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第一話 日溜まりの笑顔 第六章 守れなかったモノ、守れたモノ

 今日も今日とて学園生活を送る誓。

 例の実しやかな噂が広がりきり、いよいよ針のむしろとなっていた。

 食堂では居心地も悪いだろうと、今日も忘れ去られたプレハブ小屋の脇のベンチに腰を下ろす。

「誓も大変ねぇ」

 ぼっちの耳にさえ入るくらい、例の噂と誓が炎導の者であることは学園中に知れ渡っていた。

 尤も、赤口家の者がまだ登校していないこともあって、第三位の誓とは別人として捉えられていたが──。

「結先輩は疑ったりしないんですか?」

 敵意のある視線の渦に呑み込まれそうな午前中を終え、精神的に疲れていた誓は、やや投げやり気味に聞く。

「……ぷっ、あはは、ないない。そりゃ炎導家のことはよく知らないけど誓のことは割と知ってるし。なんたってボッチの後輩だもんね」

「はぁ。嬉しいような、そうでないような……」

「むー。何よー。少しは喜びなさいよね」

 いつかのように、頬を膨らませて睨んでくる結。

「まぁ、こうも意識されっ放しじゃ疲れても仕方ないか。ほら」

 これまたいつかのように、小さな両手で持ち上げられたフラウが、誓の前へと差し出された。

「ど、どうも」

 フラウを撫でながら、癒されるな~としみじみ感じていた誓の耳に、足音が近づく。

「誓。いる?」

 林の合間からひょっこりと顔を覗かせたのは、クラスメイトの慧だった。

「慧。どうしたんだよこんな所に」

「うん。折り入って話があるんだけど……」

 チラリと、慧の視線が誓の横にいる結へと向けられた。

「外そっか?」

 邪魔かなと感じた結がそう言うと、フラウが誓から離れて結の頭へとよじ登った。

「いえ。構いません。片倉や竜飛に知られたからどうというものでもありませんし」

「それで?」

 ならここで話を聞くと、誓は先を促す。

「その前に一つ、確認しておきたいことがあるんだけど、いいかな?」

「うん?」

「日本の火の第三位。炎導誓は──、君かい?」

 一陣の風が吹き抜けた。

(思い返せば……、この学園内で面と向かって尋ねられたのは、これが初めてだな)

 そう思いながら、口を開く。

「──ああ。そうだよ」

「っ。──はは、自分で聞いておいてなんだけど、驚いたよ。とてもね。でもこれで、心も決まった」

 自分の胸に手を当てた慧が、気を落ち着けるように一度深い息を吐く。

 そして、真っ直ぐな瞳で誓を射抜いた。

「お願いだよ誓。ボクを、ボクの家族を助けてくれないか?」

 何処か見覚えのある、焦りを感じさせる表情──。

 それは昔の自分に似ているからだと、誓は思った。 

「もう少し詳しく聞かせてくれ」

「氷堂家は水の精霊術で五指に入ると言えば聞こえはいいけど、水のトップ層は何処も似たり寄ったりでね。東京・火の赤口家や、千葉・風の鈴風家、北海道・土の花道のように、頭一つ抜けている家がないんだ」

「確かに、竜飛家も水じゃパッとしてないからな」

 竜飛影斎という国内ランカーを抱える竜飛家だが、竜飛影斎の属性は火。

 おかげで竜飛は知名度こそ頭一つ抜けているが、水術士としての実力は今一つである。

「そして、その内の一つは敢え無く滅亡。竜飛影斎は竜飛家が抱えて動かさないだろうし」

「だろうねぇ~。にゃはは」

 火水風土。

 この近辺のトップ層が軒並み倒された以上、鈴風を抜いた関東でたった一人の精霊術士の国内ランカーを、竜飛が他家のために動かす余裕はないだろう。

「となれば分かるだろう? 現状、精霊術の家系で今の脅威に対抗出来る家なんて殆ど無いに等しい。でも御家の上役たちは妖精術士には頼らない。御三家と繋がりを持つ鈴風家も同様だ。それで、誇りを胸に抱いて死ね? 冗談じゃない」

「慧」

 まだ付き合いは短いが、慧が割と気分屋で感情によって行動しがちなことは誓にも見て取れた。

 ただ、それでも落ち着いているというか、気の逸りは見受けられず、基本スタンスで一歩引いている。

 そんな普段冷静な慧が、感情を処理しきれないでいる。

「入学式の日の帰りに五人で話した時のことを覚えてる? 誓が精霊術士と妖精術士の仲を取り持とうとしてるって聞いて、ボクは凄く嬉しかった。ボクと同じ考えの人が妖精術士の家系、しかも御三家の人にいると知ってどれだけ将来に希望を持てたか。でも、それじゃもう遅い。ボクが当主になるまでなんて事態は待っちゃくれないんだ。今すぐ力が必要なんだ。あの分からず屋たちをまとめて守れるような力が」

