第六章 守れなかったモノ、守れたモノ 伍
駆けながら屋外に出ると、怒号と戦闘音が徐々に大きくなってくる。
「始まってるわね。神炎は──」
「小川の向こうです。今なら小川を渡った前方の魔鬼の群れと離れていますが──」
フィリエーナの言葉に、風で遠くの敵を認識している鈴木が答える。
「フォーメーション変更。神炎から向かって俺と由紀のA班、希と慧、それにクーガーさんでB班、鈴木とフィリエーナのC班で二方向に分ける。BC班は氷堂家と魔鬼を挟撃。各自、絶対にこっちが挟撃されないよう意識してくれ」
あくまで挟撃しているのはこちらであるという意識の下、こちらに邪魔が入らないよう魔鬼を抑えろと要求する。
「それだと誓たちが!」
神炎四体相手に誓と由紀の支援だけという指示に、慧が危機感を抱くも──。
「大丈夫だ! 俺を信じろ。俺も信じる!」
そう言われては、信じて自分の出来ることをやるしかなかった。
「死んだら承知しないわよセイ。聞こえてたわねクーガー」
『オーケー。いつでも合流出来るよ』
スピーカー機能をオンにしていた携帯から、外からこちらを伺っているクーガーの声が響く。
「やれやれねまったく。一気に前方の集団を飛ばしちゃうよ鈴木!」
「はっ!」
「みんな跳んで!」
逸早く跳んだ希に続き、誓たちも風に後押しされて高く跳び上がる。
「射し込め。ひかる」
空中で真っ先に自身の守護精霊を召還したのは希。
小柄な猫の姿は一見頼りないが、内包する力は凄まじい。
補助型の希は、そもそも多様な補助に徹するなら決まった形は邪魔になるだけと、特定の複雑な形による概念武装の獲得には力を割かず、守護精霊に単純な力の補強を任せたスタイルを取った。
「虎狼諸共に斬り捨てよ。小次郎」
次いで鈴木も自身の守護精霊を召還する。
長刀を佩いた偉丈夫の姿。背丈は二メートル。刀の長さも刃だけで一メートルはある。
その二人がリンクで繋がり、その絆は月白となって世界に具現した。
もしも空中の道半ばで撃墜されでもしたら、風使いの名折れ。
手抜きはあり得ない。
何体かの鶏型の魔鬼の口から放たれる光線が空を穿ち、蜂型の魔鬼が身体ごと突貫してくる。
希の補助を受けた鈴木は、自身と『小次郎』でその全てを迎え撃つ。
幾つかを斬り捨て、真っ向勝負のキツイ幾つかはいなして、可能なら他の攻撃との相殺を狙う。
見た目パワーファイターの『小次郎』だが、その身体は風。
重さなど微塵も感じさせない速さで、そのくせ重みを持った攻撃を繰り出す。
攻撃・防御値共に90%──現在は二人リンクのAAブーストで攻撃値100%──の武装型の鈴木なら、守護精霊に下手な小細工は必要ない。
「やるわね二人とも」
明らかに鈴木の許容範囲を超えた攻撃を防いで見せた手腕に対し、フィリエーナは即座に仕組みの予測を立てた。
(手数を増加するタイプの特異能力。二人とも特異値は高くない筈だし効力はそれ程でもないだろうけど、ただでさえ手数多くて攻撃の感知し難い風使いならありね)
「慧!?」
「なっ!? いけません慧様! すぐお戻り下さい!!」
空を翔る慧たちに対し、下から驚きの声が上がった。
「ボクも戦う! 闇をも衝き砕け。モンちゃん!」
顕現するは全長五十センチ程の極彩色のモンハナシャコ。
空中を水中のように泳ぎ、オールクリアな視界を持つ瞬速のハードパンチャー。
僅か二百五十分の一秒で時速八十キロに達する速度で繰り出されるパンチは、どんなに硬い装甲をも粉砕する。
着地点に近い魔鬼へとモンちゃんを向け、そのパンチで防御ごと吹き飛ばして空間を作る。
自身の召還詠唱を恥ずかしいと言っていた慧。
