第六章 守れなかったモノ、守れたモノ 参
「お帰りなさいませ慧様。そちらがご学友の方々ですか?」
門前に控える二名が頭を下げ、慧たち六人を迎える。
「うん。お勤めご苦労様。当主はいる?」
「夕様でしたらいつもの場所かと」
「ありがとう」
慧がお礼を言って門を通り、その慧に連れ立って誓たちも氷堂家の敷地内へと足を踏み入れた。
噴水のある池や整備された小川など、水の精霊術士の敷地だけあって西洋チックな水の都を想わせる造りとなっている。
(水のせせらぎが心地いいな)
周囲を確認しながら慧の後について建物の中に入った誓たちは、暫く進むとある扉の前で歩みを止めた。
「失礼します。母様ちょっといい? 友人を紹介したいんだけど」
ノックと声掛けをしてから扉を開けた慧が、ひょこっと首から上を向こうへ覗かせる。
「慧様、今は大事な話の最中でして」
そんな慧を壮年の男性が咎めた。
「特に進展があった訳じゃないんだよね。それなら子どもが母親をちょっと借りるくらい問題ないんじゃない?」
「丁度いいわ。皆、少し休憩にしましょう。そうですね、では十七時にもう一度ここへ」
いい機会と思ったのか、慧の母が優麗な声を発し、部屋からぞろぞろと人が出て行った。
室内が残り一人となった所で、誓たちはこれまたぞろぞろと中に入り──
「感心しないわね慧。今がどういう状況か、分かっているでしょう。友人を巻き込むつもり? すぐに帰って貰いなさい」
開口一番に帰れと言われる。
「でもッ」
「でもじゃありません。あなたが皆さんの命に対して責任を取れますか。取れないでしょう」
相手の速攻に形勢不利と見た誓は慧の隣へと進み、慧の母で氷堂家の現当主である夕と静かに対峙する。
「お言葉ですが、俺たちは術士です。自分の命の責任を誰かに押し付けようとは思いませんよ」
「ほぅ」
じっと見据える夕に臆することなく、視線をぶつける。
「…………あなたの名前は?」
「誓。俺の名前は誓です」
流石にここで遠藤を用いる訳にもいかず、名だけを答える誓。
「いい顔つきですね誓さん。先程の発言、口だけの者なら即座に叩き出していたでしょう。……なるほど、私の子どもはどうやら友人に恵まれたようです。聞くまでも無いかもしれませんが、念のために確認させて下さい。戦う気ですか? そこが地獄でも」
全員が決意を込めて頷いた。
「いいでしょう。ですが決して前線に出ないと約束して下さい。あなたたちはまだ若い。霊力値の低さは否めないでしょう。あくまで後方でサポートに徹するように」
「ッ」
「はい」
何か言いたそうにする慧を手で制した誓は、そう淡々と答えて一礼し、部屋を去る。
暫く進んでから、周囲に誰もいないことを確認した慧が口を開いた。
「誓。どうしてあんな簡単に返事を……」
「ランカークラスでもなければアレは止められない。何処にいようと、結局俺たちのいる場所も前線になるさ。それに、霊力値の低くない俺が前に出て神炎と、みんなには後方で魔鬼を相手取ってサポートして貰う形になるから約束は破らない」
想定通りの質問に、誓が淀みなく答える。
そう、実に想定通りの展開だったと。
「全く、酷く不幸な見解の相違ね。でも、それだとちょっと不味くないかしら?」
誓の屁理屈に微笑んだフィリエーナが、問題点を指摘する。
確かに、対魔鬼を後衛の役目と見ている誓と、そこも前線と見ている夕の『不幸な見解の相違』を利用して戦場に出ることは出来るだろう。
しかし、今のままでは戦場に出る条件はクリアしても、慧の家族を守るには足りない。
「ああ。だから無理矢理割り込んで可能なら場所を移すか、もしくは戦線を固定する。それなら、あそこで口論に時間を費やすより、希たちにこの場所を把握して貰った方がいいだろ?」
「そういうこと」
「誓って、意外とドライ?」