 それを聞いた誓が不謹慎にもどれだけ嬉しかったか、幸い、熱くなっていた慧には気取られずに済んだ。

「誓。ボクはこれから凄く我が儘なことを言うよ。炎導家としてではなくボクの友人として、誓、暫くうちに泊まって行動を共にしてくれないかな? 当然、お金は出せない。でも、お礼はきちんとするよ。約束する」

「それはつまり──」

「うん。ボクは氷堂慧として妖精術士に助力を願う訳にはいかない。そして推測だけど、君の方も動くに動けなくなってるんじゃないかな?」

 抜け道としてはありかと思いながら、誓もその方向で考え始める。

 これは秀一の言っていた、上手く状況が運べば現場の判断で押し通せる状態に繋がるのではないか──と。

「そぅなの?」

「ええ。応援要請があれば、応える準備はあるという形で、それまで動かないようにと暗に釘を刺されました」

 結の問い掛けに、事実確認の意味も込めて答える。

 そう、動くなという命令はされていなかった。

「やっぱりね。今の状態じゃそんなの絶対入らない」

「慧の頼みはそういう意味じゃありだけど。ただ、俺が本家から離れるとなると、情報とかはどうしても不足するな」

 友人の家に泊まりに行って偶然事態に遭遇したら、応援要請などなくとも友人として一戦交えて当然。

 確信犯に近いが、いけそうだと誓は判断する。

 だが、御三家は妖精術士ばかり。

 鈴風ではない精霊術士の友人の家まで、サポート要員を連れ出す口実がないデメリットもまた、同時に浮上する。

「ふふん、お呼びかしら?」

 急に現れた三つの気配に、またこいつはと、誓は心の中で毒づいた。

「希に鈴木。フィリエーナまで。いつからそこに……」

 どうせ補助型の希が隠していたのだろうと当たりをつけた誓の声音に、慧のこともあってやや不快感が入ってしまう。

(そう言えば、さっき風が吹いたな。あの時か?)

「すみません。慧さんが思い詰めた顔をしていたので気になりまして」

 鈴木が主の非を庇うように頭を下げた。

「言っておくけど、私は止めたのよ」

 こちらは平然とシラをきるフィリエーナ。

「その割には熱心に聞き耳を立てていたようですが」

「スズキの気のせいね」

「まーまーいいじゃない。みんなで連日お泊り会なんてレアなイベントが起きたんだから」

 そして希は悪びれもなく、勝手に話を進める。

「みんなでって」

 敵の強さを知る身として、誓は危機感を抱くが──。

「炎導家の誓が友人としてオーケーなら、鈴風家の私たちだって友人としてオーケーでしょ。情報収集なら得意よ私」

 自由人の希が、構う筈もなかった。

「最悪、私だけでも入れればお嬢様と連絡は取れるかと。鈴木なんてありふれた苗字ですし」

 次善策を述べながらも、鈴木も既にその気である。

「正直、こっちで全部出来るならその方がいいんだけど、友人が困ってるなら放っておけないものね」

(下手に上手く行き過ぎても連中が煩くて後々面倒だし。それに、悔しいけど聞いた限りじゃこっちの手に負えそうにない。誓の力はどうしても必要だわ。誓の本気も見れるし)

 一方、実力は勿論、家的に考えても助力を断られる心配など杞憂と判断したフィリエーナは、言わなくてもいい部分を伏せつつ、本心を語った。

「みんな……。で、でも危険だよ。相手は神炎に魔王だし。魔鬼だってたくさん来るかも」

 友人の心遣いを嬉しく思うも、危険度を考えればそう簡単に受け入れることは出来ないと、慧は再考をそれとなく促す。

「風使い甘く見ないでよ。広い場所で逃げに徹すれば早々やられはしないわ。まあ今回は文字通り高みの見物ね」

「戦闘は私が。フィリエーナさんと一緒なら、時間稼ぎくらいは出来るでしょう」

「そうね。魔王の分身はいつも自分からは手を出さないって話だし、誓が神炎を片付けるまで粘るだけなら楽なものよ」

 だが、返って来たのは慧の涙腺を刺激する、実に頼もしい言葉だった。

「ありがとう。みんな、ありがとう」

「ん~、青春だねぇ」

 その様子を傍から見ていた結は、うんうんと満足気に頷く。

「結先輩、先輩も──」

 一緒にと続けようとしたが──

「ゴメン誓。私も手伝ってあげたいけど、今はそうもいかないのよね~。分家は辛いよ」

 残念そうに首を横に振る結に、早々と断られた。

「でも可愛いボッチの後輩の晴れ舞台、草葉の陰から応援してるから」

「──いや、勝手に死なないで下さいよ」

 ハンカチを目元に当て、『立派になって、およよよよ』とすすり泣く結にツッコミを入れる。

 それから誓たちは放課後すぐに行動を開始することを確認し、午後の授業へと臨んだ。


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