第一話 日溜まりの笑顔 第七章 竜飛の影光(えいこう)
暫く進んだ青龍が、速度を落とす。
前方の上方にある二つの妖力。
得意のジェットエンジンで空中待機している拓真と、その上で金属に反発する磁界の出来る土石の塊に乗り、ささやかな結界を張って浮いている美姫である。
魔王のアジトを見つけたら由紀に連絡して貰って途中で合流できるよう、誓が予め頼んでおいたのだ。
「待ちくたびれたぜ」
「レッツゴー」
その二人が術を解き、速度を緩めて真下を通る青龍の上へと着地した。
(金と土の妖精術士。パッと見じゃ覇気を感じないし、最大妖力値も歳相応なんでしょうけど、二人とも相当できるわね)
これから魔王の下へと向かうのに、気負いが感じられない二人を見て、フィリエーナは凡その力量を見積もった。
「必要ないかもだけど一応軽く紹介しとく。金城拓真と藤原美姫。俺と組んで御三家の仕事をこなすことが多い。こっちがフィリエーナとクーガーさん。リートリエル家の人たちでフィリエーナは俺のクラスメイト」
対魔王戦では協力体制になるかどうか分からない手前、大雑把な紹介で終える誓。
それに伴い、視線をやっただけの拓真とフィリエーナ。
「ども」
「よろしく」
その二人に代わって、美姫とクーガーが短く挨拶を交わす。
(カネシロタクマ? それって確か金の日本ランカーだった筈。コイツも若いのにセイと同じくらい出来るってこと? 日本の御三家か、侮れないわね)
十代でありながら既にトップクラスに位置づける術士を二人も輩出する御三家に、フィリエーナはリートリエル家として危機感を抱いた。
「う~ん、豪華メンバーだねぇ。この逆風の中、ゆっきーにたっくんにみきちぃの協力を引き出せるなんて。やっぱり炎導の次期当主は誓で決まりかな」
「どうだろ。少なくとも重鎮たちの半数は扱い易く、共感もし易い勝利推しみたいだけど」
同感し難い人間より、同感し易い人間の傍にいたがるのは、多くの人間が抱く心理だろう。
誓が圧倒的カリスマを持てば別だろうが、今はまだその異端さをそれなりに受け入れられている段階に過ぎない。
これから先、そういったカリスマ性を持てるかも当然不透明である。
「ハッ、誓を差し置いて勝利が次期当主とかあり得ねえよ。妖精術の才能は確かに非凡だが、その扱いに関しちゃ凡人もいいとこ。安定してると言えば聞こえはいいけどな。ま、互いに何も考えずにガチの殴り合いをするようなインファイター同士なら強いだろうよ。野郎自身分かりそうなもんだがな。モノにしている修練の数も質も、誓には及ばないことによ」
だが、そんな些事は関係ないと、相棒の拓真は誓以外あり得ないと断言する。
「バカ拓は相変わらず視野が狭い。全く嘆かわしいにも程がある」
一方、美姫はそんな強者の視点でいっぱいの拓真に、頭の悪い子的な視線を送る。
良くも悪くも、勝利の妖精具の心が折れない限り何度も具現するという特異能力は、非常に“らしい”。
更に、仲間たちとのリンク数増加によって妖精具の攻撃力を上げるという“如何にも”な能力もある。
物語的な観点で見れば、“典型的な熱い主人公”の能力と言えるだろう。
即ち、分かり易く、大衆受けがいい。
その点、ややトリッキー且つ強大な誓の能力は、どちらかと言えば序盤に登場する内心俺強ぇ的な冷めたライヴァルキャラの部類だ。
それ即ち、いつか主人公に超えて欲しい壁である。
そしてここで言う主人公とは、大衆の心の投影とも言える。
強者とて大衆の一人に過ぎないという都合の悪い現実を見ずに、共感し易い凡人による下克上という都合の良い夢を見る。
