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第五章 四面楚歌 弐

 次の日の昼休み。

「すみません。遅くなりました」

 四時間目が霊育の授業だったため、着替えに時間を取られた。

「ん~。いいっていいって、別にそんな固く考えないで。お互いの時間が重なる時に楽しむくらいでいこういこう」

 にゃふにゃふっと笑って、結がプレハブ小屋の屋根から身を投げる。

 綺麗に着地を決めてベンチに座り、ポンポンと隣を叩いた。

「そう、ですね」

 そこへ座って弁当を広げる。

(思ったとおり、今日は凄く美味そうだな)

 雰囲気もあるだろうが、味付けや彩りは大切である。

 その点、今日の由紀のお手製弁当は素晴らしい。昨日の妹のそれとは見ただけで違う。

 兄として妹の紗希が挑戦する分には構わないのだが、それを持たせられる身としては少々困りものだった。

(味覚はおかしくない筈だが、どうも壊滅的過ぎて味気ない料理になるんだよな)

 母である静や双子の片割れである希吾の料理は美味しいのに、大胆を超えて調味料やソースを使う紗希の料理は、二口も食べれば暫く舌が使い物にならなくなる。

 朝の弁当を渡して来る人物が誰か。

 そこで四分の一に当たった時の気持ちは、嬉しくも悲しく、正に筆舌に尽くし難い。

「うんうん。それに長期化しちゃってる私と違って、誓はまだ脱ぼっちの可能性ありまくりなんだから。一言連絡さえくれればそっち優先で構わな──って、まだ連絡先交換してなかったっけ」

 何処からかやって来たフラウからサンドイッチと紅茶のパックのジュースを受け取って、結も昼食の時間に入った。

 定位置の頭上へともたれ掛かるように座り込むフラウ。

「ああ。俺のはこれです」

「私のはこれ、って誓の凄い高アクセス権の奴じゃない!!」

 携帯画面に表示されているG8の文字。

 Gは術者や警察を指す記号で、一般人の持つBやお子様用のCよりアクセス出来る幅が広いが、政治家や軍などの持つAやSよりは狭く設定されている。

 次にその後ろの数字が高い程、アクセス権もまた高くなる仕組みだ。

 結のG5より、三段階も上である。

「ええ、まあ」

「……」

 沈黙が降りる。

「えっと……」

 結なら、悪戯目的でちょっと貸してと言いかねないかもと身構える誓だったが──。

「大丈夫、なの? 無理してない?」

「え」

 真剣に案じる結の態度に、失礼ながら度肝を抜かれた。

「出来そうにない任務は、はっきりノーって言わなきゃダメよ。本家の人間にしても、使える駒はそう簡単に切らないわ。家族を盾にされても寧ろ家族の安全を引き換えにこっちが条件を出すくらいじゃないと、いいようにこき使われて死ぬのがオチなんだから」

「結先輩」

 その妙に実感の篭った雰囲気にたじろぐ。

「あの、大丈夫です。俺の属する所ではそういう人質みたいなことは全然ありませんから」

(というか、寧ろ結先輩の方が心配だな。そういう思考が当たり前のように浮かぶってことは……。日本じゃ精霊術士に重要な仕事は回らない筈だけど、だからこそ中には悪い意味で重い仕事をこなそうとする所もあるみたいだし。後でちょっと探っておかないと)

 誓のアクセス権の話で突っ込む余地がなかったが、結のG5もこの年代の精霊術士にしては異様に高い。

 恐らく、所属する家の格で上回り、且つ、血筋でも本家の直系となる蒼衣ですらG4を所持しているかどうかだろう。

(分家でしかも属性の違う十代の精霊術士。順当に考えるなら、高くてもG3が関の山だ。俺や拓真と一緒に高難度の任務をこなす美姫だって、本人の実力や出自の関係でG4止まりだし)