そのあまりにも割り切った対応に、頼んだ側の慧ですら困惑気味だった。
「何と言うか、実戦に関しての割り切りが速いのよね。頼りになるわ。リーダーの行動がどっちつかずじゃチームとして致命を晒しかねない。ねえセイ。あなた、敵地で如何にも無力に見える泣いてる子どもを見つけたらどうする?」
上機嫌な様子のフィリエーナが、面白がるようにもしもをぶつける。
「先ず気絶させるか動きを封じる。それで可能なら、調べて安全が保証されるまで隔離する」
「問答無用で素敵ね」
(えー……)
なんか怖いことを言い合った二人の友人に、慧は若干引いた。
慧の部屋の一つ──寝室ではなく所謂客間──に入り、誓たちはテーブルを挟んだ二つのソファに腰を落ち着ける。
二人のメイドがサッと紅茶と茶菓子を用意し、主に一礼して部屋を去った。
「フォーメーションはどうするの?」
フィリエーナが紅茶を手にとって聞いて来る。
まるで画に描いたように堂々としていて優雅でもある友人の姿に、慧は自分がこの部屋の主であることを忘れ掛けた。
「俺が最前衛。攻撃型のフィリエーナと武装型の鈴木が前衛。遊撃型の慧が中衛。補助型の希と召還型のクーガーさんに陰陽師の由紀が後衛」
一方、同じ事をしてもあまりサマにならない誓も、そんな絵になるフィリエーナを少しズルいなと感じていた。
「妥当な所ね」
「クーガーさんがフィリエーナを、希が鈴木をサポートするとして……。慧のサポートにも誰か適任者がいると助かるんだが」
幸い、醸し出す品の度合いで言えばフィリエーナや由紀以外は似たり寄ったりだからいいかと、若干失礼なことを思いながら伺う誓。
「それなら舞子さんと理香子さんに頼んでみるよ。多分だけど力になってくれると思う」
慧もその点に関しては早々に負けを認めたのか、茶菓子をつまみつつの『行儀? なにそれ美味しいの?』という実にリラックスした受け答えだった。
「その二人は?」
「さっきの二人だよ。偶然ボクが助ける形になった人たちで、今はここでメイドをしてるんだ。所謂中高咲で術士としては全然だけど、二人共基地型だからね。ボクの苦手な防御をリンクで底上げして貰えるよ。半分ボク付きみたいなものだから、ボクとしても後々庇い易いし」
中高咲とは、中学生や高校生に当たる歳になってから術士として開花した者の俗称である。
この頃に開花した者は、十代になる前に開花した者と比べ、妖力や霊力の最大値がどうしても大幅に低くなってしまう。
術士として大成するのは非常に困難と言えるが、慧の言うようにリンク要員としてであれば、特性次第で戦力になり得る。
「全然か。二人共基地型ってのは魅力的だけど、それだと危ないかもな」
二人の有用性を認めながらも、想定する状況下での投入は厳しいと判断する誓。
「私も二人一緒に運ぶのはちょっとね。神炎や魔鬼相手の乱戦でしょ。ちょー無理」
運び役として視線を向けられた希が、軽い調子で定員オーバーを告げる。
(由紀ならいけるだろうけど、そうすると由紀本体の動きが殆ど守りに制限される。慧の強化と由紀の動きの幅、どっちを取るか)
誓は茶菓子で糖分補給をして、脳の活性化を図った。
「えっと、由紀さんと一緒になって三人で守りを固めて貰う……じゃダメかな?」
陰陽術士に対する精霊術士の当たり前の認識で、慧が無意識に由紀を下に見た提案をする。
色々な要素で本人の実力以上の力を出せるものの、基本的に神力を打ち切ってしまう陰陽師はペース配分を考えなければならない。
一方、実力以上を出すことは難しいが、極々短時間に限定しなければ弾切れと呼べる状態のない精霊術士は、霊力の出し惜しみなど必要ない。
同じ打ち切りでも、高度な魔術は独自ルール万歳なので気が抜けないが、陰陽術は妖精術や精霊術と似ている部分も多く、対抗手段がまるで分からないなんてこともない。