ボーダーラインさえ変われば誰にでも当てはまるであろう事柄なだけに、この心理は厄介なのだ。
「おい性悪女、ケンカ売るなら後にしな」
さしもの拓真も、すぐ後に魔王戦を控えては自粛せざるを得ず、得物を抜かなかった。
ニヤリとする美姫も、ここが好機とばかりに毒舌を吐いたりはしない。
二人は当然理解していたからだ。
そんな些事よりも、目の前の普段通りでありながら既に普段通りではない誓の方が現状では怖いと。
不知火のブーストにより適正値は全て500%近く、更に霊力値は20万強。
ものの一秒で、彼我の火力差は百倍をゆうに超す。
出来れば睨まれたくはない。
「この先です」
由紀の青龍が止まり、全員で海岸沿いの堤防へと着地する。
ともすれば綺麗な夜景スポットにもなるだろうが、魔王のアジトへ繋がっていると思うだけで、光を呑み込む海が押し寄せるのではと錯覚するくらい不気味に見えた。
「……、何もないけど」
そう言いつつも、自身の補助値が低いこともあってフィリエーナは視線を移す。
その視線の先で、クーガーも首を横に振った。
「いや、あるよ。かなり分かりづらいけど」
渋い顔で誓が告げる。
「出力三倍満状態の今の誓で分かり難いとなると私たちじゃお手上げ状態」
肘を下げたお手上げを示す美姫。
「だな。どの辺りだ?」
「その辺から漠然とだけど、空間が綺麗に重なって二重になってる感じだ。由紀、合ってるか?」
拓真に答えながら、由紀へと確認を取る。
「はい。妖精術と精霊術、そして魔術に察知され難いようになっていますが、陰陽術は想定外だったようですね。ただ、こじ開けるのは今の私では難しいです。残り神力が少ないので恐らく競り負けるかと。もしかしたら、だからこそ陰陽術で感知出来るのかも知れませんが」
「なる。由紀で競り負けるなら、およそ八割の雑兵陰陽師はそうなる。一握りの有名どこがそうそう出る筈もないと考えれば納得の処置。あまり時間は置きたくないけど……」
どうする? と視線で尋ねる美姫に、拓真が歩みを前に進めてその答えとした。
「問題ねえ。俺がやる。細かいことは頼んだぜ。切り裂け。壊拳 鎌鼬信玄」
妖精具を召還し、拓真が構えに入る。
『壊拳 鎌鼬信玄』の特異能力は、虚偽を切り裂く白日の刃。
偽装や隠蔽、幻影などに効果を発揮する。
特異値の低さもあって効力の持続時間は期待出来ないが、切り裂いた僅かな時間だけでも、そういう類のものには得てして十分である。
今回は出入り口として持続させる必要もあるが、その辺は由紀に任せてしまえばいい。
「ふぅ……」
気を研ぎ澄ます。
僅かな切れ目を入れるだけとは言え、この結界相手に余裕を出せるものでもない。
「ぉ──」
『プルン。ド~ナド~ナ~、ドナドナナ~。タッタッタ。ニャンニャンニャン♪』
「らぁあ?」
拓真の放った拳は、気がぬけたようにへなりと宙を切った。
「俺? あれ、結先輩から?」
見に覚えのない着信メロディに、誓は首を傾げながら携帯を取り出し、相手を見て納得した。
「おぉい。なんて気の抜ける設定してんだよ誓」
「悪い悪い。そう言えば先輩に渡した後に設定変えてなかった。やり取りはメールでしかしてなかったし、メールの着信設定は変えられてなかったから気付かなかったな」
拓真に謝り、してやられたと、口元に手を当てる誓。
「流石ムスビ先輩。悪戯が巧いわね。それはそうと取ったら?」
いくらフィリエーナでもこのメロディの前で気を張り続けるのは疲れるのか、少々口早に誓を急かした。
「あ、ああ。悪いな。えと、はい、俺です。どうしました結先ぱ──」
苦笑して電話を取った誓が、その雰囲気を一変させた。




