第一話 日溜まりの笑顔 第五章 四面楚歌
「聞いたかよ赤口家の話」
学校の昼休み。
「ああ、なんでも魔王の手先となった炎導家前当主のゾンビにほぼ壊滅させられたとか」
大きな事件だったため、今日はその話で持ち切りだった。
「酷い話だな。墓の管理くらいちゃんとしとけよって」
「全くだ。妖魔の中には死体やDNAがある程度残ってれば、そういうのを作れる奴もいるって分かってただろうに」
「案外、それを期待してたとか?」
勝手な憶測で好きにおしゃべりに興じるクラスメイトたち。
いや、クラスメイトだけではなく、学校全体がこんな感じだった。
「……」
(予想はしてたけど、結構気になるものだな)
「ッ」
誓が我関せずを装いながら嫌な気分を味わっていると、数年前の顛末を知っている希が苛立たしく席を立つ。
(墓の管理ですって? 管理もくそも骨の一欠けらだって残ってないわよ!)
魔帝と相打った誓の父親。
その死体の一部すら家族の前には残らず、戦場の業火と闇に消えた。
「ちょっとあんたたち」
「なんだよ鈴風。妖精術士の犬のくせに出しゃば──」
「その犬の分家にも劣る分際で、随分と大きく出るものですね?」
感情的な今の希なら御せると思った男が強気に出るが、その首筋に音もなく当てられた鈴木の手刀に、続く言葉を呑んだ。
Sクラス内の緊張が一気に高まる。
人数比で言えば、炎導鈴風側の圧倒的不利。
しかし、蒼衣やその周辺の実力者不在の状況では、その他大勢側に真っ向から対立出来るような者はいない。
リートリエルは炎導とリンク出来る程の仲で、炎導鈴風側に加勢しないからと言って、その他大勢側につくこともないだろう。
ゴクリ。
誰かが喉を緊張で鳴らした音が、やけに大きく聞こえた。
「いいよ希、鈴木」
その緊張を嫌って、既に味気のない弁当を片付けた誓は席を立つ。
「セイ──」
心配そうなフィリエーナの声を背に、教室の扉に手を掛ける誓。
「誓、何処に行くの?」
そこへ慧が、水術士たちとの会話の輪から抜け出して声を掛ける。
「外でお茶して来る」
答えながら扉を開けた。
「なら、ボクも──」
「いいよ慧。気持ちだけ受け取っておく。サンキュ」
クラスメイトたちの探るような視線が目に、扉を閉めた音が耳に、無性に哀しく残った。
人気のない所を求めていた誓は、校舎裏の林に囲まれたやや開けた空間へと辿り着く。
周囲に置き去りにされたような、錆びたプレハブ小屋。
その脇にポツンと置いてあるベンチへと、誓は足を進めた。
「ふぅ」
そのベンチに座って息を吐き、空を仰ぐと──。
ぷらぷらと揺れる足と豊かな胸の上から覗き見るような形で、こちらを伺う透き通った瞳と頭の上に何やら可愛いものを載せた、幼さを残す顔立ちの少女が目に入った。
「ぇ」
「あーらら、新入早々こんな寂しい所で何溜め息ついちゃってんのよ?」
心配そうな顔から一転、にゃふっと屈託なく笑うと、少女は躊躇いもせず小柄な身体を宙へ落とす。
「よっ……と」
危なげなく空中で一回転し、誓の目の前に背を向ける形で見事な着地を決めた。
「ハロロン新入生。まだ友達出来ないのかな?」
くるりと振り返ると、好奇心を隠そうともしない瞳が誓を射抜く。
「えっと、そういう訳じゃないですけど。とりあえず、あなたは? どうやら入学式の時の先輩みたいですが?」
あの日の歓迎花火は、印象深く誓の記憶に残っていた。
生徒会に道化と呼ばれていた先輩。
入学式で目立ちに目立ったおかげで、特に調べようとしなかった誓の下にも情報は入っていた。
一年の終盤で学内最大霊力値となった有名な二年生。
それに加え、学内に一人だけしかいない道化型で、しかも悪戯好きという事実から、主に『最大』や『道化』と呼ばれている『最大の道化』。
身長百五十とない小柄な体躯でありながら、何とバストカップまで学内最大のマキシマムカップという噂である。
今までのイベントでも色々やらかしているお祭り好きな問題児である一方、学園の規律や家同士の関係にあまり煩くない一般生徒の多いCクラスやDクラスには受けがいいらしい。