そして、陰陽師に才能の低い者が多いこともあり、陰陽術は妖精術や精霊術の劣化版というのが精霊術士たちの一般認識となっている。
「普通に考えるなら私もその意見に同意だけど、どうなの? 私はケイの本気も、ユキの実力も知らないから難しいけど、あなたたちなら少なくともユキの実力は分かっているのでしょう?」
慧と違い、歴戦の兵であるフィリエーナはこれまでに強い陰陽師との戦闘経験──と言ってもサポートメンバーだったが──も持っていた。
お住まいの地域以外に外出した紅雪の椿姫とそれを信奉する者たちとの、一族の総力の約半分を挙げての一大戦闘。
紅雪の椿姫が何もしなかったにも係わらず、たった二体と一人にリートリエルがまるで相手にされず、悠々と生かされた悪夢のような苦い経験である。
「んー、まぁね。ゆっきーって妖精術は上手くないけど陰陽術は凄腕だから。誓もその辺で悩んでるんじゃない?」
「ああ。いや、止めた。現状じゃ悩んでても答えは出ない。単刀直入に聞くけど、慧は守護精霊を使えば魔鬼を倒せるのか?」
こうなったら単純に実力で決めてしまえばいい。
そんな態度が見て取れる誓の示したボーダーに、フィリエーナがチラッと由紀を見た。
「え? ん、どうかな。相手の機動力次第だけど、一対一で時間があるなら出来なくはないと思うよ。それにリンクしてれば乱戦でも上手く削れると思う」
「なるほどな……」
戸惑いつつ言葉を返した慧は、考え込む誓の次の発言に意識を傾ける。
「ふーん、今度是非全力で手合わせ願いたいものね」
「ええ!? よしてよフィリエーナさんっ。ボクじゃフィリエーナさんの相手は務まらないよ!」
そこへ横から投げつけられた予期せぬ果たし状を、慌てて両手と首を振り、慧は全力で拒否した。
遊撃型の防御値は30%。
ヒットアンドアウェイをしようにも、ほぼ直線的な動きとは言えロケット噴射的な移動手段を持つ相手では、全回避は難しい。
慧が風術士であれば、補助と召還で上回り、攻撃値も相手の防御値を上回る以上、手玉に取れる可能性もあったが。
(どう考えても厳しいよね)
フィリエーナの一発に対し二・三発攻撃出来れば、残りライフが少なくても普段の動きをこなせる格闘ゲームなら結果は分からないだろう。
しかし現実問題、こちらが打撲程度の攻撃を二・三発与えた所で、骨折する一発を貰えば結果はもう余程のことがない限り一目瞭然である。
しかも、自身も守護精霊も前衛をこなすフィリエーナと違い、慧の戦い方は守護精霊を前に出して自身は殆ど後方支援という、オーソドックスなタイプ。
前線を殴り合いで支えるような意識の攻撃型相手では、やる前から腰が引けてしまう。
「ん。オーケー、決めたよ。慧には悪いけど、神炎の排除を優先しよう。俺も正直片手落ちだし、あまり考えたくないけど相手の戦力増強もあり得る。由紀のサポートがないと万が一と言わずに十に一くらいはありそうだ」
誓は自分の安全を優先するようで悪いとも思ったが、それが結果的に全員の安全へ繋がると判断した。
「片手落ち?」
「ん、ああ。ホラ、いつもは頼りになる相棒がいるからさ。金城の」
妖精術を使う訳にはいかないからとは言えず、失言だったと思いながら誤魔化す。
「そう言えばそうね」
(失念してたわ。これじゃホントの本気は見られないわね)
フィリエーナが乗っかってくれたおかげで、慧から別段不審に思われずに済んだ。
「うん。由紀もそれでいいいかな?」
「はい。何なりとお申し付け下さい」
誓に力を必要とされて機嫌のいい由紀は、嬉しさを抑えつつ微笑む。
「そう言って貰えると助かるよ。悪いけどちょっと頼みたいことがあったんだ」
同じく微笑みながら、携帯の画面に打った文字を由紀だけに見せる誓。
その内容に、由紀はしかと頷いた。




