第七章 竜飛の影光 弐
「…………」
「セイ?」
急に長らく無言状態となる誓を見て、フィリエーナが結相手の電話でこれはおかしいと気付く。
「……もういい加減黙れよ」
「!?」
あまりに色を無くした平坦な声音に、周囲の熱が下がり、底冷えする。
「そこで高みの見物決め込んでろ。すぐ殺しに行ってやる」
誓が躊躇いもなく通話を切った。
「セイ。私としてもあまり聞きたくないけど──」
「ああ。竜飛家も襲われた。奴の声は聞いたことがある。状況的に考えても間違いないだろう」
ギリッと、自然と奥歯を噛む。
(俺はバカだ。竜飛家が襲われる可能性が高いことは分かっていたのに、どうして竜飛影斎なんて当てにしていたんだ)
「ムスビ先輩……」
フィリエーナの顔から血の気が引く。
「心配しなくてもまだ先輩は生きてる」
「え?」
「いや、正確には生かされてるというべきだろうな。俺たちを呼ぶ餌として」
僅かな希望をチラつかせ、思惑通りに誘導してからその希望ごと叩き落す。
常套手段だが、余裕のない状況下にある者には効果的である。
「なるほどな。で、どうする?」
その効果の範囲外だった拓真は、自然体で問い掛けた。
「どうするって、助けに行くに決まって──」
罠と分かっていても、誘導された道を選ぼうとするフィリエーナ。
「意外と甘ちゃんだなリートリエル。野郎の本体は間違いなくこの先だ。このタイミングでわざわざ連絡が来たってことはそういうことだろ。今を逃したら場所を移される可能性が高いぜ」
「しかも、お得意のゾンビ集団を出して時間稼ぎしてこないことを考えると、向こうの戦力も今なら底が見えてるっぽい。叩き時」
だが、拓真と美姫は冷静に状況を分析し、そっちは外れでこっちが当たりだと主張する。
「それに勘違いするなよ。誰もてめえにゃあ聞いてねえ」
「っ」
拓真の刺すような視線とその言葉に、フィリエーナは自分の甘えを痛感した。
(私はリートリエルでしょう。なのに妖精術士を当てにするなんて)
何より、それを見抜かれていたことが、一番の屈辱となってフィリエーナの心を傷つける。
「フィリエーナ。俺は君の意思に従うよ」
「クーガー。……ありがとう。なら私たちは──」
クーガーに勇気を貰ったフィリエーナは、罠だろうと力ずくで打ち破ってみせると、リートリエルとしての誇りを選ぼうとするが──。
「俺と由紀、フィリエーナたちは竜飛に行く。拓真と美姫はこの先へ、由紀はここの出入り口の固定が終わり次第俺たちを運んでくれ。鈴木は念のためここの守りを。希は炎導金城からここまで増援を運ぶのを頼む。相手の戦力が減っていることを伝えれば、何人か回して貰えるだろう。暖さんが来てくれるならベターだけど、最悪、結花さんだけでも連れ出してくれ。希吾なんかは誤魔化しも上手いから、その辺下手な紗希抜きで会えるようなら頼む」
その無謀は誓に遮られた。
「オッケオッケ」
「はい」
あっさりと了承する主の希に続き、鈴木も頷く。
「畏まりました」
「そう来たか。まあ無きにしも非ずではある。ヤー」
「しゃあねえな」
由紀に美姫、拓真も了承した。
「セイ。いいの?」
「いいも何も……、両方叩いておくのがベストだ。別に俺の感情を挿んだ訳じゃないさ」
フィリエーナと目を合わせることなく、淡々と述べる誓。
(セイも意外と甘ちゃんね。両方何とかしようだなんて。でも……、嫌いじゃないわ)
聞いてもいないのに感情への予防線を張った誓を、フィリエーナは心温まる思いで見つめた。
「時間が惜しい。早速行動に移ろう」
誓の不知火による三段階目のブーストは、任意解除しなくても三時間後には自動解除される。
そうなれば、向こう三時間は不知火の特異能力は使えない。
「ああ。待たせたな信玄。存分に切り裂け。らあっ!」
拓真の妖精具による殴りからの回し蹴りに、前方の空間へ亀裂が走り、次いで砕ける。
