第六章 守れなかったモノ、守れたモノ 陸
「鈴木!」
「はっ」
巨大な鶏、二股の尾を持つ狼、角と牙を生やした巨漢の鬼、全長一メートル程の巨大蜂。
氷堂家が鶏と狼を一体ずつ仕留めて、残りは十八体。
飛べない鶏は置いておいて、風使いの鈴木は飛び回る蜂たちを相手取る。
『小次郎』を伴って魔鬼たちの群れの中心部へと突っ込む鈴木。
「危ないよ鈴木さん!」
慧がその場にいる水術士たちの気持ちを代表するように注意を発するも──
「だから風使い甘く見ないでって。行くわよ鈴木!」
「御意。一芸披露仕ります」
風使いは他の術士と比べて視野が広く、近場であればまず物理的死角は存在しない。
空中も楽に移動出来る風使いは、ぎちぎちの密集地帯への突撃でもない限り、空間的制限も殆ど掛からない。
後は個人の実力さえ安定していれば、一対多数を実演出来る。
多数が魔鬼では鈴木には厳しいが、攻守共に優れた武装型の鈴木を補助型の希が後方からサポートすることでその実演を成す。
希の特異能力はリンクした相手の霊力の消費を半分肩代わりするという、実に補助型らしいものである。
希少型を除けば、補助型が召還値で劣るのは召還型、陰陽型、遊撃型の三つだけ。
超えてしまった分の霊力は相手負担となるが、基本的には相手の半分を自身の全部で受けるため、余程差がない限りは問題ない。
そしてそのサポートを受ける鈴木は──
執拗に迫る巨大蜂たちへと、『小次郎』と背中合わせで思いっ切り風刃を放つ。
再度、強力な攻撃を放つ前にと巨大蜂たちが押し寄せるが──。
「「ギィイッ!?」」
ブーメランのように弧を描かず、ベクトルが反転したように来た道をそのまま戻った風刃による予期せぬタイミングでの攻撃に深手を負った。
そこへすかさず、鈴木と『小次郎』が先程と変わらない威力の攻撃の刃を重ねる。
「今更ですが、私を相手にするなら常に前後上下左右、つまりは周囲全て警戒することをオススメ致します。出来るなら──、ですが」
自分の常識がある以上、精神的、経験的死角はどうしても存在する。
同じく物理的死角が存在しない風使いですら、防ぐのが容易ではない攻撃。
防げるものなら防いでみろと、外れることなど構いもしない風の刃が宙で不協和音を奏でる。
一度操作の離れた術でさえ活きているなら戦場で再び舞わせることが可能な鈴木の、自身の放った攻撃を一度だけ返す特異能力。
その長所は、しくじった筈の悪手ですら警戒すべき次の攻撃へと変えてしまう所にある。
そして希のサポートにより、間髪置かずに放てる二発の最大火力。
巨大鶏の光線のせいでそうそう追撃まで上手くは運べないが、少なくとも制空権を完全に渡すような状況にはなっていなかった。
「全く、とんだ伏兵だわ」
多数の魔鬼と攻防を繰り広げる風使いたちを上目に、フィリエーナは地上の戦闘の前線を支える。
「アリエル!」
正直に言って、戦況は芳しくなかった。
こちらへ掛かりっきりの魔鬼が十八体中鬼一体に狼一体の二体だけというのは僥倖ではあるが、狼が標的を絞らずにヒットアンドアウェイで戦場を駆け回っているため、非常にやり難い。
同じヒットアンドアウェイでも、防御の弱い慧と違って頑丈さもある狼は積極的に攻め続けることが出来る。
(それでも鬼に比べたらまだ脆い筈。こちらとしては早く一体を倒して残り一体に集中したいのだけど──)
「ね!」
狼の横槍を逸早く察知し、鬼を蹴って距離を取るフィリエーナ。
すぐさま黒い影がその空間を駆け抜けた。
「ごめんフィリエーナさん!」
「いいから。幾らケイでもあの速さを自分に向かって来る訳でもないのに捉え続けるのは難しいでしょう。あなたはクーガーと出来る範囲でサポートして。そのパンチ力、期待してるわ」
「うんっ」
フィリエーナの言葉で、慧は冷静に戦況を見極めることに徹する。
慧に魔鬼を数撃で葬れる程の攻撃力はない。
だが、それなら相手が倒れるまで数十、数百というチャンスを見出して攻撃を叩き込むだけだ。