家族を守ろうとする慧の気持ちが入ったその召還詠唱をきちんと聞けて、誓は嬉しく思った。
「光り導け。不知火」
着地に向けて降下しながら、誓が守護精霊の不知火を呼ぶ。
前衛を務める誓、フィリエーナ、鈴木が先立って着地を決めた。
と、そこへ横合いから狼型の魔鬼の急襲が入る。
「その名を掴め。グローリー!」
クーガーがこれを炎の連撃で遅らせ、グローリーの体当たりで距離を離した。
「主の栄光を謡え。アリエル」
すかさずアリエルを召還したフィリエーナが、背を向けたまま自身の守護精霊で誓の不知火を砕く。砕く。砕く。
希が空中に止まる中、由紀と慧が着地を決め──
「蘇れ。不知火!」
条件をクリアした不知火が羽ばたき、誓とフィリエーナとクーガー、三人を繋ぐ絆も具現した。
これにより、誓の描いたフォーメーションは最終段階へと移行する。
(これがセイの。なんてプレッシャー。想像以上ね)
背中に感じる強烈な霊力に、一瞬フィリエーナの身体が震えた。
「ケイ! クーガー! 見惚れてる場合じゃないわよ! サポート!」
「う、うん!」
「ああ!」
あまりの霊力に惚けていた二人に喝を入れ、フィリエーナは鈴木と共に前方の魔鬼へと攻撃を仕掛ける。
一気に攻勢に出たフィリエーナ側に反して、神炎と対峙する誓は炎の槍を周囲へと無数に浮かべ、守勢に回っていた。
「天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ。リアライズ。輝想 僧正遍昭!」
そんな中、誓に守られる由紀が、呪符を何枚も取り出して次々と印を結ぶ。
「木においては青き龍。火においては猛き鳥。土においては固き城。金においては疾き虎。水においては深き守。五行集いてここに相生を成す。リアライズ。影想 五将五行円環召喚!」
長い巨躯を宙にたなびかせる碧き龍、木神青龍。
巨躯を広げて空を焦がす燃え盛る鳥、火神朱雀。
天を衝かんばかりの巨躯が大地に足を下ろした人型の城、土神天空。
白と黒の体毛に覆われた巨躯で空をも駆ける金色の瞳の虎、金神白虎。
薄地の天の衣を着て羽衣を漂わせる、人型の上半身のみを空に浮かせた半身の女神、水神天后。
「リアライズ。影想 水神玄武」
次いで呼び出されたのは、長首の巨躯で大地を踏みしめる鉄の老亀、水神玄武。
十二天将の内の六天将がここに揃い、フォーメーションは完成した。
「なんか凄いのが六体も」
「十二天将の内の六天将。五体同時がゆっきーのスペックいっぱいの筈だけど。さっすがゆっきー、陰陽術はパないねぇ」
一時的に神力の消費を抑える術を使い、その間に五将五行円環召喚で五体を召喚しつつ消費スペックを一体分に、そうして空いたスペックでもう一体を召喚。
実に由紀の半分近い神力を一気に消費したが、その甲斐あって余力を半分残しつつ本来の限界を超えた。
並大抵の陰陽師であれば、一時的にせよ五体分のスペックを確保出来ないため不可能とも言える術式。
その場の大半の者たちが初めて目の当たりにする、陰陽術の高みがそこに在った。
「誓様。援護致します」
長い黒髪をなびかせ、青龍の手に青龍の風の力でふわりと舞い降りた由紀が、誓より半歩引いた場所で構える。
間違いなく味方で最大規模の戦力を有していながら、何処までも控え目な由紀。
「ああ。行こう」
見かけもそうだが、本当に器量良しだなと、誓は思った。
単純な足し算なら最大戦力となるだろうが、仮に総合力百の敵に総合力三十程度の味方が数名挑んだ所で、返り討ちに遭うだけである。
しかし、そこに同じく総合力百の味方がいれば?