人が通れる程の隙間が空いた。
「天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ。リアライズ。影想 僧正遍昭!」
そこへ由紀が数枚の札を投じ、出入り口を固定すると、地面に一枚の呪符を突き刺してその周りに妖精術で早々と小さな陣を描く。
(先の術を強化する陣か。見事な手際だ)
誓が見惚れているほんの数秒で、陣は完成した。
「これで向こう三時間は持つでしょう」
「じゃ、行って来るわ」
拓真たちが結界の中へ進む。
「俺たちも行こう」
それを見届けてから、誓たちも行動を開始した。
(やっぱり、足があると便利ね。炎導が鈴風と手を結んだのもその辺りが関係しているのかしら。火も土も水もそれなりに移動出来なくもないけど、風使いと比べるとどうしてもねぇ。人のこと言えた家柄じゃないけど、アメリカの風使いは我が強いし。ハァ、うちにも欲しいわ優秀な運搬や連絡係)
青龍に乗って移動する間、フィリエーナはリートリエルの抱える欠点から、どうしても隣の芝が青く見えて仕方なかった。
世の中、効率や正しさだけでは回らない。
精霊術士は一つの属性でリンクする関係上、一つの属性で固まるだけで妖精術士より血を残し易いが、自己の所属する集団への依存が激しく、他の術士たちを軽視しがちな現状へと繋がっている。
妖精術士は全ての属性で一つになることが望ましいが、昔の血を残すための分別化が長期に亘ったために格差が生まれ、それが今も尾を引いて安易に手を結ぶことすら出来ないでいる。
軍に至ってはもっと酷い。
妖魔を打倒するために術士の力が必要と表舞台の世論が傾いた頃には、既に術士たちは軍との繋がりを絶っていた裏舞台で独自の社会を築き上げていたのだから。
火力・水力・風力発電に水道、土木や森林関係に農作物と、かなりの分野で無視できないシェアを誇っている術士たち。
互いの仲が噛み合ってないだけで、もし国を相手に一枚岩になろうものなら、国を転覆させる力がある。
「もうすぐですが、如何致しましょう?」
暫くして、由紀が誓に伺いを立てた。
「先に中の様子を探っておきたい気もするけど、相手の対術が敷かれている可能性は高いわね」
フィリエーナが意見を挿む。
「そうだな。突入前に由紀の式神を先行させて相手の先制を警戒して突っ込もう。相手の御指名だし、俺たちが行けば探るまでもなく向こうから来てくれる筈だ。相手の先制がなかった場合、由紀は青龍で身を守りつつ式神で中を探って欲しい。結先輩はある程度俺たちに認識出来る範囲に置いておくだろうけど、もしかしたら他にも生存者がいるかもしれないしな。先制で式神が散った場合は一時撤退も視野に入れた防衛専念で構わない。竜飛には悪いが、俺にとっては何処の誰とも知れない生死不明の術士たちより君や結先輩の命の方が断然大切だからね。完全に切り捨てる訳じゃないけど、その他大勢の竜飛の優先順位は二の次だ」
「誓様……。はい、畏まりました」
誓に大切と言われた由紀が、恥じらいながら承諾した。
「あらあら、お熱いことね」
「茶化すなよフィリエーナ。俺は仲間を死なせたくない。戦友も死なせたくない。そして何より、家族は二度と死なせたくないんだ」
だから急ぐ。
もう二度と、大切な人に届かないなんて無力さを味わうのはご免だった。
(セイ。その気持ちが裏目に出ないといいわね。なんて美しく儚い砂上の楼閣。あなたの戦場が対妖魔である限り、それは決して叶わない願いだわ。でも……、そうね)
「嫌いじゃないわ、そういうの。仕方ないからこのフィリエーナ=リートリエルがその理想に手を貸してあげる」
守護精霊を召還し、互いの妖精具である『誓剣 愛火』と『金星 比翼連理』の剣先を重ねる二人。
精霊術と妖精術、二つの絆が具現した。