しかしながら、本人は当然Sクラスで、受けがいいとは言っても学園や生徒会に睨まれてまで協力しようとする者もおらず、基本的に独りなのだとか。
更にもう一つ──、水術士である竜飛家の二大分家の出身でありながら火を扱う異端の炎術士という、何処かで聞いたような身の上でもある。
(まあ竜飛影斎のように、本家の人間でありながら火を扱う者もいるしな。実は竜飛影斎の姪とか? まあ知ってても話せないだろうけど)
わざわざあんな出で立ちをしているくらいだ。
竜飛家の触れて欲しくない秘密を抱えているだろうことは、想像に難くない。
「にゃはは。そのとーっり。二年の片倉結ちゃんたぁ私のことよ。そんでこの子はフラウ」
「がぅ」
結の頭の上で自己主張したのは、豹をデフォルメしたような姿で、腕に抱けるくらいのぬいぐるみサイズの守護精霊だった。
「へぇ。強そうなのに随分と可愛い守護精霊ですね……」
きちんと状況に合わせて鳴き声らしき音を発する守護精霊など、誓は数える程しか見たことがない。
その殆どが強力だったので、見た目の可愛さもあり、ついつい確かめたくて自然と立ち上がって手を伸ばす。
「がぶっ」
「いっ、いでででででっ」
そして思いっ切り噛まれた。
「あはははははは、フラウは私以外の人間にはそうそう懐かないよぉ~」
ケラケラと、結がお腹に手を当てて笑う。
「あははは、あーおかしい。でもまあ、火を吐かれなかったってコトは見込みあるかもね?」
「こっちは散々です」
手の熱を拡散させつつ、肩を落とす誓。
「ぷくく、ゴメンゴメン。でも君も悪いのよ~。人の守護精霊に勝手に触れようとするんだから」
「それはその、軽率でした。はい」
そこは素直に非を認め、誓は座り直した。
すると結がその隣にあっさりと腰を下ろす。
「にしても、友達出来たのならなんでこんな所で溜め息ついちゃってるのよ? 倦怠期入るには早くない?」
「まぁ、色々とありまして。今は俺がいると友人の友達作りに悪影響が出るかなと」
先程、わざわざ会話を抜け出して声を掛けてくれた慧のことを思い出す。
慧の行動は嬉しいが、その様子を見ていた水術士たちの瞳はあまり歓迎するような色合いではなかった。
「ふーん。何だか何処かの誰かさんみたいねぇ」
結が何かを思い出しているのか、上を見ながら口にした。
「何処かの誰かさん?」
「しょうがないな~。ここはぼっちの先輩として面倒見てあげるか」
誓の疑問を打ち消すように、ニパッと笑顔を振り撒く結がそんなことを言った。
「嬉しいような、そうでないような?」
仲間認定は嬉しいが、それがぼっちのカテゴリではと複雑な心境に陥る。
「むー、何よー。少しは喜びなさいよね」
頬を膨らませて、睨んでくる結。
(ちょっと可愛いな)
「──と言われましても」
不覚にも思考を狂わされた状況を誤魔化そうと、誓はややつれない態度を取る。
「仕方ないなぁ。ほら」
小さな両手で持ち上げられたフラウが、誓の前へと差し出された。
「え」
「撫でたかったんでしょ。特別に触らせてあげる」
「あ、ありがとうございます」
ニコニコ顔の結に促されるように、誓は再度手を伸ばす。
「うわ、柔らかい。それに──、温かいですね」
日向ぼっこ中の猫を触っているような温かな感触に、心癒される。
「にゅふふ。これで君は晴れてぼっちの後輩よ。それで、君、えーと……んんぅ?」
満面の笑みから一転、難しい顔で考え込む結。
「あ、え……誓です。俺の名前、誓うと書いて、誓と言います」
現在、学園で話題になっている姓を出すのを避け、名だけを告げる。
「ああ。てっきり私が忘れちゃったのかと思った。だよね。まだ聞いてなかったよね~。にしても、誓うとか顔に似合わずいい名前だねぇ。でも、私も負けてないよぉ。なんたって結実、結束、結婚の結と書いてむすびだから。どうだ参ったか」
「はは~。参りました」
どんどん進む話の内容にもだが、美姫とそう変わらない小柄な身体で由紀をも凌駕する躍動感溢れる胸を張られては、男の子として負けを認めざるを得なかった。
「「ぷ、あはははは」」
同時に噴き出し、声を上げて笑い合う。
そんな何でもない筈のことが、凄く久し振りに感じた。




