたい。結先輩が向こう側に置かれている現状は、思ってる以上に厳しいだろうな)
先ずは味方──。
由紀の妖精術による回復は、軽傷ならすぐだが、重傷には効き目が悪い。
贋作境悟と一戦交えた後に傀儡として無茶な動きを強いられている今の結は、心身共に相当危険な状況だろう。
とすると、下手を打てば術解除後に数分と持たず逝きかねない。
陰陽術による神業的回復は、手段として持っておきたい。
次に敵方──。
補助・召還共に適正値75%の道化型は、陰陽型や幻影型、無双型にこそ劣るものの、サポートとして安定している。
二つの適正値の合計では補助型や召還型にやや及ばないものの、片方が100%、もう片方が60%の補助型や召還型よりバランスが良く、隙が出難い利点もある。
その上で、今の結は霊力値が12万──理論上の四十歳到達時の最高最大霊力値約8万の1.5倍──を超えている。
不知火でブーストしている誓ならともかく、いくら妖力と霊力を合わせれば6万近い値を持つフィリエーナと言えど、これに対するのは厳しい。
「忘れてないでしょうねセイ。この後はムスビ先輩、そしてその後はアイツよ」
「分かってる」
ふざけた真似をしてくれている魔王逃すまじと、冷えた眼差しを送るフィリエーナに、守りながらは厳しいがやるしかないと身構える誓だったが──
「──だから、私も出し惜しみはなしで行かせて貰うわ。アリエル!」
自身の守護精霊であるアリエルを同化させ、炎の翼を広げたフィリエーナの全力の戦天使モードに、その心配は杞憂となる。
「!? これは……」
「フィリエーナのアリエルの特異能力は憑依による自身の四適正値のブースト。そして、リンク対象者の攻撃値のブーストだ。見た目と違ってアリエルみたいに自由に飛び回れる訳じゃないけど、本人もちょっとした浮遊や滑空はこなせる優れものだよ」
自身とフィリエーナの変化に感づいた誓へと、クーガーがアリエルの特異能力の説明をしてくれた。
「大した効果じゃないけど、これでそうそう競り負けはしない筈よ」
フィリエーナ自身の攻撃・防御・補助・召還、これら四適正値を20%上げ、更にリンク数に応じてリンクしている全員の攻撃値を10%単位で──三人リンクの今は20%を──上昇させる。
現在のフィリエーナの精霊術における四適正値は、攻撃210%、防御90%、補助70%、召還90%と、非常に攻撃的な前線ガチバトル上等仕様となっている。
「ありがたいね。誓くんの固有スキルと合わせて俺の攻撃値も90%まで上がった。これなら──」
自分もやれると、クーガーは力強い意思を瞳に灯らせる。
クーガーが秒辺り3000強、結が秒辺り9000強の召還力。
クーガーが攻撃値90%、結が攻撃値30%。
クーガーが補助値70%、結が補助値75%。
霊質の密度においては年の功でクーガーにやや分がある以上、クーガーと結の攻撃力の差はこれでほぼ無くなった。
(悪くない)
誓はここに来て初めて、フィリエーナを年齢を考慮しない上でも術士として一目置いた。
道化型の150%というピカイチの特異値に頼った特異能力によって、自身の最大霊力値を三倍まで強化している結の力は侮れない。
しかし、本来術士としては格段に劣る筈のクーガーに匹敵されていることからも分かるように、リンクのあるなしの差は大きい。
精霊術士や妖精術士にとって、一人が極端に強くなる選択と同じくらい、全員が強くなってリンク状態を長く維持する選択もまた非常に意義のあるものなのだ。
特異値の低いフィリエーナは、自身の守護精霊という数の利を失うことで、僅かながらも全体の強化という長い目で見た数と質、二つの利を得た。
攻撃型は補助値が低い。
全部で十五ある特性の中でワースト3に入る。
そのため、守護精霊の細々とした操縦には向いていない。
下手にそちらにスペックを割ることを止め、自身と全体の戦力をより尖らせるという割り切りはありだ。
誓やクーガーとリンクしたフィリエーナの攻撃値は170%だったが、この能力で210%。
防御値は90%と、クーガーと違って防御面の不安もない。
召還値も90%で、こちらも秒辺り3000強。
補助値においても70%まで上昇している上、難のあった守護精霊の操作は既に手放している。
守護精霊を諦めることで、その守護精霊の操作に足る補助値を得る点は皮肉にも思えるが、特異値の低い攻撃型で効果的な特異能力を得ようとすれば、これくらいの齟齬はあって然るべきだろう。
この憑依状態に加え、やや火力不足ではあるものの二人リンク中の金の妖精術も使用可能と──
「頼もしい攻撃型だよ。本当に」
かくいう誓も、三人リンクと不知火のブーストにより適正値オール490%にフィリエーナの特異能力で攻撃値20%増しと、残り二時間を切った時間制限以外に死角はない。
何せ誓の秒辺りの召還量は、現状10万を超える。
召還力の桁が違えば、当然攻撃力の桁も違う。
しかも攻撃値は攻撃型であるフィリエーナの追随すら許さない。
霊力値三倍の敵に適正値二倍の敵だから、ああそれで、それがなんだって?
「俺を──炎導誓を焚きつけて無事でいられると思うなよ。魔王シィロメルト」
誓たちは神領域で二段構えの魔炎を放つ敵を先に倒しにかかる。
フィリエーナとクーガーが結を足止めしてくれたので、誓は一分半とかからずこれを征した。