「む~」

 尚も心配そうにこちらを見つめる結に、誓は心配し合っていても仕方ないと、再度『大丈夫です』と安心させるように告げる。

「ならいいけど、助けが欲しい時はちゃんと言うのよ。この結ちゃんが助けに行ってあげるから。ね?」

「ありがとうございます。結先輩」

 自身こそ危険な任務を押し付けられているだろう結の念を押す姿に、誓は心がざわつくのを感じた。

(本当に、俺が何とかしてあげないと)

「うんうん。でも誓のことだからなんか遠慮しそうだなぁ」

 漸く笑顔を取り戻した結はニヤリと目を光らせ──

「ちょっと貸して」

「ぁ──」

 っという間に誓の携帯を奪った。

「ん~、アドレス登録画面登録画面っと──」

「ちょ、結先輩。それくらい自分でや──んぅ」

「いいからいいから」

 結は騒ぐ誓の顔面にフラウを押し付け、ゴキゲンで登録を敢行する。

「──うん、これでよし!」

 やっとのことで解放された誓が携帯を確認すると──

「ん? 俺の結……ってなんじゃこりゃあああ!」

 誰かに見られたら関係や人格など色々誤解されそうな登録ネームに、思わず叫んだ。

 慌てて変えようとするが……。

「ダ~メ。これなら気軽に連絡可能でしょ。にゅふふ、やったね誓。あ、もぅ変えようとしちゃダメよ。先輩命令」

 操作しようとした右手を優しく両手で包まれ、無邪気な笑顔で命令されては指を動かす気も消えてしまった。

 雑談しながら箸を進め、彩り溢れる弁当を美味しく頂く。

 あまりの美味しさに即行で完食。

「結先輩はどうして悪戯をするんですか?」

 食後の会話となり、量の違いで既に食べ終え、フラウと戯れていた結に気になっていたことを聞く。

「そりゃあ楽しいからだよ」

 ニコニコと、邪気のない顔で返された。

「まあ入学式のやつは新入生的にありでしたが。別にわざわざ生徒会を敵に回さなくても、その生徒会に入って最初から企画するという手もあるんじゃ……」

 せっかくならみんなで楽しめる方がいいだろうと、思ったことを告げるも──。

「あーそれは無理だよぉ。もぅ試した後っていうか、最初は私も生徒会にいたから色々提案したり企画書とかも作成したりしてたんだけどねぇ」

「ぅえ。結先輩、生徒会役員だったんですか?」

 衝撃の事実に、自分で思った内容にも係わらず、それはないという反応で返してしまった。

「にゃははは、まぁね。でも、私の考えはどうもお堅いお歴々には理解されないみたいで、次第に一緒に入った幼馴染にもとばっちりが行くようになっちゃったから半年くらいで辞めちゃった」

 少し淋しい色合いを含む声。

「おかげでボッチ街道まっしぐらだけど、たまに捕まったら反省文書かされるくらいだし、やっぱりイベントは盛り上げたいもんね」

「? たまに捕まったら? 普通捕まりますよね。授業だってある訳ですし」

 笑顔で締め括る結に安堵しながら、疑問を重ねる。

「にゅふふ、それがそうじゃにゃいんだなぁ。別にこれといった被害を出してる訳じゃないからねぇ。向こうのプライドもあって現行犯じゃないと捕まえないのだよ、ワトソンくん」

 ニヤリとした悪い顔の結が、助手に教えるような態度で現場の状況を知らせる。

「つまり、授業まで逃げ切れば無罪放免? そんなバカな」

「あくまで人的被害や物的被害を出してない場合の話だけどね。元生徒会役員が言うんだから間違いない。にゃはは。あ、でも授業開始間際とかだと学園が動いて授業中でも教師に捕まるから、やるなら三分切る前に始めないとダメだよ? あと、昼休みは予鈴の鳴る五分前が区切りになるからそこも注意。特に放課後や幾つかのイベントは区切りが変則的になるから、生徒会の守備範囲外は避けた方がいいよ~」

「いや、そもそもしませんし」

 どうにも、普通に学園生活を送る分には必要のない知識を多く得た昼休みだった。


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