第五章 四面楚歌 伍
「それは出来ません」
場所は炎導金城の会議場。
誓の出した案は、現当主である母の静に否定された。
「ですが、相手が精霊術士の家系を狙っているのは確かです。徒に犠牲を増やす前に手を打ってもいいでしょう」
「応援要請があれば、応える準備はあります。しかし、それがないのに動いてもあらぬ疑いを増長するだけということは、言わずとも分かるでしょう」
「それは……」
風術士の安易な流言によって広がった確執が、誓の手足を拘束する枷となる。
「誓殿の気持ちは分かりますが、恩を仇で返すような連中にこちらからわざわざ手を差し伸べることはありますまい」
炎導に長く仕えてくれている重鎮も、当主の姿勢に同調する。
「若様の実力はここにいる誰もが認める所。畏れながら、幼少の頃より知る者としては、若様の才気の開花に誇りすら抱いております。ですがまだお若い。今はまだ、お家の動向に関しては我らにお任せ下され」
「左様。誓様の意見は正しいですが、状況に適しておりませぬ。鈴風のように手を繋ぐに値する精霊術士は少ない。今回の件がいい証拠でしょう。この上、誓様の真っ直ぐな正しさを土足で踏みにじられようものなら、この炎導金城の爺婆たちが西の水記をも巻き込んで報復しかねませんぞ」
その後は、当たり障りのない程度に意見を述べ、概ねの指針が従来通りに決まった所で解散となった。
「お疲れ誓くん」
会議後、拓真の兄の秀一に労うように肩を叩かれる。
「お疲れ様です秀一さん。完敗でした」
「仕方ないさ。根回ししようにも懸念材料ばかりではね。それに何だかんだ言っても上は上で纏まっている。沿う案ならともかく、真っ向対立する案じゃ仮に俺たちが纏まって手を尽くした所で、次善策に置かれるのが関の山だろう。拓真は例によって欠席。結花さんは他で我を通す分、この場は点数稼ぎと割り切ってる。もう四・五年もすれば、この状況も打開出来そうではあるけど、今は難しいな」
「そうですか」
秀一の見立てに、誓の表情が暗くなる。
(分かってはいたつもりだけど、やっぱり自分の意見が当分通りそうにないってのは結構辛いな。まだまだ力不足か)
「まあ上手く状況が運べば現場の判断で押し通すことも出来る。お互いめげずに頑張ろう」
「はい。ありがとうございます」
励ましにお礼を言い、それから少し雑談を交わしてから秀一と別れた誓は、稽古場へ向かって雑念と汗を流す。
「予想通り撃沈?」
休憩に入って腰を落とすと、美姫に声を掛けられた。
「ああ」
「やる前から分かっていたこと。無駄な努力おつ」
美姫らしい励ましに加え、冷えたレモネードを渡された。
「爺共は頭固ぇんだよ。先や過去ばっかり見て今が見えてねぇ。これがホントの老眼ってやつだな。いくら考えたって先がどうなるかなんて不透明なのによ。誓もよくやるぜ」
同じく休憩に入った拓真も、炎導金城の議会への参政権を得た初回でキレて以降、出席しなくなった場で元気を無くしてきた誓に対して声を投げ掛ける。
「まだまだ先は長そうだよ」
レモネードを喉に流し、立ち上がった。
この日、火と土の精霊術士の家系が一つ滅ぼされたことを、誓は翌日の朝早くに聞くこととなる。