功を焦らずにサポートに徹するだけで、自ずと道は開ける。
尤も、生半可な相手ではない上に敵も複数とあっては、命を繋ぎながらサポートに徹することすら難しいのは言うまでも無い。
準備を整えた誓たちの目の前で、四人の贋作親父たちが手をかざして召還詠唱を紡ぐ。
「「「「繋げ。境剣 羽間」」」」
「穢すなよ。妖魔の木偶人形が!」
三人リンクしたため、今の誓の召還値は480%に自身のリンク効果であるIAブーストでプラス10%と、計500%近くまで達している。
最大霊力値まで溜めるのも約二秒で済む。
誓は二羽の火の鳥を連れて敵陣に飛び込み、浮かべていた炎の槍も合わせた超火力をこれでもかとぶっ放す。
そこへ上空から不知火と青龍の風に後押しを受けた朱雀が援護射撃を放ち、天后の水の加護を受けた白虎が空を駆けて戦域のアウトラインを攻める。
防御に定評のある玄武と攻守共に硬い天空が、最終防衛ラインとして敵を力づくで押し戻し戦域を分断。
そして──
木気──風を操る青龍の掌中で水を操る天后を傍に置く由紀は、不知火と朱雀の更に上空から自然災害攻撃に移った。
「蹂躙せよ。神風」
EF4クラスの竜巻が戦場に渦巻き、無慈悲のうねりを上げる。
車両すら弾丸の如く飛ばされる暴風が、外敵を捉えて弾き出さんと荒れ狂う。
「轟け。鳴神!」
更に、気流と水分操作により指向性の雷が次々と打ち落とされる。
ただの雷でも殺傷能力に長けるのに、これは神力の通った上位次元攻撃──神の雷である。
何とか大地に踏み止まっていた二名を除き、空中で電気の逃げ道のない二名はおよそ九百ギガワット──九百万キロワット──をモロに叩き込まれ、絶大なダメージを受けて体細胞を内まで焦がす。
落雷の被害者の平均死亡率は約三割と意外にも低いが、それは側撃雷が含まれているからだ。
直撃雷を何発も打ち込まれては、最早死亡率がどうのこうのいう話ではない。
しかし贋作親父たちも然る者で、防御が厳しいと見るや相打ち狙いの魔炎を放って術式発動直後の術者を狙う。
しかも、片や数、片や質を重んじた二段構え。
由紀は青龍と共にその戦術二段構え、且つ、事象を一度すり抜ける攻撃二段構えの厄介な魔炎を亜音速──およそ秒速百二メートル以上──で避けながら、天后の水弾を何発も迎撃に充てる。
全身全霊を込めた攻撃の直後ならともかく、援護に徹して動きに余力を残していた由紀は、十二天将の二体を回避と迎撃に分けて専念させることで何とか反撃をやり過ごし、追加で雷を落とす。
もう死亡率がどうのこうのいう攻撃ではないが、既に死んでいる贋作親父たち相手では効果てき面という訳にもいかないからだ。
「せ、誓!」
猛る風に阻まれて中の見え難い所に何発も雷を撃ち込まれ、慧がその中心にいるだろう誓の身を案じて悲鳴を上げる。
驚いたのは慧だけではない。
とても援護攻撃とは思えない強大な神力に、第一線から離れたサポートメンバーたちが一様に固唾を呑む。
なまじ水使いなだけに、雷による苛烈な攻撃にゾッとする。
彼らの認識は陰陽師(笑)から陰陽師(汗)に早々と変わっていた。
無論、彼らとて高位の水術士。電気を通さない水の精製も出来なくは無いが、それはゴム手袋で雷を受けるようなもの。
ただでさえ物理法則の変換対強化という不利な条件なのに、上位次元の水の絶縁バリアと上位次元の神雷では、出力に差があり過ぎる。
あり過ぎるが──。
「心配無用だよ慧。あの風はゆっきーに敵と見なされていない誓や十二天将には効果が及ばないし、雷は制御されてる。ゆっきーは誓の家の客だし、金城の次男坊と違って無条件の信頼に任せる筈もないから今後も安心して。それに、仮に誓に側撃雷が跳んでも今の誓ならどうとでも捌けるから大丈夫」
防御側が出力の増した炎術士の誓であるなら、話は別だ。
一ワットは毎秒一ジュールとエネルギーにおいて等価。
つまり、九百万キロワットは毎秒九百万キロジュールで相殺可能。
その攻撃力故に勘違いされることも多いが、術者の利点は殺傷力ではなく耐久力にある。
そもそも殺傷力だけなら、相手に下位次元も含まれる以上、現行の武器でも充分効果はあるのだ。
しかし、相手に上位次元も含まれる以上、現行の武器では倒すまでにどうしても時間がかかるし、再生能力等があれば千日手になりかねない。
仮に時間をかければ倒せるとしても、非術者では相手の上位次元を含んだ攻撃に長い時間耐えられず、倒す前に倒されてしまう。
極論になるが、相手の攻撃を無意味に出来るとすれば、こちらの攻撃方法は銃でもナイフでも素手でも兵糧攻めでも、ダメージが通るものなら何でも構わないのだ。
「それより、私たちは私たちの役割をこなさないとね」