上手くカウンターが決まれば、回数も減らせる。
「モンちゃん!」
高圧による水鉄砲を後方から何発も放ちながら、自身の守護精霊であるモンちゃんで疾走する狼に攻撃を仕掛ける慧。
牽制程度の攻撃力しかない水鉄砲だが、守護精霊のモンちゃんはその水流を経由することであたかも宙を疾走するかの如き移動を可能とする。
水鉄砲から水鉄砲への出入りによる水しぶきで狼の視界を妨害しつつ、その懐に潜り込んでパンチを放つ。
十メートル程飛ばされた狼だったが、見事に着地を決めると一足飛びでその距離を埋める反撃に来た。
同時、慧が放った水鉄砲を逆経由して距離を取るモンちゃんは、再度側面に回って攻勢に出る。
術士である慧に向かって駆ける狼を、慧は水の球に押し込めて足止めしつつ距離を取り、モンちゃんでの攻撃を試みるが──。
狼の咆哮と共に拡散した魔力で水球を破られ、次いで振るわれた魔爪による飛び攻撃によって傷を負わされた。
少なからず自己再生能力を持つ守護精霊にとっては大した傷でもないと、慧はヒットアンドアウェイに徹する。
だがそれでも、現実の厳しさは変わらない。
一体の魔鬼を討伐する際、一般に必要とされる高位の術士は三人。
フィリエーナとクーガー、そして慧で一体に対する形が望ましい。
(二体の魔鬼相手に三人じゃ、何時かの二の舞になりかねないわ)
徐々にだが確実に押されている周囲のサウンドと、頑丈で獰猛な鬼との短くも長い近接格闘のせいで、フィリエーナの集中が弱気に邪魔されてしまう。
「このッ。いい加減倒れなさい!」
そのせいか、徐々に攻防が荒くなっているのが自分でも分かった。
(金の妖精術を使えば楽にとはいかないまでも倒せるんでしょうけど──!!)
「ガアアッ!」
「──ッゥ! アリエル!」
余計な思考が入った分だけ防御が間に合わず、防御へ移行中の半端な防御の上から力ずくの攻撃を押し込まれてしまうフィリエーナ。
足が地面を削り、フィリエーナの身体が後方に流れた。
咄嗟にアリエルを間に割り込ませて追撃を避けたが、すぐさま反撃に出ようとした足が一瞬笑った。
(バカ力も大概にして欲しいわね)
フィリエーナの冷めた思考が、冷静に妖精術を使用するべきという判断を下す。
少なくともフィリエーナの最大霊力値と最大妖力値を合わせれば、神領域のボーダーと言われている最大値58000を超える。
霊質の密度では当然劣るものの、どの家でも柱石となれる値だ。
以前のように火生金に拘らなければ、慧やクーガーと協力して戦線を支えるどころか押し返すことも不可能ではない。
そうして、弱気な思考から解決策を講じようとしたフィリエーナは──
「想いを逢わせて。金星──」
背後から感じる高い霊力と圧倒的な火の気配に、詠唱を止めた。
『全力を出せよ。リートリエルの者の火はこの程度か』
いつかの誓の言葉が、頭の中に蘇る。
(冗談じゃないわ)
励まされたと思ったら、もうダメだった。
(守られるだけで満足するような、真っ当な女じゃないのよ!)
精霊術は精神的要因が大きい。
フィリエーナが近接主体の格闘戦をしているのも、その方が炎を放つよりも強そうに感じるからだ。
ならば、今より強くなりたいのなら──、それより強いイメージを形にすればいい。
あの時実感した──、想いを逢わせて創り上げた剣を──。
「炎星 比翼連理──ってトコかしら」
その手に宿すは、炎の双剣。
流石にあの時ほどとはいかないが、フィリエーナの想った通り、今までのどんな炎よりも強い力を感じる。
攻撃特化のため、場合によっては、守護精霊として形を成しているアリエルを持ってぶん殴るより強いかもしれない。
お返しとばかりに、鬼に向かって炎の双剣を打ち付ける。
今までは衝撃を与えながら表面を焦がす程度だったが、剣は確かに鬼の身へ深く切り込み、内外から焼く強烈な攻撃手段となった。
(いける!)
思考が押せ押せに切り替わったフィリエーナは、情熱的な剣舞で戦線の維持に成功する。




