第六章 守れなかったモノ、守れたモノ 肆
それから時間が経ち──。
「今日は来ない、かな?」
軽い夕食を済ませた慧は、みんな──由紀を除く──とトランプゲームをして時間を潰していた。
「どうかしらね。竜飛だったかしら? そっちで片付けてくれるなら悪くはないんじゃない?」
ポーカーフェイスを崩さず、慧の出した五のダブルの上に十のダブルを切るフィリエーナ。
残念ながらカードの引きが悪く、いいところまでは行くが上位には入れないでいた。
「セイ。そう意外そうな目で見ないでくれるかしら」
そんなフィリエーナが誓の見せた面食らったような表情に、ポーカーフェイスを崩す。
「いや悪い。これは薄々感じてたんだけど、フィリエーナって家名を大事にする割には優先順位低いなと思ってさ。勿論、いい意味で」
十二のダブルを切って、手番を回す誓。
こちらは傍に勝利の女神がついているおかげか、上位をキープしていた。
因みに、その勝利の女神はこういう札ものの引きが異様に強いため、ゲームには加わっていない。
最初、誓がそう説明した所で、二人ともちょっとくらいという感じだったが、六人で九十八枚──二ケースでジョーカーを二枚省いた枚数──使っての大富豪で、開始のダイヤの三を二枚とも持つ由紀から始まり、二のトリプルでターンエンド。二のダブルでターンエンド。キングとエースとジョーカーの階段でターンエンド。八を四枚で革命切り。三の革命で場を戻して終了と、他の誰もが何もしないままに終わってしまい、由紀の不参加が認められた。
「……それは違うわよセイ。私はあくまでリートリエルとして行動してるだけ。功を求めて友人の不幸を願うなんて、リートリエルの名に傷がつくだけだもの。パス」
(目を逸らしながら言っても説得力ないけどな)
微笑ましく思いつつ、スタートの権利を得た誓がどれにするか迷っていると──。
ヴヴヴ。
フィリエーナの携帯が鳴った。
「!?」
「来たか」
フィリエーナが通話ボタンを押して携帯を耳に当てる中、誓は手札を置いて目薬を注すと、静かに目を閉じた。
外で警戒していたクーガーと、電話が繋がる。
『フィリエーナ。連中が来たよ。でもちょっと……いや、かなり不味いことになってる』
「不味い?」
『ああ。魔鬼の数は二十体で今までの情報とそう変わらない。ただ、魔王っぽいのがいない代わりか知らないけど、例の神炎が──四体いる』
「な──」
『早々に合図をくれよ。リンクなしでどうにか出来る状況じゃない。それと、場合によっては誓くんとアレを使うことも考えていた方がいい』
硬い表情で通話を終えるフィリエーナ。
「フィリエーナ、さん?」
良くない予感をひしひしと感じ、慧が状況の説明を恐る恐る促す。
「ふぅ。困ったわねセイ。悪い想定が的中したわ」
目を開けた誓が、フィリエーナを見た。
「魔王はいないみたいだけど神炎が四体。自分自身とリンク出来るかなんて知らないけど……、妖精術士で良かったわね」
(魔王がいない? 隠形してるのか?)
「そうだな」
頭では別のこと考えながら、誓はプラス要素を肯定した。
「よ、四体も」
「そんな──」
魔鬼の増強は予想しても、流石にこれは予想外だったのか慧が身を強張らせる。
「基本見に徹する魔王がいるより余程厄介な状況ですね」
鈴木が冷静に状況を分析した。
暗い影が忍び寄る中、ドタバタと忙しない音が近づく。
バタンッと、ノックもなく扉が開かれた。
「失礼します慧様!! いらっしゃいますか!?」
息を切らす二人のメイドの様子に、余程焦っていることが容易に見て取れた。
「舞子さん。それに理香子さんも」
「慧様。皆様。危機レベルが想定を超えたため、御当主様より避難命令が出ております。ご案内致しますのでこちらへ」
理香子がすぐにでも案内を始めようと踵を返す。
「悪いけど、それは聞けないよ」
しかし、慧の言葉にもう一度反転した。
「慧様?」
舞子が、困惑した声を出す。
「ボクはここの次期当主だ。みんなを守る義務がある」
改めて自分の気持ちを確かめるようにゆっくりと、慧が意志を示した。
「ご立派です慧様。しかしお言葉ですが、次期当主だからこそ、ここは恥を忍んで避難するべきです」
「そうです慧様! 慧様に万が一があっては」
理香子が冷静に再考を求め、舞子は心からの気持ちで再考を願う。
「ありがとう二人とも。でも大丈夫。自棄になってる訳でも自己陶酔してる訳でも、まして勝算がない訳でもないからさ。ね?」
ウィンクして、慧は変わらない意志を伝えた。
「慧様……。畏まりました。それならば弾除け程度にしかなりませんが私たちも一緒に──」
慧の意志に殉じようと、理香子が同行を進言しようとするが──。
「いや、悪いけど足手纏いだ。その覚悟は立派だけど、今の状況じゃ慧にとってマイナスにしかならない。相手は死んだ者すら体よく使う下種野郎たちだ。君たちの死体を盾にしろ武器にしろ使われてみろ。俺はともかく慧は躊躇するだろう。それが致命の隙にならないと言えるか?」
そこへ誓が横槍を入れる。
「な、何を知った風に──」
自分たちの決死の覚悟を邪魔した誓を、舞子がキツく睨みつける。
(相変わらず戦場での発想がドライというかエグいというか)
誓の出した例えに、慧は顔を引き攣らせる。
「知っているさ。それで死んだ術者を何人も見て来た。それで躊躇しそうな心を何度も殺して来た。だから断言出来る。その一度目が自分に牙を向けば、乗り越えられるのは物語の登場人物みたく運命に愛されているか、もしくは元から何処かが壊れてる奴だけだ。当然、心を制御出来ない奴はそれが何度目だろうと死ぬ。そして心の制御は、相手が近しい程に、大切な程に難しくなる」
「誓」
理香子や舞子が慧にとって大切と思ったからこその先の発言に、慧は心を打たれた。
「だから言わせて貰う。悪いけど足手纏いだ。ここは恥を忍んで避難してくれ」
誓は先の理香子の発言を用い、避難を促す。
「──分かりました」
「理香子!?」
まだ納得のいっていない舞子が驚きの声を上げる。
「誓様。皆様。どうか、どうか慧様をお願い致します。行きましょう舞子」
「~~っ」
一礼して去る理香子に残される舞子が、声にならない気持ちで数秒苦悩し、キッと誓を睨む。
「いいですかそこのあなた! 慧様に何かあったら絶対、絶対許しませんから!」
そう言い残し、理香子の後をやや駆け足で追った。
二人の足音が遠ざかり、やがて時計の針の進む音しか聞こえなくなる静寂が訪れる。
「……行こう」
誓の言葉に、全員が覚悟を決めて頷いた。




